2.妖精鍛冶師、その腕前
「今日も、有難うございました」
「いえいえ、ではお大事に」
事務的な笑顔を浮かべる女医さんに頭を下げつつ、医務室を後にする。
一応負っている怪我が怪我なだけに、数日に一度は経過を診てもらうことになっていた。
とは言っても、特に悪化しているとかそういう事もなく、結果は良好。
この分なら、一ヶ月よりも早く復帰も見込めるとのことだった。
一瞬だけ、それなら軽いトレーニングだけでも――と思いはしたものの。ここで油断して怪我を長引かせても不味いか、と、まだしばらくは様子を見ることにした。
身体を動かせなくても、魔法の訓練とか色々とやる事は有るのだし、焦っても仕方ないだろう。
「……皆は、今頃任務中か」
誰に言う訳でもなく、ぽつりと呟く。
置いていかれる――という訳ではないのだけれど、自分がこうして静養してる間も皆が戦っているのだと思うと、無性に申し訳ない気持ちで一杯になった。
幸い、僕は運良く次が有るのだから……次からは、こうならないようにしなければ。
そこまで考えて、僕は工房の方へと足を向けた。
あれから数日は過ぎているのだし、何かしらのものは出来ているんじゃあなかろうか。
工房長はああ言っていたけれど、才能には太鼓判を押していたし、何かしら面白いものが出来上がっているのかもしれない。
そんなちょっと失礼な好奇心を抱きつつ、工房に近づくにつれて以前と同じような喧騒が耳に届き始めた。
相変わらず支給品の製造やら何やらで忙しいのだろう。
僕は職人たちの邪魔にならないように、静かに扉を開けると中の様子を覗き込んだ。
工房は相変わらず、喧々囂々としていた。
以前と変わらぬほどの怒号と鉄を打つ音、それに熱気を見るに、やはりまだ繁忙期のようなものは終わっていないらしい。
――の、だが。
その中で1人だけ、その喧騒から外れている職人が居た。
件の、エルフの女性鍛冶師……カミラである。
彼女は特にその喧騒に加わることもなく、自分の仕事を淡々とこなしていて。
軽く汗を拭い、顔についている煤を拭き取れば、立ち上がり――偶々だとは思うのだけれど、視線が合ってしまった。
「あら、この前の子供じゃない。様子でも見に来たの?」
「あ、えっと……はい」
「そう、ちょっと待ってなさい」
極々自然にこちらを子供扱いしつつ、彼女は汗を拭い終えると工房の一角へと向かい。
何かを手にすれば、布に包まれたそれをテーブルの上に置いて、僕を手招きした。
「取り敢えず、ヒューマ用の槍を作っといたわ。そんな感じで良いでしょ?」
「……え、もう出来たんですか?」
「嘘だと思うなら見なさいよ、ほら」
カミラが布を取れば、成る程、確かに。そこにはやけに意匠の凝った槍があった。
華美な装飾が施された槍は長さこそ普通のものと同じだったが、穂先が異様に長く。
槍と剣の中間、と言えば良いのだろうか? 刀身に施されている装飾も美しく、とても目を引く出来になっていて。
「ちょっと持って……って、無理か。まあ良いわ、見てなさい」
僕の手を見れば、カミラは軽くため息を吐き出しつつ、壁に飾ってあった金属製の胸当てに視線を向ける。
カミラは先程見せた槍を手に取れば、それに向けて無造作に振るい――キン、という小さな音が鳴れば、金属製の胸当てはパックリと割れてしまった。
……別に、カミラの槍の腕前が凄いという訳ではない。
僕から見てもカミラは槍の扱いに関しては素人だった。だと言うのに、槍はいともたやすく金属である胸当てを斬り裂いていて――
「どう? 完璧でしょ?」
「……は、はい。凄いです」
――僕は、思わず感嘆の息を漏らしてしまっていた。
工房長は半人前だと言っていたけれど、とんでもない。金属をも切り裂く槍なんて、名槍と言われても過言じゃない物の筈だ。
そんな物を作り出せるカミラが、半人前の筈がない。
驚いた様子の僕に、彼女は満足したのか。満足気に笑みを零し、ふふん、と自慢げに鼻を鳴らすと、槍を布で包んだ。
「まあ、他のも数日で仕上げてあげるわ。楽しみに――」
「――おい、カミラ。その槍見せてみろ」
「え、あ、ちょ――何するのよ!?」
その様子を見ていたのか。工房長が、カミラの作った槍を引ったくる。
布を解き、その槍を見れば露骨に顔を顰め……じろりと、カミラを睨みつけて。
「……テメェ、こんなモンをパラディオンに持たせようってのか」
「何よ、切れ味は完璧でしょう? どんな害獣だって斬れる筈なのに、何が問題だっていうのよ」
工房長の言葉に、カミラは何を言っているのか理解できないと言った様子だった。
彼女の様子に大きくため息を吐き出すと、工房長は徐にハンマーを取り出し――カミラの作った槍を、キン、と軽く打って。
その瞬間、金属をも斬り裂いた筈の槍は、ポキン、と折れてしまった。
「あ――っ!? ちょ、ちょっと何するのよ!!」
どういうことなのか、さっぱり判らない。あれほど切れ味が凄まじかった槍が、軽くハンマーで叩いただけで折れてしまうなんて。
困惑する僕に、工房長は申し訳なさそうな視線を向ける。
そして、カミラの折れた槍を床に転がせば。彼女を鬼のような形相で睨みつけて――
「こんなガラクタを持たせようなんざ、テメェはパラディオンを殺してぇのか!大馬鹿野郎が!!」
「……っ、な、何よ!!変な使い方さえしなければ折れないわよ!!」
「ふざけんな!軽くハンマーで叩いただけで圧し折れるガラクタが実戦で使える訳がねぇだろうが!!」
「~~……っ!!」
――先程までの喧騒など談笑だったのでは、と錯覚するほどの怒声に、工房が揺れた。
職人たちも思わず手を止めるものの、工房長が視線を向けたかと思えば直ぐに手を動かし始め。
そんな工房長を前にして、カミラは怒りに顔を耳まで赤くしながら、歯ぎしりを鳴らし。
「……そんな、私の作品を使えない奴らなんか知らないわよ!!」
そして、目尻に涙を浮かべながら、甲高い声でそんな言葉を口にした。
……ああ、成る程。
彼女のその言葉に、僕は以前工房長が言っていた言葉の意味を、ようやく理解した。
成る程、彼女の鍛冶の腕は……鍛冶の才能は、間違いなく一級品だ。
金属をも切り裂く事ができる刃を打てる時点で、それは疑いようがない。
問題なのは、それに実用性があるか否か、という事なのだろう。
数回物を切ったら折れてしまうのであれば、どんなに素晴らしい切れ味であろうと、とても実戦で扱う事はできない。
それを自信満々に提出した上に、扱えない方が悪いと言ってしまう時点で、彼女はまだ鍛冶師としては半人前なのだ。
しばらくの間、工房長と言い合いをした後、カミラは工房を飛び出して。
工房長は怒声を上げて呼び止めるものの……遠ざかっていく足音に、工房長は盛大にため息を吐き出しながら、どっかりと椅子に腰掛けた。
「……悪いなぁ、坊主。情けねぇ所を見せちまった」
「いえ、寧ろ間に入ってくれて助かりました。僕は、気付いてなかったので」
「まあ、武器の目利きなんざ習っちゃいねぇだろうからな。仕方ねえさ」
苦笑しつつ、工房長は床に転がったままのカミラの槍に視線を落とす。
「――アイツの才能も熱意も、確かに本物なんだ。だがなぁ、才能の高さがかえってアイツの鍛冶師としての腕を歪めちまってて、な」
皮肉なもんさ、と口にすれば、丁寧に壊れた槍を拾い上げ、布で包み。
工房長はそれをテーブルの上に置くと、またため息を漏らす。
「勿体ねぇ話だよなぁ……俺はどうにかあいつに、真っ当な鍛冶師としての感性を身につけて欲しいんだが」
「そう言うのを話したりはしたんですか?」
「ダメだダメだ、アイツの才能が俺より上なのは事実だからな。全然言うことを聞きやしねぇ」
そう言えば確かに、以前カミラはそんな事を言っていたっけ。
なまじ自分の才能に自信があるからこそ、自分の才能未満の相手を見下してるんだろう。
それが結果として、素晴らしい才能を腐らせる事になっているなんて。酷い皮肉だ。
……それに、何よりも勿体無い。
先程武器を褒めた時、彼女はとても嬉しそうな顔をしていた。
ほんの少し、武器を作る方向性を変えるだけで良いのだ。それだけで、きっと彼女は凄い鍛冶師になれる筈なのに。
「……ちょっと、カミラさんと話してみてもいいですか?」
「ん……? あー……まあ、確かに、工房の連中でも、鍛冶師でも無い奴のが良いのかもな……」
少し難しそうな顔をしながらも、工房長は顎髭を撫でながら、しばらくの間考え込んで。
「悪い、じゃあ頼めるか? 無理しない程度で良いからよ」
「はい。まあ、余り力になれるかも判りませんが」
「気にすんな、駄目で元々って奴だ」
そう言いながら苦笑する工房長に、笑みで返す。
きっと工房長も、カミラには真っ当な鍛冶師になってほしいのだろう。
騒がせてしまった事に頭を下げてから工房を後にすれば、僕は先程出ていったカミラの後を追う事にした。
出ていったのはつい先程。
本部から出ていくことも無いだろうし、受付の人にでも聞けば多分分かるだろう。




