7.雪原乱戦・完
――雪原での戦いは、おおよそだが終わりを迎えていた。
残った害獣は五指に満たず、如何に巨大な害獣とはいえど、多勢に無勢となれば力を発揮する事さえ出来ないまま、容易く駆除されていく。
大勢は決し、後は姉さんが無事に戻ってくれば、今回は完全な勝利と言えるだろう。
僕と言えば、そんな光景を見つつ、医術の知識がある先輩に傷を診てもらっている所だった。
最初は怪我を負いながらも戦いに参加していた僕の事を呆れ顔で見ていたが、怪我を見る時は真剣そのもので。
「……肋骨は左右合わせて3箇所完全骨折、左右上腕に亀裂骨折、右手小指と薬指、中手骨も完全に折れてるわね。こんなので動き回ったら駄目よ、本当。
まあ幸い、内蔵の方は大丈夫そうだけれど……何か異常を感じたら、直ぐに言いなさい」
「はい、有難うございます」
「それじゃあ、くれぐれも無理をしないように。拾った命、大事にするのよ」
先輩は手早く僕の怪我の程度を見れば、テキパキと応急処置をして、他の重傷を負った先輩達の元へと走っていく。
……勝利、とは言えど。当然では有るのだけれど、パラディオン達も決して無傷という訳ではなかった。
目につく範囲だけでも、20人前後。全体の5分の1――目につく範囲だけでそれなのだから、恐らくはそれ以上のパラディオンが、少なくとも立ち上がれない程の重傷を負っていた。
――当然、命を落とした先輩も居る。
僕は、命を落とさなかった人達は、多分運が良かったのだろう。或いは、落とした先輩の運が悪かったのだろうか。
「……ったく、新人だから休めと言われるたぁな。おう、どうだった」
「ん、大丈夫。安静に、とは言われたけどね」
「当たり前だ、馬鹿。当分は自重しろ」
少しして、ギース達が僕の元へ来ると、囲むようにしてどっかりと座り込んだ。
ギースの言葉に軽く返せば、ミラは酷く不機嫌そうにつぶやき、視線をそらす。
……やはり、害獣との戦いの最中に怪我を負ってしまったのは良くなかったのだろう。戦力が1人減った訳だし、ミラに怒られても仕方のない話だ。
「いい加減に機嫌直しなよ、ミラ。ウィルも無事だったんだしさ」
「うるさい」
「全く、ウィルが立ち上がった時に一番喜んでいたのはお前さんだってのに――」
「――うるさい、馬鹿っ!!」
「ぶわっ!?つ、冷た……っ!!」
顔を真赤にしたミラが投げつけた雪をもろに被り、ギースは頭から雪まみれになって。
冷たさに震えるギースを見て、ラビエリは心底可笑しそうに笑いながら、たき火でぬくぬくと暖をとっていた。
アルシエルもそれを楽しんでいるのか、その光景を微笑ましそうに眺めながら僕の隣に腰掛ければ、内緒話でもするかのように耳元に口を寄せる。
「……ミラ……ね。あの、時……いちば、ん……心、ぱい……してた、の。泣い……ちゃう、くらい」
「ああ――そっか」
養成所時代からの付き合い、というのも有るのだろう。僕にとっては初めての友人でもあるし……僕だって、ミラが大怪我をしたら同じように心配するだろうし、悲しくなる。
……ああ、うん。謝らなくて良いとは言われたけれど、やっぱりちゃんと謝ったほうが良い気がしてきた。
まだ顔を赤くしたまま、ギースの肩をバシバシと叩いているミラに視線を向ければ、僕は小さく息を吸い、吐いて。
「ミラ」
「……な、何だ、ウィル」
「心配かけて、ごめんね」
しっかりと、もちろん傷には障らない程度に頭を下げる。
……ミラからの返事はない。やっぱり、怒っているのだろうか?
そんな事を考えつつ、頭を上げれば――
「……別に、良い。でも、もう二度と、こんな怪我はするな」
――赤らんだ顔はそのままに。優しく、柔らかく微笑んでいる彼女の顔があった。
ミラは僕の隣に腰掛けると、僕の身体を軽く、本当に軽く抱き寄せて。
どくん、と胸が勝手に高鳴る。
……もしかして、やっぱり内蔵がどこか悪いんだろうか。頭が熱くなってきたし、傷が熱をもちはじめたのかも知れない。
「ん……大丈夫か?」
「だ、大丈夫。多分」
そんな事を考えながらも、心配そうなミラの言葉に二つ返事でそう返しつつ、小さく息を吸い、吐いて。
……うん、少し落ち着いてきた。傷が痛いとか、そういう事も無いし多分大丈夫だろう、きっと。
なぜだか、アルシエル達はどこか微笑ましげな視線を向けているような気がしたけれど……よく、わからない。
そうやって、皆との時間を過ごしていると、やがて遠くから歓声が聞こえてきた。
視線を向ければ、倒れ伏した害獣の周りで歓声をあげる先輩方の姿が見えて――巨大な害獣達は、一体の例外も無く雪原に倒れ伏しており。
「――終わった、みたいだな」
ミラの言葉に、小さく頷く。
パラディオン達の、雪原での戦いはようやく幕を閉じたようだった。
先輩達は喜びに沸き立ち、歓声をあげ。ある者は疲れ果てて雪原に倒れ伏し、ある者は重傷を負った仲間を見舞いに走り――そして、ある者は雪原に転がる肉片を前にして、膝を折った。
それを見て……僕は本当に運が良かったんだな、と改めて実感する。
もっと、もっと強くならなければ。少なくとも――そう、少なくとも、仲間に不要な心配をかけずに済むくらいには。
「ん……急いで戻ってきたけれど、もう終わったのかしら……?」
そんな事を考えていると、不意に遠くから聞こえてきた聞き覚えのある声に振り返る。
視線を向ければ、雪原に白い人影。
相変わらず傷一つ無く、でも少しだけ疲れた様子の姉さんが、雪原の向こうからこちらへと歩いてきていて――
「――って、ウィル!? ちょっとどうしたの、その怪我――!!!」
「う、わっ!?」
――遠くに居たはずの姉さんは、雪煙を上げながら一瞬で僕の元に来れば、ぎゅっと抱きついてきて。
突風が吹くほどの勢いに、皆目を白黒させるけれど。姉さんはまるで気にしている様子はなく。
「あああ、指が……腕も!? ああ、もう、ウィル……っ!!」
「だ、大丈夫、大丈夫だから……!落ち着いて、ねえさ――」
それでも傷に障らないように抱きついて、撫でてくる辺りは少し冷静なのかな?なんて思いつつ、苦笑しながら姉さんの頭を撫でて。
そこでようやく、姉さんの格好がおかしい事に気がついた。
姉さんは相変わらず肌も白くて、髪も白くて、傷一つない……そんなきれいな姿だったけれど。
先程まで纏っていた筈の服が、まるでボロ布のようにズタボロになっていて――素肌が半分以上、晒されていたのである。
「ああ、ウィル……!ごめんね、ごめんね? お姉ちゃんがあんなのに時間をかけちゃったばっかりにぃ……っ」
「ちょ、なんて格好で――ミラ、アルシエル!服、服の予備は!?」
「あ、ああ、今持ってくる――!!」
「見……ちゃ、だ……だ、め……っ!!」
さめざめと泣く姉さんを慰めるように撫でつつ、ミラは代わりになりそうな服を調達に、アルシエルは顔を真っ赤にしながらギース達の目を塞ぎ。
――結局その後、しばらくの間は泣き続ける姉さんを慰め続けて。
まるで癇癪を起こした子供のようにぐずる姉さんを宥めたり、ミラの予備の防寒具を上から羽織らせたりと、てんやわんやだった。
「……皆さん、お疲れ様でした」
雪原での戦いが終わった後。怪我人達の手当、そして亡くなったパラディオンを連れ帰る準備が終わった僕らは、姉さんの前に集まっていた。
……先程の醜態というか痴態と言うか。アレはどうやら、多くのパラディオン達には見られていなかったらしく。皆、表情は真剣そのもので。
そんな彼らを見ながら、姉さんは先程の様子など微塵もなく、オラクルらしい姿を見せていた。
「悪神の使徒を討ち滅ぼし、悪神の邪悪な目論見を防ぐことが出来たのも、貴方達の尽力のお陰です」
姉さんの労うような言葉に、パラディオン達は一様に表情を明るくする。
全員疲労困憊と言った様子ではあったけれど、それでも嬉しいものは嬉しいのだろう。
そんな彼らを見ながら、姉さんは柔らかく微笑んで――
「……さあ、胸を張って本部へ帰りましょう!」
――周囲から歓声が上がった。
犠牲は、決して少なくはない。
パラディオン達100人の内、死傷者は30を超え。命は助かったものの、二度とパラディオンとしては戦えない身体になった者も、多い。
それでも、自分達は人類の宿敵である悪神の目論見を打ち砕き、そして最悪の敵である悪神の使徒を討ち滅ぼす、その助力をしたのだと。
だから、二度と戦えなくなったのだとしても。
仲間を永遠に失ったのだとしても、胸を張って帰ろうと――……
「ウィル、歩けるか?」
「うん、大丈夫。足は骨折とかないみたいだし」
「キツかったら言うんだぞ、俺が担いでやるからな!」
ギースの言葉にありがとう、と返すと、僕らも雪原を歩き始めた。
拾った命を、この経験を腐らせる事無く――亡くなったパラディオン達に恥じない、そんな者になろうと、固く決意しながら。




