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5.雪原乱戦Ⅱ

「良いか、ウィル。お前には基本を徹底的に教え込む」


 ――これは、何時の記憶だったか。

 ああ、そうだ。初めて父さんに剣を教えてもらった時の……だった、気がする。

 まだあの頃は幼くて、無知で。自分の才能がどの程度かなんて、意識さえしてなかった。


「どうして、きほんだけなの?」

「それが、一番大事だからだ。エミリアはそれをすっ飛ばして、応用に入ってしまったが……まあ、あの子は特別だからな」

「……ぼくも、とくべつがいい」


 ……全く、この時の僕は本当に何も知らなかったんだなぁ。

 拗ねたような無知な言葉に、父さんは苦笑しながら、ぽこん、と僕の頭を叩く。


「良いか、ウィル。この世界で唯一平等な物がある。それが何か、判るか?」

「ん……わかんない」

「それは、身体(・・)だよ。身体は――まあ、種族差はあっても、才能のあるなしに関わらず、誰もが平等に持っているものだろう?」


 酷く当然な答えに、僕は納得がいかないように頬を膨らませていた、気がする。

 そんな僕を見ながら、父さんは叩いた所を優しく、優しく撫でてくれて。


「だから、基本をしっかりと覚えて鍛えような、ウィル。そうすれば、きっと困る事なんか何も無いさ」


 ――ああ、でも今なら父さんの言ってる事が、判る気がした。

 生まれ持った才能はどうしようもなくても、身体の部分だけは平等なんだって。


 だから、僕はそれを必死になって鍛えた。鍛えて、才能のある人達に少しでも肉薄しようと、していた。

 それさえも、やがて届かなくなり始めたけれど――




「――ぅ」


 ――身体に感じる痛みに、意識が現実に引き戻される。

 目の前には、白く冷たい雪。遠くには喧騒が聞こえて……そちらに視線を向ければ、皆が白い巨人と戦っていた。


 先輩たちと協力して戦っているのだろう。ミラとギース達は5人がかりで巨人の動きを抑え、その後ろからラビエリやアルシエル、それに先輩たちが、魔法や矢で援護していた。


 でもその動きは、どこかぎこちない。

 元より別のパーティーなのもあるのだろうけど、何かを気にしているのか、動きは精彩を欠いている。あのままじゃ、危なっかしくて見てられない。


 ――起きなければ。

 眠っている、場合じゃない。休んでいる場合じゃ、ない。


 幸いというべきか、厚手の防寒具を身につけていたのと、雪が深かったお陰でそこまで深手ではなさそうで。

 雪に手を付けば、何とか身体を起こす事が出来た。

 右手の小指と中指は折れているのか、変な方向に拉げて、根本以外動かせず……武器を持つ事は、難しそうで。でも、魔法なら問題なく使えそうだった。


「……け、ほっ」


 咳込めば、雪原に赤黒い血が垂れる。

 血は直ぐに凍りつき、固まって……ああ、うん。これなら、失血死も無さそうかな。少し、安心した。


 運良く折れて居なかった両足で立ち上がり、前を見る。

 ……大丈夫、視界に問題はないし、まだ動けるし、歩ける。それなら、まだ出来る事はある。


「――っ、ギース!下がってさっきと同じように、足止めの準備を!ミラは引き続き先輩たちと協力して!!」


 大きく声を上げれば、体の内側がズキリと痛んだ。

 ……腕や脚は無事だけれど、多分肋骨辺りが少しおかしくなっているのだろう。

 それでも、大丈夫。痛いだけだ。声を上げられないほどじゃない。


「……っ、ウィル!」


 遠くからでも、ミラの表情が明るくなるのが見えた。

 ギースも、ラビエリも、アルシエルも――ああ、そうか。もしかして、僕が殴り飛ばされて心配していた、のか。


 ……全く、もう。

 僕が居なくたって、4人とも問題なく戦える、だろうに。


 何とか先輩たちが戦っている後方まで辿り着けば、息を吐く。

 ……武器は使えない以上、今できる事は魔法と、頭を使うことだけ。

 大丈夫、それなら普段と余り変わらない。


「ウィル、大丈夫!?」

「……大丈夫、集中して」


 ラビエリの言葉に、軽く返す。

 どうやらそれでラビエリも安心したのか。安堵の息を漏らしつつ、目の前の害獣に集中し始めた。


「よし出来た――先輩方、落とし穴への誘導を頼む!!」

「成る程……任せろ!害獣が落ちたら出来るやつは拘束を!畳み掛けるぞ!!」


 ギースが作り出した落とし穴に、先輩たちは害獣を誘導していく。

 その動きは淀み無く、洗練されていて――僕らはまだまだ経験が足りてない事を、痛感させられてしまう。

 巨大な害獣は誘導されるがままに落とし穴に落ちれば、下半身が雪に埋もれ。そこを逃すこと無く、先輩たちとラビエリの魔法が拘束した。

 僕らだけの時はすぐに解かれた氷の拘束も、先輩たちと協力すればより強固に、頑強になっていき――害獣が逃れようとしても、すぐには逃れられないような物が出来上がっていく。


「今だ、叩け――!!」


 そうして拘束され、身動きが取れなくなった害獣に火力を集中すれば――驚くほどにあっさりと、害獣は苦悶の声を上げながら倒れ付した。

 僕らだけだと苦労する相手であっても、数さえ居ればこれだけ違うのか、と少し驚いていると、先輩が僕の頭にポン、と軽く手を置いて。


「……成る程、落とし穴か。確かに有効だな、良くやったぞ新人」

「あ……ありがとう、ございます」

「少し休んでなさい、私達は他の連中の援護に回るわ」

「サボっていいって意味じゃないからな!休んだらお前らも援護に回れよ!」


 害獣を駆除し終えた先輩達は、早々にまだ戦っているパラディオン達の元へと向かっていく。

 先輩達から暖かい言葉を貰って、少し気が抜けたのか――身体から、力が抜けてしまって。


「――っ、ウィル、大丈夫か……?」

「ん……うん、大丈夫」


 カクン、と膝をつきそうになった所を、すんでの所でミラに支えられた。

 気付けば、四人とも僕の方へと集まっていて。傷の様子を分かる範囲で見てくれているようだった。


「おいおいおい、指が折れてんじゃあないか!身体の方はどうなんだ?」

「済まないウィル、少し触るぞ……」

「……っ、つ、ぅ……!!」


 ミラの手が、防寒具の上から僕の腕を、身体を撫でると、ずきりと鈍い痛みが走る。

 先程は状況が状況だけに、少し麻痺していたけれど。落ち着いて段々と痛みが戻ってきたのか――まあ、痛みは生きている証と言うし、悪い事ではないと思う、けれど。


「……腕と肋骨も怪しいな。脚の方は、打ち身程度だと思うが」

「だが、あの一発を受けてその程度たぁな。流石、普段から鍛えてるだけはあるわ!」

「僕だったら死んでたかもね。にしても、そんなんで良く動けたもんだよ、全く……」

「無理……は……よ、く……ない、よ……?」

「……ごめん」


 皆から窘められれば、流石に申し訳なくなって、謝ってしまった。

 ……情けない。まだ、害獣との戦いは続いていると言うのに、最初からこんな怪我を負ってしまうなんて。


「へ? 何を謝ってるのさ?」


 でも、何故か。皆、僕を見ながら一様に不思議そうな顔をしていて――


「僕を助けて負った傷なんだし、謝るなら僕の方だっての。調子狂うなあ、もう」

「戻ったら、ラビエリの奢りで酒場だな!」

「……は……ぁ。すぐ……そ、れ……ばっか、り」

「……全く。ウィル、まだ動けるか? 無理はしないで良いぞ」

「え、あ……う、うん。一応、大丈夫だと思う」


 ――僕の言葉を聞けば、皆は頷きながら害獣達の方へと向き直った。


「よし、なら私達も援護に向かおう。ウィルは指示を頼む」

「休ませてやりたいが、ここじゃそうはいかんからな。アルシエル、肩を貸してやってくれ」

「ん……まか……せ、て」

「良いかい、やばかったら無理せず言ってよ? ウィルが居ないと困るんだからさ」

「――うん」


 アルシエルに軽く担がれるようにしながら、ラビエリに窘められて。

 皆の言葉に、僕は胸にじわりと来るものを感じながらも頷けば、歩き出した。


 ――まだ、戦いは続いてる。

 倒された害獣の数は10にも満たず、苦戦しているパラディオン達――そして敗走したパラディオン達もいる中、僕らは彼らの援護に回った。


 未だに戦況は、一進一退。

 雪原の戦いは、まだ終わりそうには無い。


 ……姉さんの方は、大丈夫なのだろうか。

 不安に思っても仕方がない事を思い浮かべつつも、僕はその不安を振り払うように頭を振れば、目の前の害獣達に集中した。

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