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2.雪原を揺蕩うモノ

「ここから先は、馬車では進めません。ここまでになりますが――どうか、ご武運を」

「ええ。貴方達も気をつけて帰って下さいね」


 何しろ、私達を迎えに来るのは貴方達なんですから。

 姉さんは優しい声色でそう告げれば、行者達は笑顔を浮かべながら、雪の降りしきる中を戻り始めた。

 それを見送ってから、姉さんは振り返れば高らかに剣を掲げる。


「――さあ、行きましょう。悪神の使徒を討ち滅ぼし、この地を、北方を守る為に!」


 ――その言葉と同時に、周囲は歓声に包まれた。

 パラディオン達は雄叫びをあげ、自らを鼓舞していく。肌を切り裂くような極寒の中、それでも必勝を願うように。


 そうして、僕達は北限へと歩き出した。

 格好こそ防寒のしっかりとした服を着ては居るものの、それでもなお、寒気は容赦なく体力を奪っていく。


「おい、ラビエリ」

「……何」

「俺の肩に乗れ。お前さんにゃ辛かろう」

「ん……」


 ギースはラビエリを抱えるようにすれば、肩の上に座らせた。

 ありがと、と短く告げつつも、ラビエリはそれ以上は口にしない。ギースもそれに対して何も口にする事はない。


 空気が口の中に入るだけで、痛いのだ。

 僕らだけではなく、他のパラディオン達も出来る限り唇を開かないように呼吸をし、声を出す事を控えていた。


 成る程、ギースの言う通りこれでは水は役に立たないだろう。

 こんな寒さの中じゃ、きっと水なんて一瞬で凍ってしまう。

 まあ、凍ったとしても魔法で温めれば大丈夫だろうが――これから先、戦いが待ち構えていると言うのにそんな事に魔法を使う訳にもいかない。


「――っ、ん……」


 小瓶の中身を軽く舐めれば、それでも少しはマシになった。

 ……とは言え、余り飲む訳にもいかないが。防寒の為とは言え、酒は酒。唯でさえ強い酒なのだ、余り服用すれば本当に酔っ払ってしまう。


 僅かに暖まった身体に目を細めつつ、先頭を進んでいく姉さんを見る。

 姉さんはこの極寒の中でも、動きをまるで鈍らせる事無く先へと進んでいく。

 つくづく、凄まじい。オラクルというのは、この極寒でさえもものともしないのだろうか。


 更にしばらく進めば、雪はより激しく、そして風まで吹き始めた。

 吹雪、というのだったか。少なくとも中央では経験したことのない天候に、気が滅入りそうになる。

 寒さはもうどれほどになったのか、判らない。判りたくもない。

 周囲の先輩達も、この寒さには参っているのか。行軍のペースも少し遅くなっているように感じる。


 姉さんもそれは感じていたのか――光の玉を幾つか作り出せば、それぞれのパラディオンの元へと送り込み始めた。

 最初は皆戸惑っている様子だったが、その光の玉から暖かな熱が放たれているのを感じれば、おお、と軽くどよめいて。


「もう少し頑張って。間もなく吹雪を抜けるわ」


 全員、姉さんのその言葉に頷けば、再び歩き始める。

 姉さんの言う通り、1時間もしない内に徐々に、徐々にだけれど風も雪も勢いを失い始めた。

 一体どうやってそれを察知したのか、判らない事だらけだけれど。そんな事よりもこの寒さが僅かにでも和らぐのが嬉しくて、仕方がない。

 行軍の速度も僅かに上がり、更に十数分程進めば視界も開けてきて――……




「――まあ、居るわよね」


 姉さんの静かな声に、ぞくり、とした。

 寒さからではなく、嫌な予感から来る寒さ。悪寒。それが背筋を走れば――僕は、携えていた剣を抜いた。


 視界が晴れたその先にあったのは、一面が白く輝く雪原。

 そして……それを塗りつぶすような、虹色に輝く見た事も無いような何かの群れ。


「……何だありゃあ、見たこと無いぞ」

「良いから構えろ、来るぞ――!!」


 先輩たちでさえ見たこともないモノなのか。口から出た疑問を叱咤するようにパラディオンの1人が叫べば――それと同時に、その何かがこちらへと殺到するように飛び上がった。


 ――待ち伏せされていたのか、それともこの地に棲み着いたのか。

 それは、紛れもなく害獣だった。


「群れの大半は私が相手にします!貴方達は後方へ害獣が流れないように、殲滅を!!」


 姉さんは躊躇う事もなく、1人でその群れへと飛び込んでいく。

 未知の害獣達は、飛び込んだ姉さんを貪ろうとするかのように殺到し――


 ――それを引き裂くような、眩い光がその尽くを両断した。

 訓練場の時はまるで本気を出していないのは判っていたものの――オラクルとして戦う姉さんを見るのは初めてで。

 剣を一振りするたびに、害獣の群れが斬り裂かれ、散り散りになっていくのを見れば、僕は思わず動きを止めてしまう。


 それは、御伽話で出て来る英雄さながら。

 迫り来る悪意の群れは、姉さんに触れる事さえ叶わずに消えていく。

 傷一つさえ負わずに戦う姉さんは、まるで舞っているかのようで――……


「新人!来るぞ!!」

「は、はいッ!!」


 その光景に見惚れていると、先輩の声に現実に引き戻された。

 多くを姉さんが引き受けているとは言えど、全てではない。姉さんを無視してこちらへと向かってきた物は、僕らが倒さなければ――!!


 幸い、光の玉が熱を発してくれているお陰で僕らは普段通りとまでは行かずとも、問題なく動くことが出来るようにはなっていた。

 普段通りミラとギースが前に立ち、ギースから降りたラビエリとアルシエルは少し離れた場所に。そして、僕は前の二人より少しだけ後ろに立つ。


 向かってくる害獣は、おおよそ生き物の形をしていなかった。

 あえて例えるなら、布……だろうか。薄く、透けて見える布のようなそれは虹色に輝きながら空中を舞い、漂っていて。

 害獣は、何やら鱗粉のようなものを周囲に漂わせており――それが触れてはいけないものだという事は、即座に理解できた。


「アルシエル、お願い!ラビエリは接近された時の為に魔法の準備を!」

「ん……っ!!」

「了解、ありゃあ触ったら不味そうだもんね!」


 アルシエルの矢は飛んでくる害獣を次々と貫いていく。

 幸いというべきか、あの害獣の防御面は外見通りなのだろう。ひらひらと舞うそれに矢が突き刺されば、飛ぶ事も叶わなくなり雪の上へと落ちていった。

 今回は僕らだけではなく、他の先輩達も居る。援護をすれば、それだけ全体が戦いやすくもなる、筈だ。


「よし、トドメを――」


 そうして雪の上へ落ちた害獣に、先輩の1人がトドメを刺そうと近づいた瞬間――異変が起きた。


「――あ? 何だ……っ!?」


 乱戦中、しかも遠方ではっきりと視認は出来なかったが、近づいて剣を突き立てた先輩の様子がおかしい。

 見れば、何やら足元を見て――数瞬の後、悲鳴を上げながらその場で倒れ込んだ。最初は何が起きたのか判らなかったが、それも直ぐに理解できた。


 悲鳴を上げる先輩のその脚には、何も付けられていなかった。具足も、防寒具も――ましてや、衣服さえも。

 凍てつくような冷気は、即座にその先輩から体温を奪っていく。

 外見こそ、言い方は悪いが間抜けに見えるけれど――あれは、やばい。ことこの場所においては、最悪すぎる――!!


「鱗粉に触れるな!死ぬぞ!!」

「遠距離で仕留めろ!絶対に近寄らせるな――!!」

「弓か槍でやれ!剣はダメだ、畜生――」


 それを先輩たちも瞬時に察したのか。一斉に声をあげ、それと同時に先輩たちの動きも変わっていった。

 矢と魔法が飛び交い、害獣達は次々に射落とされ……しかし、それでも隙間を抜けてくる害獣は多く。

 当然の事ながら、僕らの方へもその害獣達は向かってきた。


 アルシエルの矢で、ラビエリの魔法で、そして僕の魔法で害獣達を叩き落としつつ、それでも再び飛び上がろうとするソレにミラの槍がトドメを刺していく。


「全く、斧が使えんのではこれしかないか――!」


 そして、ギースも渋そうな顔をしながら地面に片手を付き――その瞬間、地べたをのたうっていた害獣が、地面から突き上げた岩のトゲに貫かれた。


「なんだ、ギースも魔法使えたんだ?」

「ドワーフは魔法が苦手だから嫌なんだがな、四の五の言ってられんだろ!」

「有難う、でも無理はしないで!」


 ドワーフは生来魔法が苦手だと言う話は聞いている。ここで無理をされて倒れられたら、それこそ問題だ。

 それはギース自身も良く解っているのか。おう、と短く応えると時折魔法で援護する程度で抑えてくれて――そうしている内に、飛来してくる害獣の数も、徐々にだが減り始める。

 先輩たちの方は早々に対策を確立したのか、最初に出た被害以外は特に出ることもなく。僕らも特に被害を出すこともなく、何とか切り抜ける事が出来た。


 やがて飛来してくる害獣もいなくなり、僕らは荒く息を吐く。

 姉さんが作り出してくれた光の玉のお陰で、この極寒の地でもある程度は戦う事はできたが――それでも、疲労は普段とは段違いで。

 先輩たちも疲弊したのか、見るからに元気がなく。そして何より、被害を受けた1人が明らかに重症だった。

 防寒具を身に着けていてもなお凍えそうな程の寒さなのだ、素肌を晒して平気な筈もない。一応は新しい防寒具を着せられていたものの、既に足先は冷え切り、変色していて――


「――お疲れ様。今日は、ここで休みましょうか」


 ――いつの間に戻ってきていたのか。姉さんは傷一つない姿で、優しい声色でそう告げるとそのパラディオンの足先に軽く触れた。

 足先から光が彼の身体を覆うと、ガチガチと歯を鳴らしていた彼の様子は幾分か和らいで。


「これで少しは楽になるでしょう。まだ、戦えますか?」

「やり、ます……戦えます……!」

「……解りました。明日までに整えておきなさい」


 姉さんの言葉に、必死になって答えた彼を少しだけ――何故か、冷ややかにさえ感じるような表情を浮かべたような。そんな、気がした。

 ……いや、姉さんがそんな表情をするはずがない。きっと、気のせいだろう。


「――明日には、悪神の使徒と接敵します。今夜はゆっくりと休むように」

「はいっ!!」


 その後は、パラディオン全員でテントを設営し、見張りを何名か立ててから身体を休めた。

 極寒の地とは言えど、テントの中で暖を取れば多少なりとは違い。凍った水を温めてお湯にすれば、少なからず身体も心も潤ったように感じた。


 流石に熟睡、というのは難しかったが、身体をしっかりと温めるようにして目を閉じれば、少しは疲労も和らぐだろう。

 ……明日には、いよいよ悪神の使徒と接敵するのだ。

 何故それが姉さんに解っているのかは判らないが、恐らくは本当なのだろうし、少しでも、僅かでも万全な体調に近づけなければ――……




 /




「――嫌になるわね」


 誰も居ないテントの中で、独りごちる。

 先程戦った害獣達は、恐らくは悪神の使徒……黒犬が連れてきたものだろう。

 それは、良い。元より、アレの元までまっすぐ辿り着けるなんて、毛頭思っていない。


 私が少しだけ苛立っていたのは、そちらではなく――それに対して、既にこちらに被害が出ている事。

 本部は選りすぐりだと言っていたのに、この時点で被害を受けるなんて、冗談じゃない。

 幸いウィル達は無事だったから良かったものの、そうでなければ平然としていられなかった。


 被害を受けた彼は、もう既に役には立たないだろう。

 やれる、なんて口にしていたけれど、それは無駄な努力というものだ。けが人や病人がまだやれる、と頑張って何になるというのか。かえってそのパーティーの危険を増やすだけだと言うのに。

 ……それでも、まあ。彼1人の為にパーティーを一つ減らすよりは、マシなのでしょうけど。どうせなら、自刃してくれたほうが――……


「……はぁ、ダメね。あの子は別に悪くはない、のに」


 そんな思考に陥る私が嫌になる。どうにも感情がささくれだって仕方がない。

 普段なら、こんな事はないのに。

 多少周りがごたついた所で、私一人でどうにでも出来るのだから、苛立つ事なんて何も無いというのに。


 原因は、解りきっている。

 今回相手にする――女神様が神託で相手にしろ、と仰った黒犬だ。


 あれは、決して容易い敵じゃない。あれを相手にしている間は、私は完全にそちらにかかりきりになるだろう。

 その間に、もしウィルが――そう考えるだけで、恐ろしくて仕方がないのだ。


 本当、おかしな話。パラディオンとなったウィルに、もっと名をあげて貰おうと今回のことに誘ったのは私だって言うのに。

 頑張りやさんのウィルに、もっと良い目を見てもらいたいと思ったのは私なのに。ウィルの夢に手を貸そうとしたのは私なのに……今更、少し後悔してるなんて。


 ……ウィル達には、あの短い間で教えられそうな事は教えた。

 戦い方も、考え方も、あの子達は未熟ながらにちゃんと身につけてくれた、と思う。

 だから、今回の遠征だって問題はないとおもうのだけれど……ああ、でも、こうして被害が出るとやっぱり心配で仕方がない。


「……ウィル。お姉ちゃん頑張るからね」


 誰に言うわけでもなく、私は独り呟いた。

 連れてきたのは、私。であるなら――私が守ろう。以前痛み分けに終わったあの黒犬を早々に始末し、ウィルを助けに戻ればいいだけだもの。


 そう結論づけると、私は目を閉じた。

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