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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
2章:パラディオンとオラクルのお話
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11.出立前の宴

「さあ、今夜は無礼講よ!私のおごりだから好きなだけ飲みなさい!」


 夕方。まだ日が沈む前だと言うのに、酒場は大盛況だった。

 その日は席がパラディオン達で全て埋まり、その中央辺りに居る白髪の美しい女性が高らかに声をあげれば、同時に歓声が鳴り響く。

 その様子を、女性は嬉しそうに、しかし何処か寂しげに眺めながら席についた。

 彼らは皆、オラクルであるセシリア=オルブライトの悪神の使徒討伐に同行する者達で。


 ――彼らも、そして彼女も理解しているのだ。

 もしかしたら、こんな事が出来るのは最後かも知れない、と。




 /




「――まあ、そんな固くなるなや!大丈夫大丈夫、何とかならぁな!」

「ほー、お前があのエミリア様の弟か!ちっちぇーなぁ!」

「あ、あはは……」


 先輩たちに囲まれて、肩を叩かれる。

 姉さんが音頭を取って始めた宴会は、既に混沌のるつぼだった。

 泥酔している人も多く、先輩たちは席を関係なく立ち歩いて飲んだり、絡んだり。

 僕も姉さん……オラクルの弟という事で、しきりに先輩たちに絡まれていて。僕は苦笑しつつも、軽く言葉を交わし。


「ぬあぁっ!?」

「こら、ウィルに乱暴をしちゃダメよ?」


 それでも絡まれ続ければ、姉さんがそんな先輩たちの腕を軽く捻り、床にひっくり返した。

 とはいっても、軽く窘める程度のつもりなのだろう、姉さんも先輩たちも笑っていて。


「たはは……そいつは失礼しました!」

「よろしい、以後気をつけるようにっ」


 先輩たちの元気な返事に、姉さんは柔らかく笑みを零す。

 それを見た先輩たちも、何処か嬉しそうにしながら、また別の場所へとグラス片手に移っていった。


「しかし、何というか……凄い騒ぎですね」

「そう? 私としてはこれくらい元気な方が安心するわ」


 いつも以上にハメを外しているようにも見える先輩たちを見て、ミラは苦笑して。

 姉さんはそれに、少しだけ寂しそうな顔を見せれば、お酒に口を付ける。

 既に少し酔っているのか、姉さんの白い肌は仄かに赤く染まっていて――何だか、妙に色っぽい。


「ほら、貴方達ももっと楽しみなさいな。じゃないと、折角のおごりなのに勿体無いわよ?」

「はは、それもそうですな。じゃあ遠慮なく――」


 ギースは既に酒を浴びるように飲んでいたと思うのだけど。それでも遠慮しているつもりだったのか、席を立った。

 ……何やらカウンターの方で注文しているようだけれど、何をするつもりなのだろう?


「ウィルも、頼みたいのがあれば頼みなさいね。お姉ちゃんが食べさせてあげるから♥」

「い、良いよ!1人で食べれるからっ」

「ははは、良いじゃないか。この際、思い切り甘えたらどうだ? ん?」

「ミラまでそんな事……!」

「はーい、ウィルをお姉ちゃんのお膝にごあんなーい♪」


 話している内に、ひょい、と抱き上げられてしまうと、姉さんの膝の上に座らされてしまった。

 既にお酒を飲んでいるのも有るとは思うのだけれど、酷く恥ずかしくて、顔が一気に熱くなっていくのが、自分でも判ってしまう。

 ミラはそんな僕をニヤニヤと見つつ――ラビエリは、どこか羨ましげに僕のことを見ていた、ような。


「ふふー、ウィルはお姉ちゃんが守ってあげるからねー」

「ん……も、もう、僕は子供じゃないんだよ……?」

「子供とか、大人とか関係ないわ。ウィルを、守りたいんだもの」


 僕をまるでぬいぐるみでも抱くかのようにしつつ、姉さんは僕の頭に顔を埋め、優しく体を撫でて。

 恥ずかしくて仕方ないけれど、その声色が何故か憂いを帯びているような気がしてしまい。僕は、姉さんの手を払う事が出来なかった。

 ……いやまあ、姉さんの力だから払っても無駄だったかも知れないけれど。


 しばらくの間、姉さんにされるがままに抱かれていると、ぽん、ぽん、と。

 まるで子供の頃にされたように、姉さんの手が僕の体を優しく撫でて。


「……ねえ、ウィル」

「ん……どうしたの、姉さん」


 ――酒場の喧騒が、遠い。

 直ぐそこで皆が騒いでいると言うのに、酷く静かに感じてしまう。


「――パラディオン、辞めるつもりはないの?」

「どうして?」

「ウィルが世界を守らないでも、お姉ちゃんが守るよ?」


 その言葉を口にする姉さんの声は、訓練場の時とも、ここで再開した時とも違っていた。

 遠い過去。父さんも母さんも一緒だった、幼くも楽しかった日々。

 あの頃のような声色で、姉さんは……僕を心配するように、囁きかける。


「お姉ちゃんが、世界もウィルも、ママも――全部、全部守るよ? だから……」


 ――だから、ウィルは危ないことをしないで良いんだよ、と。

 姉さんは優しい声で、オラクルになる前の姉さんのように言葉を口にして、僕を抱く腕に力を込めた。


 ……姉さんのいう事は、もっともなのかもしれない。

 僕がどんなに頑張っても、きっと出来る事はたかが知れている。沢山いるパラディオンの中で、僕一人が欠けた所で大した影響は無いのかも知れない。


「ごめんね、姉さん」


 でも。それは、僕がパラディオンを辞める理由にはならないのだ。

 父さんや母さん、それに姉さんに恥じない自分になる為に、僕はパラディオンになった。

 それは、例え――それが、無意味だったのだとしても、変わる事はない。


 それに……今は、もう仲間たちも居る。

 彼らを裏切るようにパラディオンを辞めるなど、出来る筈もない。


「……そっか」


 僕の言葉に、姉さんは少し寂しそうに、しかし何処か安心したように笑みを零すと、ぽんぽん、と優しく、髪を漉くように頭を撫でてくれた。


「ウィルは、強くなったね」

「……そんな事、無いよ」

「ううん。強く、なったよ」


 姉さんはくす、と可笑しそうに笑みを零すと、僕を元の席へと戻して――同時に、酒場の喧騒が戻ってくる。

 ミラ達の方を見れば、先程のようにどこか微笑ましげな、生暖かい視線を向けていて。


「ふふ、私も抱っこしてやろうか、ウィル?」

「だーめ!ウィルを抱っこして良いのはお姉ちゃんだけですーっ」


 ミラ達の揶揄に、姉さんは冗談半分にそんな事を言いながら。

 先程までの様子は何処へやら、すっかり普段の――ここで再会してからの姉さんに戻っていた。


「ねえ、ウィル。エミリア様の膝の上、どうだった……?」

「……何てこと聞くのさ」

「良いじゃんか、教えてよ」


 ラビエリの言葉に苦笑しつつ、小さく息を漏らす。全く、そんな事答えられる訳無いだろうに。

 ……まあ、時々困った所もあるけれど。それでも、今はもう皆大事な仲間だ。

 どこまで一緒にいられるか、何時まで僕がついていけるのか判らないけれど――いつか、その日が訪れるまでは、彼らの事を大事にしたいと、そう思う。


「大体、ラビエリは子供扱いは嫌いじゃなかった?」

「バッカ、それとこれとは別でしょ!やっぱり女性っていうのは、エミリア様くらい肉付きが――」

「……さい、てー」

「――うぐっ。い、いや、ミラやアルシエルが悪いとかじゃないよ?」

「最低、だな」


 アルシエルとミラから、言葉少なくも辛辣な指摘を受ければ、ラビエリは言葉を止めた。

 ラビエリはお酒を飲んでいない筈だけれど……どうやら雰囲気にでも酔っているのか、何時もより饒舌で、自重も無くなっており。


「おーう!持ってきたぞ!」

「ん? え、ちょ――な、何持ってきてんのさこの馬鹿ドワーフ!!」

「あら、もしかしてそれ(・・)を一気飲みするのかしら」


 それ――酒樽を持ってきたギースを見れば、そんな言葉を吐き出したラビエリにギースは可笑しそうに笑いつつ、どん!とテーブルの横に酒樽を置いた。

 ふと周囲をみれば、ギース以外のドワーフの先輩達も酒樽を脇に置いていて――


「――よし!じゃあいっちょドワーフ同士で飲み比べと行くかぁ!!」

「新人にゃ負けねぇぞ!」

「負けた奴ァ、裸踊りだなぁ!!」


 ――その言葉と同時に、文字通り浴びるような、ドワーフ同士の飲み比べが始まって……宴会は、ますます混沌としていった。

 誰も彼もが飲み、騒ぎ。終いには酒場の店員さんまで巻き込みながら、閉店時間を過ぎても宴は続いて。




 ……夜が明ければ、酒場には酔い潰れ、疲れ果てたパラディオン達で溢れかえり。

 昼過ぎになってから、ようやく各々自室へ戻れば明日への(・・・・)準備(・・)をし始めた。

 僕らも同じく、部屋に戻れば荷物を纏め、足りないものは街へ買い出し。

 その日は姉さんも休むつもりだったのか、教導も特にはなく――恐らく、体をしっかりと休めておけという事なのだろう。

 いつもよりも早い時間にベッドに入れば――翌日のことを考えるとどうにも中々寝付けなかったけれど、その内眠りに落ち――




 ――そうして、翌日。

 僕らは地平線から日が顔を出すのと同時に、馬車へと乗り込む。

 一昨日の騒ぎは何処へやら、皆――僕らも含め、表情は固く。それが、これから向かう場所に待ち構えているであろう困難を、予想させた。


 向かう先は、北限。

 人類が生存権を確保した、北の果て――悪神の使徒である『黒犬』が現れると言う、白銀の大地。

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