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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
2章:パラディオンとオラクルのお話
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10.その成果

 姉さんの教導が始まり、更に日が過ぎた。

 午前中は準備運動、と姉さんは言っていたが――成る程、力加減と言うよりはペース配分が解ったからか、僕らは呼吸を乱す事無く姉さんが操る光を相手にする事が出来ていて。


「今!ギース、押し込んで!!」

「おう!よぉい、しょおぉ――ッ!!!」


 体勢を崩した光の巨人に、ギースが懇親の一撃を叩き込む。

 如何に3mを越す巨躯と言えど、無防備な所に一撃を受ければ耐えられる道理はなく。ぱぁん、という音とともに、僕らの目の前で砕け散り――


「――広域魔法を!」

「了解!」


 ――同時に、砕けた破片が無数の光の玉へと変じていった。

 だが、慌てることはない。まだ光の玉へ変化している最中であり、隙だらけなのだから。

 ラビエリはその光の玉を纏めて竜巻に巻き込めば、切り刻み……風が止む頃には、全ての光は消滅していた。


 パチパチ、と手をたたく音に顔をあげると、その光を操っていた姉さんは嬉しそうな表情を浮かべていて。


「うん、お疲れ様♪イレギュラーにも大分慣れてきたみたいね」

「まあ……うん」

「はは、お陰様で」

「何回も予想外の事をされりゃあ、いい加減慣れますわ」


 ミラとギースはどこか乾いた笑い声をあげつつ応える。

 ……あれから、何度姉さんに不意を打たれたことか。光の玉が異様に硬かったり、突然膨れ上がったり。巨人にとどめを刺したと思ったら二体に増えたりと、僕らはもう並大抵の事では驚かなくなっていた。

 そのお陰で、僕も油断せずに判断を下せるようになったんだから、悪いことではないどころか、寧ろ良いことなのだけれど。


「それじゃあ、午前中はこれで切り上げましょう。午後も頑張りましょうね?」

「はいっ!」


 姉さんの言葉に返事をすれば、僕らは早めの昼食に向かった。

 昼食、とは言っても食べるものを食べたら、後は作戦会議である。

 ……午前が準備運動なら、午後は本番。姉さんを相手にする午後の訓練は、午前とは比較にならない程にキツい。

 時折姉さんの動きを止める事には成功するものの、後が続かない。姉さんはずっと加減しているというのに、惜しいという所までしか辿り着けておらず。

 辿り着いたら着いたで、回避された後に打ちのめされる、なんて事を繰り返していた。


 ――だと言うのに、もう出立まで時間はなく。

 流石にこのまま何も出来ずに終わってしまうのは、僕らとしても嫌だった。




 そうして迎えた午後。姉さんは何時ものように木剣を片手に僕らを待っていて――しかし、どこか雰囲気が何時もと違っていた。

 何時ものように笑顔を浮かべていると言うのに、体に感じる威圧感、とでも言うのだろうか。それが前日までの比では無く。


「さてと。皆、大分動けるようになってきたみたいだし……今日は、少し上げていくわね?」

「……っ、は、はい!」


 何時ものような柔らかな笑顔を浮かべつつも、姉さんは木剣を構えた。

 同時に背中に走る悪寒に、僕らは震えつつ――しかし、同時に高揚感を覚える。

 姉さんが何時も以上の力を出すという事は、つまり、僕らは姉さんが少しだけ(・・・・)本気を出せる程度にはなれたという事なのだから。


 そんな僕らの感情が姉さんにも伝わったのか。

 どこか微笑ましそうな、そして嬉しそうな笑顔を見せてから――


「――ギース!」

「ぬ、おぉぉっ!?」


 ――一歩でギースへと間合いを詰めたかと思えば、木剣を振り下ろした。

 辛うじて反応したギースの斧に木剣が直撃したにも関わらず、木剣は何故か折れる事はなく。

 受け止めたギースは思わずのけぞり、危うくそのまま押し切られそうになっていて。


「シ、ィッ!!」


 それを助けるかのように放たれたミラの槍は、そのことごとくが空を切る。

 ミラは槍から逃れた姉さんを目で追うけれど、追い切れておらず――危うく僕らに及びそうだった姉さんの剣を、アルシエルが牽制に放った矢のお陰で、辛うじて僕らは体勢を整える事が出来た。


「うんうん、前の貴方達だったら今ので終わってたわね」


 今の一瞬だけで、何度心臓が止まりそうになった事か。

 だと言うのに、姉さんは涼しい顔をしながら、僕らの動きを……多分、褒めたんだと思う。

 幸いなのは、呼吸が、心臓が止まりそうな程に驚いても思考が止まらなかった事だ。


「――皆」


 短く僕が言葉と告げるのと同時に、姉さんが凄まじい疾さで切り込んでくる。

 予想はしていた。これだけ疾く動くようになったのであれば、僕の号令に割り込むくらいはやってくるだろうと。


 ――だから、ちゃんとそういう時の対策は考えてある。

 カツン、と短く鳴らした靴の音(・・・)で、ミラ達は守りを固めると姉さんの木剣を受け止めた。

 それと同時に、アルシエルは姉さんを狙いすましたかのような矢を放ち……しかし、それを姉さんは、ひょい、と避けてみせる。


「せぇ、のぉ……っ!!」

「……っ、おおぉぉ!!」


 その回避で僅かに体勢を崩した瞬間を、二人は見逃さなかった。ミラとギースは渾身の力を込めて、姉さんを押し込んでいく。

 姉さんはそれでも僅かにしか体が揺れなかったけれど、それで十分。


 姉さんの背後に、唐突に風が吹き荒れ始める。

 ラビエリが作り出した風の壁が、姉さんの背後から吹き上がっており――そこに、ギースもミラも、姉さんを押し込もうと渾身の力で圧していって。


 これは、姉さんにもまだ見せてない手。

 足音の回数で作戦を指示するという、単純だけれど、初見では姉さんには見破れる訳がない方法だった。


 流石の姉さんも、少し驚いたのか。その表情が少しだけ、変わったような気がした。


「ん、ふふ……良いわ、こういうので良いのよ、こういうので」


 嬉しそうに、楽しそうに姉さんが笑みを浮かべる。

 後少しで姉さんは風の壁に押し込まれて、吹き上げられるというのに、姉さんは余裕たっぷりで――その理由は、否応なしに理解できてしまった。


「……っ、何で……!?」

「こん、のぉ……っ!!」

「ほーら、頑張って?」

「……冗談でしょ」


 ラビエリの呆れさえ混じった声に、思わず頷いてしまいそうになった。


 ――姉さんは、別に筋肉がすごいとかそんな事はない。凄い女性らしい体で、線も細く、背だって飛び抜けて高い訳でもない。

 なのに、そんな姉さんが力自慢のギースと長身のミラとの、二人がかり相手に力勝負で互角(・・)だなんて――!


「アルシエル、援護を!」

「う……んっ!」


 でもまだだ、まだ姉さんは風の壁を背に負ってる。

 それに二人と力勝負をしていて、今なら回避だって出来ないはずだ。

 それなら、アルシエルと僕の射撃で体勢を崩せば――


「――えい」

「な……っ!?」

「え、あ……っ!?」


 ――その思考を読み取ったかのように、姉さんはミラとギースの体を傾けた。

 二人の体が射線に入れば、姉さんを狙う事なんて出来る訳もない。

 でも、後ちょっとだけでも押し込めれば姉さんに、仮にとは言え一撃当てられるのに……!


 ……いや。違う、のかもしれない。

 僕は頭の中をよぎった物に、足音を3度鳴らす。


 ミラとギースは一瞬だけ戸惑ったけれど、合図はちゃんと覚えていたのか。

 姉さんが押し込んできたのと同時に退いて、僅かに姉さんの体勢を崩しつつ僕らの元へと戻ってきた。

 姉さんはすぐに体勢を立て直せば、直ぐにこちらに向かう事はなく、不思議そうな表情で首を傾げてみせる。


「あら、どうして退いたのかしら? 後少しだったでしょうに」

「俺らもまだやれたぞ、一応退いたが」


 姉さんの言葉に、ギースも疑問を口にする。

 何故、と言われれば嫌な予感が頭をよぎったから、としかいえない。

 心配が過ぎると言えば、そうなのかも知れないけれど――


「姉さん、あのまま押し込んでたらミラとギースを風の中に叩き込むつもりだったでしょ?」

「――あら、良く判ったわね♪」


 ――どうやら、その心配は無駄ではなかったらしい。

 姉さんが二人の体勢を容易く崩せた時点でおかしいと思っていたけれど、姉さんは圧されているフリをしていただけなのだ。

 恐らく、ギリギリの所で体を切り返すなりして体勢を崩させて、風の壁を逆に利用するつもりだったのだろう。


 ミラとギースも僅かながらにそう感じていた部分は有ったのか、少しだけ悔しそうにしていて。


「そういう直感は大事よ、ウィル。さあ、続きと行きましょうか――!」

「――ッ!!」


 僕を褒めた姉さんは、嬉しそうに笑顔を浮かべながら、そのまま再び間合いを詰めてきた。

 ギースとミラは身構えていたから、なんとか防ぐ事は出来ていたけれど――武器で勝負して勝つのはまず不可能。魔法を直に当てるのは無理、用意した魔法に押し込むのも無理となれば、もう出来る事は一つしか無い。


 他にも有るのかも知れないが、少なくとも今の僕には思いつかず。

 靴を二回鳴らせば、皆も小さく頷いてくれた。




 ――そこからは、終始姉さんの猛攻が続いた。

 一撃一撃が信じられない程に重く、まるでギースの力とミラの技を足して、尚足りないと思えてしまう程の攻撃に、僕らは守るのが精一杯で。

 僅かでも気を緩めれば、思考を止めれば即座に叩きのめされるであろう姉さんの攻撃に、息をつく暇さえ無く。

 僕は終始姉さんの動きを見つつ、指示を出しつつ、アルシエルと共に援護射撃をしたり、後衛に及びそうになった姉さんの木剣を辛うじて受け止めたり、目が回るような忙しさに倒れそうになったが――それでも、何とか持ちこたえた。


 最初は攻めてこなくなった僕らを、姉さんは訝しげな顔をして見ていたけれど。

 時間が経つにつれ、僕らの狙いがわかったのだろう。にんまりと笑みを浮かべながら、なお攻めは苛烈になっていく。


「よく耐えるわね。なら、これでどうかしら――!!」


 それでもなお、ギリギリの所で凌いでいた僕らに姉さんは嬉しそうにしながら――正眼に構えていた剣を、振り上げた。

 ――覚えている。

 二日目に僕らを震撼させた、あの恐るべき一撃。

 まともに受けることは先ず出来ず、回避したらしたで不利な状況に追い込まれる、理不尽そのもの。


 でも、だからこそ。その対策だけは、淀み無く行えるようにしっかりと打ち合わせはしてきたのだ。


 迷うこと無く、ミラもギースも後ろに下がる。

 同時に、ラビエリは僕らの周囲に風を巻き起こそうと、準備を始め――僕とアルシエルも、準備を始めた。


 姉さんが剣を振り下ろすと同時に、轟音が鳴り響く。姉さんを中心とした衝撃波が巻き起こり、土煙が舞い上がって視界が奪われる。

 それを、ラビエリは即座に風を巻き起こす事で土煙を晴らし、視界を確保した。

 姉さんの姿は既に無く、土煙に紛れて移動した事は明白で。


「――っ」

「あら、見つかっちゃったかしら」


 僕が探している間に姉さんを見つけたのか。ヒュン、とアルシエルが矢を飛ばせば、それを姉さんは木剣で軽く払ってみせた。

 すかさず、僕は姉さんに向けて指を翳し魔法を放つ。

 閃光と共に放たれた雷は姉さんから大きく反れはしたものの、警戒させる程度は出来たのか。

 剣では払えない雷を避けるように動きつつ、僕らの方へと向かってきて――それを、ミラとギースが受け止めた。

 相も変わらず、木剣とは思えない程の重い音に、二人は小さく呻くものの崩れる事はなく。それを見た姉さんは、嬉しそうな笑顔を浮かべれば――


「……ん。今日は、一度も倒れなかったわね」


 ――一転、そんな優しい言葉を口にした。


「お疲れ様、皆♪午後はこれでお終い、良く頑張ったわね」

「は……ぁ」

「な、何とか格好はついた……か?」


 時間が来たのだろう。姉さんの終わりの言葉と共に、ミラとギースはその場に崩れ落ちる。

 そして、ラビエリとアルシエルも緊張の糸が切れたのか、ぺたん、と座り込んでしまった。

 ……僕も、その場で膝を付きながらくたりとしてしまい。どうにもすぐには動けそうになく。

 しかし、何とか狙い通りにいけた事に、確かな喜びを感じていた。


 ――そう、僕らは途中から「一度も倒れない事」を目標に切り替えたのである。

 最初は何とかして姉さんに一矢報いようとしていたものの、今日の姉さんはいつも以上に加減がない様子だったのもあって、それを無理だと判断したのだ。

 ……正直、そうして良かったと思う。意地になって攻めていたなら、今日の姉さんには何度倒される事か想像もつかないし。


「ウィルも、よく頑張りました♪いい子、いい子……♥」

「わ……ちょ、ちょっと、姉さん……」


 まだ力が入らない体を、正面から抱きしめられて、頭を撫でられて。

 ……皆の前だから、凄く恥ずかしいと言うのに。なぜだか、姉さんに褒められ、撫でられるのが無性に嬉しくて仕方がない。


 姉さんはそのままひょいっと僕を抱き上げると、まるでぬいぐるみでも抱くかのようにしつつ、皆の方へと向き直った。


「皆、今までよく頑張ったわね!最初の頃と比べて、見違えるくらい良くなったわ♪」

「おお、そこまで言ってもらえれば頑張ったかいがありますわ!」

「とは言え、結局エミリアさんには一度も槍を当てられなかったが……まあ、仕方ないか」

「ミラは目標高すぎるって。僕らでここまで出来りゃ上出来だよ」

「……ん、で、も……それが……いい、所……だ、から」


 姉さんの言葉に、すっかり皆肩の力も抜けた様子で。

 それぞれ思い思いの言葉を口にしつつ、姉さんはそんな皆に優しく微笑めば――


「――という訳で、今夜はお姉ちゃんが皆に奢っちゃうわ!一緒に呑みましょう!」


 ――僕を抱っこしたまま。

 まだ疲労が抜けきっていない皆に、姉さんは明るく朗らかに、そんな言葉を口にした。

 約一名、飛び上がる程に大喜びしたのは言うまでもない。

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