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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
2章:パラディオンとオラクルのお話
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9.役割、そして思考

 翌日。僕らは昨日と同じように、訓練場に居た。

 相手にするのは、昨日と同じ姉さんの操る光の玉。

 ただ一つだけ違うのは――


「シ、ィ――ッ!」

「ぬぅんっ!!」

「ギース、また大振りになってるよ!」

「ぬ――うごぁっ!?」


 ――昨日と比べて、僕らは大分余裕を持って光の玉を相手にすることが出来ていた、という事だろうか。

 相変わらず光の玉を追うので精一杯ではあるものの、昨日のように全力を出す事はなく。

 ……ギースは相変わらず力加減が苦手みたいで、フルスイング後の隙を光の玉に打ち抜かれたりしてるけれど、昨日よりは大分打たれなくなってきていた。


 昨晩の反省会で、姉さんに注意されたのは力の加減(・・・・)

 何事にも全力を、というのは美徳ではあるものの、その実とても無駄が多いのだと姉さんに諭されてしまった僕らは、それを意識しつつ動いていた。


 ……昼にアルシエルも指摘していたけれど、確かに光の玉を壊すのにフルスイングや強烈な攻撃なんて物は必要ない。

 当てることに集中するだけなら変に力む必要だってないし、余計な疲労だって背負わずに済む。

 それは結果的に自らの隙を減らす事にもつながるし、何より――


「……ふ……っ、ぅ……っ!」

「あちゃ、やっぱり迎撃されちゃうのか」

「だが、やはり――次で仕掛けるぞ、ギース」

「おう、流石の俺でも判ったわ」


 ――何より視野が、こんなにも広がるだなんて思ってもみなかった。

 体の力を抜いただけで、あのとても捉えられないと思っていた光の玉の隙がはっきりと判るのだ。

 昨日の時点と動きはそこまで変化していない筈なのに、こんなにも解りやすい隙が有ったなんて、と苦笑してしまうくらいに。


 僕らをからかうようにふよふよと浮いていた光の玉に、再びミラが仕掛けていく。

 ヒュン、と風を切る音を鳴らしながら放たれた槍は疾く、そして軽い。光の玉はそれを軽々と避けつつ、しかし動ける範囲を拘束されて。


「ん……っ!」


 ――その横合いから、アルシエルの矢が光の玉へと飛んでいく。

 アルシエルの矢は相も変わらず正確で、僅かな狂いさえなくミラの槍をかいくぐり、光の玉へと向かっていき……そして、光の玉から熱線が放たれたかと思えば、当たる寸前で焼け落ちた。

 だが、決して彼女の矢が無駄だったというわけではない。

 数度観察して判ったが、アレは一度に二つ以上の行動を起こせないらしく――迎撃の瞬間、はっきりと動きを止めたのだ。


「――ほいっと、な」


 その瞬間を逃さず、ギースは斧を軽く振り下ろし。

 ……今までの苦労は何だったのか、と思うほどにあっさりと、光の玉に斧がめり込めば、パァン!と音を立てて光の玉は消えてしまった。


「はい、お疲れ様。簡単だったでしょう?」


 パチパチ、と。

 拍子抜けする程にあっさりと壊せてしまった事で少し困惑さえしている僕らに、姉さんは軽く拍手をしつつ、笑顔を向ける。


「気負いすぎず、力まず、自然体で。初めて相対する相手でも、冷静に観察すること。これはどんな時でも基本よ、しっかり覚えておくように」

「は、はい!」


 姉さんの言葉に、しっかりと頷く。

 姉さんの言う通りだけれど、言うは易く行うは難し。初めて遭う害獣を見ればどうしても硬くなってしまうし、自然体で居ることは難しい。

 ――でも、それが出来るようにならなければ話にならないぞ、と姉さんは暗に口にしていた。


「さ、それじゃあ次行きましょうか♪」

「……え?」


 そして、姉さんは再び光の玉を作り出す。

 ……それも、今度は同時に3個。僕らはそれを見て、表情を引き攣らせて。

 そんな僕らを見ながら、姉さんは笑顔で訓練場へと光の玉を解き放った。


 ――解き放った、というのは文字通り。光の玉は先程のものとはまるで動きが違い、地を這うように疾く――まるで僕らを狩る獣のような、そんな動きをし始めたのだ。


「っ!? 動きが――」

「皆、集まって!僕ら三人で円陣を組んで、二人は中に!」

「う……んっ」


 困惑するミラ達に号令をかけて、アルシエルとラビエリを守るように円陣を組む。

 ……冷静に、冷静に。

 特に僕は常に冷静に、判断を下さなければならない。

 昨晩姉さんに指摘された事は多かったけれど、僕が特に言われたのは全体の動きの把握だった。

 この状況では、次の状況では、僕らがどのような動きをするべきか。前衛と後衛の間に居る僕が、判断を下すべきだと。

 そして、皆もその言葉には頷いてくれていて――だから、僕はそれを裏切らないように、冷静に全体を見なければならない。


 光の玉は地を這うように動き、その様はまるで地中を泳いでいるかのようで。

 その動きは一見縦横無尽に見えながらも、徐々に徐々に、僕らの方へと輪を狭めているように見えた。


「――ミラ、ギースは現状維持。アルシエルは変な動きが無いか観察、ラビエリは僕らを中心に広域で風の壁の準備を」

「ん。タイミングは?」

「範囲内に入ったら教えて。発動は僕が」


 了解、とラビエリが頷いたのを見てから、僕らは光の玉が近づいてくるのを待つ。

 ――徐々に、徐々に狭まる輪に少し緊張しつつも、大きく息を吸い、吐けば何とか落ち着いた。


「……入ったよ」


 ラビエリの言葉に、小さく頷く。

 徐々に、徐々に光の輪は狭まり、もう少しすればミラの槍が届く程の距離にまで来てしまう。

 でももう少し。光の玉達がもう少しこちらに来るまで待ってから――


「――今!」

「了解っ!!」


 ――その瞬間。僕らごと、光の玉を風の壁の中に閉じ込めた。


「ミラ、ギース、僕で光の玉の相手を!アルシエルは光の玉の動きを止めて!」

「ああ、解った!」

「コンパクトに、コンパクトに……っと、苦手だなこりゃあ」

「う、ん……っ」


 僕が剣を振るえば、光の玉は地を這いつつ逃れようと動く。だが、既にここは風の壁の中。光の玉は遠くへ逃れ仕切り直す事は出来ず。

 出来る限り、アルシエルが動きを止めてくれるまでの間、僕は光の玉が中央に居る二人に行かないように動きを抑えるように努め――


「……ふ、ぅ」


 ――アルシエルの矢で動きが止まった光の玉に、剣でトドメをさせば。丁度それが最後だったのか、ラビエリは魔法を解除した。


「うん、うん。ちゃんと昨日言われた通りに動けてるわね。ウィルも偉い偉い♪」


 姉さんは僕らを見て、嬉しそうにしながらパチパチと手を叩く。

 ……昨日は最初の光の玉一つに完全に翻弄されていたのに、今日はその次……まあ、動きが違ったけれど、光の玉三つも普通に処理できた。

 前はこんなのどうすれば、なんてすら思っていたのに……こんなに簡単に出来てしまうなんて。


「まあ、朝の準備運動(・・・・)なのだから、これくらいは出来ないと。さあ、それじゃあ次行くわよ!」


 ――準備運動、と言い切られてしまったのはちょっとショックだったけれど。

 それでも、僕は――ううん、僕らは冷静になればこんなにも動けるのか、という事を理解して、喜びに沸いていた。

 これなら、いくら光の玉が来たって大丈夫だ。そんな事を考えて――


「今度のはこんな感じにしましょうか、気分転換も大事よね♪」

「――え」

「ちょ……っ!?」

「じょ、冗談でしょ……?」


 ――姉さんが気分転換と口にして作った、身の丈3m程の光の巨人に、僕らは固まってしまった。

 姉さんが凄い人なのは、十二分に理解していたつもりだけれど。一体、魔法でどれだけの事が出来るんだろう、この姉さんは――!?




「――はい、午前はこれでおしまい!明日からはもっと色々なのを用意してあげるから、お楽しみに。それじゃあ、休憩!」

「あ、ありがとう……ございました……」


 ――結局その後、光の巨人には勝てず。訓練場の床に寝転がりつつ、姉さんに何とか返事を返した。

 とは言えど、僕らも決して一方的に負けたわけではなく。時間さえあれば勝てたのでは、という内容に確かに僕らは成長を実感したのだった。




 ――そうして、休憩と昼食を挟んで迎えた午後。


「ぬぅんっ!!」

「そうそう、昨日よりはマシになったわね? 60点くらいよ、ギース君!」

「そいつは、どうも!!」

「ミラさんはもっと視野を広げる!貴女は間合いの広い武器を扱っているのだから、その間合い全てを把握しなさい!」

「はいっ!」


 再び、姉さんとの模擬戦が始まり――午前のように快調、とは行かず、訓練場に姉さんの檄が飛び交っていた。

 姉さんの動きにはついていくのがやっとで、姉さんの作った光の玉や巨人とは違い、冷静に俯瞰してなお、隙がまるで見えず。

 アルシエルが前にいる二人への援護に、と連射した矢を容易く手で(・・)掴めば、投げ捨てた。


「何今の援護は!あんなヘロヘロの矢じゃ害獣は止まらないわよ!?」

「す……みま、せん……っ!」

「ウィルも指示をちゃんと出すのよ、午前はちゃんと出来てたんだから、ね?」

「……っ、はい!」


 そうだ、指示を。

 全体の動きを見て、指示を出すのが僕の役割。

 ――皆、それぞれ秀でている部分があるのだから、それを上手に動かさなければ。


 姉さんの動きは相変わらず不規則だけれど、決して目で追えない程ではない。

 ……多分、僕でも追える程度に加減をしてくれているのだろうと、今更ながらに理解する。


「ミラ、ギース!少しだけで良いから押し込んで!」

「中々キツイ事を……!」

「まあ、やるだけやるさ!」


 そして、姉さんの攻撃も恐らくだけれど、今の僕たちでさばけないモノではないのだろう。

 姉さんは実に正確に、僕らの力量を理解しているのだ。その力量で出来る限界で、戦ってくれているのだ。


 ミラの槍を木剣で弾きつつ、ギースの斧をかわす。前に出ようとすれば、アルシエルの弓が牽制してその場に辛うじて食い止める。


「――ラビエリ、目をつむってて」

「え? あ――成る程ね」


 姉さんは二人……実質三人がかりでも、止められない。

 そんな姉さんに一撃でも当てるには、やっぱり前にやったような魔法での広範囲攻撃しかないだろう。

 でも攻撃を予兆で回避してしまう姉さんには、そのままやっても範囲外に逃れられるだけ。

 だから――


「――稲光よ!!」

「っ、――!?」


 ――雷を頭上に放つ。

 眩い閃光を放った後、雷は天井に命中して大きな音を鳴らし――姉さんの動きが、目を眩ませたからか反射的に止まった。

 僕らに背を向けていたミラとギースは、閃光で目を眩ませる事も無く。何をするのか理解したのか、飛び退いて。


「ラビエリ、今……!」

「分かってる、よ!!」


 それと同時に、ラビエリは両手を床に付く。

 姉さんの周囲に冷気が漂い始めたかと思えば、足元を氷が覆い始め――


「――ウィル。目眩ましは良いけど、その次が駄目よ? 何をするつもりか判ってしまうもの」


 ――それを、いとも容易く姉さんは跳んで、避けた。

 まだ目は眩んだままなのか、目は閉じられたままだと言うのに……足を拘束するはずだった氷は、何もない場所を凍らせただけで。


 ガン、という木を打ち付ける音に、思考が戻る。

 気付けば、ミラとギースが既に眼前へと迫っていた姉さんの木剣から、咄嗟に僕らを守っていた。


「あ、今のは良いわね。うんうん、ちゃんと予想外の事が起きてもカバーに入るのは基本よ、忘れないでね?」

「……っ、ウィル、呆けるな!次の指示を!」

「あ……う、うん!」


 失敗して思考停止していた頭が、ミラの言葉で動き出す。

 ダメだ、ちゃんとしなくちゃ。前からずっとそうだっていうのに、今でも固まってしまう。


 元より姉さんは圧倒的に格上なのだ。

 幾ら僕らに合わせてくれているとはいっても、作戦が毎回簡単にハマるなんて事は有り得ない。

 そんな都合のいい事なんて、有る訳が無いんだ。


「――今度は僕も前に出る!アルシエルは支援に徹して、ラビエリは自分のタイミングで魔法をお願い!」


 ――僕には、才能なんて無い。

 だから、試行錯誤するしかない。いや、才能があったってきっとそうなのだろう。

 姉さんはすっかり視界を取り戻した様子で、僕らを見れば、どこか嬉しそうに笑って。


「そうよ、好きなように試しなさい。折角個性的な子が揃っているんだから」


 そんな優しい言葉を僕らにかけると、木剣を正眼に構えた。

 そのまま、姉さんは木剣を振り上げ――ゾクリ、と背筋が凍るような感覚。


「全員、退避――ッ!!!」


 その言葉と同時に、ギースもミラも、ラビエリにアルシエル、そして僕も後ろへと飛び退いた。

 きっと皆も同じものを感じたのだろう。迷うこと無く逃げた僕らを見つつ、しかし姉さんはそのまま木剣を振り下ろして――


 ――その瞬間、轟音が鳴り響いた。

 周囲には土煙。姉さんの姿は見えず……思考を止めること無く、声を張り上げる。


「全員集まって、午前と同じく円陣!」

「ああ、解っている!」

「なんだ今のは、俺ぁ自信なくそうだぞ!?」


 ギースがそういうのも無理はない。姉さんがしたのは、ただ剣を構え、振り下ろしただけ。

 ただそれだけで、訓練場――下手したら本部そのものが揺れたかもしれないくらいの衝撃を作り出したのだ。

 ギースの渾身の一撃だって、岩を砕くくらいは出来るけれど……それよりも上の事を、姉さんはよりにもよって木剣でやってのけた。


 ――でも、今のではっきりとわかったことが有る。


「……多分、今の姉さんくらいだと僕まで前に来られるのは都合が悪いんだ」

「どう……いう、こ……と?」

「今のは、僕らに当てるっていうよりは仕切り直しをするための――」


 そう、多分だけれど。

 もしかしたら、僕も含めて4人で押さえ込めば、今の姉さんの動きを止められるのかもしれない。

 そうでなければ、わざわざ僕らに簡単に避けられてしまうような、大振りの一撃をこれ見よがしに出すなんて、余りにも今までの姉さんらしくなさすぎる。


 ――そこまで思考して、僕はハッとした。

 周囲には土煙。未だに視界は悪く、だから円陣を組んだのだけれど――しまった!


「ここは魔法の使い(・・・・・)()よねぇ。風が使えるんだから、視界を直ぐに確保しなきゃダメよ?」

「ぐ、あ――っ!?な、何故――」

「円陣を組むのは悪くはないけれど、その時の物音で位置を予見できちゃうのも頭に入れなきゃ。ね」

「ぬぁっ!?」

「――という訳で。今のは40点くらいかしらね、ウィル?」

「あ――」


 しまった、と思った時にはもう遅い。

 既に土煙に紛れて接近していた姉さんに対応できず、ミラとギースは木剣で打たれ。

 そして、眼前には姉さんの、残念でした、とでも言うかのような悪戯っぽい笑顔があり――


 ――土煙が晴れる頃には、僕らは全員地面に倒れ込んでしまっていた。

 姉さんのあの一撃は、僕らと距離を取るのと同時に視界を奪うという、二重の意図があったのだ。

 それに気づけていれば、思考が至っていれば、今のも防げたはずだったのに。


「でも昨日に比べれば格段の進歩よ、よく出来ました♪10分休憩したら再開しましょうね!」

「……は、はい……」


 結局、姉さんは涼しい顔をしたままで、汗一つかくこともなく。

 僕らは疲労困憊になりつつも、10分で何とか呼吸を整えれば、立ち上がって武器を構えた。




 ――そうして、姉さんの教導は、地獄の特訓は続いていく。

 時に打ちのめされ、時に組み伏せられ。常に判断を要求されながら、僕らは何とか姉さんの教えについていくのが精一杯で。

 それでも、何故だろう。剣の腕とか、強い魔法がとか、そういうのが伸びた訳でもないのに……少しずつ、少しずつ。前よりも強くなっているような。そんな、気がしていた。


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