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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
2章:パラディオンとオラクルのお話
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8.地獄の幕開け

 ――姉さんからの提案を受けてから、その翌日。

 僕らは朝から訓練場へと呼び出され、昨日のように武器まで持たされていた。

 唯一違うのは、姉さんが持っているモノ。相変わらず実戦用ではないものの、今日姉さんが手にしているものはおもちゃの剣ではなく、訓練用の木剣だった。


「おはよう、皆。よく眠れたかしら」

「うん……えっと、姉さん。今日はどうしたの?」

「ふふ、よくぞ聞いてくれました!今日から私が――」

「……ふぁ……」


 ラビエリが小さく、しかしちゃんと口元を抑えてあくびした瞬間。

 喜色満面と言った様子で楽しげだった姉さんの雰囲気が、一瞬で変化した。

 それと同時に一瞬で姉さんは視界から消えて――


「……おぐぅっ!?」

「――おっはよう、ラビエリくん♪目は覚めたかしら?」

「は、はひ、さめまひた……」


 ――次の瞬間、ラビエリは顔面に木剣を叩き込まれ……たのだと、思う。全く見えなかったけれど。

 鼻血を垂らしながら悶絶し、うずくまるラビエリに後ろから明るい笑顔を向ける姉さんは、昨日手合わせした時とはまた違った雰囲気を纏っており。

 ただならぬ姉さんの様子に僕らが姿勢を正すと、姉さんは表情はそのままに木剣を地面に突き立てた。

 ……木剣なのに、何故か石床に刺さったのは見なかったことにしたい。


「それじゃあ、改めて。今日から出立までの間、私が貴方達を一人前のパラディオンとして戦えるように教導します!」

「は、はいっ!!」

「うん、良い返事♪」


 姉さんの言葉に僕らが二つ返事で答えれば、姉さんはうんうん、と満足気に頷いた。


「しかし、その。エミリア様に教導して貰えるってのは光栄なんですが」

「何かしら、ギース君?」

「……具体的に、どういう事をするんですか? 確か、出立までそう長かないですよね」


 訝しげなギースの質問に、他の皆も小さく頷く。

 ……そう、実の所。姉さんが出立するまであと1週間もなかったりする。

 その短い期間だけ姉さんに教導してもらっても、そこまで大きく変わるとは思えない、というのは確かにあるのだ。

 無論、何もしないよりは良いとは思うのだけれど。


「そうね、今から体力づくりをみっちりやっても誤差範囲だと思うわ。だから――」


 僕らの問に少しだけ同意しつつ、姉さんは再び石床に木剣を突き立て、音を鳴らす。


「――私が貴方達に教えるのは、戦い方(・・・)よ」

「たた……か、い……かた?」


 首を傾げるアルシエルに、ええ、と短く応えると、姉さんは柔らかく笑みを浮かべ、僕らを見回した。


「今の貴方達は、パラディオンの中では中の上から中の下くらいのパーティーだけれど。戦い方さえ学べは、中の上にはなれるでしょうから」

「……えっと、中の上から中の下、で。中の上になれるって言うのは?」

「要するに、今の貴方達はブレ幅が大きすぎるのよ。カッチリ噛み合えば中の上、そうでない時は中の下、みたいな感じね」


 ――成る程、と少し納得してしまった。

 僕らはパーティーを組んでから数ヶ月程の付き合いだけれど、まだまだ動きに無駄が多い。

 この間姉さんと手合わせした時は大分噛み合っていた気はするけれど……それはまあ、当たり前だ。

 だって、あの時は事前に相手が判っていて、その上で対策を皆で練って、打ち合わせまでしっかりとしたんだから。

 実際、姉さんを風で閉じ込めるまでは上手く行ったけれど、脱出された瞬間――その先の事を考えていなかったから、一瞬で全滅してしまったし。


「それを、中の上で固定するの。どんな相手が出ても、常にチームとして最高のパフォーマンスを発揮できるようにしてあげる」


 そう言いながら、姉さんは――自分の周りに光の玉を一つ作り出せば、ふわふわと訓練場をさまよわせ始めた。

 光の玉の動きは遅く、しかし不規則に動いており。それを目で追っている僕らを見れば、姉さんは小さく笑って。


「――それじゃあ朝の訓練を始めましょうか。私が操る光の玉を、5人がかりで破壊するのよ」

「え」

「……そんなので、良いんですか?」

「ええ、朝から激しい運動はキツいでしょう? だから、朝の3時間はそれだけね♪」


 なんだ、と僕らは全員拍子抜けしたかのように肩の力を抜いてしまった。

 流石にそれだけなら、3時間もかからずに終わるだろう。

 いくら姉さんとはいっても、僕らをバカにしすぎている。これでもそれなりに害獣の相手はしてきたのだ、あのふよふよしている光の玉を壊すくらいなら訳はない。




 ――1時間も経たない内に、そう思っていた自分を殴り飛ばしたくなった。


「この、ちょこまかと――!!」

「ギース、斧を振り回すな!援護が出来ん!」


 光の玉がふよふよとゆるく動いていたのは最初だけ。

 まるでからかうように上下左右、自由自在に動く光の玉に、僕らは完全に翻弄されてしまっていた。

 しかも、当然の事ながら単純にからかうだけではなく――


「ぐ、おっ!?」


 斧を大振りしたギースの顔面に光の玉がぶつかれば、ギースは苦悶の声を上げながら仰け反って、悶絶する。

 ――そう、攻撃も当然してくるのである。

 光の玉は機敏に動きながら、少しでも隙を見せれば反撃するかのように体当たりを仕掛けてくるのだ。


「この、おとなしく――!?」

「危ない、ラビエリ!!」


 ラビエリが魔法で光の玉の動きを止めようとするものの、それを見た瞬間に光の玉の動きが切り替わる。

 僕が前に出て光の玉を切り払おうとすれば、その瞬間――光の玉はピタリと止まり、剣の射程から逃れてしまった。


 ――当たり前だけれど、これを操作してるのは姉さんだ。

 故に、今まで相手にしてきたどんな害獣よりも動きが多彩で、まるでこちらの思考を読み取っているかのような動きをする光の玉に攻撃を当てられる筈もなく。


「――っ、ん……っ!!」


 挙句の果てには、光の玉の動きを読んだかのようなアルシエルの弓でさえ、光の玉から発せられた熱線に迎撃されてしまう始末。

 ……いや、迎撃してもらえてるだけ凄いことなのだろう。それはつまり、当たるから迎撃するという事に他ならない。

 つまり、アルシエル以外の攻撃はそもそも当たる以前の問題なのだから。


 そうして、僕らが光の玉に翻弄され続けていると――


「――はい、朝の訓練はここまで。休憩したら昼食を取ってらっしゃいな」


 ――いつの間にか3時間過ぎていたらしく。

 結局、僕らは光の玉を壊すどころか一撃さえ当てることも出来ずにいた。

 姉さんはその間ずっと光の玉を操っていたにも関わらず、まるで疲れた様子もない。


 僕らはほうほうの体で返事をすれば、訓練場を後にして昼食を取ることにした。


「……いやあ、参ったな!」

「笑い事じゃないよ、自信なくしそう……」


 ギースの笑い声にラビエリは大きくため息を吐き出して、肩を落とす。

 魔法を撃とうとする度に妨害され、よしんば撃てても外れ、そんな事を繰り返している内にラビエリはすっかり疲れてしまったようで――というよりは、魔法の使いすぎで軽い鬱になってしまっているようだった。


「しかし、どうした物かな。あれは地味に厄介だぞ」

「俺の斧なんざ空振りしっぱなしだったからなぁ」

「……そ、の」

「ん、どうしたのアルシエルさん」


 食事を取りながらどうしたものかと頭を悩ませていると、アルシエルがおずおずと手を上げて。

 彼女はしばらくの間、口をぱくぱくとさせながら言葉を探しているようだったけれど――もう慣れている僕らは、彼女の言葉を待つ。


「……あ、れ。壊す……の……た、ぶん……力、いらない……と、思う、の」

「ふむ?」


 彼女の言葉に、ギースは酒を飲みつつ眉をひそめる。

 一体どういう意味合いなのか、と少しだけ考えて――ああ、と思わず声が出てしまった。


「つまり、威力はなくても面で攻撃をすればいいって事、かな」

「……う、ん」

「成る程、確かにアレに耐久力があるようには見えなかったものな。時間も3時間はある訳だし――」


 そうやって話し合っている内に、時間は過ぎていく。

 昼食を終えた僕らは、訓練場へと戻り――


「――お帰りなさい♪それじゃあ午後からは私と模擬戦ね!」


 ――そんな僕らを、たった今食べてきたものを全て戻しそうになるくらいの地獄が待っていた。




「うぐっ!?」

「遅いッ!そんなんじゃ害獣に頭からがぶり、よ!」


 一度は相手にした姉さんだけれど、動きは以前とはまるで比べ物にならなかった。

 いや、防御に関しては間違いなく以前より緩い。緩いのだけれど――昨日姉さんがどれだけ手加減していたのか、僕らは痛感する。

 ほぼその場から動かずに攻撃を捌いていた昨日の姉さんからは一転、動きつつこちらへ攻撃を加えるようになったせいで、僕らはまたしても翻弄され続けていた。


 動きの機敏さで言うのであれば、間違いなく昨日の方が早い。姉さんからしてみれば、歩くようなスピードで僕らを相手にしているようなものなのだろう。

 だが――


「焦って魔法を使わない!魔法は害獣に確実に当てられる時まで耐えるか、味方を守る時だけに使うの!」

「……っ、は、はいっ!!」

「貴女も後方支援をするならちゃんとしなさい!ミラさんとギース君が打たれた分は、貴女のミスも同義だと思うこと!」

「は……い……っ!」

「ウィルもっ。ウィルは全体を見てどちらが欠けてるか(・・・・・)瞬時に判断するの、解った?」

「はいっ!!」


 ――とにかく、姉さんから攻撃を仕掛けてくるというのが厄介過ぎる。

 勿論姉さんからしてみれば手加減した攻撃なのだろうし、持っているもの木剣ではあるのだけれど、僅かでもこちらに隙があれば、その木剣が胴を薙いでくるのだから堪らない。


「――何してるの二人共!貴方達がしっかりしないと、ウィル達は害獣の餌食よ!?」

「ぐ……っ!」

「は、はい、申し訳ありません……っ」


 二人の動きが鈍り、姉さんが後ろに居た僕らの頭を小突けば、ミラ達に(げき)を飛ばした。

 二人は既に何度も木剣で打たれており、少しふらついてさえいて――それを見た姉さんは小さくため息を吐き出すと、木剣を床に突き立てる。


「……仕方ないわね。10分だけ休憩していいわ、息を整えなさい」


 その言葉と同時に、僕らは床にへたりこんだ。

 全身は汗まみれだし、喉はカラカラで、頭はクラクラする。体力自慢のギースですら座り込んで息を荒くしているのだから、相当だ。

 ……姉さんは、疲れどころか相変わらず汗もかいていないけれど。何やら手帳にメモのような物を取りつつ、真剣な表情をしている姉さんは僕には新鮮で。


「――あら、どうかしたのウィル?」

「ううん。姉さんは、やっぱり凄いなぁって」

「ふふっ、ありがとうっ♥」


 僕の言葉にそう応える姉さんは、いつもどおり――昔の記憶のままだったけれど。

 僕がパラディオンになっている間に、姉さんはずっと凄い存在になってたんだなぁ、と誇らしく、そして少しだけ寂しくなった。


「さてと、それじゃあ休憩終わり!残りは休憩なしでがんばりましょう!」


 ――そうして、姉さんの教導と言う名の地獄の特訓は続いていく。

 その後も檄を飛ばされ、打ちのめされ。5時間が過ぎる頃には、もう立ち上がる事が出来ない程に消耗しきってしまって。


「……そろそろ限界かしら。それじゃあ、お昼はお終い!夕食後はウィルの部屋でお話しましょうね♪」


 姉さんの楽しげな声に応える余裕もなく、訓練場に寝転がれば――姉さんが立ち去った後も、しばらくは立ち上がる事さえ出来なかった。

 ……確か、一週間弱これが続くんだっけ。


「……僕たち、一週間後まで生きてられるかな?」

「縁起でもない事を言うんじゃあない……」

「まあ、死にはしないだろうさ。多分、な」

「そうだね、姉さんもその辺は分かってるみたいだし」


 よいしょ、と何とか体を起こしつつ苦笑すれば、皆もため息混じりに起き上がった。

 何がともあれ、夕飯と食べないと。

 疲れすぎてて胃が受け付けない気はするけれど、食べないと多分身が持たない。

 僕らは疲れ切った体にムチを打ちながら、いつもの酒場に――飲むわけでもなく、食事をしに向かうのだった。




 /




「――んー。やっぱり、普段は中の下、ね」


 今日一日の訓練でのウィルたちを振り返り、ため息を漏らす。

 各々のポテンシャルは多分高いのだけれど、それが噛み合う場面が余りにも少ない、と言った所なのかな。

 ミラさんは今でもちょっと周りが見えていない節があるし、ギース君は有り余る力を込めすぎて大振りばっかり。

 ラビエリ君は魔法の才能が抜きん出てるのは判るんだけど、焦ると直ぐにそれに頼っちゃうから、午前の時点でバテバテだったし……アルシエルさんはアルシエルさんで、援護か攻撃のどっちかにしか頭が行ってないから、折角の目を無駄遣いしてる。

 ウィルはその辺り把握出来てそうなんだけど、自分に自信がないからか全然指示が出せてないし……ううん、課題は山積みって感じ。


「とは言え、昨日はちょっと光る物を感じたのだけどねー……」


 昨日、私をひっかけたあの連携は見事だったと今でも思う。

 あれは偶然やまぐれの動きじゃないだろうし、あれを常に引き出せるようにしてあげれば、ウィルは今後も安全に――命を落とすこと無くパラディオンを続けられる、はず。


 ……まあ、勿論ミラさん達に光るものを感じたからこそ、今度の黒犬との決戦に同行させるつもりではあるのだけれど。

 やっぱり今後もウィルが安全にいられるように、というのが一番だった。


「……まあ、まだ数日あるし。あの子達なら何とかするかしら」


 私は期待を込めつつそんな事を言うと、サンドイッチにかぶりつく。

 うん、相変わらず本部の料理は美味しくていい。


 夜からは今日の反省会をさせて、自分達の何が駄目なのかをよく理解させよう。

 明日もまた同じように、朝から夕方までしっかりとしごきあげよう。

 それで少しでもウィルの周りに居る子達が強くなって、最愛の弟の安全が約束されるのなら安いものだもの。


「――それに。ウィルに色々教えられる機会なんて、多分この先無いでしょうしね」


 誰に言うわけでもなくそんな事を呟けば、私は夕食を終えると鼻歌混じりにウィルの部屋へと向かった。

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