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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
2章:パラディオンとオラクルのお話
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4.夢の終わりと、始まり

「――どうだ?」

「……だめ、みたい……返事、も……きこえ、なか、った」

「そうか、そりゃあ重症だな」


 アルシエルの言葉に、僕らは肩を落とす。

 ――姉さんとミラが手合わせをしてから、彼女はずっと部屋に籠りきりだった。

 扉を叩いても返事はなく、部屋には鍵が掛かったままで。部屋の中に居るのは確かなのだろうけれど、安否の確認さえ出来ず。

 僕やギース、ラビエリが声をかけてもダメだったので、同性のアルシエルなら……と思ったのだけれど、それも駄目だった。


「しかし……エミリア様に負けたのが、そんなにショックだったのかね」

「まあ、確かに完膚なきまでに叩きのめされてたからなぁ」

「……で、も。負けて……当然、の……あい、て……だもの」


 そう、負けて当たり前だ。

 オラクルというのは、文字通り『神から選ばれた者』。全人類の中でも屈指の才能を持った者たちの集まりで、その数は両手で数えられる程しか居ない。

 そんな相手と戦って、勝てるわけがないのだ。寧ろ、勝負にすらならない事がほとんどだろう。

 ミラ自身、恐らくは勝てるなんて微塵も思っていなかったはずだ。


「……多分、勝敗とかじゃなくて」

「ん……最後のセリフ、か」


 ……つまり、彼女が部屋に引きこもっている一番の原因は先程の勝負よりも。

 オラクルに――姉さんに、『パラディオンを辞めたほうが良い』と勧告された事なのだろう。


「気にする事は無いと思うんだけどね。彼女、実際僕らにとっては(かなめ)みたいなものだし」

「……う、ん。居ないと……すご、く……こ、まる」

「だなぁ。俺とウィルだけで前衛やれって言われてもキツいわ」

「うん、ミラは僕らにとって間違いなく必要な人だよ」


 それは、断言できる。

 姉さんがミラをパラディオンに向いていないと判断した理由は判らないけれど、ミラは僕らにとってはとても大事な仲間だ。

 彼女の判断に救われた事もあるし、彼女がギースと共に矢面に立ってくれる事でアルシエルとラビエリは安心して後方支援が出来る。

 僕も、何方かが足りないと感じた時にはそちらに手を貸す事で、比較的安定して害獣を駆除する事が出来ていた。


 ……そうでなくても、ミラは僕にとっては養成所時代からの友人なのだ。

 居なくなられてしまうと寂しいし、困る。


「……いっそドアをぶち破るか?」

「バカっ!んな事したら大目玉じゃすまないだろ!!」

「いやまあ、冗談だが。このまま出てこないっていうなら、それしか手段がなかろう」

「……鍵を借りに行く、のは……理由が無いと駄目だよね」


 彼女の部屋の前で、肩を落とす。

 結局の所、手詰まりだった。合鍵を借りるにしても、ミラが部屋から出てこないから、なんて理由じゃ多分貸し出してはくれないだろう。

 勿論、ドアをぶち破るなんていうのは論外だ。まあ、最後の手段としては有りなのかもしれないけれど。


「今日……は、もう……部屋、に……もど、ろ? 明日……は、おち……ついて、る……かも」

「……そうだなぁ、それが一番かもしれん」

「気持ちの整理がついたら、いつものミラに戻るかもしれないもんね」

「ん……」


 ……そうするしか、ないのかもしれない。時間に任せるのは、確かにこういう時には的確な対処法の一つだ。

 でも彼女を今のまま放置するのは、なぜだか酷く、不味い気がした。

 あんな彼女を見たのが初めてなのも有るのかも知れないけれど。今のまま放置したら、取り返しがつかなくなるような――そんな、予感がしてならない。


「……僕は、もう少しここにいるよ」

「そっか。まあ、風邪を引かない程度にね」

「おう、お前さんまで調子を崩しちゃあ元も子もないからな」

「……じゃあ、また……明日……ね」

「うん、また明日」


 一先ずギース達と別れて、扉の前……は邪魔になりそうだったので、その隣に座り込む。

 こうなれば、持久戦だ。ミラだって流石に一日中全く動かないということはないだろう。

 扉が空いたならその時にでも声をかければいいし、それでも反応も、開くことも無かったなら……その時は、また明日ギース達とここを訪れれば良い。


 ……扉の横に腰掛け、背中を壁にもたれ掛からせながら、考える。

 多分だけれど、ミラが引きこもっている原因は姉さんの一言だ。

 『パラディオンを辞めたほうが良い』というのもだけれど……『何を守りたいのか』という言葉も、あの時彼女に突き刺さったように、見えた。


「……何を守りたい、かぁ」


 ぽつりと呟く。

 ……思えば、僕も昔父さんに言われて以来、深く考えたことは無かった。

 ただ、何を守りたいのかと言われれば……やっぱり、父さん達が守っているように、僕も人類を守りたい、のだと、思う。


 でもそれは、遠いあの日に父さんに言われた言葉に反しているような、そんな気がして――


 ――そんな事を薄ぼんやりと考えながら、どれくらいの時間が経っただろうか。

 途中、何度か先輩に話しかけられたけれど、事情を話せば解ってくれたようで。これでも食っとけ、と言われて渡された飴を口に含みながら、小さくあくびをする。

 相変わらず部屋の中からは反応がなく、ミラが出て来る様子もない。


「今日はそろそろ戻るかな……」


 もしかしたら、もうミラは眠っているのかも知れない。

 時間も……時計は見てないけれど、もう遅いのだろうし。僕もそろそろ、ここで眠りこける前に部屋に戻るべき、なのかも――


「――誰か、居るのか?」


 ――そんな事をぼんやりと考えていると、不意に部屋の中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 少し眠りに落ちそうになっていた意識が、一気に覚醒する。


「ミラ、起きてたんだ」

「……ああ、ウィルか。あれから、ずっと居たのか?」


 どうやら先程の僕らのやり取りは、全部ミラに聞こえていたらしい。

 ……いや当然か、扉を叩いたり名前を呼んだりしていたのだし。

 部屋の中でミラは、少しだけ……本当に少しだけ笑うと、かちゃり、と扉の鍵を開けてくれた。


「入ってくれ、茶くらいは出そう」

「あ……う、うん」


 ミラに言われるがままに、部屋に入る。

 部屋の中は荒れておらず、寧ろ綺麗なままで少し安心した。

 ミラを見れば、大分落ち着いた様子で――顔は泣き腫らしたままだけれど、姉さんに負けた直後程酷くはない……気がする。


「すまない、迷惑をかけたな」

「ううん、ミラの方こそ大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 差し出されたお茶を受け取りながら、その言葉を聞いて安心した。

 やっぱり、ミラは強い人だ。僕が心配する必要なんて――


「近い内に、私はパラディオンを辞めるよ。家に戻って家業でも継ぐつもりだ」

「――え」


 ――今、何と言ったのか。

 冗談にしては、笑えない言葉を口にした気がする。


「ちょっと待って、何を」

「突然ですまないな。だが、私の代わりなら幾らでもいるだろう? だから……」

「……何言ってるんだよ!」


 申し訳なさそうに笑顔を浮かべながら、信じられないような言葉を口にする彼女に、おもわず声を荒げてしまった。

 彼女はそんな僕を見ながら、表情を変える事さえせず。

 ……部屋をよく見てみれば、綺麗どころか片付き(・・・)すぎている(・・・・・)事にようやく気がついた。

 私物はなく、部屋の隅には荷物が纏められていて。彼女が冗談じゃなく、本気でそう言っているのが、嫌でも理解できてしまう。


「……どうして。折角パラディオンになったのに」

「そう、だな。ウィルは、養成所時代からの付き合いだし……伝えておくべきだろう」


 彼女は表情を崩さずに――否、そんな事はなかった。

 よく見れば、目尻には涙が浮かんでいて、口元は震え、指先は膝に食い込んでいて――


「私には、パラディオンを続ける理由が、無いんだ。無かったんだ」


 ――そう口にすれば、平静を取り繕うのも限界だったのか。

 ミラは、今までに見たこともないような泣き顔で。聞いた事もないような弱々しい声で、語り始める。


「――私、にはっ。何も――何も無い、んだ……パラディオンを続ける理由も、ここに、いる理由も」

「何、言って」

「だって!私に守りたいものなんて無いッ!私は、ただ――オラクルになりたくて、パラディオンになっただけなんだッ!!」


 悲痛な叫び声が、部屋に響き渡った。

 オラクルになりたか(・・・・)った(・・)と、彼女は言った。それは、かつて――ずっと昔に、僕が抱いていた感情で。


 ……ああ、そうか。ミラは――昔の僕と同じように、そうなれない事を理解してしまったのか。


「それ以外、何もない……何もなかったんだ、私には。そんな私が、パラディオンを続けていいわけが、ない、だろう……?」


 言葉を、返せない。

 その感情をかつて抱いたことが有る僕には、その辛さが痛いほどによく解ってしまった。


 それを知らない人は、それでも才能があるんだから良いじゃないかと慰めるだろう。

 それが判らない人は、僕たちにはお前が必要だと口にするだろう。


 でも、違うのだ。

 これは、自分の内側の問題。周りがどう思おうと、周りが必要だろうと、それは関係ない。

 ――自分の手で、自分が続ける理由を見出さなければ、無理して続けた所で必ず破綻する。届かない物に手を伸ばし続けるのはそういう事、だから。


「……なあ、ウィル。教えてくれ、お前はどうして……パラディオンで、居続けられるんだ?」


 縋るような、ミラの言葉。

 僕は少しの間悩み――小さく息を吐き出して。


「――ミラは、大事な物ってなんだと思う?」


 そして、過去に父さんに問われた物に似た、そんな言葉を口にした。


「大事な、物……?」

「そう、大事な物」

「……それは、力、だろう? 何をするにしても、力が必要だ」


 実に、ミラらしい答えだと思う。

 才能も有り、向上心の固まりのような彼女は、ずっとそれを指針に生きてきたのだろう。

 ……そして、それが姉さん達オラクルに到達できないと理解して、折れてしまったのだ。


「僕にとってはね、大事な物は『何をするか』だったんだ」

「何を……する、か」

「うん。知っての通り、僕の家族は……僕以外は、皆オラクルでさ。だから、そういう方向でしか物事が見れなくて」


 僕は、彼女とは真逆だった。

 才能は中の上止まりだと言うのに、周りは皆、信じられないくらい才能に溢れた人ばかりで。

 だから、力ではどう頑張ってもその人達には届かないのだと、早い内から理解してしまっていた。


「今の僕にとっての大事な物は、父さんや姉さんに恥じない自分になる事。だから……まあ、人一倍努力したり、色々と、ね」

「……ああ、昔からそうだった、な」

「まあそれでも――最近はもう、ミラに勝てる気がしないんだけどさ」


 養成所時代の最期の勝負。

 あの時はミラに辛うじて勝てたけれど、今やったのなら間違いなく負けるだろう。

 姉さんとの勝負を見てて思ったけれど、僕だったら、多分五連撃の時点で負けているだろうし。六連撃なんてされた日には、一瞬で負ける気さえする。

 養成所時代のことを思い出したのか、ミラは力なく笑みを零し……そんな彼女を見つつ、言葉を続けていく。


「それで、ね……父さんは、何を守るかが大事だって口にしてた」

「……だが、私にはそんなものは……」

「父さん曰く、何も大きな物を守る必要は無いんだってさ。大事な物を守れる力さえ有ればいいんだって、そう言ってたよ」

「――大事な、物」

「ねえ、ミラ。ミラにとって、一番大切な物は……何?」


 改めて、問いかける。

 ミラは大事な物は力だと、そう口にした。

 でも――それは、多分彼女が言う通り、『大事な物』を手に入れる為に、或いは守る為に必要だから、大事だと口にしたんじゃないだろうか。


 ……ミラは、夢に描いていた物が壊れたショックで、そういった物を見失っているような気がする。


「っ、さっきも言っただろう、私はオラクルに――」

「何の、為に?」

「――それ、は」


 先程の言葉を繰り返そうとするミラに更に問いかければ、ミラは言葉を失った。

 そうして、しばらくの間無言が続き――


「……私は。お伽噺に、憧れていたんだ」


 ――消え入るような小さな声で、ミラは弱々しく言葉を口にし始めた。


「怪物から、皆を救う英雄に。世界を救う英雄に……ずっと、憧れて、いて」

「……うん」

「だから……オラクルに、なりたかったんだ」


 皆を救う英雄。

 子供の頃なら、誰もが憧れる御伽話や英雄譚。そういったものこそが、自分の願いの原点だったと、ミラは語る。

 それは、誰もが胸に抱くものだ。英雄とかそういった物に憧れるなんて、幼い頃誰もが抱く願望で――ただ、ミラにはそれが可能だと自負できるような才能があっただけ。

 それを口にして――ミラは、ああそうか、と小さくつぶやいた。


「う、ん……私にとって、大事な事は……大切な物は、それだったんだな」


 ――世界を守る。皆を救う。それが、ミラにとって一番大事で、大切なもの。

 そう口にしたミラは、恥ずかしそうに顔を赤らめつつも、先程までよりも大分元気が出てきたようだった。


「――もう、とっくに私の夢はかなっていたんだな」

「パラディオンは、オラクルとは違うけれど。そういう物、だものね」

「ああ……ああ。その、通りだ」


 ああ、と頷きながらミラは涙で濡れた目元を拭いつつ頭を下げる。

 彼女の言う通り、彼女の大事な物は、大切な物はとっくに彼女の手の中で。ただ、それをショックで見失っていただけなのだ。

 そして、それを既に為しているのだから力が足りないなんて事も有り得ない。

 彼女には、皆を救う力が確かにある。だって、パラディオンとして活動して――既に、多くの人の生活を、命を、救っているのだから。


「……すまなかった。私がわがままで取り乱して、その上こんな無様を見せてしまうなんて」

「ううん、ミラは大切な仲間だから。元気が出たみたいで、良かった」

「たい、せつな……」


 ――僕の言葉を、何故かミラは反芻するように呟き。そして、顔を赤く染める。

 何か、僕は変なことでも口にしただろうか……?


「……それじゃあ、今日は帰るよ。もう時間も遅いしね」

「ま、待て。もう遅いし、その、なんだ――泊まっていくと良い」

「いや、そういう訳には――」

「良いんだ、私は……眠くないし、少し考えたい事もあるからな」


 ぐいぐいと、強引にミラにベッドに押し込まれる。

 ……正直、全然良くないし……自分のものではない匂いがするベッドなんて、酷く胸がドキドキして仕方が無いのだけれど。


「良いから、眠れ。前のように怒ったりはしないから」

「……う、うん。それじゃあ……お休み」


 それでも、時間も時間だったからか。

 言われるままに目を閉じれば、すぐに意識は闇に落ちていく。


 ……まあ、良かった。これできっと、明日からは何時も通りの日々が送れるだろう。

 そんな、甘い事を考えながら……僕は眠りにおちた。

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