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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
序章:パラディオンになる前のお話
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1.ウィルという少年

 ――この世界は、常に悪神の使徒による驚異にさらされ続けている。

 僕が生まれるよりもはるか前。世界が始まった時から、悪神は存在するらしい。

 悪神は世界の始まりから人類を滅ぼそうと、自ら使徒を産み出して人類を脅かし続けた。


 悪神の使徒は才能によらない、人智を超えた力を持っていた。

 ある者は、肉片からでも再生する力を。ある者は、時間すら超越する力を。

 そんな理外の力に対抗できる筈もなく、十人にも満たない悪神の使徒によって人類は一時は滅ぶ寸前までいった、らしい。


 だがそんな時、人類に希望の光が差した。

 人類の中から女神からの神託を受けた者が現れ……悪神の使徒と遜色のない力をもって、使徒を打ち倒したのである。


 女神からの神託を受けた者は次々と現れ、やがて悪神の使徒と同数になり、そしてとうとう人類に反抗の時が訪れた。

 女神からの神託を受けた者たちは、何時からか「神託者オラクル」と呼ばれるようになり、彼らを中心として人類は悪神に奪われた大地を取り戻していき――そうして、今の世界に至る。


 僕の両親は、そんなオラクルと呼ばれる世界を守る英雄だった。

 父は、並ぶ者の居ない剣の達人。

 母は、世界でも例の無い五大元素の魔法の使い手。


 父も母も、オラクルとして世界の敵と戦う内に互いに惹かれ合い――いつしか、恋に落ちた。

 オラクルとしての日々を送りつつも父と母や結ばれ、子を為して。当然のごとく、父と母は世界中から祝福を受けた。


 一人目の子供は、まさしく神の子と呼ばれるべき少女だった。

 剣と魔法、両方に素晴らしい才能を示し、幼き頃から大人を圧倒する彼女はきっと大成するであろうと、誰もが信じて疑わなかった。


 二人目の子供は――その少年は多くの才能を持ちながらも、その強さには恵まれなかった。

 どの才能も伸びて精々が一流止まり。下手をすればそこまでたどり着かないかもしれない程度で、当然姉である少女には到底及ばず、オラクルになどなれる筈もない凡人。それが、少年に……僕に与えられた評価だった。


 もっとも、誰も僕を蔑む事はなかった。

 英雄の子供であった事、そして既に少女が生まれていたお蔭で僕は両親の、そして姉さんの愛情を受けて健やかに育つことができた。

 才能はなくとも、真っすぐに育ってくれれば良い。

 才能がなくとも、穏やかな日々を過ごしてくれれば良いと。

 皆の言葉を、無垢に信じながら、無邪気に過ごしていた。


 ……あの日。

 誰もが敬愛していた父さんが、悪神の使徒との戦いで命を落とすその日までは。


 人類の世界は、オラクルの守護によって成り立っている。

 オラクルが一人欠けた事で、拮抗を保っていた世界のバランスは崩れ、再び悪神の使徒による侵攻が始まった。


 元より、才能が無い者には厳しい世界だ。

 それまでは両親のお蔭で目をつけられる事の無かった僕は、直ぐに批判と嘲笑の的にされた。

 オラクルである父と母を持ち、優秀過ぎる程に優秀な姉を持ちながら余りにも平凡な「出来損ない」。

 なまじ比較対象が父さんに母さん、それに姉さんだっただけにそれは日に日に大きくなり――それでも、母さんと姉さんは僕を守ろうとしてくれていたけど。僕は、それが辛かった。


 だって、彼らの批判は正当だ。

 英雄2人の子供でありながら、姉さんと違って責務を果たせない僕は、批判されて然るべきだ。

 ――父さんが居なくなった後、その穴を埋めることが出来なかった僕は、責められて当然なのだ。


 だから、いつしか僕は嘲笑も批判も当然のものとして受け入れて。

 少しでも父さんや母さん、それに姉さんに近づけるように――足りない才能でも役に立てるように、歩き始めた。




 /




「――それまでッ!!」


 石組みの堅牢な建造物、その中庭にある石畳で出来た舞台。

 厳しい顔をした男性教師の、何処までも届くかのような声と共に2つの影は動きを止めた。


 片方は、赤い髪を背中まで伸ばした少女。

 長身で手足も長く、やや鋭い……怜悧ささえ感じさせる美貌。それを僅かに歪めつつ、手から落ち地面に転がった槍を忌々しげに眺め、しかし胸に込み上げる想いを口に出す事無く少女は相対するもう一つの影を睨む。


 片方は、銀色の髪を持つ小柄な少年。

 少女と比べて――否、周囲の同年代の男性と比べても明らかに背が低く、童顔で……しかしながら、決してその視線は可愛らしいと呼べるものではなく。

 眼前の少女に睨まれつつも、それを気にかける様子すら無く少年は小さく息を吸い込み、吐き出して……手に持っていた槍を降ろした。


「勝者、ウィル=オルブライト!互いに礼!!」

「ありがとうございました」

「……ありがとう」


 少年は軽く頭を下げつつ、そして少女はぶっきらぼうに、吐き捨てるように礼を口にすれば地面に落とした槍を手に、その場を後にする。


 それと同時に、先程までは静観を保っていた他の少年少女たちは一斉に声を上げた。

 批判。悪口。聞くに堪えない罵詈雑言。

 悪意に満ちたその声は、決して――礼を失した少女に向けられたものではなく。たった今、少女との組手を制した少年、ウィルへと向けられたものだった。


 ウィルはそれを気にすること無く、その罵詈雑言を放つ群れから少しだけ離れた場所に腰掛けると呼吸を整えつつ、先程の組手を反芻する。

 暫くの間罵詈雑言が続いた後、見かねた先程の厳しい顔をした男性の一喝で中庭は静まり返り、再び別の組の組手が始まった。


 ――それがウィル=オルブライトの今の日常だった。


 勝利すれど称賛は無く、敗北をすれば当然のように貶められる日々。

 英雄であるオラクルの両親を持ちながら、非凡な才能の1つすら持たない出来損ない。

 そんな出来損ないが勝ったなら、それはオラクルの威光を傘に着たズルに違いない。

 そんな出来損ないが負けたなら、何で優れた両親からこんな出来損ないが生まれたのだと嘲笑う。


 端的に言えばウィルは、周囲のストレスの捌け口のようなものだった。

 尤もウィルはそれを気にかける事すら無い。気にかける余裕など無い。


 どうすれば勝てるのか、どうすればもっと強くなれるのか――どうすれば、自分の望みを叶えられるのか。

 ウィルの頭にあるのは、ただそれだけ。それ以外のものなど余分な物でしか無く、だからこそ周囲にとっては都合が良かった。




 そんなウィルの実力を正しく理解しているのは、厳しい顔をした男性教師。同様に、この将来世界を守る一翼を担う物を育成する為に作られた施設の教師たち。

 そして、先程ウィルと手合わせをした少女――ミラ=カーバインだけだった。


 ミラにとって、ウィルへの誹謗中傷は自分への罵倒のように聞こえた。

 先程の組手でも、ミラは一切手を抜かなかった。掛け値無しの本気を出した。自らが才能を持つ槍をもって、ウィルを叩き伏せようとした。

 だが、それは叶わなかった。才能において劣る筈のウィルに敗北してしまった。


 チッ、と誰にも聞こえないほどに小さな舌打ちをした後、ミラは中庭の隅で蹲るウィルに視線を向ける。

 ――この世界では、才能は基本的に万人に知られる物となっている。口で誤魔化す事は出来ず、高い才能だと見栄で言えば大恥を晒すだけ。


 ミラは、この施設において最も高い槍の才能の持ち主だった。

 ウィルは、この施設において精々が中の上程度の槍の才能の持ち主だった。


「――何で」


 悔しさと、そして何よりも困惑がミラの胸に渦巻く。才能で負けていない以上、負ける道理はない。

 この世界において才能は絶対だ。子供ですら知っている法則であり原理であり、絶対の真理である。

 だが、それをウィルはミラ相手に幾度となく覆してみせた。

 無論、全戦全敗ではない。勝敗の数で言えば確かにウィルの方が多いが、それでもミラが勝つ事もある。


 その度に、ミラは周囲にこう囁かれた。


 あの英雄の息子だから、叩きのめすのも悪いものね。

 あの英雄の息子だから、適度に手を抜いているんでしょう?

 だって、ミラさんがあんな出来損ないに負ける筈がないんだから――


 疑う事もなく、当然のように囁かれるその言葉はミラの心を掻き毟り――しかし、ミラはそれを表情にも出さずに、適当に相槌を打つだけで済ませてきた。


 ――それも、限界が近づいていた。




 /




 世界を驚異から守る英雄――神の使徒、オラクル。

 神の加護を受け戦う、極少数による防人の集団。世界は彼らの尽力によって、悪神の手から守護されてきた。

 彼らは才能のみによらぬ神が如き力を持ち、その力をもってして悪神の使徒による侵攻を防ぎ、世界に安寧を齎し続けていた。


 そんな彼らも、永久に世界の脅威と闘い続ける訳ではない。

 時に傷つき、時に倒れ――時には死ぬ事もある。

 少数精鋭であるオラクルが欠ける事は、世界にとっては非常に大きな危機。決して頻繁に起きるわけではないが、いつか必ず起こり得る事態に際し、次代のオラクルを担える人材を育成、同時に悪神の使徒との闘いで細部にまでは手が及ばないオラクルを補佐する組織を各国は協力し、創設した。

 それがオラクルをトップとした世界を守る国に依らない組織、パラディオンであり――ウィル達が居るその場所は、そのパラディオンの養成所であった。


 将来世界を背に戦うであろうオラクルは多くの人々の憧れであり、養成所は世界中に存在する。

 だが、その養成所から無事「認可」を得て卒業し、パラディオンとなれるのはほんの一握り。

 世界の脅威である悪神の使徒と戦うには足りずとも、オラクル達では手の届かない瑣末事をこなす者。それが、パラディオンで――そして、ウィル達養成所の生徒達が目指すモノだった。


 ……その筈だった。


 そんな世界各地にある内の、とある養成所の一角。生徒達が普段余程の悪行を犯さない限りは立ち寄る事も無いであろうその場所……所長室に二人の教師と所長が集まっていた。


「――という有様です。今年は不作……いえ、凶作に終わりそうですね」


 厳しい顔をした男性教師が、一際眉を顰めながら言葉を口にする。その報告を聞いていた、眼鏡をかけた柔らかな容貌の女性も同様にため息を吐き出した。

 そんな二人の様子を眺めつつ、所長である老齢の男性も立派に蓄えた白鬚を物憂げに指先で撫でる。


 今年の生徒の質の悪さが一際酷い事は、所長も女性教師も、当然の事ながら男性教師も承知の上だったが――その質の悪さは三人の予想を遥かに超えていた。

 向上心がない。敗北に悔しさを感じていない。そもそも、パラディオンになろうという気概すらない。


 近年では養成所に通っていたということで箔が付くという理由で入所する生徒も増えていたが、それでも此処までその割合が酷い事はなかった。


 無論、理由が無い訳ではない。オラクルによって長く安寧が守られ続けた故の気持ちの弛み、危機感の欠如、使命感の喪失――枚挙を上げれば暇はない、が。


「――やはり、例の子の存在かのう」


 所長の発した言葉に二人の教師は少しだけ肩を揺らし、所長の顔を見る。そんな二人の様子に所長は軽く笑いながら、言葉を続けた。


「無論、その子が悪さをしている訳ではない。だが、その子が言い訳を作る原因になってしまっておるのは不味いというだけでな」

「……それは、そうかも知れません」


 所長の言葉に男性教師は小さく息を吸ってから、少し考えるようにして言葉を口にする。

 事実、その子――ウィルは所内の生徒達にとって実に都合のいい存在だった。

 何かが有ればウィルの所為にすればいい。何かが出来なくとも、ウィルの所為でやる気が出なかった事にすればいい。

 才能のない英雄の息子が、養成所からエコヒイキを受けている――無論根も葉もない妄言だが、そういう事にすれば、彼らは自らの不勉強を、努力の欠如を、その全てを誤魔化す事ができた。ちっぽけなプライドを守ることが出来た。少なくとも、その者たちの心の中では。


 それが教師達にまで通用する筈もないのだが、きっと彼らはそんな事にさえ考えが及んでいないのだろう。

 げに恐ろしきは集団意識。皆がそう思っているのだから大丈夫だという、無意味で無価値な根拠である。


「では、どうしますか?退所処分にするとでも?」

「有り得んよ、するとすれば逆の方じゃろう。まあ、それも出来んが」


 女性教師の少しだけ棘のある言葉に、所長はそう返し――それにホッとした様子で、二人は胸をなでおろした。


 実際問題としてそれを――問題のある生徒達を、一斉に退所処分にする訳にはいかない。

 無論施設の費用の問題などもあるが、それだけではない。

 如何にやる気がない生徒であろうと、パラディオンになる見込みがない生徒であっても――退所処分にしたらどうなることか、目に見えている。

 今の謂れのない誹謗中傷は外にまで広がり、折角育ったパラディオンの芽を間違いなく摘んでしまう。そんな未来だけは避けなければならなかった。


 故に、教師達は今年の大量の問題児達に頭を悩ませ続けていた。

 どうすれば、彼らの無意味な根拠を消し去る事ができるのか。どうすれば謂れのない誹謗中傷をやめさせる事ができるのか。


 今回も、それについて武術と魔法、それぞれの代表の教師と、そして所長で話し合いの場を設けていたのだが――


「――もう少し、厳しくいくべきかの」

「厳しく、ですか?」


 所長のあげた言葉に男性教師は厳つい顔を更に厳つくし、僅かに感じた嫌な予感に口元を歪めた。

 女性教師も嫌な予感を感じたのか少しだけ難しそうな顔をして――




 ――しかしながら、所長の意見……もとい、決定を覆すだけの案を持たない二人にはどうすることも出来なかった。

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