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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
1章:パラディオンとしての初任務のお話
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12.次もきっと

 ――パラディオンの本部。その正面には、大きな酒場があった。

 僕は気付いていなかったものの、どうやらそこは、任務から無事に戻ってきたパラディオン達の溜まり場らしく。


「では、俺達の初任務の成功と!」

「全員の無事と」

「多少の失敗と」

「……そ、れと……パラ……ディオン、に」

「かんぱーい!!」


 乾杯の音頭と共にグラスを掲げれば、並々と注がれた酒に口を付けた。

 ギースは一気に、ラビエリは舐めるように。ミラも地味にいける口なのか、喉を鳴らして飲んでいき……そして、アルシエルは一口含んだだけで、咳き込んで。


「あー、まあ無理はしないでいいからな。お前さんのペースで飲み食いしてくれ」

「けほ、けほ……っ、ん……」


 そんなアルシエルに苦笑しつつ、ギースは気を使うようにそう言うと、パンと魚の乗った皿を彼女の前に差し出した。

 ああ、良かった。どうやら「俺の酒が飲めないのか!」と激高するタイプではないらしい。

 僕らは全員お酒を飲める年齢だけれど、実のところ飲み慣れているのはドワーフのギースだけだ。

 彼のペースに合わさせられたら、全員間違いなく酔いつぶれてしまう。


「ん……酒はあまり飲まない方だったが、これは中々」

「おお、お前さんは味がわかるか!いいぞ、どんどん飲め!」


 ミラはどうやら酒の味が気に入ったらしく、ギースから酒を貰えば再び勢いよく飲み始めた。

 大丈夫かな、なんて思いもするけれどミラの事だ、多分大丈夫だろう。

 ……何だか既に顔が赤くなってきている気がするけれど、大丈夫なはずだ。ミラだし。


 僕はといえば、酒をちびちびと舐めるように飲みながら、料理に手を付けていた。

 肉のたっぷり入った詰め物や、柔らかくて白いパン。そのいずれもが上等で、美味しくて、つい夢中になってしまう。


「全く、ドワーフには参るよね」

「あはは、まあこういうのも悪くはないと思うよ」

「……そりゃ、僕もそう思うけどさぁ」


 酒を浴びるように飲んでいくギースをジト目で眺めつつ、ラビエリはスープに口を付けて舌鼓をうっていた。

 ラビエリ曰く、リトルは体格的に酒が苦手らしく、少しの酒で直ぐに泥酔してしまうらしい。なので、ラビエリは最初に少し酒を舐めただけ。後は追加で持ってきて貰ったミルクで喉を潤していて。


「――ちょっと子供っぽいとか思ったでしょ?」


 そんなラビエリを見ていると、その視線を今度はこちらに向けてきて……まるで心を見透かしたかのような、そんな言葉を口にしてきた。

 僕は少しドキッとしてしまったけれど――ラビエリは少し可笑しそうに笑うと、ぽんぽん、とこちらの肩を叩いて。


「気にしないでいいさ、慣れてるしね。ちょっとからかっただけだよ」

「……そ、そう?それなら良かった」

「でも、普段から子供扱いはしないでよね。ギースみたいにさ」

「あはは、それはしないよ」


 ならば良し、とラビエリは満足げに頷けば、パンをスープに浸しつつ食べ始める。

 その食べ方は美味しいんだろうか? 余りマナーとしてはよろしくない気はするけれど……まあ、こういう場だしそんなのを気にしても仕方ないか。


 一方、先程から……と言うよりは、もともと静かなアルシエルは、先程差し出された料理――ではなく。グラスに注がれた酒を、まるで猫が水でも舐めるかのようにぺろぺろと、文字通り舐めるように飲んでいた。

 ……グラスの中の酒は、まだ指の1関節分も減っていない。だが、たったそれだけの量で彼女は顔を真っ赤に染めていた。


「……アルシエルさん、大丈夫?」

「ん」


 言葉短くアルシエルは返すと、耳をぴこぴこと揺らしながら、ぺろ、ぺろ、とお酒を舐め続ける。

 ……心なしか、どこか表情が据わっているような気がするが、気のせいだろうか。


「えっと、アルシエルさん?」

「ん」


 再び、言葉短くアルシエルが返す。

 こちらに特に視線を向けることもなく――ああ、うん、これは間違いなく酔ってる。それも、相当だ。

 ラビエリもそれを察したのか、軽く肩を竦めながら苦笑して。


「ほら、アルシエルさん。舐めるならこっち舐めときなよ、ほらミルク」

「んー……?」


 ミルクを差し出したラビエリをアルシエルはじーっと眺めれば、首を傾げつつ不思議そうな顔をして、唐突にぽむぽむ、と彼の頭を撫で始めた。


「え、な、何」

「んふー……」


 撫で回されている当人は困惑している様子だけれど、アルシエルの方はどこか満足げで。

 ……もしかしたら、彼女はラビエリを小動物か何かと勘違いしているのかも知れない。


「ちょ……ん、もう。今回は君のが頑張ったから、今回だけだからね」

「えへー……」


 緩みきった顔で撫で続けるアルシエルを見れば、ラビエリは苦笑しつつそう言うと、されるがままに。

 ――何だかラビエリもどこか役得と言った表情のような気がするけれど、気のせいという事にしておいた。


 わいわいと騒ぐ皆を見つつ、食事を続ける。

 見れば、いつの間にか周囲のテーブルも埋まっていて――恐らく大半はパラディオンなのだろう。仲間たちと一緒に、楽しげに酒を飲み、食べ、騒いでいて。

 僕らも今は、そんな彼らと同じ一員になったんだなぁ、と改めて実感してしまった。

 そんな僕の視線に気付いたのか、そんな彼らの中の1人が僕らの方へと近付いてきて――


「――おう、飲んでるか新人!」


 ――話したことも無い筈のその彼は、何故か僕らの事を知っているかのように肩を叩きながら、気さくに笑った。


「あー、何でわかったのかって?そりゃあ、ここで初めて(・・・)見る面だからな」


 不思議そうにしているのが分かったのか、彼は事もなげにそういうと、手にしていたグラスをぐいっと煽り、飲み干して。

 ちょっともらうぜ、と僕の皿に乗っていた肉詰めを頬張ると、空いていた椅子を手にして隣に腰掛ける。


「で、どうだった」

「どうだった……って」

「初任務だよ、初任務!まあ、この感じなら上手くいったんだろうけどな」

「まあ……色々、失敗はありましたけどね」


 先輩の言葉に苦笑しながら答える。上手く行ったのかどうかと言われれば、間違いなく否だ。

 細かいミスを挙げればキリがないし、しなくても良いミスで危うく全滅まで仕掛けたのに、どうして上手く行ったと言えるのか。


「なーに言ってんだか、見ろよ」

「え」


 だが、先輩は鼻で笑いながら僕の前を指さした。

 その先にあるのは――顔を真っ赤にして酔っ払ったミラに、変わらず酒を飲み続けるギース。相変わらずアルシエルはラビエリを撫でていて……それどころか、今や膝に抱えてぬいぐるみのようになでくり回しており。ラビエリは少し鼻の下を伸ばしつつも、ミルクを飲んでいる、そんな光景だった。

 皆、何処か楽しそうに気を緩めていて――


「上手く行ってんじゃねぇか。な?」

「……そう、ですね」


 ――先輩の言葉に、頷いた。

 確かに失敗はしたけれど、誰も欠けなかった。そして無事に戻ってここで笑っているのであれば、それは確かに上手く行った、ということなのだろう。


「仲間は大事にしろよ。パラディオンじゃ一生モンだからな」

「はい、解っています」

「よーし。んじゃ、ちゃんと楽しめよ!ハメを外す時は外さねぇとつまらねーぞ!」


 そんな事を言いながら、先輩は乱雑に椅子を戻せば、元の席へと戻っていった。

 ……ハメを外す、か。

 確かに、何というか……それはしていなかったな、と思う。


「……よし」


 僕はお酒の残るグラスを両手で支えると、小さく息を吸い、吐いて――そして、思い切って、それを一気に口にした。


「んくっ、ん……~~~~っ!!」

「おお!良い飲みっぷりじゃあないか!」

「なんらー!わたしとしょうぶするきかー!!」


 喉が焼ける。頭がぼーっとする。くらくらする。カーっと熱くなって……ああ、でも、思ったよりは、大丈夫そうだ。

 ギースはどこか嬉しそうに、ミラはべろんべろんに酔っ払いながら、据わった目で僕を眺めていて。


「~~~~っ、ぷはぁっ!」

「よーし、飲め飲め!酒は一杯あるし、俺がおごってやる!」

「ここからはぁ、さんにんでのみくらべらぁー!!」


 何とかグラスに入っていたお酒を飲み干せば、ギースは再びグラスを酒で満たしてきた。

 ああ、うん、これは多分まずい。まずいと解ってはいるけれど――なぜだか、無性に楽しくて。


 ラビエリがそんな僕らをどこか諦めたような、しかし楽しげに眺めているのを感じながら、僕らは酒を飲み、食い、騒ぎ続けた。

 最初は感じていた熱さも徐々に気にならなくなり、呂律が回らなくなる事もなく。

 ああ、こんな風に誰かと騒ぐなんて初めてだな、なんて考えながら――




「うぐぅ……」

「酔い潰れちまったか。ウィル、お前さんは平気か?」

「あー……うん、多分……平気」


 ――しばらくすると、とうとうミラが完全にダウンしてしまい。そこで、今回の祝勝会らしいものはお開きになった。

 顔を真赤にしてぐったりとしたミラを背負いつつ、少しふわふわとした足元に注意しながら立ち上がる。


「ほら、アルシエル。しっかりしてってば」

「んー……」


 アルシエルの方はと言えば、少しうつらうつらとしながらも……でも、ミラよりは大丈夫そうだった。

 ラビエリに手を引かれながら、ふらふらと歩く様は姉弟のようにも見える。そう言ったら、絶対にラビエリに怒られるだろうから言わないけれど。


「んじゃ、今日の所は俺が払っとくぞ!次は宜しくな!」

「了解、んじゃ解散だ。明日、寝坊なんかしないようにね?」

「あはは、ラビエリもね」


 確かに、なんて言いながら苦笑しつつ、各々家路……もとい、自分の部屋へと戻っていく。

 ミラは完全に泥酔しており、取り合えすおんぶをしては居るものの意識を取り戻す様子は全く無い。


「んぁ……うぅ」

「……吐かないでよ?」

「うぅ……」


 呻く声に一応声をかけはするけれど、呻き声が返ってくるばかりで。僕は苦笑しながらも、仕方ないかと誰にいうわけでも無く呟けば、彼女の部屋まで歩き始めた。


「……わらし、わぁ」

「ミラ?」

「ぜぇったい、にぃ……」


 ……そこまで口にして、ミラは小さく寝息を立て始めた。

 何を言おうとしていたのか、気にはなるものの……起こした所で覚えていないだろうし、そもそも泥酔してて会話になるかもわからない。


 さて、しかしどうしたものか。

 ミラの部屋に送ろうかと思ったけれど、良く考えると鍵が無いから入れない。

 かといって、彼女の荷物とかを勝手に漁って良いものかと言われると、後が怖い。

 となれば、どうするかなど決まっており。


「ほら、ミラ」

「んー……」

「ゆっくり休んでて良いよ。僕は別の場所で寝るから、さ」


 致し方なく、僕はミラを自分の部屋に入れるとベッドで寝かせて――部屋を出れば、本部の入口近くのソファで眠ることにした。

 受付近くの人に事情を話せば、苦笑しながらも理解してくれたようで。

 部屋から持ってきた毛布に包まりつつ、ソファに横になれば、酔いのおかげかあっという間に眠気が襲ってきた。


 ……うん、ソファでも案外寝心地がいいものだ。少なくとも野営よりは何十倍も良い。こういう時は、体が小さくて良かったなーとか思えてしまう。


「それじゃあ、お休み……」


 誰に言うわけでもなく呟くと、僕はそのまま眠りに就いた。

 まあ、明日になればきっとミラも酔いが多少なりと冷めてるだろうし、きっと大丈夫だろう――




 ――翌日。

 鬼のような形相のミラに叩き起こされて、正座させられた挙げ句、事情を1から10までミラが納得するまで説明させられたのは、また別のお話。


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