11.初任務の終わり
「そっちには居たか?」
「いや、こっちは居ないよー」
「俺の方も見当たらんな!」
――二度目の報告から、2日が過ぎた頃。
目を覚ましてから、僕らは森の中を隈なく散策していた。
アルシエルに木の上から見てもらってはいるものの、細かい部分での見落としがあるかもしれないから、と他の4人でも手分けをして琥珀の沼を探しているのだ。
万が一、一匹でも残っていたなら大変な事になる。もっとも、後日改めて駆除が終わった地域を調査する事にはなっているのだが――自分達で駆除した初めての場所なのだ、やはりちゃんと確認はしなければ。
行者さんに報告を終えた後、僕らは気を取り直して琥珀の沼を駆除し続けた。
異様な数と言っても良い程に居た琥珀の沼達も、当然の事ながら無限に居るわけではない。
その日は夜まで、そして次の日は朝から晩まで駆除し続けた結果、数十分歩いても見かけない程に琥珀の沼は数を減らしていた。
「僕の方も――っと、アルシエル、どうだった?」
とん、とん、と木の上から身軽に降りてきたアルシエルが、ラビエリの言葉に一点を指さして、こくりと頷く。
僕らはそれが何か理解すれば、アルシエルが指さした方へと向かった。
アルシエルは相変わらず無口……と言うよりは、言葉を口にするのが苦手だが、そのかわりジェスチャーで僕らに意志を伝えてくれるようになった。
この間の夜に相談した結果、言葉で伝えるよりは身振り手振りで伝えた方が良いのでは、という結論に落ち着いたのである。
「あ……っち、に。1匹だけ……い、た」
「それでラストだと良いなぁ。昼には行者さん来ちゃうし、今日を逃したらまた二日間野営だよ」
「そう言うな、万が一害獣が残っていたら大事だろう?」
「それは分かってるけどさー」
ラビエリは唇を尖らせつつ、軽い調子で返す。
こう言っては居るものの、彼はあの夜以降、害獣駆除に積極的になっていた。
元々協力的ではあったけれど、その時よりもずっと――こう、自主的というか、何というか。
おかげで初日よりも駆除の効率は上がり、こうして森の中から琥珀の沼は殆ど居なくなった訳である。
しばらく歩けば、疑似餌が見えてきた。
僕らは身構えつつも更に進み――そして、アルシエルが見つけた琥珀の沼の元へと辿り着く。
もうすっかり慣れたもので、琥珀の沼の抵抗を予期しつつギースとミラが前へ、そして僕とラビエリが魔法の準備をし、アルシエルは予期せぬ奇襲に備えて。
そうして準備が整えば――僕とラビエリは、琥珀の沼を炎で包み込んだ。
琥珀の沼の中には燃えている最中に抵抗する物もいて――丁度柔肉の沼が暴れたように、無作為に、無軌道に粘液を動かして攻撃してくる事もある。
これも同様に燃え盛りながらも全身をのたうたせて、触手のように粘液を伸ばし周囲へと攻撃を始めたが――
「――ふんッ!!」
「この程度――ッ」
――僕らへと偶々向かってきた触手を、ミラとギースはやすやすと防いでみせた。
僕も万が一に備えて剣を抜いていたが、出番は全く無い。備えていたアルシエルも結局出番はなく、そのまま琥珀の沼は黒焦げた跡だけを残し消滅した。
「ん……っ、どうする?もうちょっと探す?」
「そう、だね――」
体に僅かに湧いた倦怠感に軽く伸びをしつつ、ラビエリは僕の方を見る。
もう少し探してみるのも、確かに良いのかもしれない。しれない、が……僕らは、たった5人だ。
5人ではどうしても探索に漏れは出るし、どう探しても十全に探しきれるとは思えない。
それを考えれば――この辺りが、僕らの限界だろうか。既に、長時間探し歩かないと見つからない程度には、駆除出来ているのだから。
「――いや、今回はここまでにしよう。後は報告して、調査に入ってもらったほうが良いと思う」
「そう、か……いや、そうだな」
僕の言葉に、ミラは少し残念そうにした後で小さく頷いた。
初めての任務を、自分達の手だけで――なんて思いがあったのだろう。
僕自身、少し悔しい気はするけれど。これ以上は続けても、かえって事態を長引かせる事になりかねないのだから、仕方がない。
「ま、ここいらが潮時かね。俺も賛成だ」
「僕も。いい加減、マトモなベッドで眠りたいし」
「……私、も。十分……と……お、もう」
ギース達も賛成。となれば、もうこの森に残る意味も無いだろう。
拠点に戻って荷物を纏めて――今朝方やっと意識を取り戻してくれた、恐らくはベールという名の女性を抱えて、この森を出るとしよう。
拠点に戻れば、皆に片付けを任せつつ報告書を纏めていく。
既に柔肉の沼の件については報告済みなので、その後の事を。
琥珀の沼の駆除した数、全ては駆除しきれていないであろう事、その他諸々を報告書に書き終えれば、丁度皆も片付けが終わった頃で。
「それじゃあ、帰ろうか」
「ああ、帰ろう」
「帰ったら酒でも飲まにゃあな。ラビエリも付き合えよ?」
「……リトルが酒に弱いの知ってて誘ってるでしょ」
「ん……ふ、ふ」
報告書を便箋に入れれば、僕も荷物を背負って立ち上がる。
僕らは軽く警戒だけはしながらも、帰った後の事で会話に花を咲かせながら、行者さんが待っているであろう馬車の方へと向かった。
/
「本当に、有難うございました……」
「いえ、お礼ならば彼らへ」
「……っ、ありがとう、ございました」
村へベールを送り届ければ、幸いと言うべきか……当然というべきか。彼女にも家族が居たらしく。
一ヶ月ほど行方不明になり、近隣での害獣の発生もあって既に諦めていた両親は、涙を流しながら頭を下げてくれた。
是非お礼を、とは言われたものの、それは既にパラディオンに依頼金として支払われている筈なので固辞し、僕らは馬車から軽く手を振りながら村を後にする。
「――しかし」
そうして、やる事も全て終わった後。
馬車に揺られ、うつらうつらとしていると、行者さんが声をかけてきた。
「何故、あの女性を直ぐに帰さなかったのですか?」
「あー……」
――行者さんの疑問は、至極当然のものだった。
実際、そうした方が良かったのだと今なら思う。あの森は害獣の生息している区域だし、既に驚異は駆除されたとは言えど村に居た方が安全なのは、確実なのだから。
「……あの時は、まだ彼女を動かして良いのか判らなかったので」
「ふむ」
あの時はまだ冷静な判断ができていなかった、というのが一番大きかったのだと思う。
自分達が助けた女性なのだから、目を覚ますまでは自分達が守らなければ――なんて、合理性の欠片もない考えで、僕らは何一つ疑問に思うこと無く彼女を拠点に置いていた。
……冷静に考えれば、どう考えたって悪手なのに。
「まあ、新人には良くある事ですね」
「うぐっ」
少し可笑しそうに、そして窘めるような行者さんの言葉に僕は言葉をつまらせた。
どうやら、行者さんは僕らが何故そうしたかみたいな事は、とっくにお見通しだったらしい。
「ですが、次からは気をつけてください。折角助けた民間人を危険に晒すのは、パラディオンとして愚の骨頂ですよ」
「……は、はい」
ぐうの音も出ない正論を言われてしまった。
……今回は、本当に反省点ばっかりだ。たまたま上手くいったから良かったものの、少しでも運が悪ければ取り返しが付かなかった事が多すぎる。
僕らが五体満足だったのも、そもそも生きてこうして帰れている事自体が幸運だったとしか思えない。
「――まあ、それでも。新人としては立派だったと思いますが」
だが、そんな風に少しへこんでいた僕に、行者さんは何処か優しげな言葉をかけてくれた。
「突発的な事態に壊滅的な被害を受ける、なんて事は新人では良くあることです。運も有ったでしょうが、そうならなかっただけ立派ですよ」
「そ、そうですか?」
「ええ、まあ――同じことを繰り返していたら、直ぐに全滅するでしょうけれど」
「ぐぅっ」
可笑しそうに、冗談めかして――しかし実感たっぷりに語る行者さんの言葉に、僕は安心し、そしてしっかりと胸に留める。
……兎も角、今回はなんとか上手く行ったのだ。次は、こういったミスを犯さないように心がければ、それで良い。それで良い、筈。
「何がともあれ、今後の貴方達の活躍に期待していますよ」
「……ありがとうございます」
励ますかのような、期待しているかのような。そんな言葉に僕は礼を言うと、再びうつらうつらとし始めた。
馬車の揺れは心地よく、行者さんもそれっきり話しかけてくる事も――有ったのかもしれないが、僕は気づかなかったし――そのまま微睡みに身を委ねて。
……そのまま、深い、深い眠りに落ちていった。
/
――夢を、見た。
遠い遠い、過去の夢。
厳しくも優しい父さんと、剣の稽古をしていた時の、夢を。
僕は、父さんや姉さんと違って剣の才能が飛び抜けている訳ではなかった。
でもそんな僕にも、父さんは分け隔てなく剣を教えてくれた。
剣の振り方。鍛錬の仕方。基本的な事だけだったけれど、きっとそれ以上は僕には出来ないという事が解っていたのだろう。
『良いか、ウィル。確かに才能の差という物は埋められない。人が人生で得られる力には、どうしても差が出てしまうものだ』
訓練の最中。時折僕は、弱音を吐いては訓練を投げ出そうとしたりしていたっけ。
父さんはそんな僕を叱る事も無く、窘めるようにそう言うと頭を撫でてくれて。
『――だが、強さというのはそこまで重要な物ではないんだよ。大事なのは、何を守るかだ』
『なにを……まもる、か?』
『ああ、そうだ。俺と母さんは、人類を守る道を選んだ。だがな、ウィル。お前までそうする必要はない』
『ぼくが、よわいから?』
少しいじけるような僕の言葉に、父さんは頭を左右に振った。
『そうじゃない。人間にはな、大事な物を守れる力だけあればそれで充分なのさ。俺も、お前達を得てから解ったことだがな』
『……?』
そういう父さんの顔は、何処か寂しげで。
僕はその言葉の意味が、よく判らずに……そんな僕を見ると、父さんは優しく笑みをこぼしながら、また僕の頭を撫でてくれた。
……僕は、父さんの大きな手が大好きだった。
――父さんが居なくなったのは、それから一ヶ月後くらい後。
家に戻ってきたのは、父さんが使っていた剣だけで。泣き崩れた母さんと、剣を抱いた姉さんの姿を、よく覚えている。
……今でも、父さんの言葉の意味は良く判らない。
大事な物を守れる力だけ有ればいい、だなんて。大きな力さえあれば、どんな物だって守れるのに――
/
「――ィル。おい、ウィル」
「ん……」
「ほら、もうすぐ着くぞ」
――懐かしい夢を、見ていた気がする。
ミラの声に目を覚ますと、彼女は明るい顔をしながら馬車の外を指さした。
「全く、随分と長い初任務だったな!」
「ほんと、帰ったらのんびりしたいよ」
「……ね」
馬車の外を見れば、遠くには城塞都市。
村から出て数日。僕らはようやく、パラディオンの本部へと戻ってきたのだ。
僕も久方ぶりのその姿に、ようやく戻ってきたんだな、と胸を高鳴らせる。
そんな僕らをみながら、ギースは楽しげに笑うと――なぜだか、ここにいる人数と、今回もらえるであろう給与とで計算し始めた。
「さあ、戻ったら先ずする事は決まってるな!」
「する事?ああ、補充と休息だろう?」
「馬鹿ッ!んな訳あるか、あの森を出る前にも言っただろう!」
そうして、計算を終えた後。
至極当然の事を言ったミラに、信じられないといった顔を見せたギースは――
「――酒場だ酒場!肉を喰い、酒を飲むぞ!お前さん達も来るよな!?」
――自分の膝をばしん、と叩きながら。さも当然のように、そんな事をのたまった。




