10.裏側の話
「――という訳でももうしばらく時間がかかると思います……」
つい先日したような報告を、報告書を渡しつつ行者にすれば、ウィルは心底申し訳なさそうに頭を下げる。
行者はそんなウィルの様子にふむ、と頷きながら首をひねった。
それは疑わしい、という訳ではなく――何故そんな事になってしまったのか、という疑問に対しての物で。
しかしそんな表情もすぐに消えれば、彼は少し心配そうにウィルに声をかける。
「そうでしたか、かしこまりました。しかし大変でしたね、報告外の害獣が出るとは」
「あはは、でも何とかなりましたし。多分、これからも同じことは有ると思いますから」
「……ですね、確かにあり得る事です」
慰めの言葉にそう答えたウィルに、頷きながら彼はそう口にすると、軽く視線を合わせ――そして、どういう訳か小さく笑みをこぼした。
「頑張ってくださいね。貴方達のこれからに、期待しているんですから」
「はい、頑張ります!」
「――おーい、ウィル。報告は終わったかー?」
そうこうしている内に、森の方から……恐らくはウィルの仲間なのだろう。彼を呼ぶ声が響いてくれば、ウィルは再び申し訳なさそうに頭をさげながら、その場を後にして。
そんな彼の様子を見ながら、行者は小さく頷くと、いつもどおり近隣の村へと馬車を走らせた。
その村は、この近隣で唯一の村。
琥珀の沼による被害を訴え出た、その村であった。
行者はここ数日宿泊していた宿屋に戻る最中、報告書を開く。
まだ慣れていないのだろう、報告書と呼ぶには少し出来の悪いそれに苦笑しながら、彼はそれを読み進め――そして、小さくため息を漏らした。
「――未だに、こんな事をする人がいるんですね」
誰に告げたわけでもない言葉に、返ってくる言葉はない。
彼は報告書を丁寧に畳めば、便箋に入れて鞄に仕舞うと部屋を後にした。
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「……ここ最近で、おかしな事ですか?」
「ええ、何かありませんでしたか?」
宿屋で遅めの昼食を取りながら、看板娘であろう少女と言葉を交わす。
少女は軽く首を捻りながら、しばらくの間唸り――そして、そっと行者に耳打ちをした。
「ええっと、実は……一ヶ月ほど前から、この村で行方不明の人が出てるんです」
「ほう、行方不明ですか」
スープを口にしつつ、彼は訝しげに眉を顰める。
そんな彼の様子に、ええ、と少女は肩を落としながらため息を吐き出し――そして、周囲を見渡した。
そこに有るのは、席の空いたテーブルばかり。
客の姿と言えば、行者以外にはなく。見るからに、閑古鳥と行った様相だった。
「まあ、近所の森で最近になって害獣が出たみたいですから、仕方ないんですけどね」
「……最近、ですか?」
「ええ、最近です……実は、行方不明者も害獣の仕業なんじゃないかって言われてるくらいで」
少女は少しだけ不安げな様子でそう言うと、キュッと持っていた盆を握りしめる。
そんな様子を見ながら、彼はしばらくの間考え込むようにしていたが、やがて少女に向けて笑みをこぼし、口を開いた。
「大丈夫ですよ。既に優秀なパラディオンの方々が向かっています、直ぐに元の活気を取り戻すでしょう」
「……そう、ですね。本当にパラディオンの皆さんには、頭が上がりません」
彼の言葉に少女は笑みを浮かべると、失礼しますね、と言いながら厨房の方へと入っていく。
小さな宿屋だ、恐らくは彼女は看板娘だけではなくいろんな物を兼任しているのだろう。
そんな事を考えつつ遅めの昼食を終えれば、行者は少女に言葉をかけてから宿を後にした。
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続いて行者が訪れたのは、その村の責任者である村長の家だった。
それなり老齢に見える村長は、訪れた彼を頭を下げて迎え入れると奥の部屋に案内し、そして彼が腰掛けるのを待ってから腰を下ろす。
何処か落ち着かない様子の村長を見ながら、彼は淡く笑みを浮かべると口を開いた。
「こんにちは、村長さん。今日は貴方に話があってきました」
「おおそうですか、もしかしてもう害獣の駆除が終わったんですかの?」
「それは近日中に終わるでしょう。今回は別件です」
彼はそう告げるのと同時に、笑みを浮かべたまま――
「――貴方、虚偽の依頼を出しましたね?」
――部屋が底冷えするような、そんな声をあげながら。それを聞いた村長は思わずびくん、と肩を震わせながら顔を青褪めさせて。
しかし、直ぐに愛想笑いを浮かべると、あはは、と明るく笑ってみせる。
「いやはや、何のことやら。私はちゃんと依頼を――」
「この村、随分前から行方不明者が出ていたそうですね?」
彼の言葉に、村長の言葉が止まる。額から汗が滴り、視線は泳ぎ。何かを考えている様子で、村長はしばらくの間口を閉ざしていた。
……が、その間も彼の視線は冷たく、鋭く。いつの間にか淡く浮かべていた笑顔さえなくなり、その表情は冷徹そのものに変わっていて。
「……っ、そ、そう言えばそうでしたな。不思議なものです」
「この村から依頼が来たのはつい半月前。ここには、端的に言えばこう書かれています。
最近村の近くの森に害獣が出て困っています。既に村民も1人犠牲になりました。助力をお願いします、と」
「そうですね、確かに――」
「――おかしいですね。この村は一ヶ月前から行方不明者が出始めたと聞いたのですが」
その言葉に、村長は完全に固まってしまった。
そんな村長を冷たく見下しつつ、彼は更に言葉を連ねていく。
「私が滞在中に把握しただけでも10人以上。探せば、もっといるかもしれませんが」
「そ、それは……その」
「――今でも偶にあるんですよね。依頼金を誤魔化す為に、わざと事態を過小に報告するなんて事が」
「……~~~~っ」
村長は、顔面蒼白になっていた。
事実、全て行者の言う通りだったのだ。
害獣の発生は実際には一ヶ月前。最初に居なくなったのは村一番の美人だった。彼女が行方不明になった時は唯の駆け落ちと村長は高をくくっていたのだが、数日毎に村から人が消え始め――半月が過ぎた頃、ようやく村長は重い腰を上げたのである。
だが、次に問題になるのは依頼に対する報酬だった。村は決して栄えている訳ではない。依頼の報酬自体も決して払えない訳ではなかったが、払ってしまえば少しの間村は困窮する事になる。
そうなれば、半月もの間事態を放置してきた村長に叱責が飛ぶのは免れない。村長の座から引きずり降ろされる可能性だってある。
――そう考えた結果。
村長は、依頼の内容を誤魔化すことで、報酬額を減らす事を目論んだのだ。
どうせ相手は人類のために戦うという、お人好しの集団。バレる事など先ず無いだろう、なんて、そんな浅い考えで。
「……っ、も、申し訳ありませんでした!つい、出来心で……!!」
だが、事此処に至れば仕方がないと、村長は観念した。
頭を下げ、素直に謝り、本来の額を支払えば丸く収まるだろう。
その後の事は、もうその時に考えるしか無いと。
――そんな甘い考えが、通用する筈もないというのに。
「まあ、反省もしているようですから……罰金として、この額をお願いします」
「は、はい――え?」
彼が差し出した書類を見て、村長は目を丸くした。
そこに書かれていた額は、村長が想定していた額を遥かに超えていたのである。
適正な額とは――村長にとってはだが――到底思えないその金額に、村長は何度も書類を見回すが、数字が変わるわけもなく――顔を真っ赤に染めれば、跳ねるように立ち上がった。
「――ふ、ふ、ふざけるなっ!!こんな金額、払えるわけが――!!」
「いえ、払えますよね。この村が半年ほど貧困に喘ぐかもしれませんが、その程度です」
「馬鹿なことを言うなっ!!そんな事になれば村民が黙ってはいないぞ!?」
「知りませんよ、そんな事は。それに黙られないのは貴方の方でしょう」
罵倒するかの如き勢いでがなり立てる村長に、彼は事も無げにそう告げる。
村長は予想外の出来事に取り乱し、顔を真っ赤に染めたまま、怒りのままに声を荒げ――
「~~~~っ、何が人類の味方だ!!この守銭奴どもがッ!!!」
――罵詈雑言を村長が口にした瞬間。
今まで冷静で冷徹だった彼の表情が、一変した。
「――黙れ」
「……っ、ひっ」
冷たく、命じるようなその言葉に更に罵倒を吐き連ねようとした村長の口が、閉じる。
それは明確な敵意だった。
それ以上言葉を続ければ容赦はしないという警告であり――そこを踏み越えれば、命の保証はしないという宣言。
言葉短くそれを伝えた彼は、小さく息を吐き出すと村長を下から睨みつけ、言葉を続けた。
「良いか?害獣というのは人を、生き物を糧に増殖する。お前が最初から下らない皮算用をせずに真実を報告していたなら、新人を危険に晒す事もなかったのだ」
「し、新人だと!?まさか――」
「――幸い、優秀な新人だったのでな。危険な害獣は既に駆除された、後は時間の問題だろう」
まさか失敗したのでは、という考えが杞憂に終わり、村長はほっと胸をなでおろす。
だが、彼の言葉はそれでは終わらなかった。
「パラディオンは、命を賭して人類を守る機関だ。だからこそ情報は正確でなければならないし、意図的な虚偽には罰金も相応に重くなる。そうでなければ、パラディオンは瓦解してしまうからだ」
「う、ぐ……っ」
「害獣よりも、何よりも――お前のような奴が、パラディオン達を殺すのだ」
村長は何も言い返せずに、押し黙る。怒りのままに吐き連ねれば、間違いなく大変なことになると否応なしに理解してしまったから。
そんな村長を見ながら、彼は小さく息を吐き出すと――元のように薄く笑みを浮かべながら、村長の胸に書類を押し当てた。
「――では、罰金の支払いの方。お願いいたしますね」
膝から崩れ落ちる村長を見ることも無く、彼はその場を後にする。
まだ数日はこの村に滞在することになるのを少し憂鬱に思いながらも、彼は後輩達がかつての自分たちのようにならなくて良かったと、心の底から安堵した。
柔肉の沼は、かつて多くのパラディオンが犠牲となった変異種の一つである。
多数のパラディオンを取り込んだ柔肉の沼を駆除するために中隊が編成され、それでもなお多くの犠牲が出た。その時の怪我が原因で、退役する者も居た。
無論、柔肉の沼が恐るべき害獣であった事も事実だが……それだけの被害が出た一番の原因は情報の不正確にある。
当時はまだ柔肉の沼自体が認知されていない存在であったが故に、ある程度は仕方なかったのだろうが――
――少しだけ物思いに耽ると、過ぎた事だと頭を左右に振ってから、行者は宿屋へと戻っていった。
あの新人たちならきっと、次の報告の頃にはおおよそ仕事を終えているだろうと、後輩達の成長を楽しみに思いながら。




