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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
1章:パラディオンとしての初任務のお話
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7.肌色の悪夢

「おお、戻っていたか!少し離れていたんだ、すまなかったな」

「ベールさんがちょっと水浴びしたいって言っててね。安全な場所を探してたんだ」

「……全く、拠点が襲われたらどうするつもりだったんだ?」


 ――戻ってきたギースとラビエリは、まるで普段と変わった様子は無かった。

 2人いわく、ベールが水浴びをするための場所を探していたらしいが――正直な所、本当かどうかと言われれば限りなく疑わしい。

 ただ、疑わしいというだけでこの場で2人を攻撃する事はできない。当たり前の話だが、万が一本人だった場合は取り返しがつかないからだ。

 それに、まだ2人が何処へ連れ去られたのかも解っていない。せめて、それが分かるまでは時間を稼がなければ。


「それでさ、相談なんだけど――向こうに拠点を移さないかい?あっちのが水場もあるし、過ごしやすいと思うんだよね」

「水場が有れば色々助かる所もあるだろう?俺とラビエリはそうした方が良いと思うんだが」


 ――つまり。

 僕らは、この怪しい提案に――柔肉の沼が張った罠としか思えない提案に、乗る必要がある。

 僕とミラは軽く視線を交わしながら頷けば、既に気づいている事を悟られないよう、自然に、何時も通りに……そう心がけながら、会話を合わせた。


「――仕方ないな、そこまで言うなら」

「でも、向こうを見てから決めてもいいよね?ごめん、アルシエルさん。僕らが戻るまで、ここをお願い」

「……ん」


 打ち合わせどおり、わざと罠にかかるのは僕とミラ。そしてこの場に残るのは、アルシエル。

 3人の中では唯一の後衛専門で、遠距離からのフォローを担うことが出来る――その上、誰もが見えない距離のモノでさえ見ることが出来る、そんな彼女に僕らの背中を預ける形だ。

 問題が有るとすれば、アルシエルの弓の腕が未知数という所だけれど……少なくとも、僕より劣る事はないだろう。そう、思いたい。


「よし、ではこっちだ。ついてきてくれ」


 ギース――恐らくはその形をした疑似餌に誘導されるままについていく。

 正直、こうして話していても本当にギースが疑似餌なのか、それとも本物なのか判別がつかないのが、心底恐ろしい。

 僕とミラを挟むようにして、後ろからはラビエリの形をした疑似餌がついてきているが、それにも特に変な様子は無く。もしこれで本当に何事もなければ、なんて考えてしまった。


 ――でもそれは多分、有り得ない。

 だって、もしそうだとしたら彼らは拠点を放棄して勝手に出歩き、挙句の果てに民間人を1人で放置してる――なんて、バカをしている事になるのだから。

 ……流石にそんなバカをやらかすとは、思えない。


 ミラもそれを理解しているのか――それでも尚、僕と同様に確証が持てないのか。

 次第に強くなってくる甘ったるい香りの中で、平静を取り繕いながらも、どこか不安げな表情で僕の隣を歩いていた。







 ――わたしは、人と話すのが致命的に苦手だった。

 物心ついた時から人と話す事ができず、覚えた言葉も単語も、なぜか口にしようとするとおかしくなる。

 頭では解っているのに、覚えているのに、口にしようとした途端、それが砂のように崩れてしまうのだ。だから、人と話すという行為自体がわたしにとっては困難で。


 それとは別に、もう一つ理由はあったけれど……両親はそんなわたしを気味悪がって、施設に預けた。

 わたしは、悲しかったけれど。それを表す言葉さえ、口から出す事ができず――最後まで、両親とちゃんと話すことさえ出来なくて。


 施設で過ごしている間も、当然のように友達も出来ず……そんな時に聞いたのが、パラディオンの話だった。


 人々を害獣から守るお仕事。皆から尊敬されて、敬われる職業。

 わたしは、これだ!と思った。パラディオンになれば、皆から尊敬される。それなら、話が出来なくてもきっと、人と付き合えるようになるはずだ、と。

 幸いな事に、わたしにはパラディオンになれるだけの才能はあった。

 弓の才能、そして何より――わたしは、誰よりも「眼」が優れていると、自覚していた。

 事実、養成所では私に弓で並び立てる人はいなかったし、眼のおかげでどんな遠くの的でも届く範囲なら当てられる、そんな芸当さえ出来るようになったわたしは、すっかり自信をつけて。


 ――そうして自信をつけたわたしは、実地演習で取り返しのつかないミスを犯した。


 自信満々で単独行動をとっていたわたしは、継接人を仕留めそこねて、逃して――他のパーティーを巻き込んでしまったのだ。

 先生が居たから皆は無事だったけれど、怪我をした人も当然いて。わたしは、あぶない、と叫ぼうとしたのに声を出せず、逃げて、と叫んだつもりで小さな声しか出せてなかった自分に、絶望した。


 だから、それからはずっと、人と関わらないようにしていた。

 結果として1人で継接人を追い詰めた、という点が評価されて、わたしは念願のパラディオンにはなれたけれど――もう、誰にも迷惑をかけたくなかった。


 ――でも、そんなわたしに声をかけてくれる人がいた。気にかけてくれる人がいた。

 同じパーティーに選ばれたのだから、義務感からかもしれないけれど……話を、しようとしてくれる人がいた。

 わたしのせいで、その人達をまたピンチに陥らせてしまって。泣きそうだったわたしをまた頼ってくれる人がいた。


「――だ、か……ら」


 だから、もう失敗しない。

 わたしの双眸は、決してあの2人と――仲間を模した化物を、逃さない。

 どんなに遠くにいようと、わたしの眼は見ようとしたものを追い続ける。


 そして、その先にある化物の親玉(・・・・・)も。


 弓を持ち、矢をつがえる。

 2人の後ろにいる化物が、2人に向かって魔法を使おうとしているのが見えて――でも、何もさせるつもりはない。

 

 ――指先を離れた矢は、彼方にいる化物を寸分違わず射抜いた。







「――あ、ギ――ッ!!」


 背後から聞こえた声に、僕は帯びていた剣を引き抜いた。

 同時に、前に立っていたギースが慌てた様子で斧を手にし――その手が、遥か後方から飛んできた矢に射抜かれる。

 ……凄い。あんな遠距離から、大柄とは言っても相手の腕に的確に当てるなんて。


「ぐ、お――ッ!?」


 矢で貫かれたギースの手から斧が落ち、それと同時に勢いよく肌色の体液(・・・・・)が噴き出した。

 背後を見れば、背中を撃たれたラビエリも同じような体液を噴き出していて――確定だ。こいつらはギースでも、そしてラビエリでもない!


 そう確信した瞬間、相手が僕らへ気を向けるよりも早く、僕は背後に居た疑似餌に――そして、ミラは前方に居た疑似餌に、剣を、槍を突き立てた。


「――ガボッ」

「ゴボ、ブ」


 一方は体を袈裟斬りにされ、一方は頭を貫かれ。まるで何かが詰まったかのような、そんな音を立てつつ疑似餌達は形を崩していく。

 髪の毛であったものも、何もかも――身につけていた装備以外は全て、肌色の粘液になって溶けて、崩れて。その様が余りにもおぞましかったせいか、ミラは顔を顰めつつ、トドメとでも言うかのように崩れ落ちていく肌色の塊に、改めて槍を突き刺した。


「……っ、まっっったく、気分の悪い」

「うん、同感……」


 ……疑似餌とは解っていたものの、実際にそれに斬りかかるとなると、その感触が、歪む顔が、そして崩れていく様子が堪らなく気持ち悪かった。

 まるで悪夢のようだ。

 看破して打倒しても、打倒した爽快感とか、そういったものは一切無くて、ただ後味の悪さだけが残るなんて。

 ……まあ、だからこその害獣なのか。納得したくもないけれど。


そんな事を考えていると、かん、かん。と、近くの木々に矢が突き刺さっていく。

顔を上げれば、矢は次々に木々へと突き刺さり――それは、奥へ、奥へと続いていて。

 それがアルシエルによる誘導であることは、言葉を聞かなくとも理解できた。


「こっちか。全く、大した眼だ」

「行こう、ミラ」


 アルシエルの矢に従って進めば、甘い香りはますます強く、濃厚になっていく。

 そして、その先に――彼女は、立っていた。


「……っ、な……っ!?」

「貴様は――っ」

「ようこそ、パラディオンの卵さん。貴方達、意外と優秀なのね?」


 ベール=シュタイン。そう名乗っていた疑似餌は、一糸も纏うこと無く楽しげに笑いながら、肌色の沼地の前で、僕らを迎えるように両腕を広げていた。

 背後の沼には、まるで繭のように肌色の粘液に包まれたギース、ラビエリ――そして、ベールが浮かんでおり。目の前に立っているベールは紛れもない疑似餌なのだと、否応なしに理解できる。

 僕らは彼女――否、それに向けて武器を構えた。


「あら、怖い怖い。私達を傷つけるつもりなのでしょう? でも――良いのかしら」

「……何?」


 艶かしく裸体を晒し、肉感的な体を揺らしながら、それはクスクスを笑い……その口元を、歪に、三日月型に歪めてみせる。

 思わず、ひ、と声をあげそうになった。人の形をしたものが、人ではありえない事をするのは余りにもおぞましく――そんな僕らを見て、またそれは可笑しそうに笑った。


「何が、おかしい」

「判らない? もしかして私達を追い詰めたつもりなのかしらね」


 その言葉とともに、それは両腕を上げて――それと同時に、ごぽり、と音を立てながら、肌色の沼が沸き立っていく。

 ごぽ、ごぽん、と重たげな音を立てながら生まれたソレは、僕らにも見覚えがあるもので――


「……冗談だろう」


 隣りにいるミラが、小さな声でつぶやいた。

 僕だって、そう言いたい。信じたくなかった。

 だって、目の前には――先程不意を突いて倒した筈の、ギースとラビエリの疑似餌がまた出来上がっていたんだから。

 しかも、それらが形をなした後もなお、肌色の沼は沸き立っていて……ぼこり、ぼこりと新しく人の形を作っていく。

 一体、二体、三体。いずれも装備はなく、全裸だけれど……これは、まずい。疑似餌が復活する事くらいは予測していたけれど、この数の差は余りにもまずい――!!


()よ。貴方達は誘い込まれたの。さあ、私達と一緒になりましょう――!!」


 焦りを隠しきれない僕らを嘲笑いながら、疑似餌の歌うような号令と共に、出来上がったばかりのギースとラビエリの疑似餌が動き出す。

 僕らは疑似餌の群れに唇を噛みながらも、武器を構え――そして、柔肉の沼との戦いが始まった。


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