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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
1章:パラディオンとしての初任務のお話
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5.『琥珀の森』Ⅱ

「ふむ、ではまだかかりそうですか」

「そうですね、今しばらくは」

「解りました、ではまた二日後に」


 夜営中にまとめた報告書を手渡し、短く言葉を交わして行者と別れる。

 ここに来てから二日目の昼だが、まだ一向に琥珀の沼の駆除が終わっていなかった。少し歩くだけで人影が現れ、駆除したかと思えばまた遠くに人影が見える、その繰り返し。

 昨日今日で取り敢えず20に届くか届かないか程度は駆除したはずだけれど、それでもまだ探せば見つかるのだ。これでは流石に終わったなんて言えない。


「報告は終わったか、ウィル」

「うん、大丈夫。皆は?」

「拠点で休ませている所だ。戻ったらウィルも少し休むと良い」


 ミラの言葉に小さく頷きつつ、拠点に向かう。幸いだったのは、琥珀の沼が基本的に動くものではないという事だろう。

 おかげで琥珀色の沼地が見える所以外は気楽に歩く事ができるし――花蜘蛛の時のように、常に周囲に気を配らなければならない、ということもない。

 人影が見えた時にだけは気をつけなければならないが、2人の時は近づかなければいいだけなのだから、容易いものだ。


「お、お疲れさん。そら、こっちに座れ!」

「悪いね、行者への報告を任せちゃって」

「気にしないで良いよ。僕も色々勉強になるからさ」


 たき火を囲んでいたギースとラビエリと言葉を交わしつつ、勧められるままにギースの隣に腰掛ける。

 別段、外が寒いという訳ではないが――たき火の熱は、何故だか心地が良い。


「そういえば、アルシエルさんは?」

「あいつならテントの中だな。蹲っておるが、体調が悪い訳でも無いらしい」

「僕らも外でお話でも、って誘ったんだけどさー」


 よくわかんないんだよね、とラビエリは口にすると、薪代わりの枝をたき火に投げた。

 ……そう、アルシエルはずっとこの調子だった。

 話しかければある程度は応えてくれるものの、基本的に人の輪に入らない。自分から喋る事もあまり無ければ、1人離れた所でぼんやりと蹲っている。

 もっとも、探索する時はしっかりラビエリを守るように動いているのだから、問題視する必要も無いのかもしれないが――


「……ちょっと様子見てくる」

「ああ、行ってらっしゃい」


 いつの間にかギース達と一緒に座り込んでいたミラに見送られながら、僕はテントの幕を空けた。

 テントの中は薄暗いが、中が判らない程ではなく――見れば、テントの奥、隅っこの方でアルシエルが蹲っていて。

 いや、これは蹲っているというよりは丸くなっているのが正しいのかもしれない。何というか、こう、ネコが隅っこで眠っているような。そういう感じが近い、気がする。


「――アルシエルさん?」

「……ん」


 もしかして寝てるのかな、と思いつつも声をかければ、アルシエルはもそり、と顔をあげてくれた。

 ぼんやりとこちらを見るその表情からは、相変わらず感情が読み取れないけれど――彼女は首を傾げながら、僕の顔を覗き込んで。


「どうか……した?」

「あ、いや、ううん。何をしてるのかなって」

「……そ、う」


 不思議そうに問いかけてきた彼女にそう返すと、彼女は蹲るように、丸まるように頭を下げた。

 どうしたものかな、と頬を掻きながら少し悩む。

 無理やり会話するのは良くない気がするし、今の所彼女が問題を起こしたわけではない――というか、寧ろ遠距離に居る人影を見分けるのに、凄く助けられてる。

 ビースト特有のものなのか、それとも彼女の才能なのかは判らないけれど、彼女は遠くの木陰にいる人影がどんなものか、一目で見分ける事ができていた。

 今まで安全に琥珀の沼を駆除できていたのは、無論ラビエリの力もあるが――彼女に依る所も大きい。

 だからこそ、彼女がもう少しパーティーの皆と打ち解けられたらな、なんて思うのだが――


「――ま、って」

「ん……どうかした?」


 ――そんな事を考えていると、不意に彼女は頭を上げて、口を開いた。

 僕の方を見上げながら、彼女はしばらくの悩んでいたのだろうか?黙ったままだったけれど……それでも待っていると、やがて、小さく息を吐き出して。


「……油断、し、ないで」

「え」

「ここ、きて……から、ずっと……見られてる(・・・・・)……から」


 見られている?誰に?

 そこまで考えて――一瞬で、総毛立った。決まっている。害獣(・・)にだ。


「それは、琥珀の沼にってこと?」

「……わか、らない……でも、多分……今、も。見てる」


 ……彼女には、僕らには見えていない物が見えているのだろうか?

 判らない。判らないが、その言葉を気のせいだと言う事は出来なかった。


「有難う、アルシエルさん。今の、皆にも話してくれる?」

「……ぁ」


 しかし彼女に手を差し出し、外へ連れ出そうとすると何故か彼女はそれを拒むように、頭を左右に振った。

 ……もしかして、その視線が恐ろしいからずっとテントに居るのだろうか?


「大丈夫だよ、僕たちはパーティーなんだ。皆で何とか――」

「――おぉい、ウィル!!来てくれ、大変だ!!」


 僕の言葉を遮るように、テントの外からギースの声が響く。何かあったのか、その声は何処か切迫していて――とても、無視できるような物ではなさそうで。

 それでもアルシエルは立ち上がろうとすらしておらず……仕方ないかと諦めれば、また後でね、と声をかけて、僕はテントを後にした。







 彼女(・・)が現れたのは、ウィルがテントに入ってからしばらくした後だった。

 最初は琥珀の沼かと身構えたものの、その人影は木陰からこちらへと近付いてきて――そして、その姿ははっきりと人のものだったのだから、本当に驚いたものだ。

 金色の髪の毛を背中まで伸ばしたその女性は薄いワンピースを一枚羽織っただけの姿で、こちらの近くまで来れば倒れてしまい。慌ててラビエリとギースが介抱して――ようやく人心地がついたのが、つい先程。

 彼女を毛布で包み、たき火で体を温めると良いと勧めると、彼女は遠慮がちに少しだけ離れた場所に腰を下ろし、事の顛末を話しだした。


 彼女の名前は、ベール=シュタイン。

 近隣の村に住んでいるようで、野草を積みにこの森に入ってしまったが、幸いな事に琥珀の沼の存在にいち早く気づいて難を逃れてきた、らしい。


「……それにしても不注意だ。この場所は封鎖されていた筈だぞ」

「ごめんなさい、少しなら大丈夫と思ったので……」


 私の言葉にベールは申し訳なさそうに頭を下げる。

 ……通常、パラディオンが派遣される場所はそれ以前に立入禁止になっている事が多い。危険だというのも勿論あるが、害獣は主に人間を糧にするのだ。派遣される前に増殖されて手がつけられなくなったら、溜まったものではない。

 だが――なるほど、今回のこの琥珀の沼の数を見るに、どうやら近隣の住民は立入禁止を無視しているらしい。

 そうでなければ、これほどの数に増えている事が報告されていない筈がないし……そう考えて、私は大きくため息を吐き出した。


「兎も角。明後日には迎えの馬車が来るから、それまではここで過ごすように」

「は、はい、それはもう!こんな危ない所、真っ平御免ですから……」


 さて、そうと決まれば班を割り振る必要がある。

 幸いというべきか、既に琥珀の沼の対処法は解っているのだ。5人全員で行かずとも、2人ほど残しても問題はないだろう。


「ギース、ラビエリ。彼女の警護を頼めるか?」

「おう、任せておけ!」

「ま、仕方ないね。僕が居れば心配ないさ」


 ギースはパーティーの中では一番の肉体派。対して、ラビエリは一番の魔法使い。

 この2人がいれば、不測の事態が襲っても問題はない筈だ。何より、2人は対照的だというのにそれなりに仲も良い。


「では、残った私とウィル、それにアルシエルで今日の駆除に向かおう。アルシエル、行けるか?」

「……ん」


 私の言葉に、アルシエルがのそのそとテントから出てきた。

 ……相変わらず掴み所がない彼女だが、彼女のおかげで琥珀の沼の索敵が楽に出来ている部分もある。やる気がないとかそういう事ではないだろうし、人間関係には時間をかけていくしかないだろう。


「ではウィル、少し負担がかかるが……」

「うん、大丈夫。カンテラの燃料とか使えば節約できるしね」


 魔法の火を、カンテラの燃料で補助することで魔力を節約する――ラビエリの案だったが、それが上手く行ったおかげでウィルも対琥珀の沼においては欠かすことの出来ない戦力だ。

 ……私の仕事が殆ど無い気はするが、一応は先陣を切っての警戒という役割も有る。いずれ物理が必要になった時には。獅子奮迅の活躍をするとしよう。


「それでは二人共、宜しく頼むぞ」

「ああ、気をつけてな!」

「無理しないで帰っておいでよ?ウィルが倒れない内にね」


 二人の言葉に手を振ることで返せば、私達は再び琥珀の沼が多く生息する森の中を進んでいった。

 ベールの事もある。日数は多少増えるかもしれないが、彼女を村へ送るまでは多少ペースを抑えて、出来る限り彼女に危害が及ばないように尽力するとしよう。

 何、逆に考えれば犠牲が出るのを未然に防げたのだ。多少労力が増えようとも、これは良かったと取るべきだろう――下手をすれば一週間を超える日程になるかもな、なんて考えを、そう思う事で何とか押し込んだ。







「全く、とんだハプニングも有ったもんだなぁ」

「まあ悪くはないさ、民間人を助けられた訳だし」

「本当に申し訳ないです、私なんかの為に……」


 ミラ達が駆除に向かった後、僕とギースはたき火を囲みながらのんびりと雑談を楽しんでいた。

 幸いというべきか、琥珀の沼は殆ど動かないで疑似餌を使って狩りをするタイプの害獣だ。こうして雑談していても、周囲に軽く気を配れば問題はない。

 いざって時は、僕が魔法で軽く焼き払ってしまえば済む話だ。昨日のでちょっと本気を出せば軽く駆除できるってのはよくわかったし。


「いえいえ、気にしないでくださいベールさん。寧ろお美しい方を護衛出来て光栄ですよ」

「なんだ、お前さんこういうのがタイプか?」

「おいギース、酒飲むなよ……まだ昼間なのに」


 全く、そういうのも有ってギースもすっかり気を緩めてるのか……自前の酒を持ち出して飲み始めた。勘弁してほしい、ドワーフと違ってリトルは酒には弱いってのに。

 しかしまあ、うん。美女を肴に酒を飲む、なんて――僕は酒は駄目だけど、そうしたい気持ちは判らないでもない。

 ベールさんは本当に美人だ。出る所が出てるし、髪の毛も美しく、肌も白くて顔も良い。

 スタイルというならミラも手足がすらっと長くて胸も大きいけど、ベールさんの方が肉感的で僕好みだし。

 アルシエルは……まあ、スレンダーというか。ああいうのが好きな人も居るんじゃないかな?たぶん。


「しかし、皆さん本当にお強いんですね。害獣を難なく駆除してしまうなんて」

「ははは、まあ俺は殆ど役に立っておらんがな!」

「自慢する所じゃないでしょ……まあ、僕の手にかかればこんな物ですよ」


 ベールさんの言葉に僕は胸を張って応える。

 実際、僕の魔法にかかればあんな害獣は余裕も良い所だ。ギース達が僕が魔法を撃つまで守ってくれていれば、大抵の害獣だってどうにかなるだろう。

 ウィルは補助の魔法要員、アルシエルは索敵要員。ギースとミラが僕を守って、僕が害獣を駆除する。うん、実にバランスが取れたパーティーだ。


「……と、べ、ベールさん?」

「ああ、本当に……すごいお方」


 そんな事を考えていると、不意にベールさんが僕に体を預けてくる。

 ベールさんはヒューマだ。リトルの僕からすればとても大きく、よりかかられると倒れてしまいそうで――それを見たベールさんがクス、と笑うと、僕を膝の上に抱きかかえた。


「はっはっは!そうしてると親子だな!!」

「う、うるさいな!こう見えてもリトルじゃ高身長なんだぞ、僕は!!」

「ふふふ、可愛らしいですね」


 膝の上に座らされてしまえば、僕は身動きも取れず。頭を優しく撫でられてしまうと、顔はどんどん熱くなってしまって。

 ギースはそんな僕を揶揄しながら、酒を飲み――はあ、と僕は大きくため息を吐き出した。


 まあ、リトルにはよくあることだ。外見が他種族の子供、或いは幼児程度しかないからこういう扱いをされたりするのは、そう珍しいことでもない。

 ……なにより、こういうので女性と密着できたりするのは役得でもあるから、悪い事ばかりでも無いし。


「貴方のようなお強い方が私の護衛だなんて、本当に……」

「ん……ベール、さん……?」


 ふわり、とベールさんから甘い香りがする。膝の上に載せられ、お腹の前で手を組まれると、頭と背中に柔らかな感触が触れて、香りも合わせてどうにも心地が良い。

 まるで、極上の毛布にでも包まれているかのようで……いつまでも、いつまでもこうしていたくなってしまう。


「何だ何だ、ラビエリの奴はすっかり夢見心地のようだのう」

「――本当に、残ってくれた方が貴方達2人で嬉しいです」


 苦笑しながら僕を見るギースと――とても、とても。心の底から嬉しそうな、そんなベールさんの声。

 何故だかそれに反論する気も起きず、僕は……この夢見心地に、身を委ねた。

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