3.パーティー編成
歓迎会の翌日。まだ朝日が微かに顔を出して、夜空が少し白んだ頃。
コンコン、とドアをノックする音に目を覚ませば、僕は目を擦りながら部屋のドアを空けた。
「ん、起きたか。感心感心」
扉の前に居たのは、見覚えのない男性――否。見覚えはなくても、それが誰なのかは寝ぼけた頭でも直ぐに理解できた。
慌てて姿勢を正して、パラディオンの先輩の顔を見る。先輩はそんな僕を見ながら小さく笑うと、ぽん、と軽く肩を叩いた。
「これから30分後に昨日の広間に来るように。遅れないようにな、ウチの長は怖いぞ」
じゃあな、と言葉短く先輩はそう言うと、隣の部屋の人を起こしに向かう。
僕はそれを見送りながら自室に戻れば、顔を洗って目を覚まし、少しだけ時間に余裕が有るからと軽く体を動かした。
……昨日は訓練もせずに寝てしまったからか、どうにも体が余って仕方がない。本当に軽く――そう、軽く素振りだけしてから昨日の場所へと向かおう。
「――オラァ!起きろ新人、何時まで寝てんだァッ!?」
――部屋の外から、先程の先輩の怒号と激しいノック音が響く。
僕はその音にビクッとしながら――回数も少なめに素振りを終えると、荷物を片手に足早に広間へと向かった。
まだ時間が早い事もあり、広間にはまだ人がおらず。びっくりしたとは言えちょっと早く来すぎたな、なんて思いながら荷物を降ろし、中身を点検していく。
持ってきたのは、養成所時代に訓練で使っていたもの――から、木剣などを抜いたもの。カンテラや教本、それに携帯食等、多分使うこともないであろう物だが、そうかさばる物でもないのだから持ってきても損はない、筈だ。
何しろこれから何をするのかも判らないのだし、念には念を入れておかなければ。
「……何、してる、の?」
「わぁっ!?」
――荷物を点検していると、突然背後から声をかけられて飛び上がった。
振り返れば、背後には昨日のビーストの女性がいて。全く気配も感じなかったのに――そもそも、さっきまで広場には人なんて居なかったはずなのに、いつの間に……?
僕のそんな疑問を気にすること無く、彼女は荷物の中を興味深そうに覗き込んでいて。びっくりはしたけれど、まあ……良いか。
「荷物の確認をしてただけですよ。一応、持ってきたほうが良いかなって」
「……に、もつ。私、も」
彼女が尻尾を揺らしながら腰にかけていたポーチを開けると、中から出てきたのは――丸い石と、革紐だった。
最初は何なのか判らなかったけれど、革紐の形状が少し特殊な事に気付けば何となく察することが出来た。これは、投石紐だ。
「ほんと、は。弓が、良い、のだけど」
「多分、そういうのは支給されるもんね」
僕の言葉に彼女はこくん、と小さく頷くと、取り出したものをポーチに仕舞って、広間の隅へ向かっていく。
……もしかして、さっきも僕が気づいてなかっただけで、ずっと広間の隅っこで座っていたのだろうか?
そんな事を考えている内に、彼女は隅っこで昨日のように座り込むと、そのまま動かなくなって……声をかけようか迷っている内に、段々と広間に人が集まってきた。
まだ寝ぼけ眼を擦っているもの、それどころか夢遊病のようにフラフラしているもの、昨日の内に仲良くなった相手と雑談しながらくるもの、様々で――その中に、見知った顔が有ることに気付けば、僕は軽く手を振った。
「おはよう、ミラ、ギースさん」
「ああ、おはよう。早いな、ウィルは」
「ふああ……お前さん達は、寝起きが良いな……」
既にいつもどおりのミラと、まだ寝ぼけた様子のギース。2人は近くで出会ったのか、並んで此方へ来ると荷物を下ろして。
ギースはゴキゴキと体を鳴らしながら伸びをすれば、ふああ、と大きく欠伸をしながら寝ぼけ眼を擦り、周囲を見る。
「しかし、こんな時間に集合とはなぁ。一体何をするんだか」
それは――確かに、何をするんだろう。
多分、今日からはパラディオンとして平常運転……つまり普通に働く事になるとは思うのだけれど。
そんな事を考えている内に、全員集まったのか。広間の扉が閉まったかと思えば、昨日歓迎会で挨拶をしてくれた先輩がいつの間にか、広間の中央に立っていた。
「――良し、どうやら時間内に集まったようだな。それでは、これから班分けを行うので、呼ばれた者は前に来るように」
成る程、どうやらこれから僕らをグループ分けするらしい。
恐らく養成所側から僕らの才能についても知らされているのだろう、バランス良く振り分けて行くつもりなのだ。
まあ、確かに……上から班分けをしてもらったほうが、色々と揉めなくて良いのかもしれない。
そんな事を考えている内に、周囲の人達が呼ばれ、おおよそ5人~6人程度のグループが作られていく。
昨日顔を合わせたもの、顔を合わせなかったもの、反応こそ様々だけれど特に問題なく班分けは続いていき――出来た班から、広間の外へと連れていかれて。
がやがやとしていた広間は段々と静かに、そして人もまばらになっていけば。残っているのは僕らと極小数。10数名程度になった。
僕は兎も角、ミラやギースまで残っているという事は残されたのは問題児、という訳ではないのだろう。多分。
「さて、お前達は既に害獣との戦闘経験が有る者たちだったな」
「あ……はいっ」
――成る程、そういう事か。
ここに残っているのは、養成所時代か――或いはそれ以前に、害獣と相対した経験がある者、という事らしい。
ミラもそうだし、残っているということはギースもそうなのか。出来ることなら、同じ班になれると嬉しいのだけれど。
「では、改めてこの中で班分けをする。名前を呼ばれたものから前へ来るように」
そうして、再び名前を呼ばれていく。
……のだが、何故かミラとギース、それに僕の名前は呼ばれない。残った十数名も当然ながら、あっという間に僕らだけになって。
「さて、では残りはもう5人だから決まっているような物だが、一応名前は呼ばせてもらおう。ミラ=カーバイン」
「はい」
名前を呼ばれ、ミラが先輩のそばへと歩き出す。続けてギース、そして僕が呼ばれ――
「アルシエル=ピース」
――そして、聞き覚えのある名前を先輩が口にした。
が、返事は返ってこない。先輩は首を傾げ、名前を呼び間違えたか?と名簿を確認し。間違ってない事を確認すれば、眉を潜めた。
「――アルシエル=ピース!居ないのか?」
「……い、ます。ここに」
苛立った声に、静かな声が――先輩の、背後から聞こえてきた。
先輩がビクッと肩を揺らしつつ振り返れば、そこには若草色の髪のビーストの少女が立っており。一体何時からそこにいたのか、先輩はおろか僕も――表情を見る限りはミラも、そしてギースも気づいていなかったようで。
「……大きな声で返事をするように。あと、俺の背後に来る必要はないからな」
「そ、う……ですか、すみ、ません」
少女――アルシエルは、軽く頭を下げれば、僕らと同じく先輩の前に立った。
アルシエルは僕らの方を見れば、少しぼんやりとした表情を見せてから、同じように頭を下げる。言葉こそ口にしていないが、恐らくは「よろしく」という意味なのだろう。
先輩は、アルシエルのそんな様子に小さくため息を漏らしながら――名簿の最後にあるであろう、名前を口にした。
「ラビエリ=アートフル」
――そして、再びの静寂。先輩はまた名簿を確認しつつ、名前を間違えていないかを見て……今度は周囲を見た。多分、アルシエルのように背後に居ないかとかを確認したんだろう。
でも、たった今呼ばれたラビエリという名前の子は何処にも居なかった。
僕らも視線を周囲に向けるけれど、何処にも居ない。今度こそ怒っても大丈夫だな、と先輩は何処か安心したような顔をしてから――
「――ラビエリ=アートフルは何処だッ!?」
――改めて、額に青筋を浮かべながら怒鳴り散らした。
しかし、その声に応える者はいない。という事は、本当にそのラビエリという子はこの広間には居ないらしく。先輩は返ってこない返事に大きくため息を吐き出しながら、勘弁してくれよ、なんてつぶやいて。
僕らもどうしたものか、と互いに顔を見合わせて居たが――唐突に、外からやかましいとさえ感じる足音が聞こえてきた。
その足音が広間に近付いてきたかと思えば、騒々しく、バンッ!と扉が開け放たれて――
「――ら、ラビエリ、只今参上いたしました――ッ!!!」
――開け放たれた扉の向こう。
そこには、僕よりも遥かに小さな――というよりは、幼い――幼児と見紛うような、小さな少年が立っていた。
金糸の如き髪は寝癖でくしゃくしゃ、身だしなみも慌てて来たのかヨレヨレで、しかし幼く愛らしい容姿のおかげでそれさえ愛らしく見えるような、そんな少年……ラビエリは、肩で息をしながら先輩の元まで行くと、えへへ、と愛想笑いをして。
それを見て先輩も笑顔を浮かべ――たかと思えば、ゴン、と僕にも聞こえるような音がするほどに拳骨を、ラビエリの頭に落とした。
「~~~~~~~っ!?!?」
「30分後集合と言ったはずだッ!他の新人は全員遅れずに来たぞ!」
「う、うぅ……め、面目、ありません……っ」
「……次からは気をつけるように。次は無いからな」
息を切らせ、涙を滲ませながら、唯でさえ小さな体を更に縮こまらせるラビエリに、先輩は頭を掻きながらため息を吐き出してそういうと、改めて僕らへと向き直る。
「さて、まあ取り敢えず……この5人がお前達の班だ。他の班には既に説明してあるが、これからお前達に現場へと向かってもらう」
その言葉に、少し弛緩気味だった場の空気は引き締まった。
ラビエリという子もやはり実地演習を経てきたというだけの事はあるのか、先程の様子とは打って変わって真剣な様子で。
……アルシエルだけは、余り変わっていないような気がするけれど。まあ、彼女はそういう人なのだろう。
「待ち合わせは正門前、武器に関しては此方から支給する。パラディオンの名に恥じる真似をしないように、しっかりと害獣を駆除するようにっ」
「はいッ!」
「……は、ぁい」
先輩からのの言葉に返事をしつつ。アルシエルの返事に先輩の眉がぴくっと動いたが、それ以上は反応せずに先輩自身の任務へと戻っていった。
どうやら他の面子を待たせていたのだろう。少し慌てた様子で広間を出ていって――それを見送ってから、僕らは互いの顔を見合わせた。
ミラは当然として、ギースも昨日から結構話して人となりはそれなりにわかったつもりだ。ただ、アルシエルは……何というか、口数が少ないし、何よりラビエリに至っては今出会ったばかり。この2人に関しては、何も知らないに等しい。
「取り敢えず、移動がてら軽い自己紹介と頼めるか?アルシエル、ラビエリ」
「……ん」
「はぁ、は、ぁ……っ、ま、まかせたまえ……」
ミラの言葉に小さく頷きつつも何を考えているのか良く判らないアルシエルに、膝に手を当てながら何とか呼吸を整えているラビエリを見つつ、僕とギースは顔を見合わせる。
……このパーティー、大丈夫なのかな。
胸に浮かんだ一抹の不安を何とか押し留めつつ、僕らは正門前へと向かうのだった。




