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4.世界の片隅で、小さな祝福を

「……に、似合うかな」

「ああ、とても良く似合っているよ」


 一体いつの間に用意したというのか。

 ぴったりなサイズの礼服に身を包みつつ、普段は着ない……というか今までしたことの無い格好をして、僕は酷く緊張してしまっていた。

 鏡を見れば、どうにも衣装を着ていると言うより衣装に着られているような、そんな自分の姿が映っていて。


 ……でも、まあ。

 ミラが似合っていると言ってくれているのなら、良いか。

 うん、そう思うことにしておこう。


「それに、しても……僕に内緒で準備してたなんて。言ってくれれば手伝ったのに」

「ふふ、まあお前を驚かせたかったからな。皆も乗り気だったし」


 確かに、こういう事は姉さんも母さんも、それにギース達も好きそうだ。

 ……僕が驚いている姿を見て、皆喜んでいるようだったし。


 ただ、一つだけ気になる事があった。

 今回集まっていた面子は、何と言えば良いのか。身内ばかりだったように映ったけれど――……


「ねえ、ミラ」

「ん、どうした? や、やはりこの格好は似合わないか?」

「ううん、ドレスは凄く似合ってるけど――その、ミラのご両親は?」

「……ああ、うん」


 そう、一応略式とは言え、教会で……その、式を挙げるつもりでこの場所を借りている筈なのに。

 だと言うのに、先程居た面々を見た限りでは、あの場所にはミラのご両親らしき人は居なかった。

 ミラは結構良い所のお嬢様――いや、お嬢様と言うには少々強すぎる気はするけれど、結構な家名だった筈なのだし、そうでなくともこんな時に呼ばないなんて悪い気がしてしまう。


 ……の、だけれど。

 ミラの表情が少し暗くなったのを見れば、僕は軽率に言葉を口にしてしまったことを後悔した。

 ミラが忘れていた、なんて事は有る筈もないのだから、それ相応の理由が有る筈なのに。


「そうだな、ウィルには話しておくべきか。お前は私のおっ……これから、ずっと一緒に居る相手だものな」


 しかし、彼女は小さく笑みを零すと……何かを口にしようとして、恥ずかしそうに言い淀み。

 部屋にあったベッドに腰掛ければ、ぽんぽん、と隣に座るように促されて、僕はおずおずと隣に腰掛けた。


「さて、何から言うべきか……今まで、私が何度か失踪扱いになった事を覚えているか?」

「うん、勿論」


 彼女の言う失踪扱いというのは、恐らくは2回。

 貪食に襲われて戦闘不能になったのと、そして――カインに攫われた時の事、だろう。

 忘れられる筈もない。


「当然といえば当然なんだが、私がそうなった時には実家にも連絡が行っていてな」

「……ん、まあそれは仕方ない、よね」

「二度目で、恐らく愛想を尽かされたのだろう。勘当されてしまった」

「――え」

「まあ、恐らくこの目の事もあるのだろうな。つまり、私は随分前から『ただのミラ』だったという訳だ」

「ちょ……っ、ちょっとまって、勘当!? なんで!?」


 さらっとミラが流すものだから、聞くのが遅れてしまったけれど。

 勘当、というのはいくらなんでも穏やかじゃない。普通だったら、ミラが生還したのだから喜ぶ所であって、勘当するなんて有り得ない筈だ。


 だが、僕の言葉にミラは苦笑すると、ふるふると頭を左右に振った。


「――私の家は、地元では有数の貴族でな。そこの娘が何度も不手際をしでかした、というのは家にとって決して良い事ではないのさ」

「でも、ミラはパラディオンとして――」

「そういう事では、ないんだ。何より……ウィルや皆は受け入れてくれたが、害獣混じりの人間が居るというのは印象が悪いんだよ」


 ――ミラの言っている事が、理解できないわけじゃない。

 ミラの事をよく知らない人が、『害獣混じりの人間』という言葉を聞いて真っ先に思い浮かぶのは忌避感だろう。

 地元でも有数の貴族であるミラの実家において、それはどれだけの悪影響を及ぼすのか。

 風聞というのは、一度広まってしまえば中々消えない物だ。

 それなら、いっそ勘当して切り捨ててしまえばいい――そう考えてしまうのは、全く理解出来ないわけじゃあない。


 けれど。


「……っ、でも、家族なのに」

「私の父も、決して軽い気持ちでそうした訳じゃ無い。使用人に私以外の家族、それに父とつながりの有る人々と私を天秤にかけた、その上での事だろうからな」


 ……ミラにそう言われてしまえば、僕はそれ以上何も言えなかった。

 ミラは、もうこの事に整理をつけているのだ。

 仕方のないことだと理解しているし、だから――今日に至るまで、僕に辛そうな素振りを見せる事も無かったのだろう。


「まあ、だから。居ないのはそういう訳だ」

「……ごめん」

「気にするな、これからはお前がずっと隣に居てくれるのだろう?」


 彼女の言葉に、僕は力強く頷いた。

 ……元より、彼女の隣を誰にも譲るつもりは無かったけれど。

 今の話を聞いてしまったら、尚更に彼女の隣にずっと居たいと思えるようになってしまった。

 彼女がここまで来る間に失ったものを、埋めてあげたいと、強く、強く――……


「……絶対、幸せにするからね」

「――……っ」


 手を軽く握ってからそう言うと、ミラは耳まで顔を赤く染めながら、こくん、と頷いて。

 ……自分でも少し恥ずかしいセリフだったかな、なんて思いつつも。

 僕も少しだけ顔を熱くしながら、ベッドから立ち上がれば彼女の手を軽く引いた。


「それじゃあ、行こうか。皆待ってるだろうし」

「……ああ、そうだな」


 彼女の大きな手が、僕の手を力強く握り返してくれるのを感じれば、僕は笑みを零し。

 僕らは二人並んで、手を繋いで皆の所へと戻っていった。


 ミラのドレス姿は僕が来る前から堪能していたのだろうけれど、僕の礼服姿の方は珍しかったからか、皆色々な反応を見せていて。


「おお、似合うじゃあないか。俺じゃあこうはいかんな!」

「ギースのは特注じゃないと駄目でしょうね。ウィルは一番小さいサイズで良かったみたいですが」


 単純に、褒めてくれる人や。


「へー……リトル用よりやっぱり良いなぁ。羨ましいや」

「……ラビ、エリ……も、きっと……似合う、よ?」

「そ、そうかな?」


 ちょっと羨ましがった後に、いちゃつき始める人や。


「ああ、もうウィルったら似合ってるわっ♡ミラさんも凄くお似合いっ」

「はしたないですよ、エミリア。ええ、でも似合っているわ、ウィル」

「有難う、母さん、姉さん」


 そして、祝福してくれる人。

 そんな人達に囲まれながら、僕らは互いに顔を見合わせると、笑みを零して――……






「――ミラへ。ウィル=オルブライトは、貴女をいつまでも大切に、守り抜く事を――幸せにする事を誓います」

「……ウィルへ。ミラ=カーバインは、貴方をいつまでも、変わること無く愛する事を……貴方を幸せにする事を、誓います」


 ――そして、僕らは皆の前で誓い合った。

 大切な仲間であり、大切な女性(ひと)であるミラを、ずっと――守り、幸せにする事を。

 ミラからの誓いの言葉を聞けば、僕らは互いに顔を近づけて。

 ……ミラに屈んで貰わないと届かない、というのは少しだけ情けなかったけれど。


「ん……っ」

「ちゅ……ん、ふ……」


 そうして、唇を重ね合わせれば……その瞬間、皆は僕らを祝福するように拍手をして、くれた。

 僕らは少しだけ顔を赤くしたまま、彼らに向き直り。


「――よし、それじゃあ後は無礼講にするか!」

「ギース……っ、そういうのはせめて、新郎新婦が言うものでしょう!?」

「……ぷっ、ふふっ」

「あはは、まあこの格好で酒場には行けないけど――ここは、貸し切ってるんだよね?」

「それは大丈夫、ちゃんと借り賃出してるから。食べ物も酒もしっかり用意してあるよ」

「お……金、は……いっぱい、ある……から、ね」


 いつもの調子の皆に、可笑しくなってしまって。

 その後は結局、いつものような宴会になってしまった。

 流石にドレスと礼服を汚すわけにはいかなかったから、酒場の時と比べれば控えめだったけれど。


「うぅ……ミラさんと一緒になっても、お姉ちゃんの事は忘れないでね、ウィル……!!」

「忘れるわけないでしょ、もう」

「基本的にはこれまでと変わりありませんからね、義姉さん」


 ――それでも、とても、とても楽しい時間を過ごすことが出来たと、思う。

 姉さんと母さん、それと皆で過ごす時間はかけがえのない程に幸せで。


 隣で楽しそうに笑みを零すミラを見ながら、僕はこれからも彼女達と共に過ごしていく、そんな日々に思いを馳せた。

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