12.それから(後)
卒業式が終わった後。後は寮に戻って荷物を持って、パラディオン本部行きの馬車に乗るだけ――だった筈、なのだけれど。
何故か僕は寮の裏で、槍を持ったミラと相対していた。
あの時の言葉は聞き間違いかと思っていたが、どうやらそうではなかったらしく。ミラは此方の準備が終わるのを、今か今かと待っている様子だった。
それはまあ、良い。良くはないけれど、養成所から去る前に1戦することにはそこまで文句はない。
「……ねえ、ミラ」
「どうした?」
「何で、先生達が居るのかな……?」
――そう、問題はそこだった。
僕とミラの回りには、どこから聞きつけたのか先生達や所長、それに――もう後は帰るだけだった筈の同期生が居たのだ。
流石にこれは聞いていない。先生はまだ安全のためだとか、そういう理由で判るけれど……同期生が居るのは、どうにも落ち着かなかった。
「なぁに、気にするでない。儂らの事はカカシとでも思っておくと良い」
所長の無責任な言葉に、大きく息を吐き出す。
……確かに、まあ。訓練中の組手でも周囲から見られる事自体は有ったし、そういうものだと思えば少しは楽だろうか。僕はそう思いながら何とか割り切ると、槍を手にし、剣を帯びた。
弓は今回は使わない。と言うよりは、使えない。ミラ相手に弓を使える程、距離を取らせては貰えないだろう。
「おまたせ、ミラ」
「良し。それでは……所長、お願いします」
「うむ」
ミラの言葉に所長は小さく頷けば、僕とミラは槍を構えた。
……まずは、槍。最初から剣で行くのは悪手だ。槍で体勢を崩した所で間合いを詰めて、剣に切り替える。間合いさえ詰めてしまえば、槍のリーチは寧ろ不利になる……筈だ。
呼吸を整え、集中する。
――幾ら組手とは言っても、負けたくはない。それに集中しないと、全力で当たらないともうミラには勝てないだろう。
「始めぇいッ!!」
「し、ぃ……ッ!」
「――せぁっ!!」
所長の声と同時に、互いに互いの間合いへと飛び込む。先手を撃つように突きを放ったが、その突きはミラの槍に絡め取られ、弾き上げられた。
「……ッ!」
「せ、やああぁぁ――ッ!!」
何とか弾かれた槍を戻すも、そうしている間にミラの槍が体勢を崩したこちらに襲いかかる。初手は完全に負けた。やはり、槍の腕ではもうミラには届かないのかもしれない。
演習が終わってから、ミラと自主訓練を時折共にする事になって以降。ミラはめきめきと実力を増していき、天才という言葉に違わない程の存在になっていた。
元々以前から槍の扱いに関してはミラの方が上手かったが、僕はそれを力……要するに腕力と速さで何とかしてきた。
その腕力と速さをミラが身につけたなら、どうなるかは自明の理だ。
今でも体力とかそういったものならミラに勝てるとは思うけれど、槍の腕に関してはもう完全にミラに上回られている。
穂先の付いていない槍同士を打ち合い、ぶつけ合う。
乾いた音が鳴り響き――その度に、頬を、体を槍が掠めていく。
「く、ぅ……っ」
「どうした、そんなものか――!」
ミラの槍は疾く、鋭く、そして何より巧い。合わせようとすれば弾かれ、弾こうとすれば逆に押し込まれ、辛うじて直撃を受けないでいるのがやっとだ。
それも、そう長くは保たない。ミラもそれを理解しているのだろう、槍の動きはより苛烈に、そして強引にすら思えるほどに強烈になっていく。
――このままだと、負ける。それを僕は重々に理解していた。
けれど、武器を剣に持ち替えた所で意味は無い。持ち替えようとした所を打ち据えられ、即座に負けるだけだ。
でも。負ける気など、毛頭ない。
「……煌めきよ!!」
「な、にッ!?」
その言葉と同時に、僕とミラの間でバチンッ!と紫電が走った。
別の方向へと思考を裂けない今の状況では、魔法もマトモに使えない。だが、単純に「放つだけ」なら出来る。
それは指向性もなく威力も微弱で、一瞬で散ってしまう程にか弱い無意味なモノだが――こと、今においてだけは違った。
放ったのは雷。まばゆく輝いたそれは一瞬で消えたものの、互いの視界を奪うには充分すぎる――!!
白く染まった視界の中、ミラの槍が有った場所を思い浮かべつつ、そこを避けて前へと進む。槍をミラの方へと投げ捨てつつ、帯びていた木剣を手に取れば――徐々に戻ってくる視界の中、ミラの居るであろう場所へと剣を振り抜いた。
ガンッ、と何かがぶつかる音が鳴り響く。
「く……っ!!」
――視界が戻れば、目の前には槍の柄で木剣を受け止めるミラの姿があった。
視界を失いながらも、投げた槍も振るった剣も防がれた、のか。やはりミラは凄い。これから、もっと……パラディオンになれば、もっと凄くなっていくのだろう。
でも、だから。今日の勝ちは譲りたくはない。
「……っ、あああぁぁぁっ!!」
「く、ぅっ!?こ、の……!!」
詰めた間合いを離されないように、体を押し込むようにして木剣を振るっていく。ミラはそれを器用に柄の部分でかわし続けていくが、それも長くは続かない。
ここまで間合いを詰めてさえしまえば、獲物が長い槍は十全にその力を発揮できない。僕は必死になって剣を振るい、そして。
更に数合打ち合った後。カァン、と乾いた音と共に、ミラの手から槍が離れた。
からん、からん、と転がる槍の音。ミラはしばしそれを呆然とした様子で眺めて居たが――腰に手をあて、小さく息を吐き出すと、何処か嬉しそうに笑った。
「――私の負けだ。やはり強いな、ウィルは」
「そこまで、じゃな」
ミラの言葉と同時に、所長が宣言すれば。僕は膝を付きながら荒く息を吐き出して、手に持っていた木剣を落としてしまった。
全身から汗が吹き出して、疲労感が一気に襲いかかってくる。必死だったから戦っている最中は感じなかったけれど……ミラの槍は、やはり凄まじい。受けるだけで精一杯だし、こうして辛うじて勝ってもくたくただ。
ミラの方は対象的に、体力的にはまだ余裕がありそうだった。これじゃあどっちが勝ったんだか、よく判らなくなりそうだ。
そんな僕を見ながら、ミラは可笑しそうにして、ほら、と手を差し伸べてきて。僕も苦笑しながら、何時まで勝てるかな、なんて思いつつ手を取り、立ち上がる。
――すると、周囲から何故か、ぱちぱちと拍手が起こり始めた。
何故?と思い周囲を見れば、先生達だけではなく同期生達も、ミラに……だけではなく、僕にまで拍手をしているよう、で。
「……ああ、ったく、凄かったよ!パラディオンになっても頑張れよ!」
「ミラさんのがずっと凄かったけどね!!」
「調子に乗んなよ?テメーなんざ大したことないんだからな、う、ウィル!」
「――あ、え」
悪態混じりの称賛とも取れるような言葉を送られて、僕は何が何だか判らなくなってしまった。
固まっている僕の頭をぽん、とミラが撫でる。見上げてみれば、何故かミラは嬉しそうで。
「演習からずっと、丁度良い機会が無かったのさ」
「機会、って」
「お前を認める機会だよ」
僕を、認める?
ミラの口にした言葉の意味が、僕には判らなかった。だって、認められるような事なんてない。彼らが今まで言ってた事だって、仕方のない事で。
「……お前は出来損ないなんかじゃないさ。演習で一緒に過ごして、訓練を共にして、そして今負けた私が、認める。此処に居る誰もが、認めてる」
……ミラにそう言われた瞬間、目から勝手に涙が溢れ出した。
ああ、そうだ。僕はずっと、批判されて仕方ないのだと思っていた。才能が無いのだから、そう言われても仕方のないことだし気にしないでおこう、と思っていた。
父さんや母さん、姉さんのような才能が無い自分には、これが妥当だろうと。そう、諦めていた。
でも本当は。心の底ではそうじゃないと、誰かに言ってほしかったんだ。
「お、おい、どうした泣くな!?」
「あ……う、うん、ごめん」
ミラの声にハッとすれば、僕はぼろぼろと頬を伝う涙をゴシゴシと拭いつつ、回りを見る。
所長と先生達。それに、決していい思い出は無かったけれど、最後に贈り物をくれた同期生達。
「――っ、今まで、本当に有難うございました!」
皆に頭を下げながら、少し変な気がしたけれど、思った言葉を口にした。
所長と先生達は嬉しそうに。そして、同期生達は軽く吹き出したり、可笑しそうにしながらその言葉を受け入れてくれて――
――そうして、僕の養成所での生活は幕を閉じた。
同期生達とは、多分もう会う機会は無いだろう。でも、最後に……和解と言えるかはわからないけれど、言葉を多少なりと交わすことが出来て良かったと思う。
でも、これからが本番だ。パラディオンとして活躍する……もとい、しっかりと働く事。それがきっと、父さんや母さん、姉さん……それに、今日見送ってくれた人達に報いる事になるのだから。
パラディオンの本部へと向かう馬車の中。先程の組手や卒業式で疲れたのか、小さく寝息をたてるミラに肩を貸しながら、僕はこれから先の事に胸を膨らませていた。




