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12.僕と、彼女の今後Ⅱ

「大丈夫? 痛いところはない? 何でもお姉ちゃんに言って大丈夫だからね?」

「う、うん」

「あ、お腹空いてない? お風呂も1人じゃ難しそうだし、久しぶりにお姉ちゃんと一緒に――」

「姉さん、その、ストップ」


 ――宿に戻ってからというもの、姉さんはずっとこの調子で僕にべったりだった。

 いや、この怪我なのだから心配しても仕方のない事だとは思うのだけれど、それにしたって少々過保護がすぎると言うか。


「……エミリアさん、ウィルも少し迷惑しているようですから」

「あら、お義姉さんで良いって言ったのに……」


 それ以上に、ミラと姉さんの間の空気がとてつもなく冷え切っていて、僕は内心心臓が止まりそうになっていた。

 一体何があったというのか。

 2人は笑顔を浮かべてこそいるものの、内心まではそうではない事は僕にすら判るほどで。


 2人はしばらくそんな空気の中で言葉を交わしあった後、先に折れた……というのだろうか。

 態度を変えたのは、意外にも姉さんの方だった。


「――はぁ。まあ、色々と言いたい事はあるけれど……このまま脱線したままだと話せないままになりそうね」


 小さくため息を漏らしながらそう言うと、姉さんは僕のベッドの縁に腰掛けながらミラの方をはっきりと見据えて。

――その瞬間、部屋の温度がガクン、と下がったような感覚を覚えてしまった。

先程のように雰囲気が冷え切っている、という訳ではなく、殺意にも似たような視線を姉さんはミラにぶつけていて――……


「姉さん、何を――」

「ウィルは黙ってなさい」


 そんな姉さんを諌めようとするけれど、何時になく厳しい口調で言われてしまえば、ただそれだけで僕は何も言えなくなってしまい。

 直接視線を向けられている訳でもない僕ですらこれなのだから、ミラはどうなのかなど言うまでもなく。

 彼女は体をわずかに震わせながら、顔色も青褪めさせて……しかし、それでも姉さんの視線から逃げる事無く向き合っていて。


「……幾つか質問をするわ、ミラさん。正直に答えなさい」

「わかり、ました」


 何時になく真面目で冷ややかな姉さんの言葉に小さく息を飲みつつ、口を挟む事さえ出来ず。

 僕はただ……2人の言葉のやり取りを見守る事しか、出来なかった。







 ……血が、凍りついたかと思える程の寒気。

 エミリアさんから向けられているものは、殺意に限りなく近い物だった。

 それを向けられる心当たりは無い、訳ではない。

 ただ、それを今こちらから謝罪するなんて事をしようものなら――エミリアさんは恐らく、容赦なく私の首を落とすだろう。


 彼女はオラクルであり、人類の守護者であるけれど。

 それ以前に、ウィルの姉であり家族なのだから。


「1つ目。何故、ウィルはこんな大怪我を負ったのかしら?」

「――私を、助けようとしたからです」


 ……そう、私が下手を打ったせいでウィルがこんな大怪我を負ったのだ。

 それは変えようがない事実であり、その事実はエミリアさんにとってはきっと許し難いものだろう。

 彼女はウィルを溺愛しているし――いや、そうでなかったのだとしても。

 家族が大怪我を負って、その原因が目の前にいるのだとしたらそれを許せる筈がない。


「これが初めてではないわよね。貪食に被害を受けた時も貴女を救うためにウィルは無茶をした筈だわ」

「……はい、その通りです」

「つまり貴女は、ウィルが無理をすると理解していた上で捕まったのね」

「待って、姉さ――」

「――そうです。私はそれを理解していながら、不逞の輩の手に落ちました」


 ウィルの言葉を遮り、はっきりと口にする。

 ――今、エミリアさんが求めているのはウィルの言葉ではなく、私がどう思っているのか、という事。


 私はウィルが無茶をする、してしまう人間だということを知っていた。

 養成所時代からずっとそうだと解っていた。

 なのに――だと言うのに、私はカインの手に落ちてしまった。良いように利用されて、結果としてウィルは大怪我を負ってしまった、この事実は変えようが無い。


 私の言葉にエミリアさんは眉を動かす事もなく、少しだけ考えるようにして。


「――それについて、貴女はどう考えているの?」

「……申し訳なく、思っています。心の、底から」

「そう。口では何とでも言えるわね」


 ――その言葉は、深々と私の心に突き刺さった。

 申し訳なく、なんて口で言うのは簡単だ。

 私は以前に救ってもらった時も申し訳なく思っていたし、二度とこうはなるまいと思っていた。

 それが、この結果なのだから……エミリアさんにそう言われてしまっても、仕方がない事だろう。


 そんな私の反応にため息1つ漏らす事無く、エミリアさんは視線を私の顔のある一点へと向けて。


「それじゃあ、2つ目。その目を見せなさい」

「――っ」

「目が無くなった、という訳ではないのでしょう。見せなさい」

「……姉さん、それ以上は止めて」


 そして、エミリアさんのその言葉を、今度こそウィルは遮った。

 その表情は怒りも入り混じっており――きっと、私を守ろうとしてくれているのだろう。

 エミリアさんはそれを見て、少しだけ笑みを零しつつ。


「――今私は、ミラさんと話しているの。少し黙っていて、ね?」

「え、あ」


 こつん、と。

 軽くウィルの額を小突けば、ウィルは軽く頭を揺らしながらベッドにぽすん、と倒れ込んでしまい。

 起き上がれないのか、戸惑っているウィルの頭を優しく撫でながら、改めてエミリアさんは私に視線を向けた。


 ――解っている。

 ウィルに守られて嬉しいと思いはしたけれど、これは絶対に避けられない――避けてはいけない、問題だ。


 私は眼帯を外せば、小さく息を吸い、吐いて……そして、エミリアさんを視るように両目を開いた。


「……成る程ね、隠していた理由は判ったわ。それ、見えているの?」

「大分視界は歪んでいますが、一応」

「そう――1つ、忠告しておくわ」


 私の黒い、金色の目を見ながらエミリアさんは少し座り直し、私に向き直って。


「――その目。手術で取り出す事は恐らく不可能よ」

「……え」


 ――エミリアさんのその言葉を聞いた瞬間、私は足元が奈落になったかのような感覚を覚えてしまった。

 不可能? どうして? だって、抉り取ってしまえばそれで済む話では――?

 幾つもの疑問が頭に浮かび、消えていく。

 私が戸惑っているのが、混乱しているのが解ったのだろう。エミリアさんは小さくため息を漏らし。


「見えている、という事はすでに肉体の一部になっている、という事。害獣は軒並み生命力が高いから、死なない限りは時間をかければ再生する……というのは判る?」

「は、い」

「つまり、その目を仮に抉り出したとしても再生する(・・・・)可能性が非常に高いわ。視えていない、ただ嵌め込まれているだけのものなら別だけれどね」


 ――ああ、そうなのか。

 エミリアさんの言葉を聞いて、混乱し、戸惑っていた私の頭は急に冷めていくのを感じていた。

 彼女の言葉は私を奈落に突き落とすようなものであったけれど――同時に、どこか優しさを感じる事も出来たから。


 下手に希望をもたせられるよりも、初めからそうだ、と言ってくれていた方が返って楽だった。

 ……もう、私は一生この目と付き合っていかなければいけないのだ。


「その上で聞くわ。3つ目……貴女は、それでもウィルと共に居るつもり?」


 エミリアさんは私が落ち着くのを待ってから、改めて言葉を口にする。

 その声色は、決して脅しているような物ではなく――しかし、その言葉だけで体が震える程の圧があって。

 それでも……害獣の入り混じった存在でありながらウィルと共に居るつもりなのか、と問われてしまい、私は――……


「――はい。私は、ウィルと共にありたいと思っています」


 ……私はそれでも、はっきりと自分の意志を口にした。

 彼に、迷惑をかけるかもしれない。

 この目のせいで、周囲からは一生まともに見てもらえないかもしれない。

 でも……でも、それでも私は……わがままだけれど、ウィルと一緒にいたいという思いを、消すことは出来なかった。


「……そう」


 エミリアさんは私の言葉を侮蔑する訳でもなければ、否定する訳でもなく。

 言葉短くそう言って頷けば、もう付けていいわよ、と眼帯を指さして。

 私はぐにゃりと歪んでいる視界に少しだけ頭痛を覚えつつも、眼帯をすれば――歪んでいる視界を隠せば、幾分かはそれも収まった。


 それから少しの間、エミリアさんは考え込むようにしていたけれど。

 数十秒――或いは数分、だろうか。少し間を置いてから、私の方に改めて視線を向けると指を立てて。


「――4つ目。貴女は、これからもパラディオンを続ける意志は有る?」

「それ……は」


 そして、その言葉に私は少しだけためらってしまった。

 パラディオンを続けたい、という意志は勿論ある。ある、が――パラディオンが害獣の目を移植された、なんていうのはどう考えても問題だ。

 害獣と戦う存在に、害獣が混じっているなんて世間がどう思うかは想像に難くない。


「……続けたい、とは……思っています」


 ……だから、続けたい、と。

 続ける、ではなくその気持ちがある事を口にすれば、エミリアさんは小さく頷いて。






「ん。まあ、良いでしょう。満点ではないけれど、合格点はあげるわ」

「……え?」


 その瞬間、唐突に先程まで部屋を覆っていた冷気の如き圧が収まった。

 エミリアさんは立ち上がれば、つかつかと私の方へと近づいて視線を合わせてきて。


「――少しでも嘘を口にしたなら、首を落としていたけれど。貴女の言葉に嘘は無かったし、認めてあげるわ」

「え……あ、あの、エミリアさん」

「お義姉さん、で良いと言ったでしょうに。まあ、まだまだ足りないけれどそこは追々という事で――ウィルの事、よろしく頼むわね?」


 小さくささやくような声でそう言うと、柔らかな――まるでウィルにでも向けるような笑みを、私に向けて、くれた。


「今後の事はお義姉さんに任せなさい!あ、でもウィルとは清い関係で居るのよ? 子供はちゃんと結婚してから――」

「――ね、姉さん!!何を言って……っ!!」

「ウィルの彼女なら、私の妹のようなものだもの。ね、ミラさん?」


 その言葉はとても、とても優しくて……あんな物を見せた後でもそう接してくれるのが、嬉しくて。


「……そう、ですね。有難うございます、義姉さん」


 私はこみ上げてくる物を懸命にこらえながら――顔を赤らめてわたわたとするウィルと、エミリアさん……義姉さんに、精一杯の笑顔を浮かべた。

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