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11.僕と、彼女の今後Ⅰ

 左腕の火傷、及び筋肉にまで及ぶ裂傷。

 背中の深い裂創。

 全身に多数出来上がっている青痣と打撲。


「――じゃ、もう無理しないでよ。次は助けないからね」

「ん……きを、つけ……て、ね」

「ああ、私がちゃんと見ているから大丈夫だ。アルシエル達も気をつけて、な」


 合計10を軽く超える怪我は、そう簡単に癒えるものではなかった。

 数日経ってようやく起き上がれる程度にはなったものの、完治には程遠く。

 そんなに長期間の休暇を、ギース達が申請している筈もなく、彼らは一足先に本部へと帰還する事になった。

 ミラは僕の看病&無茶をさせないという名目で残る事になったが、元々彼女は誘拐されていた扱いだから多少帰還が遅れても問題無いのだろう、多分。


 そんなこんなで馬車に乗り込んだ4人を見送れば、僕はミラに寄り添われつつ町の中を歩き始めた。


 町は、至って平穏で。

 直ぐ近くでカルト団体が根城を作って活動していたなんて、思っても居ないのだろう。

 彼らは特に僕らの事を気にすることもなく、いつもどおりの日常を送っていて――……


「……全く、のんきな物だ。この町からも被害で出ていたろうに」

「ん、まあ元々『失踪するつもりだった人』が被害にあってたから、なのかもね」


 少し呆れたようなミラの言葉に、僕は少しだけ考えてからそう返した。

 自殺をしに向かった者が被害に遭っていた――無論、ミラのように攫われた人間も居ただろうけれど――のだから、仮に失踪が判明したのだとしても違和感は少なかったのだろう。

 遺書を残しでもしていたなら、下手をすれば探そうとすらされなかったかもしれない。

 元々あの森の中は安全地帯という訳ではないし、生存圏ギリギリの場所なんかを捜索しようものなら二次被害だって起こり得るのだから。


 その辺りに関しては、あの組織は実に狡猾だったように思える。

 あんな場所に拠点を築く事が出来たのは唯の幸運だったのかもしれないけれど、彼らが攫ってきた人間はこの場所より遠く離れた地域が殆どで、逆に失踪者はこの近辺から集めていたらしいし。


「……そう言えば、彼らは?」

「あの組織の連中なら、全員しょっぴかれたよ。下っ端はまだしも、まあ……地下に居た連中は極刑は免れないだろうな。奴らには妥当な結末だろうよ」

「ああいや、そっちじゃなくて、その」

「――ああ」


 思い出すのも忌々しいのか、ミラは眉を潜めながら――タルタロスの構成員の末路を口にしたけれど。

 僕が聞きたいのはそちらではなく、その被害にあった(・・・・・・)人達の方だった。

 ミラもそれを察したのか、少し表情に影を落としつつ……通りにあった飲食店に視線を向けて。

 小さく頷けば、ミラも笑みを零しながら店に入ろうとして――がつん、と彼女は何もない所で躓いた。


「と、と……大丈夫?」

「済まない、大丈夫だ……慣れないな、全く」


 慌てて彼女の体を支えると、彼女は苦笑しながら軽く左目を撫でる。


 ――彼女の左目は、飾り気のない黒い眼帯で覆われていた。

 今も、彼女の左目はあのままだ。

 最初はミラも抉り出そうとしていたらしいが、ソレを見ていたリズとアルシエルに凄まじい剣幕で止められたらしいが……当たり前である。

 目をえぐり出す、なんてそれこそちゃんとした医術の知識が有る人間がやらなければ大怪我では済まないだろうし。


 ただ、彼女がそうしようとした気持ちも良く分かる。

 僕としても早く何とかしてあげたいのだけれど――……


「解っているさ、本部に戻ってからだろう?」

「あ……うん」

「リズとアルシエルに口を酸っぱくして言われたからな、もう自分でやろうとはしないよ」


 視線から考えてる事を察されてしまったのか、ミラはそう言いながら僕の頭をぽんぽん、と優しく撫でてきた。

 彼女の言葉と優しさに少し顔を熱くしながらも、僕らは椅子に腰掛ければ互いに飲み物を頼んでから小さく息を漏らす。


「さて、彼ら(・・)についてだったな」

「うん、そう言えば聞いてなかったなって」


 奴らではなく、彼ら。

 ――つまり、タルタロスの被害に遭った、遭ってしまった人々の事である。

 ミラは運ばれてきた飲み物に口を付けつつ……自分と同じ境遇だったであろう人々の事を思い出したのか、小さく息を漏らす。


「先ず、救助可能だった(・・・)人々は全員救助された。彼らは今、パラディオン達に保護されているよ」

「そ、っか。じゃあ……」

「……そうでない者達は、様々だ」


 苦々しい顔をしつつ、ミラは小さく息を漏らして肩を軽く抱えた。

 よく見れば、彼女は少し震えていて。そこでやっと、僕は自分の口にした言葉の愚かさを後悔した。


 彼女だって、あと一歩遅れていたら――ギース達の到着が遅れていたのならば、彼らと同じ道をたどっていたのだ。

 それを口にして、平気な筈がない。


「――ミラ、やめておこう。酷い事を聞いて、ごめん」

「ああ、いや……済まない、大丈夫だ」


 僕の言葉に軽く頭を振ると、ミラは言葉を続けていく。

 救助可能ではなかった(・・・・・・)人々の、その後は彼女の言う通り、様々で。


 動かせる状態にない程に、動かせば絶命しかねない程に傷つけられた人々は、せめて安らかにと痛みが無いよう麻酔をかけた上で、息を引き取った。

 1人では生きる事が困難な状態にされてしまった人々は、先に救助された人々とは別の所へと搬送され、長い長いリハビリの後に社会復帰する……手筈、らしい。


 そして、ミラと同様に害獣の体を移植された人々は――……


「……彼らの処遇は、パラディオン側も決めかねているらしい。すでに完全に体と一体化してしまっているからな、部位によっては切除すら難しいそうだ」


 そう考えれば私は恵まれているな、とミラは小さく笑みを零しながら左目を撫でた。

 ……何が、恵まれているというのか。

 そんな状態にされてしまった時点で、既に恵まれてなんていないのに。


「……ごめんね、ミラ」

「ん……? 何故、ウィルが謝る。お前が悪い所などその怪我くらいだろう」

「だって、僕が――カインに目をつけられたせいで」


 そして、彼女がそうなってしまったのは間違いなく僕の責任だ。

 ミラがこうなったのは彼女が恨まれていた、なんて事ではない。

 ただカインが僕を苦しめる為に、その為にミラを選んだのだから彼女に非など一切無く。


 ……だと言うのに、ミラは酷く悍ましい施術を、その身に受けてしまった。

 それで僕が彼女への想いを変えるなんて事は有り得ないけれど、周囲は違うだろう。

 ギース達、姉さん達や本部の仲間達はまだしも、そうでない人々からどんな目で見られてしまうのかは、想像に難くはない。


 そう考えてしまうだけで、気持ちが淀む。

 ミラを助け出した後はどうするか……最初は身を引こうと考えた事もあったけれど。

 彼女がこんな目に遭ってしまったのにそんな事は出来ないし、でも彼女をそんな目に遭わせておきながら傍に居るなんて事は許されるのか、それも判らなくて――……






「わ、ぷっ」


 ――そんな事を考えていると、ばしゃん、と。氷混じりの水が、僕の顔に浴びせかけられた。


 ぐっしょりと濡れた頭にぽかんとしながら、視線を前に向ければそこには、眉を顰めて顔を赤く染めたミラの顔があって。

 彼女は先程とは違った意味でプルプルと震えながら――ぴしゃぁんっ!と、僕の顔を左右から手のひらで思い切り叩いた。というか、挟み込んだ。


「――良いか、ウィル。私は、私の意志でお前と共に居るんだ」

「み、ら?」

「二度とそんなふざけた事を口にするな……っ。お前のせいで私が傷ついたなど、考えもするな!!次そんな事を口にしたら、絶対に許さないからな!?」


 ぎりぎりと顔を左右から挟み込まれつつ、凄まじい剣幕でそう言われてしまえば、僕はコクコクと頷く他なく。

 彼女はその反応を見て、ようやく僕から手を離し、小さく息を漏らしながら――恥ずかしそうに、店の人にタオルを頼んだ。


 ……そういう風に、考えなくても良いのだろうか。

 僕は彼女の傍に、当たり前のように居て良いのだろうか?

 まだ、判らない。

 僕の中で、一度彼女を傷つけてしまった事実は変わらない、けれど。


「ミラ」

「……何だ」

「その……ありがとう」


 ……それでも、彼女にそう言わずにはいられなかった。

 自分の意志で僕の傍に居るのだと、そうはっきりと口にしてくれて、ありがとう、と。

 その言葉のおかげで、勝手だけれどミラの傍に居ても良いんだと、少なからず自信を持つことが出来たから。


 まだ不機嫌そうな彼女にそう口にすると、彼女はキョトンとした表情を見せて。


 それから、少しだけ嬉しそうにはにかみながら、ぐっしょりと濡れた僕の顔をタオルで拭ってくれた。




 /




 ――彼の頭を拭いながら、小さく息を漏らす。

 本当に、仕方のない奴だ。

 もう既にカインとの一件は終わっていると言うのに、まだ態度が少しおかしいと思ったら、そんな事を考えていたなんて。


 正直な所を言えば、ウィルにそこまで想ってもらえた事自体は嬉しくない訳ではない。

 ただ、それで彼が私と共にいられないだとか、その事で罪悪感を覚えながら共に居る、なんていうのは絶対にダメだ。許せなくなってしまう。


 ……攫われて、ウィルを苦しめるいい出汁にされてしまった自分を、一生許せなくなってしまうから。


「……本当に、全く」

「ん……?」

「何でもない、飲み終わったら宿に戻るぞ。体をある程度直すまでは馬車にすら耐えられんのだからな、お前は」


 全く、お互いに依存しすぎてるな、なんて考えながら私はウィルの頭をくしゃりと撫でると、タオルを店員に返した。

 まあ、多少髪の毛はくしゃっとしては居るけれど、これ以上はどうにも出来ないだろう。

 私は手櫛で軽く彼の髪の毛を梳けば、彼が飲み物を飲み終えるのを待ってから立ち上がり――……






「――へぇ、お姉ちゃんが見てない間に随分進んだのねー、貴方達」

「え」

「えっ」


 店から出た瞬間、少し前に聞いたような気がする、そんな声を耳にして固まってしまった。

 声の方へと視線を向ければ、そこに居たのは白い髪に白い肌、赤い瞳の長身な女性が立っており。


「お手紙では付き合い始めたなんて聞いてたけど。ふーん……」

「え、エミリアさん、どうしてここに――」

「――あら、エミリアさんだなんて他人行儀ね。お義姉さん、って言っても良いのよ?」


 柔らかな口調でそんな言葉を口にしつつも、エミリアさんは私に穏やかな――それでいて、何処か凄まじい威圧感を感じるような、そんな笑みを浮かべていた。

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