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9.決着、そして――

「――っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁっ!!!!」


 広間に、絶叫が響き渡る。

 二人を中心に巻き起こった爆発は砂埃を巻き上げつつ――しかし規模は、破壊力は大した事はなかったのか、二人の周囲の床が多少壊れている程度で。


 だが、しかし。

 それに巻き込まれた二人の内の片割れ――白髪を赤黒く染めたエルフは絶叫を上げながら、顔を抑え込んでいた。


 それは、爆発に寄るものではない。

 彼は腐っても天に愛された才能を持つものだ。

 爆発が巻き起こった瞬間、彼はその爆風を確かに断ち切った。

 火傷は、重傷は免れない筈のウィルの自爆は、無為に終わるはずだったのだ。


 ――彼の顔を、身体を穿ったのは爆発ではなく、それと同時に放たれた無数の(スタッド)

 爆発を断つという神業を繰り出したカインは、それを認識する事が出来ずに直撃を受けてしまい。

 結果として、その顔に、腕に、体に無数の鋲を食い込ませながら、苦悶の絶叫をあげていた。


「……っ、~~~~……っ、ぁ……有難う、カミラ……っ」


 そして、それを見ながら――腕から夥しい量の血を流しつつ、壊れて焼け焦げた篭手を軽く撫でるようにして、ウィルはそれを作ってくれた相手に小さく感謝を告げる。

 爆発の中心に居た彼もまた、決して軽くはない怪我を負っていた。

 篭手を付けていた腕には鋲が食い込み――カインへと飛び散った鋲の数と比べれば少なかったけれど。

 それでも肉は裂け、焼け焦げて……腕だけではなく体にも所々火傷を負い、鋲を食い込ませた、そんな満身創痍に近い状態だった。


 ただ、その怪我はカインと比べれば明らかに浅く。

 その程度で済んでいたのは、その篭手を作ってくれたカミラの手腕に他ならなかった。


 彼女は再三、先程の機能を使うなと口を酸っぱくして言っていたものの、使用者への被害が最低限になるような措置は講じており。

 篭手の内側への被害が少なくなるように爆発が指向性を持つよう、計算されていて――無論、それでも0には出来なかったからこそ、絶対に使うなとウィルに警告していたのだが。


「……っ、ぁ……く、ぅ」


 布地で腕を縛りながら止血を施し、荒く息を漏らしながらウィルは立ち上がった。

 ボロボロに削れた剣を握り締めながら、絶叫して悶えているカインに視線を向けて。


「――っ、あ゛、ぁ……っ、くそっ、くそくそくそ……っ!!オクタヴィア!!居ない、のか……見えない、何も――ぢぐしょう……っ!!!」


 ――顔から血を流し、あらぬ方向を見て叫び声を上げる彼を見れば、僅かに同情するような表情を見せつつ、彼は歩き出す。

 もう、カインには何も出来ないだろう。

 それならば、後はミラを救い出して――皆と合流して、ここから脱出しよう、と。


 荒く息を漏らしつつ、痛みを堪えながら。深手を負い、悶えるカインの脇を通り過ぎて――






「――っ、あ、ぐ……っ!?」


 ――その瞬間。

 背中に感じた鋭い痛みに、熱に、ウィルは声を上げながらよろめいた。

 振り返れば、顔を抑えながら……何も見えていないだろうに。

目に、頬に鋲が食い込み、何も見ることが出来ない筈のカインが、獣のように呼吸を見出しながら、ボロボロに折れ、歪んでいる剣を振り抜いていた。


「そ、ご……っ、かぁ……っ!お……ま゛え……っ、ヴィ、ル゛ゥ……っ!!お前だけ、は……ぁ……っ!!」

「……く、ぁ……っ!」


 それは、執念と言うべきなのだろうか。

 目が潰れ、全身を鋲で穿たれて。すぐに処置をしなければ命さえ危ぶまれる、そんな重傷を負いながらもなお、カインは剣を捨ててはおらず。

 その剣も既に折れ、使い物にならなくなっていたというのに――そんな刃で防具ごと、ウィルの背中を斬り裂いて。

 その手応えを、そして広間に聞こえる自分以外の音だけを頼りに、ぼたぼたと血を流しながら、カインはずるり、ずるりと文字通り幽鬼のように歩き出した。


 そんなカインの姿を見れば、ウィルも先程までの考えを捨てる。

 ――決着を、つけなければ。そうしなければ、彼女の下に行く事は、出来ない。


「……っ、あ゛、あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁっ!!!」


 口からごぼり、と赤黒い液体を吐き出しながら、カインはウィルに向かって剣を振るう。

 最早ウィルにも、それから逃れるような余裕は無かった。

 もし万全であったのならば、後は距離を離してから魔法なり、或いは石礫を投げつけるなりでカインを倒す事も出来たのだろうが、背中に負った傷が、そして先程の自爆で負った傷がそれを許さず。


 ――ガキン、という音と共に、ぶつかりあった剣は互いにへし折れて、床へと落ちる。

 根本から、半ばからへし折れた互いの剣は、最早使い物にならず――カインも手に感じる重さでそれに気がついたのか。


「お゛、あ゛あ゛――ッ!!」

「な――っ、ぐ……っ!?」


 柄だけになった剣を投げつければ、そのままカインはウィルに向かって殴りかかった。

 血を飛沫かせながら、床に鮮血を撒き散らしながら――それでもなお、負けたくないとでも言うかのように。

 投げつけられた物を躱すのに精一杯で、ウィルは顔を思い切り殴りつけられれば、よろめいて。


 しかし、そこで倒れるようなことは無く。


「――っ、終わり、だ……カインッ!!」

「い゛……や、だ……僕、は――僕、はぁ――ッ」


 剣も無く、視界も無く。そんな状態のカインに向けて、ウィルは拳を握り込み。

 見えずとも何かを感じているのか、カインはそれを拒むように頭を振りながら。


「僕、を――こんな、僕を見るな、リ゛ンス、リッド、ォ……!!」


 ――暗闇の中に、何を見たのか。

 そこには居ない誰かを見ながら、カインは何処か泣きそうな声で叫び……その顔面に、ウィルの拳がめり込んだ。


「――……ッ」

「は、ぁ……っ、あ……っ」


 声は、あがらなかった。

 ウィルも既に満身創痍であり、体重を載せたとは言え力が入らなかった拳は、カインの顔に軽くめり込んだだけで仰け反らせる事さえ出来ず。


……ただ、それが最後の一押しになったのか。

 ずるり、と音を立てながら……カインは膝から崩れ落ちると、べしゃり、と床に倒れ込み。

 床に赤黒い水たまりを広げながら、ぴくりとも動かなくなって――それを見た途端、ウィルの全身から力が抜け落ちてしまった。


「――あ、れ」


 カクン、と膝から崩れ、まるで腰が抜けたかのように立てなくなる。

 立ち上がろうとしても、膝にも、腕にも力が入らない。


「どう……し、て」


 後少し。

 カインとの決着が着いて、後はミラを助け出すだけだと言うのに、ウィルの体はまるで動かず――自分が既に限界を越えてしまっている事に、ウィルはまるで気づいていなかった。


 腕からの夥しい出血。

 背中の深い裂傷。

 幾度となく魔法に撃たれた体。

 とうの昔に意識を失っていてもおかしくない程のダメージは、とうとうウィルから力の殆どを奪い去ってしまい。


「……っ、う、ごけ……うごい……て、よ……っ」


 力の入らない腕で這いずろうとしても、それさえ叶わない。

 辛うじて、膝をついたまま――座ったような姿勢を保つので、精一杯で。

 それでもなお動こうと、彼女の元へと向かおうと足掻けば、ウィルは顔から床に倒れ込んだ。


 脚に、腕に力が入らず、うつ伏せに転がり。

 カイン同様、自分の体から床へと血が広がっていくのを見て、ようやくウィルはどうして動けないのかを悟る、けれど。


「――……っ、ミ、ラ……っ」


 ……それでも、まだ。

 既に命が危険にさらされていると気付いていても、まだ。

 ずるり、ずるり、と辛うじて僅かに動く程度の手足で、床に血の跡を残しながら這いずって、大切な人の所へと向かおうとしていた。


 ――ミラは、自分には勿体無い程に素敵な人で。

 だというのに、それでも自分と一緒に居てくれると言ってくれた、大切な人だから。

 だから――彼女にはこれ以上、不幸な目になんてあってほしくなかった。


 もう、十分じゃないか。

 一度は才能を、記憶を、全てを奪われて打ち捨てられて。

 今も……片目を凶刃によって失って。

 こんなにも理不尽な目にあったのだから、後はもう幸せな思いだけしたって、良いじゃないか。


 ――もう、いい加減に、ひどい目は終わりで良いじゃないか。


「……っ、ご、ほっ」


 口からあふれる血も構わず、ウィルは彼女が居るであろう通路の先を目指す。

 その視界にはもう、何も見えておらず――ただ、彼女に救われて欲しい、報われて欲しい、幸せになってほしい――その思いだけで、辛うじて動いていた。






「――っ、ウィル!?」


 だから、その先。

 ウィルが向かおうとしていたその先から、人影が現れた事になど、気付く筈もなく。

 布地を体に巻いただけのその人影は、悲鳴にも近い声をあげながらウィルへと駆け寄ると、躊躇うこと無く巻いていた布を外し、ウィルへの止血にあてて。


「しっかり……しっかりしろ、ウィル!!」

「……ぁ」


 ぼんやりとした霞む視界の中。

体を手当されながら、ウィルはその声に小さく、小さく安堵の息を漏らした。


「……よ……か、った」

「良い訳が有るか馬鹿ッ!!こんな、こんな――っ」


 安心したようなウィルの言葉に、人影はボロボロに泣いているかのような声を漏らしつつ、必死になって慣れない手付きでウィルの傷を布で縛り。

 それに少しだけ痛みを感じつつも、少しすればどたどたとした慌ただしい足音が広間に響き渡って。


「おお、二人共――って、おいおいおい、何だその怪我は――!?」

「っ、酷い……手持ちで足りれば良いのですが――ミラ、貴女の方は……」

「私は、私はどうでも良い!ウィルを――」


 ――そして、ウィルが意識を保てたのはそこまでだった。


 彼女の声が、無事そうな様子が……そして仲間達の声が、ウィルには心地よく。

 限界を超え、熱を失いつつある体は鉛のように重たく、不思議と心地の良い冷たさを感じながら――そのまま、ウィルは意識を手放した。

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