8.才能を、超える事は出来ないけれど
――白刃が舞う。
きらり、きらりと煌めく刃は近寄る物の尽くを斬り払い、寄せ付けなかった。
石礫。矢。炎。果てに、雷撃。
魔法でさえも斬り払いながら、白髪のエルフは――カイン=アラベイルはケタケタと嘲笑いながら、小柄な少年を追い詰めていた。
「ほら、ほらほら!ほらほらほら!!どうしたんだいウィル!? もっと抵抗しないとバラバラになっちゃうよぉ……!?」
「……っ!!」
カインは狂気じみた笑い声をあげながら、距離を取りつつ遠距離攻撃に徹しているウィルを笑う。
その尽くは、彼に届くことはない。
彼の剣の才能の前では、事実ウィルは無力に等しかった。
間合いを詰めれば、その瞬間にウィルの四肢を両断出来るという確信めいた自信と共に、カインは余裕を持ってウィルを追いかける。
四角く、障害物もない広間の中。
カインがすることは、ただそれだけでよかった。
いつか追いついたならば、その時には勝負は決するのだから――何も、そう何も焦る必要はないのだと。
一方、ウィルの方はと言えば全てを尽くして尚、未だにカインに一撃さえ与える事が出来ていなかった。
矢を放つ。届く前に斬り伏せられる。
礫を投げる。飛散した全てをカインは斬り落としてみせる。
炎を放つ。カインが剣を振るえば、少しの間にかき消されてしまう。
雷を撃つ。カインの方へと飛ぶ事も稀だったが、飛んだとしても――カインはそれを易々と剣で弾いてみせた。
それは普通ならば有り得ない行為だ。
矢や礫ならば兎も角、魔法まで剣1つで対処してしまうなど、人の出来る技の範囲を大きく越えている。
――そしてこれこそが、才能の差でもあった。
神からの寵愛を受けているとしか思えないような才能の前では、精々が人に教える程度までしか伸びないウィルの才能が太刀打ち出来る筈もない。
剣も、槍も、弓も、魔法も。
ウィルの才能の尽くは、決してカインの持つ剣の才能に敵う事はないのだ。
「……っ、は、ぁ」
……しかし、ウィルの表情には未だ陰りは無かった。
矢も魔法も無限ではない。
こうして遠距離から攻撃できる手段も何れは尽きるというのに――それでも、その瞳に諦めの色はなく。
「――ぷっ、あっははははは!!もしかしてまだ僕に勝てるとか勘違いしちゃってるわけ? そんな事、有り得る筈がないのにさぁ!!」
そんなウィルの様子を、カインは心底可笑しそうに嘲笑った。
そうしている間にも飛んでくる矢を、魔法を軽々と切り落としつつ。
ウィルが醜態を晒している、という風に彼には映ったのだろう――彼は、表情を喜悦に歪める。
カインは今、心底機嫌が良かった。
才能もろくに無い、平々凡々な一パラディオンでしかないウィルがかつて自分に抱かせた感情。
嫉妬、羨望にも似たそれを抱いてしまったというその事実は、ずっとカインの心を苛んできた。
どうして、何故、こんなちっぽけな――ただの平凡な相手に、そんな感情を抱いてしまったのか。
「ほらほら、もっと逃げなよ!足掻きなよ!!無様に無様に、這いつくばって逃げ回ると良いさ!!」
――それも、こうして実際にウィルと戦えばカインはそれが勘違いだと思う事が出来た。
こんなちっぽけな存在を羨むはずがない。
こんな平凡な相手に、嫉妬なんて抱くはずがない。
だって――僕はこんなにも才能に溢れているんだから、と。
そうしている内に、徐々に徐々に二人の間合いは詰まっていく。
さあ、そろそろ相手にするのも終わりにしよう。
近づいて、四肢を切り落としたら化け物となった彼女に引き合わせて、絶望の表情を味わって――かつて抱いてしまった勘違いを、完全に払拭しよう。
「――じゃあね、平々凡々なウィル=オルブライト。まあ、記憶の片隅に残しておいてあげるよ」
そして、とうとうカインの間合いにウィルが入れば――矢を、魔法を容易く斬り払ってきた白刃が、キラリと煌めいた。
――ウィルは、ずっと考えていた。
矢も魔法も通じない、そんな現実を目の当たりにしながらも、何か――そう、何か感じていた違和感の正体が何なのかを。
確かにカインの才能は紛れもない本物だ。
魔法をも切り裂いてしまう、無力化してしまうあの剣の才能には、一生努力した所でウィルが届くことは有り得ない。
リズでさえも恐らくは届くことはないだろう、その才能に嘘が有る筈はない。
「――な、に」
その声をあげたのは、カインの方だった。
カインの白刃は迷いなく振り抜かれ、ウィルの腕を両断した――筈だった。
だが、現実はそうではなく。
「……遅いよ、カイン=アラベイル」
ウィルの持っていた、刀身の短い剣はしっかりとその白刃を……レイピアの如く細い刃を、受け止めていて。
刀身に若干、刃がめり込んでは居たものの。
今まで斬りたいモノならば、どんなものであろうと斬り裂いて来た筈のカインの刃は、初めて止められてしまっていた。
「な――ぐ、偶然だ、こんなもの――!!」
一撃、二撃、三撃。
カインは意地になってウィルの腕――つまりは先程と同じ場所を切り落とそうとするが、その尽くを受け止められていく。
理解が出来なかった。
有り得ない、そんな事が有り得る筈がない。
ウィルの剣の才能はたかがしれているというのに、自分の剣が、刃が受け止められる筈がない。
だが、現実として――ウィルはカインの剣の尽くを、その短い剣1つで受け止めていた。
――ずっとウィルの抱いていた違和感が、確信に変わる。
確かにカインの才能は本物なのだろう。
僕が一生、死ぬまで努力したのだとしても、彼の境地に辿り着く事は有り得ないのだろう。
……でも、姉さん程じゃない。
ウィルの姉であるエミリア=オルブライトはその歩法、動き――ありとあらゆる部分が人並み外れていた。
もし相手にしているのがカインではなく彼女であったのならば、こうして遠距離から攻撃とか……ましてや、こうして剣を受け止める事さえ出来ていなかっただろう。
カインの剣筋は、動きはエミリアと比べてしまえば酷く鈍い。
ウィルがずっと抱いていた違和感――あの時、目の前で斬り伏せられたベテランのパラディオンは、確かにカインの剣に反応していた。
防ごうとした剣ごと斬り伏せられはしたものの、防ごうとする事は出来ていたのだ。
あの時は冷静ではなかった故にウィルは気付くことは出来なかったが、こうして相対してそう出来た理由を理解する。
カインの剣筋は恐ろしく疾く鋭いが、その実とても単純で。
受け止める事さえ出来る武器があるのなら、こうして受け止めること自体は不可能ではなかったのだ。
「……っ、言った、だろう……僕が得てきた物は、決して安くはないと!」
「ふざ、ふざけるな!!なんで、何故、どうして――どうして、こんな――!!」
――そして、こうして受け止めているのは当然、ウィルの才能では断じて無い。
彼の才能にそんな力はないし、持っていたものが普通の剣であったのなら最初の一撃で四肢を失っていただろう。
カミラが打ってくれた、ただ頑強さだけを追求した一振りであったからこそ、ウィルはこうしてカインの剣戟を耐える事が出来ていた。
かつて、ウィルの前で――彼を守ろうとしてくれたパラディオンが居たからこそ、接死にも等しいその刃を前に、ウィルは立ち向かう事が出来ていた。
彼の姉との経験が、天に愛されていると言っても過言ではない才能を前にしても、彼を臆する事無く立たせていてくれた。
その全ては、彼の才能ではない。
その全ては、彼の実力ではない。
ただ――その全ては、彼が今まで諦めてこなかったからこその物である。
だから、カインは理解できなかったのだ。
――彼を今立たせているのは彼自身の才能ではなく、彼が生きてきた過程で結んできた、多くの人の才能に寄るもので。
今自分自身が相対しているのが、ウィル1人ではなくその多くの才能なのだという事に。
「っ、この、この……斬れろ、斬れろ、斬れろ――ッ!!」
「……く、ぅ……っ!!」
……しかしそれでも尚、出来るのはカインの刃を防ぐ所まで。
攻撃に転じる事は出来ず、ウィルは苦悶の声を漏らしながら――徐々に徐々に欠けて、削れていく自らの剣を見る事しか出来ずに居て。
それを見れば、カインはそれこそが正しい姿だと。
ただただ愚直に、ひたすらにウィルを剣ごと斬り伏せようと剣閃を放ち続けた。
それはカインの自らの才能への信頼と同時に、自らの正しさを証明させる為の行為でもあった。
カインならばウィルの守りを無視して別の箇所を切り刻む事も出来た筈なのに、そうしてしまったなら――ウィルが自らの剣を防いだという事実を斬り伏せられなければ、また自らの心に嫌な物が残ってしまうと。
それを嫌った故の行動ではあったものの、削れていくウィルの刃を見ればその表情は徐々に余裕を取り戻していく。
――それは全て、彼の経験の浅さ故の物だった。
彼の才能が本物であるが故に……それを周囲が褒め称え、ただの一度も彼を諌めなかったが故に。
「ははっ、ははは!!終わりだ、終わりだ終わりだ終わりだぁっ!!死ね、死ね死ね死ね死ね死ね――!!!」
狂ったように叫びながら、嘲笑いながらカインは剣閃を放ち続ける。
既にボロボロに刻まれて、あと数秒も保たないであろうウィルの剣に――そして、ウィルがバラバラに刻まれるであろう未来に、勝利を確信し。
最早カインは、ウィルに絶望を見せることなどどうでも良くなっていて。
ただ、一刻も早く目の前のウィルを殺さなければ――殺さなければ、自分が保てないような。
そんな嫌な予感を一刻も早く振り払おうと、剣を振るい――
『――馬鹿言わないで、貴方みたいな自分勝手な人を好きになる訳ないでしょう!?』
――何故か、久しく思い出していなかった者の顔を、言葉をカインは思い出してしまった。
……そう、たった1人だけ。
ただ1人だけ、彼を諌めてくれる人は居たのだ。
ウィルにとってのミラのように、カインにもそれなりに長い付き合いだった、信を置いていた相手は居たのだ。
『貴方は才能はあるんだから、もっとちゃんとしなさいよ!そうしたら――』
カインの脳裏に、何故かあの日の情景が思い浮かぶ。
そう言えば、自分の求婚を断った後で彼女は、リンスリットは、何かを口にしようとはしていなかっただろうか?
――そもそも、彼女は本当に自分に嫌悪の表情を向けていたのだろうか?
「――終わりだ、カイン」
「え」
何故か思い浮かんだ情景が晴れた瞬間、カインの目に何かをしようとしているウィルが映る。
カインには、それが何をしようとしているのかがまるで判らなかった。
ウィルは口元を自らの――そう、何故か片腕だけを覆っている篭手に近づければ、何かを噛んでいて。
カキン、という剣と剣がぶつかり合う音とは別の軽い音が二人の耳に届き――次の瞬間、爆音が広間に鳴り響いた。




