7.彼らの戦い
――広間では、タルタロスの幹部3人とギース達4人が火花を散らしていた。
構成員達は幹部に睨まれれば、それだけでその戦いに介入する事ができなくなり――もっとも、彼らの腕前では幹部と侵入者を選り分けて攻撃する、なんて事は出来ないのだから仕方のない事なのだけれど。
「あっはっはっは!!何だ何だだらしねぇなぁ!そのガタイは見かけ倒しかぁッ!?」
「ふん……成る程大した馬鹿力だな」
大刀を斧で捌きつつ、よろめいたギースを見ながらドワーフの巨漢は彼を嘲笑った。
成る程、確かに幹部と称される彼らは他の構成員達とは違い、戦い慣れている様子で。
ギースと比較しても巨漢であるその幹部は、身の丈程もある大刀をまるで自分の体の一部のように自在に扱っており。
斧と大刀が火花を散らす度に、ギースは徐々に、徐々にだが圧され始めていた。
彼はそれを自らの実力だと思って疑わなかった。
事実、彼の実力は世間的に見ても群を抜いていると言っても過言ではない。
パラディオンになっていたのならば、一廉の者になれていたであろう程度には強く、ギースも打ち合う大刀の重さからそれをひしひしと感じていた。
「手助けしましょうか、ギース?」
「いらんいらん、お前さんはそっちに集中して、ろっ!」
ビーストの槍使いと相対しているリズからそんな言葉をかけられれば、ギースは少しだけ顔を顰めながら大刀を斧で器用に受け流す。
そんな彼の様子を見れば、リズは三叉に分かれた矛先を器用に躱しつつ小さく笑って。
「――随分と余裕じゃない、さっきから私に手出し1つ出来てない癖に」
「ええ、まだ割と余裕がありますから」
「……っ、ならその余裕面を歪ませてあげるわ――!!」
ビーストの槍使いは、そんなリズの態度が癪に障ったのか。
感情を剥き出しにしつつ、目にも留まらぬ連撃をリズへと繰り出していく。
一撃、二撃、三撃、四撃。
息もつかせぬ連撃を、リズはしっかりと目で追いながら――しかし彼女が見慣れたものよりも遅いそれを、触れるか触れないかのギリギリで躱していって。
「ちぃ……っ、ちょこまかと……!!」
「生憎ですが、貴女程度の槍捌きではとてもとても。槍に細工をしているようですが、それも触れる事前提でしょう?」
「……へぇ、目敏いじゃない」
そして、リズの言葉に槍使いは表情を歪めた。
見れば、三叉の穂先の先端からはポタポタと液体が滴っており――恐らくは毒なのだろう、掠りでもすれば唯では済まないそれを振るいつつ、彼女はリズを見て嘲笑い。
「確かに避ける才能は有るみたいだけれど。攻めれない以上いつまでもそれは続かないわ……決めた、貴女は手足を切り落として、犬みたいに飼ってあげる!!」
「……悪趣味な。生憎ですが、私は既に将来誰と過ごすかは決めています」
再び放たれた槍撃に、リズは辟易とした表情を浮かべつつその連撃を躱していく。
当たらない、当たらない、当たらない。
三叉でやや回避しづらい筈のその連撃を、リズは事もなげに躱しつつ――時折、ギースの方を気にかけるように視線を向けて。
そんなリズの様子に、槍使いは舌打ちをしつつも直ぐに口元を歪めた。
「あの大男なら心配しても無駄よ? アイツは私達タルタロスの中じゃ一番の馬鹿力だもの、力で勝てる筈がないわ」
「え? ああ、私が彼の勝敗を気にかけているように見えたのですか」
「……?」
槍使いの言葉にきょとんとした顔をしつつ、リズはそれを鼻で笑い。
「――ギースを舐めないで下さい。あんな見掛け倒しに負ける筈が無いでしょう」
「ふ、ん……何を見ているのかしら、あんなに圧されていると言うのに」
リズの様子に違和感を覚えつつも、槍使いはすぐにソレを振り払った。
彼女から見れば、どうみても圧しているのは大刀を使っている幹部の方であり、ギースは一方的に圧されているようにしか見えず。
「……ですが、心配なのは確かです。早々に始末を付けさせてもらいましょう」
「あははははっ、出来ない事を言うのねぇ!どうやってこの間合いを詰めるつもりかしら!?」
嘲笑いながら、自分の優位をまるで疑う事無く槍使いは再び連撃を放ち始めた。
それは、彼女の最も得意とする攻撃。
息をつかせぬ連撃を相手が蜂の巣になるまで放ち続ける、言わば必殺と言ってもいい技で。
僅かに掠りでもすれば即座に身体の自由を奪う……そんな神経毒が滴っている穂先を相手に向けつつ、回避一辺倒であるリズを追い詰めていると、彼女は口元を歪めた。
槍を刺したら、この小生意気なエルフを犬のような手足にしてやろう。
人としての尊厳を奪い尽くし、私の従順なペットにでもしてやろう――……
まだ勝敗が決したわけでもないのに、槍使いはそんな下婢た妄想を頭に浮かべ。
「そうですね、数通りは思いつきましたが。では、こうしましょう」
「――は?」
……次の瞬間。
突然、槍使いが放った一撃は彼女の意志に関係なく、あらぬ方向へと放たれてしまった。
否、それは正確ではない。
ぐにゃり、と穂先が何かに押されるように、弾き飛ばされるようにされてしまって。
そうなれば、槍使いは当然体勢を崩されてしまい。それを、リズが見逃すはずも無く。
戻ること無く突き出された槍の穂先を、剣先で切り落とせば――毒の滴る穂先に触れないようにしつつ、それを槍使いに向けて蹴り飛ばした。
「え、ひ……っ!?あっ、い、いや、あぁぁぁ、ぁ、ぁ」
全てが予想外だったのか、槍使いは飛んできた穂先を避ける事さえ出来ず、太ももに刺さったソレを見て絶叫――した、つもりだったのだろう。
だが、神経毒がそれを許さない。
声はすぐにか細くなりながら、槍使いは全身に激しい痺れを覚えると立つこともできなくなり、地べたに座り込んで。
そして、全身の筋肉が緩めば――……
「……同情はしませんよ。貴女も私にそうしようとしたのでしょう?」
……余りにも無様な姿を晒してしまった槍使いに、口ではそういいつつも。
若干の哀れみの視線を向けながら、リズはまだ戦い続けているギースの方へと視線を向けた。
相変わらず、大刀使いを相手にやや圧され気味に見えるギースだったが、彼女が心配しているのは彼が負けるだとか、そういった事ではなかった。
――本来ならば、ギースが圧されるなんて事は有り得ない。
如何に相手が力自慢だとは言えど、相手が害獣や悪神の使徒ではないのならば――そう、それこそギースが純粋な膂力で負けるのはオラクル相手くらいのものだ。
では何故ギースが押し負けているのかと言えば……彼が背中に負っている傷が原因に他ならない。
まだ完治したわけではないその怪我のせいで、ギースは精々8割、或いは7割程度しか力を出せず。
「――ギース、あまり長引かせると先生に怒られますよ!」
「わあっとる、わ……っ!!」
「ははははは、馬鹿な心配だな!お前にはこのままミンチになる未来しかねぇ、よ!!」
荒れ狂う大刀を斧で受け止めながら、ギースは小さく息を漏らした。
じわり、じわりと痛む背中の痛みにどうにも集中出来ないのか、額にじわりと汗をにじませて。
終始大刀の勢いに圧されながら――しかし、ギースは未だに傷一つ負ってはいなかった。
それは、まだギースが相手を攻めようとは思っていない事の証左であり。
……そして、それが終わったのを示すようにギースは両手で斧を握り締めて。
「……ぬぅんっ!!」
「ふん、何をしようがお前如きじゃ俺は――ッ!?」
そんなギースの様子に嘲笑いながら、大刀使いは一歩踏み込み。
今度こそギースの頭を叩き割ってやろうとした瞬間――足元の違和感に、ぐらり、と体勢を崩した。
ぐらりと身体が揺れた状態で放った一撃は、ギースの斧とぶつかり合い――……
「ぬ、ああぁぁぁっ!?」
「……ふん。やはり頭を使うのは、性に合わんな」
……大刀を思い切り弾き飛ばされ、もんどり打った相手を見つつギースは小さく息を漏らした。
ギースは斧を置けば、仰向けに倒れ込んだ彼に軽く肩を鳴らしつつ、近づいて。
「ぐ、ぅ……ひ、卑怯だぞ、何しやがったテメェ……」
「あんな手にかかるお前さんが悪い。しばらく眠ってい、ろっ!」
そのまま馬乗りになれば――男の顔面に、その大きな拳を叩き込んだ。
その一撃だけで昏倒したのか、男はピクピクと痙攣しながら白目を剥いて……ギースはリズの方を見れば、どんなもんだ、と笑ってみせる。
「……時間をかけすぎです、あんなに打ち合って。傷が開いたらどうするつもりですか」
「はっはっは、その時はその時だな」
「そうなったらベッドに縛り付けますからね?」
ギースの傷が開いていないことに安堵しつつも、リズは彼にしっかり釘を差し。
彼女のそんな言葉にギースは軽く苦笑しつつ、斧を拾い上げて。
「後はお前さん達だけだぞ。俺達は先にウィルを追うからな!」
「後は任せますよ、ラビエリ、アルシエル」
「あーはいはい、先行ってて良いよ」
「ん……っ」
――そして、あとに残されたのは遠巻きに見ている構成員達と、先程からラビエリと魔法戦を繰り広げているリトルの男性。
少年か、或いは幼児と見紛うような小柄さの彼は、先に倒されてしまった二人を見ながら軽く舌打ちをしつつ、眼鏡を直した。
「……ちっ、情けない奴らだなぁ。僕が残りの奴らを始末しなきゃいけなくなったじゃないか」
「情けない……ねぇ」
「でも君は大したもんだよ、僕相手にここまで保ったんだからさぁ」
ラビエリへの称賛を口にしつつ、彼は周囲に魔法弾を展開し始める。
10や20では効かない数の火球を、水球を作り出しながら彼は二人を嘲笑い。
その無数の魔法の弾をもってして、二人を今度こそ仕留めようとしていた。
「まあ、退屈しのぎにはなったさ。それじゃあそろそろご退場願おうか」
「……はぁ。いや、まあ……うん」
だが、そんな彼を見ながらラビエリは小さくため息を漏らす。
まるで呆れているかのようなラビエリの様子に、彼は眉をひそめ――……
「気づかないもんかな。まあ、いいか」
「……? 何を意味のわからない事を。おい、お前ら!そこで倒れてる二人に当てないくらいなら出来るだろ!!」
「は、はい!」
二人にトドメを刺そうと、周囲で立ち尽くしていた構成員達にも命令を下し。
魔法の弾に囲まれた二人を見れば、今度こそお終いだ、とその口元を歪に歪めた。
どんな魔法を扱おうが、この状況から――魔法を1つも展開していない状況から、敵う筈がないと。
そんな状況に置かれながらも、ラビエリは何処か冷めたような視線を彼に向けていて。
「……あ」
「ん。一応、しっかりくっついといて」
「う……う、ん」
傍らに居たアルシエルを、小さな手で軽く抱き寄せれば。
二人は互いに少し顔を赤らめつつ――そんな様子が、余裕が気に食わなかったのか。
愉快そうに口元を歪めていた彼は、二人に聞こえるほどに大きな舌打ちをすると、全員に指示をするかのように腕を振りかぶり――魔法の弾を放った。
「――え、あ――な、あああぁぁぁっ!?」
……放ったつもり、だった。
次の瞬間、彼は、彼らは宙を舞っていた。
突如として起こった竜巻の如き強風に巻き上げられれば、彼らは展開していた魔法を維持する事さえ忘れてしまい。
「……全く。同じ魔法を使うものとして、見てて恥ずかしいね」
「ん……わ、たし……て、つだわ……なく、て……よ、かった……?」
「後出しで相殺されてた事にさえ気づかないような相手に? 流石にそこまでしたら弱い者いじめだよ」
強風に巻き上げられ、失神した構成員たちを見ながらラビエリはそう言うと、鼻で笑い……長い口上の間に広範囲の魔法を準備するだけで終わってしまったことに、呆れ返りつつ。
竜巻を消すのと同時に床へと落ちていく彼らを見れば、まあ骨の1つや2つは我慢してよね、なんて呟きながら。
「――じゃ、僕らも行こうか。ウィルもだけど……さっさと終わらせて、ここの人達を助けないとね」
「う……んっ」
そう言って、二人もウィルの、ギース達の後を追うように通路の奥へと進んでいった。
あとに残されたのは、失神し、決して軽くはない怪我を負いつつ――しかし命に別状はまるで無い、手加減された上で倒されたタルタロスの人間たちばかり。
今まで散々自分達を苦しめられてきた彼らが、何ともたやすく鎮圧されてしまったのを見れば、鉄格子に囚われていた者たちはただただ、唖然とするしかなかった。




