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6.僕は、独りではなく

 タルタロスの本部である施設は、半ば阿鼻叫喚と言った様相を呈していた。

 普段からそうではあったものの、今日阿鼻叫喚になっていたのは攫われた、或いは自殺しに来て捕えられた人々ではなく――……


「――ぐ、げぁっ!?」

「畜生、畜生――なんで、なんでたった5人が止められない!」

「もっとちゃんとやれよお前ら!くそっ、くそったれが!」

「貴方こそちゃんと狙いなさい……って、邪魔よ!? なんでそんな所に居るのよ!!」


 ……普段そういった人達を蔑ろにしてきた、タルタロス構成員達だった。

 彼らは大人数で僅か5人の侵入者の対処にあたっていたものの、一向に侵入者の侵攻を止める事は出来ず。

 圧倒的に優位な立場にありながら、優秀である筈の自分達が何故たかだか5人を抑え込めないのか。倒せないのか。

 その現実に戸惑っている間にも、彼らは1人、また1人と打ち倒されていった。


 それもただ倒されたという訳でもなく、あくまでも戦闘不能――つまりは手加減までされており。


「この、いい加減に――」

「――するのはまあ、お前さん達の方だな」

「え、あ」


 呆れたように口にしながら、ギースは何人目になるのかもわからない相手を、その大きな拳で殴り飛ばした。

 ギースは軽くしびれる手をひらひらとしつつ、その大きな斧を扱う事さえ無く次々と構成員達を制圧していく。


 その光景を目にして、しかし構成員達はなお自分達の勝利を疑う事はなかった。

 それは自分達が優れた才能を持っているという自負から来る自信であり、タルタロスという組織の在り方を示すもの。

 まだ負けてはいない、負けるはずはない――いずれ絶対に、侵入者達を捕えて終わる、その筈だ、と。


 ……そしてそれが、彼らの限界でもあった。

 才能だけで言うのであれば、確かに彼らは非常に優秀だと言えるだろう。

 努力をすれば大勢しただろうし、中にはそう、侵入者の1人であるラビエリやリズと比肩するほどの魔法の才能を持った構成員だって居たし、ギースと互角の斧の才能を持った構成員だって居た。


 だが、それだけだ。

 彼らは自分達のことを選ばれし者だと吹いているものの、その殆どは違う。


 例えば、パラディオンになろうとして耐えられず(・・・・・)逃げ出したもの。

 例えば、世間と自分の評価のズレに耐えきれず、逃げ出したもの。

 例えば――そう、自分の才能を過信して失敗し、逃げ出したもの。


 ここに居る者たちの多くはそういった、言わば落伍者(らくごしゃ)だったのだ。


 周囲に馴染めず、才能に胡座をかき、才能を伸ばす事もせずに結果としてそれを腐らせた者。

 例えそれが素晴らしい才能だったのだとしても……極々一部の例外を除けば、努力し、磨き上げた才能に敵う道理などある筈がない。


 そんな簡単な事でさえ、彼らは理解する事が出来なかった。

 自分達は選ばれた者だ、才能があるのだ、負けるわけがないのだ――そんな何の根拠も無い自負と共に、侵入者である5人に挑みかかっては返り討ちにあい。


「……しかし、厄介ですね」

「ん……数、だけ……おお、い」


 ……しかし、それが侵入者であるウィル達にとって一番困る事でもあった。

 延々と来る増援は収まる所を知らず、数十人を倒した今でもなお新しい構成員が扉の先から現れてくる。

 こうしている内にも時間は過ぎ、彼らが第一に助け出したいと思っているミラには危険が迫るというのに、彼らはそこから進む事が出来ず。


「――皆、ここは任せて良い?」


 その状況にこのままでは埒が明かないと考えたのだろう。

 ウィルがそう呟くと、仲間達は少しだけ彼の顔を見て――その表情を確認してから、小さく頷いた。

 彼の表情は先程のように思いつめたものでも、ましてや怒りに駆られたものでもなく、彼らのリーダーであるウィルの、いつもの表情で。

 仲間達の反応に小さく笑みをこぼせば、ウィルは先程魔法で塞がれた扉に向けて駆け出した。


 突然、塞がれた扉に向かって走り出したウィルを見れば、構成員達は彼を嘲笑い――


「は、血迷ったか馬鹿め!閉鎖済みの扉に向かって何を――」

「馬鹿はお前らでしょ。ほい」


 ――そんな彼らを鼻で笑いながら、ラビエリは作り出した火球で閉鎖された扉を文字通り吹き飛ばし。

 ウィルは軽くラビエリに感謝の言葉を告げれば、扉の先へと進んでいった。

 そんな彼らを見て、構成員達は唖然として――しかし、直ぐにハッとした様子になれば、一斉に残った4人に向けて魔法を放つ。


 5人だったのが4人になった、なら先程よりも倒すのは容易いはずだ。

 そんな短絡的な考えの元、彼らは魔法を、矢を飛ばし――……


「……本当、短絡的ですね。害獣よりも与し易い」

「まあねぇ。そうじゃなきゃ、ウィルだって僕らを置いて行かないさ」


「は……な、なんで」


 その尽くが、リズとラビエリが作り出した防壁に弾かれ、霧散しているのを見れば再び彼らは唖然としてしまった。

 どうして。何故、優秀である筈の自分達が、こうも手玉に取られているのか。

 考えても、考えても――知識はあれど、経験が致命的なまでに不足している彼らには、その理由が判らず。


「……しかし、大丈夫なのか? この先に居るのは恐らく」

「ん……この、ひと、たち……やっつけ、たら。おい、かけ……よ?」

「そうだね、そうした方が良いと思う、んだけど」


 それとは対照的に、4人でも問題なく対処できると解っていたギース達は、1人先へと向かっていったウィルを気にかけていた。

 ギースの予想通り、彼が向かった先に居るのはミラと――それだけではなく、散々凶行を繰り返してきたであろう、カインが居る。

 ここに居る構成員達とは違い、カインは文字通り天に愛されているとしか言いようがない才能を持っており、それは経験だけで埋められるような物では断じて無く。


「……正直、私達が助けに行っても分が悪いとは思いますが」

「そう、だよね。でも――……」


「――おーおー、随分と暴れてくれてんじゃあねーか、あぁ!?」


 ……リズの言葉にラビエリが返そうとした瞬間。

 広間に響いた声に、構成員達から喜びの声があがった。

 構成員達の中から出てきたのは、3人の――他の連中とは明らかに異質な雰囲気を持った者達で。

 長大な鉈のような大刀を持ったドワーフの巨漢に、三叉に分かれた槍を持ったビーストの女性、それにリトルとしても小柄な眼鏡の青年は、自分達に歓声を上げる構成員達を鼻で笑いつつ、ラビエリ達を見た。


「へぇ、少しは骨がありそうな奴らじゃねーか」

「……でも、少し暴れすぎよ? お仕置きが必要よね」

「うんうん、さっくりやっちゃおう。ついでにオクタヴィアに押し付けて、害獣人間にでもしちゃおうか」


 そんな事を口々に言いつつも、彼らはラビエリ達から視線を外す事は無く、同様に必要以上に近づく事も無く。

 先程までの、戦い慣れていない構成員達とはまるで違う所作に、4人は軽く気を引き締め直しつつ――……


「ふん。そのひん曲がった性根を叩き直してやるとするか」

「……もう手遅れだと思いますけどね、彼らは」

「まあ、サクッとやっちゃおうか。先に行ったウィルが心配だからね」

「ん……っ」


 しかし、気負いすぎる事もなく。

 彼らのその口ぶりに、3人は挑発されたと取ったのか――どちらともなく、再び広間に戦闘音が響き渡り始めた。







 ――背後で、戦闘音が聞こえる。

 一瞬だけ不安がよぎったけれど、僕はすぐにそれを振り払った。


 彼らは、大丈夫だ。

 ここの構成員達は僕でも何とか出来てしまう程度でしか無いし、あの4人が遅れを取ることなんて有り得ない。

 それは仮に、タルタロスの中での強者が出てきたとしても変わらないだろう。


「……は、ぁ……っ」


 少しだけ、呼吸が荒れる。

 廊下は長く、先にはまた広間が広がっているのだろう。光が見えていて。

 その先に待っているであろう、あの男と相対すると思うだけで少しだけ背筋が冷えた。


 ……そう、でも少しだけだ。

 以前のような絶望感は薄れつつあり、僕は不思議ともし相対したとしても何とかなるという、奇妙な予感が有った。

 才能の差は、絶望的だ。

 剣の腕において、僕が彼に敵う要素なんて、かけら1つだって有りはしない。

 真っ向から勝負をしたのならば、多分一合さえ打ち合うことすら叶わずに、僕は真っ二つに切り捨てられるだろう。


 それは、悲観でも何でも無く、ただの現実だ。

 才能の差は絶対に、何があろうとも覆る事は無い。

 今の僕がミラと槍でやりあえば、多分簡単に負けてしまうだろうし――アルシエルの弓に敵うなんて、そんな事がありえる筈もない。

 それはこれから先も、ずっと変わることは無いだろう。

 僕がどんなに努力をしようとも――彼女たちが努力を続ける限り、その差は開き続ける一方なのだから。


 ――でも、だからといって僕が全てにおいて彼らに、彼女たちに劣っているのだろうか?


「……っ、ぁ」


 走っている内に廊下を抜ければ、広間に出る。

 その広間にはベッドも、ましてや鉄格子さえ無く。あるのはただ、白い壁と床だけで。


「……はぁ、やっぱり僕以外の奴はほんっっっと、役に立たないな」


 その広間の中央で、退屈そうに白髪のエルフが――カイン=アラベイルが地べたに座り込んでいた。

 彼はどこかうんざりしたようにそう呟くと、ふらりと立ち上がってから僕の方に視線を向けて。


「ごめんねぇ。折角君が絶望できそうなシチュエーションを準備できそうだったのにさぁ、オクタヴィアの奴まだ準備が終わってないんだよ」

「……カイン=アラベイル。ミラは、何処に居る」

「この先さ。ま、もうちょっと待ってなよ」


 まるで友人にでも話しかけるかのような気さくさで、笑顔を浮かべて僕に話しかけながら……彼は腰に帯びていた細身の剣を引き抜けば――


「――四肢を落として、目を塞げなくしといてあげるからさぁ。バケモノになった彼女を見て、良い悲鳴を聞かせておくれよ? ウィル=オルブライトォ……っ!!」


 ――狂気に/狂喜に塗れた表情で嘲笑いながら、ゆらり、ゆらりとカインは僕の方へと一歩、また一歩と近づいてきた。

 背筋に、冷たいものが走る。

 今度は以前のように、途中で刃を止めるような事はないだろう。

 間合いに入れば容赦なく四肢を断たれ、それで終わる。


 ……でもそれは、ここに来るまでに僕一人だったのなら、だ。


 カミラに作ってもらった剣を握り、篭手を構える。

 姉さんに教わった事を、思い出す。

 そして皆と共に培ってきた経験を思い返し――……僕が、ただ1人でここに居る訳ではない事を、噛み締めた。


「……出来るものならやってみろ、カイン=アラベイル。僕が得てきた物は、容易く斬れる程安くはないぞ――!!」

「あはっ、あははははは!!芋虫みたいになってもその啖呵を吐けるか、楽しみだよ!!!」


 カインが狂ったように笑いながらこちらに向けて駆け出してくるのを見ると、僕は小さく息を吸い、吐いて。

 未だに纏わりついて離れない恐怖に押さえ込むと――持てる物全てを以て、目の前の許し難き相手に立ち向かった。

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