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1.独り、彼女を求めて

 がたん、がたん、がたん。

 揺れる馬車の中、僕は一人目を閉じる。こうして一般の馬車に乗ったのは、いつぶりだろう?

 養成所に行く前に乗ったきり、だった気がする。こうして一人で馬車に乗るのも、きっとそれ以来だ。


 ……あの頃は一人で居ることが当たり前だったし、慣れていたけれど。

 今はどうしてか、酷く寂しく、胸に穴でも空いたかのような……そんな気分になる。


「なあ、お兄さん」


 そんな事を考えていると、偶々同席していた初老の男性に声をかけられた。

 恐らくは商人か何かなのだろう、これから向かう先に対して身なりの良い彼は、何やら心配そうな表情でこちらを見ていて。


「一応聞いておくけどさ、まさか自殺しようってんじゃないだろうね?」

「……え?」


 そして、彼のそんな言葉に僕は目を丸くしてしまった。

 自殺? 僕が? どうして。

 僕の反応に違うとわかったのか、彼はほっと胸を撫で下ろすようにしつつキセルを蒸す。

 狭い馬車の中に紫煙が立ち込めると、少し煙たくて口元を抑え。それを見た彼は気さくに笑いながら、すまんすまん、と言いつつ人の居ない方へと煙を吐いた。


「いやな、酷い顔をしていたもんだから。この先は自殺の名所でもあるし、よもやと思ったんだ」

「自殺の、名所ですか」

「ああ、何しろこの先は……というか、この先の町の更に先は人が行ける場所じゃあないからな」


 彼の言葉に成る程、と頷く。

 馬車が向かっている先は、極西。人類の生存圏の最西端の町で、そこから更に先には悪神の支配する地域が広がっている。

 要するに、生存圏の間際。そんな場所だから、命を捨てに行く者だって決して少なくはないのだろう。


 如何にパラディオンが努力をしても、そういった人を減らすことは不可能だ。

 生活が立ち行かなくなったり、商売で大失敗をしたり――或いは、大事な人を亡くしたり。

 そういった辛さから命を捨てる人まで守る事は、僕らには出来ないから。


「とにかく、ちゃんと飯食って寝るんだぞ。まだ若いんだろう? ちゃんとした生活をしないと、ほら」

「……?」


 初老の男性はそう言いながら、帽子を取る。

 帽子の中には真っ白な白髪と、つるりとした頭部があって――……


「……若くても、こんな風にハゲちまうぞ?」

「ふふ、気をつけます」

「お、やっと笑ったな。よしよし、笑顔は大事だぞ!」


 思わず少しだけ笑ってしまった僕に、彼は笑顔でそう言った。

 ……こういう人を見ていると、パラディオンをやっていてよかった、と思える。

 こういった人達を守れていたのなら、それはとても喜ばしいことだ。

 人間が皆が皆、素晴らしい人じゃないって事は解っているけれど――その中に、こんな人が居るのなら。

 それだけで、僕は胸を張ってパラディオンで居て良かった、と言えるから。


 そうしている内に馬車が止まる。

 最西端の町に着いたのだろう、乗っていた僅かな乗客は次々に降りていき。


「じゃあな、少年。ちゃんとした宿に泊まれよ!」

「――はい、有難うございました」


 初老の男性も荷物を抱えて町の中へ消えていく。

 僕は彼の背中をしっかりと見送ってから、大きな荷物を背負って馬車を降りた。


 町には、入らない。

 もう二度と、あんな事は御免だ。もう奴が指定した場所に程なく近いのだから――下手に宿に泊まって巻き込みでもしたら、耐えられない。

 町の外壁を回って外を歩き、その先にある道なき道を進んでいく。

 その先に有るのは、深い深い森。誰も開墾しようとしない、鬱蒼とした森林へと僕は足を踏み入れて――そして、野営の準備を始めた。


 焚き火を作り、テントを作り、軽い食事にする。

 持ってきた携行食は美味しくはなかったけれど、別に構わない。

 ただ……ほんの少しだけ、一人での食事というのが寂しかった。ただ、それだけ。


 空を見上げれば、満天の星空で。

 ……きっと皆も同じ空を見ているのかな、なんて思いつつ……僕は荷物の中から、ここから先に持っていくものを選り分け始めた。






 ――僕は、もうパラディオンじゃない。

 提出こそしなかったけれど、無断で……半ば失踪に近い形で本部を去った際に、自室に辞表を置いてきた。

 きっと誰かがそれを見つけて、その内仕方なく受理してくれるだろう。

 本部の自室から持ち出したのは、カミラに作ってもらっていた物と路銀、それに野営道具だけ。

 ……野営道具に関しては、ちょっとくすねたような形になってる気はするけど、許してもらえるだろうか。


 そうした理由は酷く単純で、これからする事はおおよそパラディオンとしてしてはいけない事だからだ。

 私闘、しかも害獣ではなく人間に武器を向ける行為。

 そんな事をパラディオンがしたのなら――それも本部のパラディオンがやったのなら、世間になんと思われるかは想像に難くない。

 例え正当な理由があったのだとしても、人類を守るべきパラディオンがそれに刃を向けてはならないのだ。


 だから、僕はパラディオンを辞めた。

 例えそれが正しい行為じゃないのだとしても、それをせずにはいられなかった。


「……ミラ」


 彼女から貰ったネックレスを軽く握りしめつつ、小さく息を吐く。

 ……そう、彼女を見捨てる事なんて出来ない。

 本部も彼女の捜索に出る、とは言っていたけれどそれを待ってはいられない。

 もし本部がこの場所を嗅ぎつけたなら――おそらく、あの男は退屈そうにミラの首を落とすだろう。


「……っ」


 それを考えるだけで、想像するだけで心が酷く冷たくなる。

 怒りは熱くなるもの、だと思っていたけれど……度を越せば逆に冷たくなってしまうらしい。

 でもそれが有難かった。冷静で、いなければ。

 彼女を救い出して、皆の元へと送り返すまでは……鉄のように冷たく、硬い意志を保たなければ。

 まるで無機物にでもなってしまったかのような錯覚さえ覚えつつ、僕はネックレスを胸元に仕舞うと少しだけ、本当に少しだけ眠りについた。







 生存圏の(きわ)にある、才能至上団体(タルタロス)の本部。

 場所が場所な事もあり、今日もその場所はとても静かで。そんな中で、カイン=アラベイルは少しだけ退屈そうに椅子に腰掛けつつ、何かを待っていた。

 以前のように憔悴している様子も、やつれている様子も無かったものの、ぼんやりと眺めているその姿に正気は感じられず。


「……カカシ、持ってきて」

「はっ、只今」


 部下の一人を顎で使いつつ、彼は退屈しのぎに少し遊ぶ事にした。

 ……タルタロスは今や、彼の手足となっていた。

 元々才能こそが至上であるとされているカルト団体である。

 剣の才能において比類なきカインがその地位に上り詰めるのは、そう難しい事ではなく。


 ……そしてカインはその地位に上り詰めると同時に、このタルタロスという集団に対する熱も冷めきっていた。

 確かに才能のあるモノが集まってはいるものの、目を見張る物があるのは幹部だけで――その幹部でさえ、カインにとっては凡百と何ら変わり無いものだったのだ。

 だからカインはあっさりと、そのトップに居た男性を切り捨てて。そして、自分の目的の為の道具として、タルタロスを扱った。


 今のカインの楽しみといえば、二つだけ。

 1つは、そう遠く無い内にここを訪れるであろう者の、絶望に歪む表情。

 そしてもう一つは――……


「ひ……ひ、ぃ……っ」

「どうぞ、カイン様」

「ん」


 ……カインの前に、ボロ布を着た男性が連れてこられた。

 彼は酷く怯えていて、しかしそんな彼に同情する事さえ無く、連れてきた男は彼を思い切り突き飛ばす。


 突き飛ばされて尻もちをついた彼は、タルタロスの一人、という訳ではない。

 自殺する為に西の生存圏の際まで来てしまった人間の一人であり――ただ死ぬ前に、運の悪い事にタルタロスに見つかってしまったと言うだけの普通の男性だった。


 特別な才能なんて持っている筈もない彼は、実験材料としてタルタロスに連れてこられた後で、沢山の見たくもない物を見せられてきた。

 死にたい、死にたいと思って自殺しにきた筈だったのに、今では彼は生きたい、化物になりたくない、せめて人として死にたい――そんなことばかり、考えていて。


「ひ、ぁぁ……っ!!」


 そんな彼を冷めた視線で見下ろしつつ、カインは腰に帯びていた剣を引き抜いた。

 怯えきった彼の様子を見つつ、カインは再びため息を吐き出せば――……


「……ふぅ。ねえ、君」

「はっ、何か――」


 白刃が、煌めく。

 彼は殺される、と思ってその場で身体を縮こまらせて、竦み上がり――しかし、何時まで経っても来ない痛みに顔を上げた。

 何故、と思いつつ彼が周囲を見回せば、身体が赤黒く濡れている事に気づき。

 しかし、その赤黒い液体は彼のものではなく。


「……え、あ……な、何で」


 ――彼は、自分ではなく自分を連れてきた男性の首が落ちているのを見て、その首から勢いよく血が吹き出しているのを見て、声を上げた。

 想像だにしなかった事態に、彼は恐怖する事さえ忘れてしまい。

 そんな彼に向かって、カインは淡く微笑んだ。


「ごめんね、怖かったかい?」

「……あ……あ、ぁ」


 ここに連れ去られてから、初めてかけられた優しい言葉に男性は目を見開く。

 もしかしたら、この人は優しいんじゃないだろうか?

 この人なら、自分を助けてくれるんじゃないだろうか?

 この地獄のような場所で、男性は初めて見つけた光明に希望を覚え。


「た……た、助けてください!お願いします、ここから出して下さい!!」

「ああ、良いとも。ここから出してあげるよ」

「ほ、本当ですか!?」

「勿論だとも――」


 カインの優しい言葉に、男性は心の底から喜び。

 そして、感謝の言葉を告げようとして――その瞬間、突然彼の視界が真っ暗闇になった。


「あ、え?」

「――さあ、君はもう自由だよ? どこにでも行っていいんだ。いけるものなら」

「え、あ……あ、え、あ――」


 ごぽり、と彼の口から血が溢れ出す。

 言葉を口にしようとしても、出てこない。

 目を開いている筈なのに、何も見えない。

 それどころか、彼の言葉に動こうとした身体の――手足の感覚さえ、無い。


「――っ、ごぶっ、ぁ!? あっ、え……あぁぁ……!!!」

「ぷ……っ、あははっ、あっははははは!!ああ、やっぱり良いなぁ!予行演習としては悪くない、やっぱり希望を与えてから摘み取るのが良いよねぇ!!」


 まるで芋虫のように、赤黒い液体を撒き散らしながら悶える彼を見下ろしながら、カインは心底楽しそうに笑いだした。

 ただ、その瞳はのたうち回る彼を見てはいない。

 ましてや、意味もわからず首を落とされたタルタロスのいち員すら見ていない。


 カインは一頻り笑い終えれば、いつの間にか絶命していた男を見て、小さく息を漏らす。

 その表情は先程の楽しそうな笑顔など何処にもない、冷めきったもので。


「……でも、アイツにこれは難しいかなぁ。ま、いいや、どうでも」


 たった今殺した相手のことなど、意に介す事さえ無く。

 カインは小さくあくびをすれば、再び椅子に腰掛けて――……






 ――瞬間、彼の部屋の外から爆発音が響いた。

 普段は聞こえないその音に、カインは目を見開き――しかしそれは爆発音に対して、では無く。


「――カイン様!敵襲です、門が爆破(・・)されました!!」

「……あは、ははっ」


 慌てて駆け込んできた女性に、カインは先程以上の狂気に満ちた笑みを浮かべる。

 それは、女性に対してではなく――このタイミングで来てくれた、待ち望んでいた者に対しての笑み。


「しかしご安心下さい、相手はただ一人のようです!直ぐに捕えて――」

「は?」

「――は、え?」


 女性の狂信、あるいは忠義の籠もった言葉にカインは小さく声を漏らせば、女性の身体を八つ裂きにした。

 女性の体は瞬く間に細断され、元の姿など想像出来ない程になり――


「――ふざけるなよお前。あれは僕のおもちゃだ。僕が遊ぶものだ。僕が壊さなきゃ何の意味も無いんだよ」


 ゴミでも見るかのような視線で、バラバラになった女性だったものを踏みにじりつつ、既に何も聞こえる筈もないソレを更にぐちゃぐちゃにして。

 そこまでしてから、ようやく怒りらしきものも冷めたのか。

 晴れやかな笑顔を浮かべながら、カインは血肉で汚れた部屋から外に出た。


「オクタヴィア!オクタヴィアは居るかい?」

「はい、カイン様。ちょうど今、報告に」


 妖艶なエルフの女性……オクタヴィアは、カインに呼ばれるのと同時に姿を現す。

 その表情は何処か嬉しそうで――それを見たカインもまた、笑みを零した。


「ああ、準備は重畳(・・・・・)という奴か!ふふ、研究者としての君は優秀だねぇ!」

「有難うございます。見ていかれますか?」

「ん――そうだなぁ、アイツに会う前にちょっと見ていくかな。どこだっけ」

「案内します、こちらへどうぞ」


 カインは心底楽しそうな表情を浮かべつつ、彼女の後について歩き出す。

 周囲が突然の襲撃に混乱している中、二人と――そして彼女が案内する先に居る数人だけは、酷く落ち着いていた。






 ――まるで、全てが予定通りだと言うかのように。

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