16.喪失と、それを埋めるモノ
フィリア様の手で、東に巣食っていた害獣がおおよそ駆除された後。
私達は各々の班で分かれて、各地に居るであろう生存者の救出・誘導とその町々の被害状況を見ていく事になった。
あの大量発生した害獣による被害は甚大で。
私達は城塞都市が見る影もなく壊れ去ったのを見て唖然としたり、それでも支部長の判断で幾ばくかの住民やパラディオン達が生き残っていたのを見れば安堵したり。
生き残っていたパラディオン達にも手伝ってもらって、被害の状況を数字にしてみるとそのあまりの酷さに絶句してしまったりしていた。
人的被害もだけれど、今回の被害で特に酷かったのは居住地の喪失だった。
多くの家屋は破壊され、田畑も荒らされ、街道もあの巨大な害獣によって滅茶苦茶にされて。
そんな風になってしまっては、直ぐに人が戻ってきてどうこう、なんて事は出来る筈もない。
「ま、しばらくは流通網の回復が先だな、こりゃあ」
「……う、ん」
痛々しく包帯を巻かれたギースの言葉に、小さく頷く。
彼もまた、命に別状は無かったもののかなりの重傷だった。
現地に同行していた医療の心得があるパラディオンの話によれば、全治一ヶ月。
完治するまでは運動をするだけで再び筋断裂が起こるらしく、その間はしっかりと休養と取らないといけないらしい。
……そのパラディオンの話によると、筋断裂は凄まじい激痛を伴うらしいのだけれど。
彼はそんな素振りを見せる事もなく、ただ怪我を気にしてはいるのか、いつもよりはゆっくりとした歩調で私達の後をついてきていた。
まあ、彼の隣にはリズも居るし別に無茶をするなんてこともないだろう。
リズもリズで足に大怪我を負っていて同じく全治一ヶ月程らしいし、その間は彼女はギースと付きっきりで居るつもりだそうだ。
因みに私達4人もしっかり全身に打撲などの怪我を負っている為、少しの間は安静にしなければならなかったりする。
まあ、丁度いい休養になるだろう、きっと。
そんな事を考えながら、害獣によって廃墟となった町を歩いていると――ふと、何か妙な既視感を覚えた。
「……?」
「どうかしたの、アルシエル?」
「あ……う、うん」
ラビエリに軽く頭を振りつつ、首をひねる。
……こんなにも崩れ去って、荒れ果ててしまった町だというのに、何故既視感が有るのだろう?
自分でも理解が出来ない奇妙な感覚に、私はとん、とん、と軽く廃墟の上に登ると周囲へと視線を向けた。
こういう時には――ううん、いつも便利だけれど――私の目は、とても役に立つ。
屋根の上からなら町の様子をおおよそ見ることは出来たし、障害物に遮られていない場所であれば何があるかまでしっかりと確認も出来て。
「ん……」
ただ、そうしてもこの奇妙な既視感の正体は判らなかった。
町並みに覚えがある、という訳じゃない。
昔ここに居たことがある、という訳でもない。
だって、私は物心がついた頃にはここから遠く離れた施設に預けられていたから、それ以前の事なんて――
「……あ」
――そこまで考えて、ふと思い至る。
そう、だとするのなら。
もしかすると……本当に薄い可能性だとは思うけれど、そういう事なのではないだろうか?
どくん、と嫌な感覚に動悸を強くしつつ、小さく息を漏らす。
もし、そうなのだとしたら?
もし――この町こそが、私が産まれた場所で。両親もまだ、ここに居たのだとしたら?
何の感慨も覚える訳がない。
だって、私のことを気味悪がって施設に預けた……捨てたような両親だ。
皆の両親とは違う、酷い親だ。
だから、そんな両親がどうなったとしても、私は――……
「……ん、しょっと。大丈夫?」
……そんな事を考えていると、ふと思考の外から聞き慣れた声をかけられた。
「ぁ……らび、エリ」
「顔色悪いよ。前にも言ったよね、一人で抱え込むなって」
心配するようで、その上で叱咤するようでもある彼の言葉に、口籠る。
……確かに彼の言う通り、だけれど。今回は以前とは事情が違う。
以前のようにウィルのためだとか、そういう事じゃなくて……今回はただの私事だ。
そんな事を口にするのは、どうにも憚られてしまって。
「……はぁ」
「――っ、あ、ぅ!?」
私が躊躇していると、彼は軽く指をくるりと回し――その瞬間、ばちん、と額を強く叩かれたような衝撃に、私はのけぞってしまった。
まるで指で弾かれたような、それよりも少しだけ強い気がする衝撃に私は額を抑えつつ。
「良いから話して。一人で悩んでも仕方ないでしょ」
彼はそんな私を見ながら呆れたように息を漏らすと、そう言って
……そこまで言われてしまうと、私はもう彼の言葉を拒否する事が出来ず。
結局、私は先程自分が抱いた嫌な想像を全て口にした。
この町に何故か見覚えがあるという事。
思い当たる節としては――自分が施設に預けられる前に、居た場所なのではないか、という事。
「ふんふん、成る程……」
「……そ、の。くだ……ら、ない、事……だ、から」
「別に。くだらなくもないでしょ、それは」
彼は事もなげにそう言うと、この町の地図なのだろう紙切れを広げて、何やらにらめっこし始めた。
何をしているのか判らず、私はしばしの間、彼のしている事を見ながら首をひねり。
「因みに、さ。アルシエルって名前は昔から?」
「え……あ……う、ん」
彼の言葉に小さく頷くと、何やら納得したように彼は頷き返して。
そして、ぴょん、ぴょん、と少し慎重に廃墟から降りていくと、何やら皆と話始めた。
一体、何をするつもりなのだろう?
私には皆目検討が付かず――……
「降りてきなよ、アルシエル。皆で探そう」
「……え?」
「役所跡を探せば多分確認できるだろうしな。この頭数ならそう時間もかからんさ」
「え……で、も」
「どの道被害状況を確認するにはちょうど良いし、そのついでって思ってくれて良いよ」
ラビエリだけじゃなく、ウィルやミラにまでそう言われてしまうと、私はもう断れなかった。
申し訳無さ半分、そして嬉しさ半分で勝手に緩んでしまう表情に少しだけ困りつつも、廃墟を降りればギース達も小さく笑みを零していて。
……つくづく、良い仲間たちだな、と思う。
私には余りにも勿体無い、優しい人たち。
私は彼らに感謝しつつ頭を下げると、皆どこかくすぐったそうにしていて。
そんな彼らの様子に、私も笑みを零しながら――少しだけ、僅かに期待と不安を抱きつつ役所跡へと歩き出した。
/
かつて役所だっただろう廃墟は、思ったよりも形を留めていた。
とは言っても扉は壊れ、窓も割れて。壁も壊れて幾分か風通しがよくなっては居たのだけれど――幸いと言うべきか、書類関係は特に失われておらず。
私達は手分けして町の人口やら何やらを調べつつ、この町の被害状況を調べ――……
「アークライト、アナイア、アダーナイト……全く、似たような名前が多くて面倒な」
「いや全然似てませんよ。ちゃんと探して下さい」
「真面目にやってね、ギース。数え間違いが起きるといけないから」
「ああ、すまんすまん」
似たような?名前が並んでいたり、文字の羅列に苦戦しつつ。
それでも小一時間程経てば、この町のおおよその被害が見えてきた。
この町の人口はおおよそ3000人。
うち避難した人数は、確認できた限りでは400人弱。
つまり、おおよそ8~9割の人々が害獣の餌食になった、という事になる。
――少し、吐き気がした。
ここが私の産まれた場所ではなかったのだとしても、まるで砂でできた城を崩すかのような簡単さで、こんなにも人の命が失われてしまうなんて。
害獣が恐ろしいものだなんて、重々に理解していたつもりだけれど……パラディオンが、オラクルが居なかったのならとっくの昔に人間という種は滅んでいたのだという事を、今更ながらに理解してしまう。
その後もこの町の産業などを調べ、失われたもの、直すべきものを纏めてウィルとリズは報告書に書き込んでいく。
名簿をあらかた見終え、それでもどうやら私の名前は無かったことに少しだけ残念な、そして安心した気持ちになりつつ。
荷物を纏め、そろそろ本隊の方へと戻ろうという段になった頃。
「……あ」
「ん? 何か有った?」
「これ、もしかしてそうじゃないか?」
名簿とにらめっこをしていたミラが何かを見つけたのか。
私達を呼んで、細かい文字が並んだ名簿の一角を指さした。
少し薄汚れていて読みづらいけれど、そこに書かれていた文字を見れば――どくん、と。
また、嫌な動悸を覚えてしまう。
――ダーヴィド=ピース。
私と同じ、或いは似たその文字を見て、直ぐ様住居が記されている部分へと視線を走らせる。
「アルシエル?!」
それと同時に、私は役所跡から駆け出した。
両親に思い入れなんて無い。
無い筈、なのに――それがこの町に居たと、そう思うだけで居ても立っても居られなくて。
背中に聞こえる声に応える事も出来ないまま、私は呼吸を荒くしながら名簿に記されていた場所へと向かい――……
「……あ……ぁ」
……そこにあった館だったものを前にして、声を漏らしてしまった。
きっとここに住んでいた人達は、地元の名士か何かだったんだろう。
庭だって広いし、館だってすごく立派で――でも、それは見る影もなく荒れ果ててしまっていて。
最早門としての役割を放棄している入り口をまたぐようにして中に入れば、そこには当然人気とか、そういったものは全く無く。
避難が終わった後なのだから当たり前なのだけれど、人の熱らしきものが全く感じられないその場所は、妙に寂しく感じられてしまった。
館の中は閑散としており、立派な調度品も大方壊れさってしまっていて。
こつん、こつん、と足音を鳴らせば、物音なんて全くしない廃墟の中に反響して……でも、何故か、どうしてか。
「……わ、たし……ここ、に……」
見覚えが有った。
本当に僅かにだけれど、もう壊れてしまっているけれど――この場所に確かに自分は居たのだという、妙な確信があった。
そのまま歩いていけば、かつては団欒があったのかもしれない食堂や客間があって。
私はそれを懐かしみながら、さらに奥へ。
……廊下の突き当りにある部屋の前まで来れば、どくん、どくん、と嫌な動悸が私を襲う。
記憶には無くとも、きっと私の根本にあるモノが覚えているのだろう。
ここは、私の部屋だった場所。
言葉をろくに喋れない私を疎んで、両親が私を閉じ込めた場所。
荒れ果てた館の中、扉が残っているその部屋に手をかけて――途端に、扉は内側に向けて倒れ込んだ。
「――……っ」
その中にあったモノに、私は思わず言葉を失ってしまった。
元々言葉を発するのが上手ではないけれど。声を出すのさえ、一苦労だけれど。
それでも、目の前の光景に私は何も言う事が出来ず――……
/
「アルシエル……っ!?」
――僕がその部屋にたどり着いた時、そこに居たのは彼女一人だった。
彼女は何やら、部屋の一角に有るものの前で膝をついて、呆然としていて。
取り敢えず彼女が無事であった事に、心の底から安堵しつつ。
「……アルシエル?」
「あ……ら、び……えり」
彼女に近づいて声をかければ、彼女は力なく言葉を返してくれた。
普段とは明らかに違う彼女の様子に何か不穏なものを感じて、彼女の前にあるモノに視線を向ける。
それを見て、僕は思わず声を上げそうになった。
そこにあったのは、まだ少し肉の残っている人骨で――それが、3つ。
大人のものであろう、少し砕けたものが2つと、小さな、多分子供のものであろうものが1つ、纏まっていて。
アルシエルは何故かそれを見ながら、茫然自失とした表情を浮かべていた。
「大丈夫?」
「……らび、えり」
僕の言葉に、彼女は小さく僕の名前を呟くと……どこか虚ろな瞳で僕を見つめて、きて。
初めて見る彼女のその様子に、どくん、と嫌な予感が背筋を走った。
――待て。
そうだ、ここは多分アルシエルの生家、で……という事は、ここにある骨、は。
「あ、は……は……変、だよ……ね」
そこまで理解した所で、アルシエルは虚ろな瞳のまま力なく嘲笑う。
それは、誰を嘲笑っているのだろう?
「……わた、しを……すて、て……こんな、良い……くら、し……っ」
アルシエルを捨てて、ここで屍を晒している両親に?
違う、彼女はそんな人間じゃない。
嘘をついてでも仲間の心を守ろうとした事もある、アルシエルは優しい人だ。
「わたし、を……すて、た……のに……っ。な、のに……」
――ああ、そうであるのなら。
誰を嘲笑っているのかなんて、決まっている。
「……っ、う、え……ぐっ、ふえぇぇ……っ!!!」
「ん……」
ボロボロと泣き出した彼女を、ぎゅうっと抱きしめる。
彼女はまるで子供のように、幼子のように大きな声で泣いて、泣いて。
「わか、んない……っ、わかん……ない、よ……ぉ……っ!なん、で……どう、してぇ……っ」
彼女にかける言葉を、僕は持っていなかった。
慰める言葉を捻り出そうとしたけれど、まるで出てこなくて。
「わた、しの……こと、すて、た……のにぃ……っ、こど、も……まも、ってぇ……っ!ひど、いって……ざま、あ……みろ、って……おも、い……たい、のにぃ……っ」
……アルシエルの事を施設に預けた彼女の両親は、きっと彼女の代わりに新しく子供を設けたのだろう。
その子供がどんな子だったか、今はもう知る術はない。
ただ1つ、判るのは――アルシエルの両親は、その子供を助けようとして……庇って、死んだのだろうという事だけ。
彼女の心中を、僕は想像することさえ出来ない。
自分を捨てた薄情な両親が、自分とは違う……妹か、或いは弟か。
そんな相手を庇って、実に親らしい最期を迎えたなんて。
自分を捨てた報いだ、ざまあみろ、なんて思えない。
自分を捨てたのに他の子を守って死ぬなんて酷い、なんて思えない。
「……おと、さ……っ、おかあ、さぁ……っ!!」
「……ほんと、優しいんだからさ。アルシエルは」
……そんな優しい彼女を抱く腕に、少しだけ力を込める。
こういう時だけは、どうして僕はリトルなんだろう、と思ってしまう。
エルフは高望みだとしても、ヒューマか、或いはビーストで有ったのなら、彼女をしっかり抱きしめられたのに。
「ひぐっ、え、ぐ……っ!うああぁぁぁん……っ!!」
僕はただ彼女を抱きしめて、撫でてあげる事しか出来なくて。
しばらくすれば彼女は泣き止んで、泣き腫らした顔で懸命に笑みを作ってもう大丈夫、なんて口にしていたけれど。
全然そんな事はないって事くらい、僕にだって理解できた。
本隊へと戻る馬車の中。僕は彼女に寄り添いながら、そっと手を握って。
彼女は少し驚いていたようだったけれど――……
「……大丈夫、僕が傍にいるよ」
「ん……」
柄にもない言葉を口にすれば、彼女は少しだけ……本当に少しだけだけれど、嬉しそうに笑みを浮かべてくれて。
……もし彼女が許してくれるのならば、少なくともこの後の休暇くらいは彼女と一緒に過ごそうと、そう思った。




