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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
序章:パラディオンになる前のお話
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10.演習の終わり、そして

「ん……っ」


 テントの隙間から、日差しが入り込む。外からは、ちゅんちゅんという小鳥のさえずり。昨晩、ミラに拠点に連れて戻ってもらってから、ずっと休んでいたからか。全身の痺れはすっかり収まり、十全とまではいかずとも問題なく体を動かせるようになっていた。

 体を起こし、軽く伸びをしてから立ち上がる。昨晩はミラ自身の提案とは言えど、見張りの全てを彼女に任せてしまった。

 流石の彼女であっても超人ではない筈だ。何しろ前日の疲労が抜けきらないままの徹夜なのだから、いい加減休ませてあげないと。


 外に出れば、彼女はたき火の前で座り込みつつ、ぼんやりと視線を彷徨わせていた。傍から見ても限界そうなのは、明らかだ。


「ミラ、おはよう。昨日はごめん、今日はゆっくり休んで」

「ん……」


 彼女の肩に手を置いて、声をかける。彼女の反応はぼんやりとしたものだったけれど、こくん、と小さく頷けばふらりと立ち上がった。

 そのままふらふらと、ちょっとおぼつかない足取りでテントの中へと入っていけば、ばたん、と倒れ込むような音が聞こえて……その少し後に、テントの外まで聞こえるような「寝息」が聞こえてきた。


 ……うん、お疲れ様。今日は彼女が満足するまで眠らせてあげよう。

 どの道今日は最終日だ。既にそこそこの数の小さな害獣は駆除しているし――昨日はあの害獣の群れも、辛うじて駆除することが出来た。

 正直、僕としては出来過ぎなくらいだと思う。これ以上の成果を望むのは、それこそ分不相応だろう。

 僕もミラも消耗が激しいし、今日は安全に過ごしてそのまま演習を終えるのが、多分一番だ。こんな状態で害獣の駆除なんてしたら、下手を打って餌食になりかねないし。


「……でも」


 そう、それが今の僕らにとっても最善というだけで。実際にパラディオンになったのであれば、こんな事は多分許されない。

 悪神の使徒との戦いで他に手が回らないオラクルの代わりに、使徒とはまた別の意味で人類の敵である害獣を駆除するのがパラディオンの仕事。であるなら、駆除に向かった現場で一日のんびりと過ごすなんて、ただの職務怠慢だ。

 そういう事態になってしまっている理由はとても単純で、単純に僕とミラの実力不足と言った所だろう。特に、僕の方はもっと早くに打開策を考えるべきだった。あの害獣の群れと至近距離で相対していたミラと違い、僕にはその余裕があった筈なんだから。


 ……まだまだ足りないな、と思う。

 養成所に入ってからも、入る前からも、寝る間も惜しんで努力してきたつもりだったけれど、それでもまだ足りていない。届いていない。

 特に足りていなかったのは、剣の腕だとか弓の腕だとか、魔法の実力だとか、そんなのじゃなくて――


「は、ぁ」


 口から、大きくため息が漏れる。

 ――足りないのは、数だ。仲間の数が、圧倒的に足りていなかった。2人、それもミラと一緒なら大丈夫かも、なんて思っていたけれど……現実は、全然そんな事はなかった。

 せめてあと3人。交代できる前衛や、後方で弓や魔法による支援が出来る仲間がいれば、あの害獣の群れもあんなリスクを犯さずに駆除出来たかもしれない。


 要するに、僕が今までおざなりにしてきた「人間関係」が、僕には致命的に欠けていた。

 周囲からの視線が厳しいのは当然だと諦めて、自分で何とかすれば良いと鍛錬だけに没頭して。結果、自分だけじゃなくて演習に付き合ってくれていたミラまで危険な目に合わせてしまった。


 ……いい加減、向き合わなければいけない。

 自分が諦めていた部分とも向き合って補わなければ、きっとパラディオンになる事さえ難しいだろう、という事に。




 結局その日は一日、拠点からあまり動くこと無く過ごした。

 昼過ぎに目を覚ましたミラと一緒に、昨日の反省会をしつつ――お互いに色々と言い合って。人数が足りない、考えが足りない、慢心していた、枚挙を挙げれば暇がないような問題点の数に、最後は2人で笑いながら。

 やがて日が暮れても、最後の一夜はお互いに眠る事無く……特に話す事も無く、たき火を囲んで過ごした。


 演習が終われば、こうしてミラとチームを組むような事は恐らくはないだろう。

 多分こんな演習はもう無いだろうし、彼女は皆からの人気もある。わざわざ僕と会話をして、周囲から反感を買う必要はない。


 それをほんの少しだけ寂しく思いつつ、僕は夜が明けるのを待った。




 /




 夜が明けてたき火の始末をしていると、先生達がどこからともなく現れて後片付けを手伝ってくれた。

 ……どうやら最初から最後まで、全部先生の監視……もとい、警護の元で行われていたらしい。多分だけれど、あの時テントの中に誰もいなかったのは既に先生たちが助け出したからなのだろう。


 良く良く考えれば、当たり前のことか。如何にパラディオンの現場の一つでの演習とは言っても、そこで生徒を死なせるなんて真似をしたら大問題なんだし。

 もう少し考えていれば思い至れたであろう事と、あの時の行動が本当に骨折り損のくたびれ儲けだったという事に僕もミラも苦笑しつつ、ため息を漏らして。テントの片付けが終われば、先生に先導されて花園の木々の中を歩き始めた。


 流石というか当然なのだけれど、先生達はとても手際が良くて。

 小さな害獣達を切り払い、数が増えれば焼き払い、僕らが手を出す余裕など一切ない程に手早く、容易く……普通に歩くのと変わらない速さで進んでいく。

 僕らを迎えに来てくれた先生方は、僕らと同じ2人だったけれど。知識と経験、それに実力が違うだけでここまで違うものなのか、と感心してしまった。


 僕らが作った拠点から最初に花園に侵入した場所まで、要した時間は多分1時間にも満たないだろう。

 花園の外へ出て、久方ぶりに花が咲いていない地面を見れば、不思議と安堵の息が口から溢れ出した。何というか、普通の場所に戻ってきたんだな、という感じが凄い。

 先生達に案内されるままに、外に出来ていたキャンプ――多分、先生方が三日間過ごしていた場所であろうその場所に向かえば、そこには既に花園から出ていた生徒や先生達が僕らを待っていた。


 どうやら僕らが最後の一組だったらしく、先生達は軽く拍手をしながら僕らを出迎えてくれた。

 所長はその深く皺が刻まれた顔をどこか嬉しそうに歪めながら、僕らの頭を撫でて――


「おめでとう、と言うよりはお疲れ様かの。今回演習を完遂できたのは唯一、お前さん達だけじゃよ」

「――え」


 ――そんな、ちょっとにわかには信じがたい言葉を口にした。


 視線を生徒達の方へ向ければ、僕ら……と言うよりは、僕に妬ましそうな、恨めしそうな、何時もよりもより悪意が籠もった視線を向ける生徒達が多く。

 ……彼らは、僕らより先に出てきた……というわけではなく、脱落して先生達に助けられた、という事なのだろうか?


「まあ、兎も角こちらへ。演習も終わりだからの、挨拶を済ませねばな」

「あ……は、はい」


 所長に促され、ミラも少し動揺しつつ返事をすれば僕らは他の生徒達と同じ場所……ではなく、先生達が並ぶ、その隣へと誘導された。

 ……ひどく、落ち着かない。壇上になんて上がったことのない僕からすれば、凄く緊張する。ミラはそれなり慣れているのか、僕ほど戸惑っている様子は無いけれど……それでも、少し目が泳いでいて。

 生徒達も、何故僕らだけがその場所に居るのかわからない様子で、ざわめき、どよめきが収まらず。


 しかしこほん、と所長が小さく咳払いをすれば、僕もミラも、生徒達も姿勢を正しながら所長の方へと視線を向けた。


「……さて、三日間の演習、ご苦労じゃった。成果の可否はさておき、これがパラディオンの現場じゃ。良い経験になったじゃろう?」


 所長の言葉に、生徒達が乾いた笑いを浮かべる。まあ、確かに良い経験にはなったとは思うけれど……今回は、今までの訓練からすればかなり厳しかったように思えた。

 こう、今まで丁度いいお風呂に入っていたと思ったら熱湯風呂に突き落とされたみたいな、それくらいの落差を感じる。

 他の生徒達もそれを感じているからか、所長の言葉には少し戸惑っているように見えた。


「とは言え……今回演習を完遂出来たのは、ミラ=カーバインとウィル=オルブライト。この2人だけじゃ。

 2人が秀でているのはあるが、流石に目に余るからの。他の者は精進するように」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 そして、続いた所長の言葉にとうとう生徒達の一人から、声が上がる。

 ……どこが彼らに引っかかったのか、僕には否応なしに理解できた。続く言葉もまあ、何となくだが予想できた。


「――ミラさんが秀でているのは解りますッ!でもそこのでき……ウィルは別でしょうッ!?」


 生徒の言葉に、周囲が一瞬だけ静まり返って――その後に、一気に騒がしくなっていく。

 生徒に同意する声が多く、そうだそうだ、おかしい、どうせまた助けてもらってるに違いない、と喧々囂々とし始めて。所長は額を抑えるようにして暫くの間は黙っていたものの、肩がプルプルと震えだせば――周囲の教師達が、何かを察したかのように一歩後ろに引いた。


 僕から見ても判る。所長はもう爆発寸前だ。


「いい加減ウィルをエコヒイキするのを止めてください!今回だってなんでミラさんと組んでるんですか!!」

「ミラさんと組んでりゃ俺たちだって演習ちゃんとやれましたよ!いつもいつもウィルをヒイキしてズルいじゃないですか!!」


「……いい加減にしろッ!!」


 ――だが。鳴り止まない罵声と非難に向けて声を張り上げたのは所長ではなく、ましてや先生達でもなく。

 僕の隣に居た、ミラだった。




 /




 限界だった。

 別に、私達の実力に対する非難であるのならばそれは構わない。事実、今回こうして最後まで演習をこなせたのは運による所が大きいからだ。

 だが、まるで――まるで、私が優れているかのように、私さえいれば当然のごとく出来たであろうと言われる事に、私は我慢ならなかった。


 以前からそうだ。私が手加減してあげている?私が本気を出したら可哀想?何を、ふざけた事を。

 私は訓練で手を抜いた事など一度も無いし、ましてや相手が可哀想だなんて思ったことなど一度だって有りはしない。私はそんな聖人君子なんかじゃ、断じて無い。


 私は、私が実力以上の評価を受けている事に、我慢ならなかった。


「いつも、いつもいつもいつも――ッ、いい加減に私を不要に持ち上げるのは止めろッ!!」


 ――それをされる度に、私は惨めで惨めでたまらなかったのだ。不当に評価されることが、辛くてたまらなかったのだ。


 今回だって、私一人では恐らく最後の一日どころか最初の一日で倒れていた。あの花の馬だって倒す事はできなかっただろう。

 他の連中と組んでいても同じだ。私さえいれば大丈夫なんて思う連中と一緒に居た所で、最後まで演習をやり通せたなんて到底思えない。


「私一人の力じゃない!彼が――ウィルが居たから最後までやり通せただけだッ!いい加減現実を見ろ!私は、一人で何でも出来る天才などでは無いんだ!!」


 喉が痛くなるくらいに声を張り上げる。感情を抑えきれず、泣き出してしまいそうになる。

 養成所に居た頃からずっと溜め込んでいたのを吐き出して、私は肩で息をしながら――ほんの少しだけ、後悔した。

 ……まるで子供のような癇癪。そんな恥ずかしい事をしてしまったのだと、少し冷静になった頭で理解してしまって……だが、再び別の意味で煮立ちそうになってしまった私の手を、誰かの小さな、しかし硬い手が握ってくれた。


 顔を上げれば、隣りにいたウィルは、声を荒げていた私の顔を見ることはなかったけれど……手を、優しく握ってくれていて。

 おかげで、感情を無様に爆発させてしまった今でも、泣かずに済んでいた。


「――あー、こほん」


 私の怒鳴り声のせいで静まり返った場に、所長の声が響く。

 所長も相当怒っているように見えたが、多分私のせいで怒りのやり場がどこかへ行ってしまったのだろう。もうそんな様子もなく。


「先ず……誤解なきように言っておこうかの。儂ら教師は特定の誰かを忖度……ヒイキするような事は、断じて無い。した所で、パラディオンにそんな者を送ったらその養成所は潰れるだけだからの」


 淡々と、所長は呆然としていた生徒達に、言葉を続けていく。

 ……生徒達も、私が声を張り上げたせいか。何時ものように声をあげる事が出来ずにいるようで。


「そして、2つ。今回の演習で可否を分けたモノじゃが……無論、実力もあるじゃろう」


 所長のその言葉に、生徒達は顔を上げる。やはり自分たちが正しいんだ、と表情を明るくし――


「――だが、ソレ以前に。お前さん達は、きちんと役割分担はしたのかの?」

「……え?」


 ――そして、続いた言葉に生徒達はどよめいた。何故どよめくのか。理由がわからない。解りたくない。まさか……


「誰が前を進み、誰が後ろを守るのか。誰が夜営を守り、誰が休息を取るのか。害獣と相対した時、誰が矢面に立ち、誰が援護をするのか。

 ――教師達が救助にあたった連中は、どうもそれがしっかり出来ているとは思えなくてのう」


 ……冗談だろう。所長の勘違いであってほしい。

 私達は2人組だったが、それでも最低限の役割分担はした。前衛後衛程度の簡単なものだし、後は睡眠は交代で取る程度のものだが、それくらいは当たり前の筈だ。

 もしそれさえしていなかったのなら――それすらせずに、ウィルを、先生達を非難していたのなら。そんなの、笑い話にさえならないじゃないか。


 でも、確かに思い当たる節はあるのだ。私とウィルが花園でテントの中を見た時、そこには嗜好品やら人数分と思われる毛布やらが転がっていて――


「言うまでもないが、この2人はその辺りはしっかり出来ておった……はっきり言っておくぞ。お前さん達は、実力以前の所で既にこの2人に劣っておる。ヒイキだとか、そんな事を言う前にもう一度自分たちを良く見直す事じゃな」


 生徒達は所長の言葉に何も言い返さず……否、言い返せず、黙りこくったままで。私は自分の想像が恐らくは正しいのだと理解してしまうと、がくん、と体の力が抜けてしまった。


 ……つまり、彼らは基礎すら……養成所で学んでいた事さえ、碌に出来ていなかったのだ。

 そんな事さえ出来ていなかったのに、ウィルや先生を批判して、自分たちを正当化しようとしていたのだ。嘘だと思いたいが、それが真実らしい。


「……はは」

「ミラ、大丈夫?」

「ああ、いや、問題ない」


 そんな連中に持ち上げられて、ストレスを溜めていたのか、私は。何と馬鹿らしい。

 ウィルの心配そうな声に、小さな手を握り返すことで返しながら……私は、演習で頼りになった、小さな相方を改めて見た。

 努力は過多。正義感は多め。実力は十分。うん、まあ問題点は多いし……何より今更でもあるが、友人としては十二分ではないだろうか。


「ウィル」

「ん、どうかしたの?」


 もう、以前のように周りの目を気にする必要もない。あんな連中のことを気にするなんて、馬鹿らしい。

 私はウィルと視線を合わせれば、小さく笑みを零して――


「養成所に戻ってからも、宜しく頼む」


 ――養成所に来て以来、初めての友人と……そうなりたい相手と、言葉を交わしたのだった。

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