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13.溢れ出す、無垢なるもの

「……っ、つ……ぅ……っ」


 全身に鈍く走る痛みに、目を覚ます。

 周囲を見れば、そこは見覚えのない廃墟、で。

 体を起こせば、廃墟はべっとりとした粘液に浸されており。そこでようやく、一体何が有ったのかを思い出した。


 何が起きたのか、理解が出来なかった。

 アルシエルが悲鳴をあげたのは覚えている。

 その後、突然――そう、本当に突然、巨大な津波が何もないところから現れて。

 僕は咄嗟に傍に居たミラの手を――……


「――っ、ミラ!?」


 血が凍りつくような感覚を覚え、周囲を見る。

 周囲に有るのは瓦礫と粘液溜まりだけで、人影なんて一つもなく。


「ギース、ラビエリ!!アルシエル!!リズ!!誰か――誰か!!!」


 胸に抱いてしまった最悪の想像を振り払うように叫ぶ。

 ――自分は偶々廃墟に引っかかって助かったというだけで、他の人達までそうじゃないなんて事、直ぐに理解できていたけれど。

 それでもどうか、どうかそれだけはと、そう願い。


「ぁ……」

「……っ!?」


 ……それに応えるように、小さな声が物陰から聞こえてきた。

 埋もれているのか、瓦礫の一部が少しだけ動くのを見れば、僕は慌てて崩れた建物の一部を退かし。

 そして、その下から現れた彼女に、心の底から安堵した。


「ミラ――良かった、良かった……っ」

「っ、ぅ……ウィル、か……? 一体、何がどうなって……」


 ミラを抱き起こしつつ、彼女が反応を返してくれれば尚の事。

 僕は最悪の想像だけは回避された事を喜びつつ、少しばかり落ち着いてきたのもあって、改めて周囲を確認する。

 先程はショックでちゃんと周囲を見るほどの余裕すら無かったけれど――ようやく、遅ればせながらこの廃墟が何処なのかを理解した。


 ここは、先程まで僕らが駐留していた町の……その、成れの果てだった。


 瓦礫の山とかした廃墟は判別など出来なかったけれど、多少なりと形を残してくれていた街路のお陰で僕らが居る場所も、おおよそ分かる。

 先ほど害獣達と戦っていた場所から、おおよそ数百メートルは流されたのだろう。

 全身が鈍く痛むのは、流されている間に体を打ち付けたからに相違ない。


「ミラ、立てる?」

「……ああ、何とか……大丈夫、そうだ」


 僕の言葉にふらりと立ち上がった彼女の体にも、外から見て取れる程度に打ち身が出来ており。

 ……改めて、じわり、と心に嫌な悪寒がこみ上げてきた。


 先程の津波はなんだったのか。

 押し流された他の皆は無事なのか。

 そもそも、母さんは大丈夫なのか――そんな考えが浮かんでは沈んでいき。


「……っ」


 ――このままではいけない、と自分の頬を両手で張った。

 こういう時こそ、冷静に物事を判断しなければ。

 少なくとも、先程僕らが相手にしていた害獣は目の前で溶けて死んだのだ。

 それは、僕だけではなくパラディオン全員が確認したのだから間違いはない。


 であるのならば、僕らがやるべき事は非常に単純だ。

 まずは皆と合流しよう。

 僕らのように町に引っかかって事なきを得たパラディオン達も、そう少なくはないはずだ。


「皆を探そう。ミラは歩けそう?」

「問題ない、が――くそっ」


 そう思って声をかければ、何故かミラは周囲を見るようにしてから小さく舌打ちをして、少しだけ申し訳なさそうに僕を見た。

 何か有ったのだろうか、彼女は諦めがつかないように周囲を改めて見回していて。


「どうかしたの、ミラ」

「……槍が、どこかへ流されてしまったらしい。済まない、お前からの贈り物だったというのに」


 ……成る程。そういえばミラは、あの槍を大事に扱っていたんだっけ。

 一品物(フルオーダー)なのもあるし、紛失したともなれば高く付いてしまうだろう。

 僕も周囲を見るけれど、瓦礫に埋もれてしまったのか、はたまた遠くへと流されてしまったのか。

 ミラの槍は何処にも見当たらず――やがて彼女は諦めたように肩を落とすと、諦めが肝心か、と小さく息を漏らし。


「後で探そう? 今は……」

「解っている。ギース達と……いや、皆と合流しよう」


 慰めの言葉に彼女は小さく笑みを浮かべて返せば、僕の前を歩き始めた。

 彼女の背中が少し小さく見えるのは、普段から持っている槍がないからか、或いは彼女が未だに落ち込んでいるからか。

 ……もし見つからなかったら、新しく彼女に槍を贈ろう。

 そんな事を考えつつ、僕らは津波に襲われ廃墟と化した町の中を歩き始めた。


 歩けば歩く程に、よく無事だったなと思えてしまう。

 打ち身だけで済んだなら、きっと幸運なのだろう。

 先程まで形がしっかりと残っていた町は見る影もなく滅び、崩れてしまっており。


「……ウィル、さっきのは何だったと思う?」

「判らない。ただ――」

「ただ?」

「――アルシエルには、何かが見えてたみたいだった。合流したら聞いてみよう」


 ミラが抱いた疑問に、僕はそう返しながら街路沿いに廃墟を歩いて――……


「――……っ、……!!!」


「……む。ウィル」

「うん、僕も聞こえた」


 明瞭ではないものの、遠くから聞こえてきた声に耳を傾けた。

 言葉の内容までは判らなかったけれど、今この状況で声をあげる者がなんなのかなんて決まっている。

 僕らは他のパラディオン達も生きているんだ、という事に安堵しながら声のする方へと歩き始めた。


「……っ!!――め、ろ――ッ!?」


 だが、何かがおかしい。

 既に害獣は居ない筈だと言うのに、明らかに何かと戦っているような、そんな音が聞こえてくる。

 金属のぶつかり合う音、そして叫ぶような声にミラと顔を見合わせれば、僕らは駆け出した。


「く、そ――なんで、なんで……何なんだ、お前は――!!」

「あ、は。あはは、やっぱり、はなれると……むつかしい、ね」


 ――やがて、不明瞭だった声がはっきりと聞こえるようになった頃。

 少し呼吸を見出した僕らの前に、奇妙な光景が広がっていた。


 そこに居たのは、一人のパラディオンと一人の少女。

 赤黒く汚れた少女に向けて、彼は剣を向けていて。何かに酷く怯えているような、そんな様子を見せており。


 そんな彼を嘲笑いながら、少女はべちゃり、べちゃりと音を鳴らしながら歩き……そこでやっと気がついた。

 少女は人間では無かった。

 下半身はよく見ればどろどろと溶けており、一歩歩くごとに粘液を撒き散らしていて。


「――……っ!?」


 それに釣られて、二人の足元を見れば思わず声をあげそうになってしまった。

 どうして気付かなかったのか。

 少女が赤黒く汚れているのは当然だ。だって、彼女の足元にはまるで潰れた果実のようになっている、何かの肉が転がっていて――それは、明らかに一人分ではなく。


「ほら……にげ、ないで? ぎゅーって、して、あげる」

「ひ……っ、く、来るな、来るな――ッ!!」


 既に戦意を喪失してしまっているのか。

 彼は情けなく叫びながら……しかし一瞬だけ、こちらに視線を向けた。

 それだけで僕らは彼の意図を察する。


 少女は人間ではない。

 外見は似ていても、人間では有り得ない。

 素手で人間を握り潰して、嘲笑いながらそれを楽しむなんて人間の所業ではない。


 ……幼い容姿と声に抱いてしまう躊躇を押さえ込みつつ、帯びていた剣を握りしめる。


 そうして、べちゃり、べちゃりと歩く少女の背後に近寄れば――それに気付かせないように叫び、へたり込む彼に感謝しつつ――……


「あ」


 横に一閃すれば、驚くほど簡単に少女の形を模した何かの首は落ちた。

 短く声を上げながら、それの頭はぼとんと落ちて……そして、傷口からどろり、とドス黒い血が溢れ出す。

 明らかに人のものではないその血に、小さく息を漏らしながら僕らは彼に歩み寄った。


「……は、ぁ。悪い、助かった」

「いえ、良かった。一体これは何なんですか?」

「判らん、俺もさっき遭遇したばかりで――……」


 そこまで口にして、彼は突然黙り込んだ。

 その表情は、先程のように恐怖に染まった――しかし今度こそ演技ではなく本当の、心の底から恐怖したような表情で固まっていて。


「――ふふ、ごぷっ。ぶふ、ふ」


 ぞくり、と背筋が冷えた。

 背後から聞こえる幼い声は、酷く楽しそうで。それだけで、何が起きているのかを理解する。

 首を落としたと言うのに、少女は絶命していなかったのだ。

 ……いや、害獣なのだから驚くべき事でもない。

 普通の生命から考えれば埒外な事が多い害獣が、首を落とされて死なないなんて茶飯事だ。


 剣を両手でしっかりと握りしめながら、今度こそ絶命させようと振り返り――そして、絶句した。


「ふふ、うふふ」「あは、は」「もっと、うまく」「おとうさん、みたいに、いかないね」「あぶ、ふ、ふふふ」


 瓦礫の影から、ずるり、ずるりと少女が這い出てくる。

 一人、二人、三人――数えるのも馬鹿らしい。


 少なくともパラディオンを容易く殺すことの出来る存在が目の前で増えていくのを見れば、僕だけではなくミラも言葉を失ってしまっていて。


「……っ、立って!逃げましょう!!」

「あ……あ、ああ」

「早くしろ、死にたいのか!?」


 腰を抜かして、恐怖の形相で固まってしまっている彼を左右から支えながら、僕らは脇目も振らずに走り出した。

 あれは、やばい。

 相手にしてはいけないものだと、本能が叫んでいる。


「どこいくの?」「あそぼう」「あはは」「たのしい」「もっと」「ふふふっ」「えへへ」

「あ……あ、あああぁぁぁぁっ!!!!」

「な――待て、一人では危険だ!!」


 廃墟のあちこちから、徐々に徐々に少女の笑い声が響き始める。

 血が凍てついてしまいそうな程の、悪夢のような状況に彼は爆ぜるように駆け出すと、道なき道へと走り出して。

 ミラは慌てて止めようとするけれど、廃墟の間を抜けるように走っていった彼の姿は瞬く間に見えなくなり――……


「――みつけた」「みつけた」「みつけた」「みつけた」「あはは、みつけた」


 周囲の声は何かを……言うまでもない、彼を見つけたのだろう。

 一斉にそう口にすれば、ずるりずるりと音を立てながら、一斉に彼が向かっていった方へと動き出した。


「――っ」

「ウィル」

「……判ってる。他の人を探すのを、優先しよう」


 彼を助けに行こうとする体を既の所で踏み止まらせつつ、僕らは街路を走る。

 まだ、きっと――彼以外の生き残りも居るはずだ。

 一刻も早くこの異常事態から、生き残ったパラディオン達と共に脱出しなければ。

 まだあの少女のような何かとは戦ってすらいないけれど、今までそれなりの害獣を相手にしてきた経験が、勘が、痛いほどに僕に告げていた。


 ――絶対に勝てない。

 あれに目をつけられたなら、誰であろうと死は免れられないと。

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