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10.激突

 東方に遠征に出てから、数週間。

 幾つかの街や村から害獣を駆除しつつ、生存者を中央へと避難させて。僕らは順調に東方に巣食っていた害獣を駆除しつつあった。

 オラクルである母さんが――フィリア=オルブライトが居るというのもあるのだろう。

 多少のけが人こそ居たものの士気は未だに高く、東方支部のある城塞都市まで後少しという所まで来て、僕らはこのまま城塞都市も取り戻そうと、気炎を揚げていた。


 ……実際、僕もそれが出来ると思っていた。

 確かに害獣の数は凄まじいものがあったけれど、それだけだ。

 正直なところを言ってしまえば、北限に遠征した時や貪食と対峙した時の方が余程危険だったし――でも、だからこそ疑問が頭から消えなくて。


 幾ら大量発生したからと言って、こんな害獣相手に東方支部が壊滅させられたのだろうか?

 否、それだけは有り得ない。

 僕らでさえ対処できてしまう――連戦しても問題なく駆除できてしまう、そんな相手に遅れをとるなんて、考えられない。


 ただ、それでも。

 こちらにはオラクルが居るのだ、という圧倒的なアドバンテージが僕らの気を緩ませていた、のだと思う。

 オラクルが居るのだから、きっと全てが上手くいくだろうなんて。


「――っ、フィリア様!」

「ん……そんなに慌てて、何か有ったのですか?」

「害獣が――害獣の、津波(むれ)が来ます!!」


 ――そんな事、有るはずがないなんて事は今までパラディオンとして過ごしてきて、痛い程に理解していた筈なのに。






「……何だ、あれは」


 取り戻した街から出て外を見れば、そこには形容し難い光景が広がっていた。

 地平線はまるで波のように蠢きながら、土煙をあげながらこちらへと迫っており――それが害獣だと認識するのに時間が必要な程に、それは余りにも異様で。

 何よりも、僕らの背筋を凍らせたのはその波の中央に居る、一際巨大ななにかだった。


「あ……あ、ぁ」


 ぺたん、とアルシエルがへたり込む。

 彼女はその目で、はっきりとそれが何なのか、理解できてしまったのだろう。

 僕らがそれがなにか理解したのは、それから少し遅れての事で――……


「――嘘だろ、何だよアレ」

「……やばい、早く逃げろ!!飲まれたらお終いだぞ!!」

「どうやって!? 何処に逃げるっていうんだよ!!」


 ……その巨大な何かが害獣だと理解した瞬間。

 パラディオン達は一斉にパニックに陥った。

 それは幾百もの害獣を駆除してきたパラディオン達にとっても異常で、異質で、恐ろしく。

 それでも努めて冷静だったパラディオンも居て――僕らは比較的、冷静でいられたけれど。

 だからといって、事態が変わる訳ではない。


 どうする? どうすればいい?

 逃げる――無理だ、あの津波の速度を見るに馬車じゃ逃げ切れない。

 町が少しの間だけ波を押し留めてくれるだろうけれど、それも一瞬だけだろう。

 戦う――不可能だ、あの物量に僕らが対抗できる訳が無い。

 いや、波だけならまだ死力を尽くせば何とかなるかも知れないけれど――あの途方もない大きさの害獣だけは、どうにか出来る予想が立たない。


 逃げる事も、戦う事さえも無意味と理解してしまえば、僕らは立ち尽くす事しか出来ず――……


「――落ち着きなさい、あなた達。あなた達は、パラディオンでしょう?」


 そんな、半ば恐慌状態に陥っている僕らの上から、こんな状況に似つかわしくない程に穏やかな声が響いてきた。

 見上げれば、そこには杖に腰掛けて空に浮いている母さんの――オラクルの姿があって。

 ただそれだけで、ぴたりと混乱は収まった。収まらざるを得なかった。

 だって、もう……後は、頭上に居るオラクルだけが頼りだったから。僕らは皆、オラクルであるフィリア=オルブライトに視線を向けて。


「安心して頂戴、これは寧ろ好都合。街の外にこれだけ居ると言うのであれば――」


 僕らの視線に、母さんは柔らかく微笑めば。

 害獣の群れへとそっと手を翳した瞬間――閃光が、迸った。

 激しい轟音とともに、眩い光が僕らの視界を奪う。

 続いて数度の轟音が鳴り響けば、ようやく視界が戻ってきて……害獣の群れへと視線を向ければ、先ほどとは状況が一変していた。


「――的にして、と言ってるようなモノだものね。さあ、片付けてしまいましょう?」


 波の所々に風穴が空いたかのように、群れは疎らになっており。

 まだ巨大な害獣は健在ではあったものの、それでもあの絶望的だった大群が激減したのを見れば、僕らは沸き立った。

 オラクルの言葉に僕らは奮い立ち、先程まで逃げ腰になっていたものも武器を手にとって立ち上がり。


 ――そんな最中。へたり込んでいたアルシエルは、立ち上がりながら何か、信じられない物を見ていると言った様子で、一点を食い入るように見つめていた。


「……どうしたのさ、アルシエル?」

「い……る」

「居る? 何が居ると言うのですか?」

「……っ、ひと、が……居る……っ」

「人……って」


 彼女の言葉に、未だこちらへと向かってきている害獣の群れに、視線を向ける。

 彼女の視線を追うようにすれば、その先にあるのは――巨大な、害獣で。


「おいおい、冗談はよせ。あんな害獣の群れの中に人間が居たら一瞬で餌食だろう」

「……っ」


 ギースの言葉に、アルシエルは頭を振る。

 既に周囲のパラディオン達は戦闘準備を整えており、母さんも次の魔法を放つつもりなのだろう。

 ――僕ら同様、母さんの目にも見えていないのか、次はあの巨大な害獣に狙いを定めているのは、僕の目にも見て取れて。


「では、私の魔法の後に突撃を。私はあの大きな子を相手しますので――」


 ただ、アルシエルの必死な様子に僕は彼女の見間違いだとか、そんな風にはまるで思うことが出来ず。

 母さんを止めようと、声を掛けようとした瞬間――何故か、母さんの表情が驚きで固まったように、見えた。


 もしかして母さんにも人がいるのが見えたのだろうか?

 そう思って、僕は改めて害獣の群れへと視線を向けて……そこでやっと、何故母さんが固まったのかを理解できた。






 目減りした害獣の群れが、まるで統率の取れた軍隊のように隊列を取り始め。

 先程のような無秩序な波ではなく、陣形を、隊列を組んで――改めて、動き始めたのだ。

 ……知性のある害獣が居る、というのは知っている。

 でもそれは、あくまでも単体での事であり、あの時リーダーだった先輩は『とても珍しい事』だと口にしていた、筈だ。


 なのに、目の前にいる害獣の軍勢は――まるで、それぞれが意志をもって、知性をもっているかのようで。


「――っ、これは、まさか」


 隊列を成した害獣達は、母さんの魔法を警戒するように分散し、一斉に――先程以上の速度をもって、町に向かって突撃してきた。

 否、それだけではない。

 先程まで目に見える程に激減していた筈の害獣の群れは、いつの間にか数を戻し始め――地平線の彼方から、こちらへと押し寄せ始めていて。


 その群れを雷光が、業火が薙ぎ払いはするものの。

 先程のように一纏まりになっていないからだろう、効果的に駆除できているかと言えば決してそうではなく。


「……母さん!僕らのことは気にしないで、あの巨大なヤツを!それと、あそこに人が居るみたいだから――」

「人……成る程、そういう事ですか。判りました、くれぐれも無理はしないで下さいね、皆さん!」


 このままでは埒が明かないと、僕は母さんに先程アルシエルから告げられた言葉を伝えつつ、恐らくは大本――リーダーで有るであろう、あの巨大な害獣を討つように口にした。

 僕の言葉に何かに思い当たったのか、何故か母さんは少しだけ辛そうに目を伏せて。

 しかし、直ぐにこちらを気にかけるような優しい言葉を口にすれば、腰掛けた杖と共に巨大な害獣の方へと翔んでいった。


「――さて、となると私達はアレを相手にするのか?」

「ん……油断しないで、皆。さっきまで町に居た奴らとは、違う」

「ああ、何となくだが分かるさ……アイツらは、ちょっと面倒そうだ」


 ミラの言葉に応えつつ、迫り来る害獣達に視線を向ける。

 それは恐らくは東方に巣食っていたものと同種なのだろう、外見に変わりはなく。


 ――しかし、同種であれど質が違うというのだけは、はっきりと理解できた。

 人間にも非戦闘員と戦闘員がいるように、目の前の相手は明らかにそれに特化しているのが見て取れて。


「ラビエリは炎で壁を!僕とミラ、ギースとリズは抜けてきた害獣の相手を!アルシエルは隙があれば核を撃ち抜いて!」

「了解、任せて!」

「……っ、が、ん……ばる……っ!!」


 僕の言葉に応えてくれる皆に奮い立ちながら、僕は剣を引き抜いた。

 篭手は――此処に来るまでの間に何度か練習はしたものの、うまく使える自信も無ければ、残弾も残っていないから、今は使わない。

 大きさの割にずっしりとくる剣の方は幸いというべきか、僕の手にはしっかりと馴染んでいて……それを握る両手に、しっかりと力を込める。


 害獣の軍勢がとうとう眼前に迫った段になって、肌に熱を感じる程の炎の壁がそれらを遮るように吹き上がった。

 炎の壁へと突っ込んだ害獣達は、粘液状の体を炎に焼かれながら――それでも尚、こちらへと腕を振りかぶっており。


「ふ、ぅ――ッ!!」


 ――その腕を、剣で両断する。

 小振りなその剣は重くはあったけれど、そのお陰で重量を活かして斬る――と言うよりは叩き割る事で、害獣に大きなダメージを与える事が出来ていた。

 扱いやすいのは、きっとカミラの腕によるものなのだろう。

 彼女に軽く感謝しつつ、バランスを崩して倒れ込む害獣の脇を抜けるように、剣を振り抜いた。

 ガキン、という硬い手応えを撃ち抜けば、害獣の核は粉々に砕け散り、その途端に形を保っていた粘液はバシャン、と溶けるように崩れ落ちて。


「――そら、油断するなウィル!まだまだ来るぞ!」

「うん、判ってる!」


 炎の壁を抜けて僕へと迫ってきた害獣をミラの槍が一閃すれば、僕は彼女の言葉に応えつつ――害獣達の行動を見て、軽く舌打ちしてしまった。

 害獣達は炎の壁を迂回するように動けば、僕らを取り囲むように陣形を組みつつあって。

 実に合理的に、知性をもった動きをする害獣達に僅かに感心しつつ――


「させる、かぁっ!!」

「油断も隙も有りませんね、全く――ッ!!」


 ――それを既の所で、ギースとリズが遮った。

 取り囲もうとした害獣の動きを止めた所で、害獣達の核をアルシエルの矢が撃ち抜いていけば、軍勢の動きはそれから何かを学び取ったかのように、再び変わっていく。


「ああ、もう――無駄に賢いな、こいつらは……っ!!」

「言ってる場合じゃないよ!次が来る!!」


 ラビエリの言葉に同意しつつもそう言うと、次から次へと規律をもって襲い来る害獣達に、僕らは身構えて。


 ――他のパラディオン達も奮戦しているけれど、これはあまり宜しくない。

 数は相手のほうが圧倒的に上で、規律の取れたパーティというアドバンテージも相手が統率の取れた軍勢である以上無いに等しく。

 否応なしに見えてしまう、感じられてしまう苦戦する未来に僕は必死に思考を巡らせながら、何とか母さんが状況を打開するまで堪らえようと、痛い程に剣を握りしめた。


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