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9.一つの終わり

 それは、まるで津波のようだった。

 地平線の彼方から、害獣の群れが城塞都市へと殺到していく。

 物見台からでもはっきりとその姿形が分かるほどに巨大な――恐らくその群れを統率しているであろう個体は、緩慢に動いてはいるものの。

 サイズがサイズだけに、その津波の如き群れの速さに遅れる事無く、城塞都市へと向かっており――……


「――っ、全員、脱出の準備を!この都市は放棄する!」

「馬鹿な、ここは東方の最後の砦ですよ!?ここを捨てて何処へ行くと言うのですか!!」

「大馬鹿者!最後の砦は我々生きた人間(・・・・・)だ!このままでは全滅するぞ、急げ――ッ!!」


 戸惑うパラディオンに、支部長は檄を飛ばした。

 事実、彼の判断は正しかったと言える。

 確かに城塞都市は堅牢で、あの害獣の津波も多少ならば耐えられるだろうが、それだけ(・・・・)だ。

 多少耐えれて何になるというのか。

 害獣に囲まれてしまえば、その瞬間に脱出という手は失われ、その後にはあの巨大な害獣に叩き潰されるだけだ。

 あの巨大な害獣は、明らかに城壁よりも大きい。

 あれがこの都市に到達してしまったのなら、それで終わり。

 城塞都市に居る人間は皆、害獣の餌となってしまうだろう。


 あまりにも恐ろしく悍ましい光景を前にして、支部長は実に冷静だった。

 パラディオン達に飛ばした命令も迅速で、正しく。


 ――ただ、その正しさを皆が受け入れられるとは、限らなかった。


「――な」


 支部長は、絶句した。

 支部長の眼下に、何人か……否、何人ものパラディオン達が、まるで城塞都市を守ろうとしているかのように城門前へ集まっていくのが映ったのだ。

 何故? どうして? それを考える間もなく、先程命令を飛ばしたパラディオンが、息を荒くしながら戻ってきて。


「……っ、パラディオンの内4割が、命令を聞かず……っ、都市を、守ると……!!」

「馬鹿な――そんな事をして何になる!? くそ、私が連れ戻す!お前は引き続き避難を!逆側の城門から準備ができ次第避難しろ!」

「で、ですが支部長は――」

「私に構うな!良いか、準備ができ次第即時出発するんだ!」


 そう叫ぶやいなや、彼は部屋を飛び出した。

 何故、と口にはしたものの。彼自身、彼らがどうしてそんな暴挙に出たのかは理解していた。

 彼らにとって、この城塞都市は長く過ごしてきた……言わば、第二の故郷と言っても過言ではない場所で。

 そんな大事な場所が害獣に踏み躙られてしまうというのは、それを目の前にして逃げるというのは、彼らにとって耐え難い苦痛だったのだろう。


「……だからといって、無駄死にに何の意味があるというのだ、馬鹿者どもめ……っ!!」


 黒い尻尾を、獣の耳を揺らしながら彼は城門へと駆けていく。

 まだ間に合う。

 今から彼らを引きずり戻せば、何とか脱出出来る。

 ここで彼らを死なせるわけにはいかないのだ、と――そう、考えて。


 そうして、彼らの背中を見た支部長は、安堵の息を漏らす。

 ――彼らは、何故か城門を前にして立ち止まっていた。


「戻れ、馬鹿者共!早く脱出の手伝いを――」

「あ……あ、ぁ」


 そんな彼らに支部長は檄を飛ばしたものの、彼らからの反応はなく。

 見てみれば、その視線は城門ではなく、その上。

 何もないはずのその場所を見つめながら、彼らはぺたん、とへたり込んでおり――……






「――あれ? どうした、の……おとうさん」


 頭上から聞こえてきた幼い声に、支部長は顔を上げた。

 そこにいたのは、遥か上から自分たちを見下ろしている巨大な害獣。

 そして、その上にちょこんと座っている、幼い――目の部分だけが凄惨な傷跡で覆われている、少女。

 少女は不思議そうに首を傾げながら、害獣に声をかけていて。


「――……」


 ……まるで、それに応えるように。

 害獣が低く、肌を震わせるように叫べば、少女は嬉しそうに笑みを零した。


「あ、いりぐちに、いっぱいいたんだ。じゃあ、つぶしちゃおう」


 遥か頭上に居るというのに、その言葉はビーストである支部長には、はっきりと届き。

 報告にあった、二人一組の害獣――というのが目の前の存在だと即座に理解すれば、彼は戦慄した。

 二人一組の害獣、ではない。

 あの少女は紛れもなく人間だ。しかも恐らくは――人間から捨てられた、人間で。

 有り得ない事に、その少女は害獣としっかりと対話を行いつつ、今まさに人間を鏖殺しようとして、いて――……


「っ、逃げろぉぉぉ――ッ!!!!」


 害獣がスライム状の拳を振りかぶった瞬間、彼は叫んだ。

 声に反応できたのは、十数人居るパラディオン達の内、僅か数名。

 反応した数名は即座に支部長の方へと駆け出した、が――十名余りのパラディオン達は、身動きが取れないまま、その拳が降ってくるのを呆けた顔で見つめていて。


 ぐちゅん、と。

 まるで果実でも踏み潰したかのような軽い音と共に、彼らは支部長の目の前で赤いシミに成り果てた。


 如何にスライム状とは言えど、質量が違いすぎる。

 1tや10tではきかないであろう重量がかかった拳は、しっかりと地面に後を残し……


「あ……あ、あぁ……っ、こ、こんな……」

「……っ、反対側の城門へ急げ。此処は私が押し止める」

「な、何を言って」

「良いから行け!命令違反はそれで帳消しにしてやる!!」


 それを見た支部長は、そう言いながら帯びていた剣を引き抜いた。

 こんなものが何の役に立つ、と自嘲気味に笑いつつ……しかし、彼はそれでも震えを見せる事はなく。

 直接激を飛ばされたパラディオン達は、今度こそ避難するために、脱出するために走り出した。


「……あはは、おにごっこ、だっけ。たのしい、ね、おとうさん」

「一体、何があってそうなったのかは知らない、が」


 逃げていくパラディオン達を見ながら――聞きながら、無邪気に笑う少女を見つつ、支部長は小さく息を吐く。

 彼も一廉の、ベテランのパラディオンである。

 一時は東方でもトップと言われる程のパーティに居た事もあり、その実力は折り紙付きで。


 だからこそ、彼は即座に理解していた。

 あの少女こそ急所であると。あの少女こそが、この惨状の原因なのだと。


 街灯を蹴り、壁を蹴り、屋根を登る。それでも尚、少女までは遥か高く、彼の剣は届かない。


「――……!!」


 そして、彼の動きは巨大な害獣に全て見られていた。

 緩慢に見える動きは、巨大であるが故。

 支部長の遥か頭上から振り下ろされる拳は、余りにも巨大で――堅牢に作られている筈の城壁ごと、彼が載っていた家屋を藁のように圧し潰した。

 立ち上る砂埃と轟音で、支部長の姿は見えなくなり――……


 その隙をついて、支部長は足りない距離を補うように、害獣の巨大な腕を駆け上り始めた。

 家屋の破片で怪我を負いはしていたものの、動けなくなるほどではなく。

 彼は傷ついた体に鞭を打つようにして、腕を半ばまで上り詰めて……まだ害獣は彼のことを捉える事が出来ておらず。

 このまま、腕を駆け上って少女を斬り伏せようとして――


「……のぼって、くるよ。きをつけて、おとうさん」


 ――しかし、少女がそう呟いた瞬間。

 巨大な害獣の核が、はっきりと彼を見据えれば――もう片方の手で、彼が居た場所をばちゅん、と叩いた。

 叩いた瞬間、手と腕は軽く溶け合いつつ、隙間なく密着し。

 そこに何かが有ったことを示すように、赤いシミがじわりと広がれば――しかし、それも直ぐに消えてしまった。


 音が聞こえなくなったことを確認すれば、少女は嬉しそうに笑みを零しつつ、巨大な害獣に甘えるように頬を寄せる。

 すると、少女の周りから小さな……ちょうど、手のような粘液が現れて、少女の頭を、頬を撫でていき。


「えへへ……それじゃあ、のこりも、やっちゃおうね。おとうさん」


 ――城塞都市に、大地を揺るがすような咆哮が轟く。

 果たして、そこから逃げ出す事が出来たのはどれほどなのか。

 少なくとも堅牢を誇ったはずのその場所は、その日の内に人が住む場所ではなくなっていた。

家庭の事情につき、次回から更新が少し緩やかになります。

半月程で平常運行に戻れると思いますので、ご了承下さい。

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