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8.群れと、軍勢

 街に巣食っていた害獣の数は、ゆうに100を超えていた。

 今まで多くの害獣を駆除してきたけれど、一つの場所に――それも、人の住まう場所にこれ程の数の害獣が巣食っていた事など、経験にない。


「これで――ええと、何体目だ?」

「判らない、けど……」


 スライム状の身体の中にある眼球のような核を槍で突き穿ちながら、ミラは小さく息を吐き出した。

 50辺りまでは数えていたけれど、それ以降は数える事自体が無駄だと悟ってカウントするのを止めてしまったし、彼女の言葉に答える事はできなかった、けれど。

 既に朝日が登り始めているからか、害獣達も活動を再開し始めており――ずるり、ずるりと粘着質で不快な音が、そこかしこから鳴り始めていて。


「……こりゃあ、まだまだ休めそうには無いな」

「体力自慢なのでしょう、もう少し頑張って下さい」

「頭脳労働担当の僕は、そろそろ休憩したいかなーって」

「だ……め。まだ、余裕……ある、で、しょ」


 まだまだ居るであろう害獣達に辟易としながら、僕らは小さく息を漏らすと……物陰から、路地の裏から、はたまた下水から這い出してきた害獣達に、刃を向けた。


 その害獣は、単体ならば大した事のない相手だった。

 無論決して油断して良い相手ではない。

 膂力……と言うよりは質量というべきか。その重量を活かした攻撃はやはり危険だし、外見からは信じられないほどに動きも機敏で。

 ただ、それでも。

 僕らが今までに相手してきた害獣達を考えれば、精々が中の中か、或いは中の下と言った所だった。

 ミラやギース、アルシエルは当然として、僕でも単体ならば相手に出来る程度でしかなく――……


「に、しても――多すぎるだろう、これは……っ」

「……一旦退こう、これ以上の継戦はあまり良くない」

「賛成です、長丁場になりそうですから」


 ……ただ、その数だけが脅威だった。

 潰せど、殺せど次から次へとずるり、ずるりと街のどこかから害獣は這い出してくる。

 一体どれだけこの街で繁殖したというのか。

 ――どれだけの人々を、喰らってきたのか。想像するだけで、嫌な気分になる。


 僕の言葉に皆は頷くと、害獣達を駆除しつつ、一度退いて体勢を整えようと入口の方へと下がっていった。

 街の中では他のパラディオン達が戦っていたが、僕らと同じように多少なりと疲弊の色を見せつつも苦戦している様子はなく。

 この調子なら、この街から害獣を駆除し終えるのも、そう遠くはないだろう。


「――あ」


 そんな事を考えていると、街の一角から光が立ち上った。

 ……その光には、何処か見覚えがある。

 確か、ここに来る前――そう、僕らを完膚なきまでに叩き潰した人が、使っていた魔法の光、で。

 光の柱が天まで立ちのぼり、その一瞬後に空からその周囲へと光の矢が降り注いでいく。


「……フィリアさんはああ言ってたけど、僕らより全然倒してるよね、多分」

「比較しても仕方がないでしょう。フィリアさんの言っていた事も、事実でしょうし」


 空から降り注ぐ光の矢に、ラビエリとリズは少し呆れたように、しかし頼もしそうに声を漏らした。

 まあ、二人の言っている事は良く分かる。

 だって、母さんはここに来る前にこう言っていたのだ。






「……そう言えば、今回は何故私達も同行を?」

「え?」

「いえ、単純に疑問なのですが……オラクルであるフィリアさんなら、害獣程度なら一人でも、と」


 馬車での移動中。

 僕らの馬車にどうやってか飛び移ってきた母さんを前にして、リズはそんな事を口にしていた。

 ……まあ、確かに。

 姉さんの時は悪神の使徒との戦いだったから、それ以外の相手を僕らが、という形だったけれど今回は違う。

 相手は東方を脅かしている害獣とはいえ、害獣。

 オラクルである母さんの実力を考えれば、単独での撃破もそう難しいことではない、筈なのだけれど。


 リズの言葉に、母さんはうーん、と少し悩むようにしてから、苦笑して。

 そして、少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめれば――


「……その、確かに東方に巣食っている害獣を消し去るだけなら、そう難しい事ではないのだけれど。加減がね、難しいのよ」

「加減、ですか?」

「うん、加減」


 ――そんな言葉を口にして、僕らは首をひねってしまった。

 僕らを相手にした時には、ちゃんと手加減をしてくれたのに、それが難しいとはどういう事なのだろう?

 そんな僕らを見れば、母さんは困ったような顔をしつつ、更に言葉を続けていく。


 母さんいわく、確かに母さん一人で東方を脅かす害獣を滅ぼす事は出来るのだけれど、その際に、害獣以外の物も滅ぼしかねないらしく。

 例えば街、例えば畑、例えば河川。

 人が生きていくのに必要なものまでも、纏めて吹き飛ばしてしまいかねないから、今回こうして本部に協力を求めた、ということらしい。


「あ、勿論私もちゃんと働くから安心して頂戴ね? 小規模の魔法なら、街中でも問題なく使えるから」

「あはは、まあそりゃあそうですよね。僕らだって魔法使いますもん」


 母さんの言う『小規模』という言葉は、恐らくラビエリの普段使ってる魔法に等しいのだろう。

 ラビエリは少し表情を引きつらせつつ、苦笑して――……






 ――その言葉からの、これである。

 母さんは街を壊さないように光の矢を降り注がせながら、害獣を休み無く駆除していた。


「あれで街に気を使ってるっていうんだから、恐ろしい話だなぁ」

「……で、も。たしか、に……あれで、ずっと、は……じか、ん……かかる、かも」


 次々に害獣が駆除されているであろう光景を目にしつつも、アルシエルの言葉にも少しだけ同意してしまう。

 確かに、母さんなら――街の被害や、生き残りを考慮しなければきっと一撃で街ごと害獣を吹き飛ばせてしまうのだろうし。

 無論、母さんはそれを良しとするような人ではないし、そんな事させたくもないのだけれど――……


「少し休憩したら、僕らも駆除に戻ろうか」

「そう、だな。このままでは何のために来たのか、分からなくなりそうだ」


 僕の言葉にミラは苦笑しながらそう答えると、小さく頷いて。

 僕らは安全な場所に一旦退避すれば、10分程度の休憩の後、再び害獣駆除に乗り出した。







 母さんの魔法もあるけれど、僕らパラディオンの尽力も有って夕方手前にはおおよその駆除が済み、生き残っていた人々の救助も終わった。

 救助された人々は一度中央の方へと避難してもらい、この害獣達が全て駆除された後に改めて復興に従事してもらう、という事になっていて。

 人々からの感謝の言葉を、少し擽ったく思いながらも、少しでも助けられてよかった、と僕らは安堵の息を漏らした。


「――ご苦労様でした、皆さん」


 そうしていると、街中を見回ってきたのだろう。

 杖に腰掛けたまま、ふわりと空から降りてきた母さんを見て、僕らは姿勢を正した。

 そんな僕らパラディオン達を見ながら、母さんは柔らかく微笑むと地面に降り立って。


「この街の害獣の駆除は完了しました。明日の昼には、次の街へと向かいましょう」


 ――そして、まだこれは始まりに過ぎないのだということを、暗に告げた。

 そう、まだ何も終わってはいないのだ。

 今やっと、僕らは害獣に襲われ、巣食われてしまった街を一つ開放しただけで――東方には、まだまだ被害にあっている街が沢山ある。

 その全てを開放して、東方を害獣から取り戻すのが今回の目的であって、その目的はまだまるで果たされてはいない。


「当面の目標は、パラディオンの支部が置かれている城塞都市への到達です。彼らと合流し次第、そこを拠点として害獣を駆除していきましょう」


 母さんの言葉に、改めて僕らは身を引き締める。


 ……まだ、支部の方ではパラディオン達は害獣達と戦っているのだろうか。

 ほぼ壊滅状態とは聞いていたけれど……このくらいの害獣相手ならば、そうそう遅れは取らない筈なのに。

 母さんはおいておくとして、僕らでも対処ができてしまったのだ。

 そんな相手に、東方のパラディオン達が潰走する事など、あり得るのだろうか……?


 一体彼らの身に何が起きたのか、想像もつかないけれど。

 きっと何かあるのだろうと、一抹の不安を懐きつつ僕らは街の一角にある宿を借りれば、久方ぶりのベッドで体を休めた。




 /




「……お、わった?」


 ――東方にある、最も大きな城塞都市。

 パラディオンの東方支部が置かれているその都市は堅牢で、害獣に襲われたとしても問題ない程の蓄えがあった。

 東方が害獣に襲われている間も、多くの街や村から人々がその城塞都市を頼って避難し、実際周辺が害獣によって攻め落とされた後でもそこだけは、落とされる事はなく。

 生き残っていたパラディオン達も、その最後の一線だけは越えさせまいと必死の思いで死守していた。

 ここに居る人達だけでも絶対に、絶対に守り抜いてみせる。

 その思いはとても、とても強く――……


「そ、っか……やったね、おとうさん」


 そんな彼らの思いも一瞬で砕かれてしまいそうな物が、城塞都市に迫っていた。


 それは、余りにも巨大だった。

 それは、余りにも多すぎた。

 それは――巨大な個体の元に、統率されていた。


 言うなれば、害獣の軍勢。

 単体ではさほどではないその害獣も、統率の取れた動きをとれば話は別だ。

 個体ごとの力は、能力は人間のそれを遥かに凌駕している害獣が、軍となって押し寄せてくればどうなるかは、想像に難くはなく。


「……じゃあ、あそこも、つぶしちゃおう。こどもたちに、ごはん、あげなきゃね」


 ――山のように巨大な害獣から放たれた咆哮が、城塞都市を揺るがした。

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