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6.一時の安寧

「はぁ……一汗かいた後のお風呂は気持ちいいですね」

「そ、そうですね……」

「ふふ、そう固くならないで良いのよ?」

「……そうは言われても、難しいです」

「う、ん……むず、かし……い」


 ――本部の一角にある、女性用の浴場。

 まだ夕方という事もあって、利用している者は私達以外には居らず。

 私達はフィリアさんと一緒に湯船に浸かりつつ、先程の手合わせの疲労を癒やしていた。

 泥にまみれていたのもあって、暖かな湯は心地よく。


 ただ――そう、ただ。

 目の前で穏やかな笑みを零しながら、私達と一緒に湯に浸かっているフィリアさんを見ると、どうにも緊張してしまって。

 つい先程歓談はしていたものの、裸の付き合いともなれば状況はまるで違い。


「もう。流石に浴場でまでオラクル扱いをされては困ります」

「ん……」


 ……そうは言われても。

 目の前に居る、そう口にしている本人がオラクルなのだから、仕方がない気がするのだけれど。

 でも、どうやらフィリアさんとしてはオラクルのフィリア=オルブライトではなく、ただのフィリアとして扱って欲しいらしく。

 私はリズとアルシエルと顔を見合わせてから、小さく苦笑すれば……極力、彼女がオラクルである事を意識しない事に決めた。


「わかり、ました。その、さっきは有難うございました、フィリアさん」

「さっき……って、ああ、訓練場での事?」

「ええ。オラクルの実力を目の当たりに出来る事なんて、そんなに有りませんから」

「あらあら、そんなに持ち上げないでも良いのよ? ふふ、でも有難う、嬉しいわ」


 私の言葉に、フィリアさんは少し頬を赤らめながら嬉しそうにしていて。

 ……こうしていると、本当に彼女がウィルの母親なのか、疑わしく思えてしまう。

 私よりも背が低く――いや、これは別に関係ないが――顔も、少女然としていて。

 スタイルもその容姿に似つかわしく、スレンダーで。もし彼女がウィルの母親だと知らなければ、最初のようにフィリアさんの事を子供と勘違いしてしまうだろう。

 無論、彼女が話しているところを見れば不思議と大人びて見えるから、そんな事もないのだけれど。


「――そういえば、一つ質問をしても?」

「勿論、構わないわ。何かしら、リズさん」

「有難うございます」


 そんな事を考えていると、リズはおずおずと手を上げながらフィリアさんに声をかけて。

 小さく頭を下げれば、ちゃぷん、と湯船から手を出すと――少しだけ水を揺らすように、小さな風を作り出した。

 湯船に軽く波を作りつつ、その風は少しずつ強くなったかと思えば、ゆっくりと霧散していって。


「フィリア様は、一体――」

「さん、で良いわ」

「――失礼しました、フィリアさんは一体どうやって(・・・・・)魔法を使っているのですか?」

「……? どうやって、も何も普通にだろう?」


 リズの言葉に首をひねる。

 私は魔法の才能が皆無だから全く使えないけれど、フィリアさんはオラクルの賢者と呼ばれる程の使い手だ。

 下手をしなくとも世界で最高の魔法使いと言っても良い彼女が魔法を使うのは、当然のことで――しかしリズは、私の言葉に頭を振った。


「普通に、と言うのは有り得ません。良いですか、魔法には幾つかの行程があります。範囲、威力、持続――そういった物を色々と考えて扱うものなのです」

「……そう、なのか?」

「う……わ、たしに……聞かれ、ても」

「……そういう物なのです。ですが、フィリア様……さんは、違いました」


 私とアルシエルの反応に苦笑しつつ、リズは言葉を続けていく。

 ……そう言えば確かに、ラビエリも天才だとは思うけれど魔法を使う前には必ず私達が守っていたっけ。

 魔法を使うまでの時間を稼ぐ、というのは良くある事だし――言われてみれば確かに、規模が大きく、そして魔法が複雑になる程に増大していたような、気がする。


「フィリアさんは、どのような規模の魔法でさえもノータイム(・・・・・)で使用しているのです。これが、どれだけ凄い事か」

「あ、あはは……そんなに持ち上げなくても良いのよ?」

「いえ、これは本当に凄い事です。偉業と言っても過言ではありません」

「……うぅ、そこまで言われちゃうと恥ずかしいわね」


 リズの言葉に、フィリアさんは顔を赤く染めながら湯船に口をつけた。

 余程恥ずかしいか、あるいは擽ったいのだろう。彼女はぷくぷくと泡を作りながら、少しの間体を縮こまらせて。

 そして、落ち着いてきたのか。まだ赤いままの顔を上げると、小さく息を漏らしながら、手を掲げ――


「……こういう、事でしょう?」


 ――彼女がそう口にするのと同時に、彼女の手の上にはいつの間にか、頭ほどの水の球が出来上がっていた。

 目は、離していない。

 リズとアルシエルの方に視線を向けても、彼女たちもまた、水の球が作り出される瞬間を見ることは出来なかったようで。


「ううん、これは……そうね、教えても出来るものではない、のよ」

「ん……やはり、才能によるものでしょうか」

「いいえ、それは違うわ。どんな魔法の才能があったとしても、これだけは真似は出来ないの」

「……才能があっても、出来ない?」

「どう……いう、こと……です、か?」


 フィリアさんは困ったような顔をしつつ、ぱしゃん、と作り出した水の球を湯船に落とした。

 そのまま少し考えるようにしつつ、小さく息を漏らせば――まあ良いか、と言った様子を見せて。


「――これは、オラクルになった時に女神様から授かった能力(ギフト)なのよ。才能では、ないの」

「ギフト、ですか?」

「女神様からの加護、というのが正しいかもしれないわね。オラクルで無くなったのならば、きっと失われるものだから」


 だから凄い事なんて無いのよ、なんてフィリアさんは口にしつつ。

 ……そもそもオラクルになる事自体が凄いのだから、全然そんな事は無いと思うのだけれど。

 リズもそれなら仕方がありませんね、と少しだけ残念そうにしつつ……しかし折角だから、と再び口を開いた。


「大体想像はついているのですが、どんな物なのかお聞きしても?」

「んー……そうね……」


 リズの言葉に難しそうな顔をして、フィリアさんは考え込んだ。

 ……当然だ、女神様からの加護を、授かり物をそう軽々と他人に教えていい筈がない。

 いや、そういうものではないのかもしれないけれど。だからと言って、今日顔を合わせたばかりの相手に教える義理など、一つも無いだろう。

 そもそもそれが女神様からの授かり物だ、と教えてくれただけでも御の字なのだ。

 これ以上聞くのは不躾と言うもの――……


 ……そこまで考えた瞬間。

 視界に居た筈のフィリアさんが突然消えたかと思えば――


「わ、ひゃぅっ!?」

「ふふふ、ミラさんはとっても大きいわね。羨ましいわ」

「え……ふ、えっ? いつ……の、まに……」

「――ああ、やはりそういう事ですか」


 ――むにゅん、と。

 私のコンプレックスでもある、ムダに大きな胸が突然歪み、私は思わず声を上げてしまった。

 視線を向ければ、私の乳房を小さな掌が左右から鷲掴みにして、歪めていて――背後には、誰かがぴったりとくっついて、いて。


「私もこれくらいあれば、子供に見られる事も無いのかしら……」

「ひゃ、ぁ……っ、ふぃ、フィリアさん、何を――!?」

「……あら、ごめんなさい。ふふ、どういう物なのかを見せようと思っただけなのだけれど、つい、ね?」


 くすくす、とフィリアさんは楽しげに笑みを零しながら、やっと私の胸から手を離すと、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げてくれた。

 ……どういう物なのか、って。

 それと、私の胸を触る事に、揉むことに何の関係が有るというのだろう。


「有難うございました、フィリアさん。どういう物なのか理解できました――これは、確かに無理ですね」

「ん、賢いのねリズさんは。まあ、魔法の指導程度なら出来ると思うから……東への移動の最中に、ラビエリ君と一緒にお勉強しましょうか」

「……っ、は、ぁ……ふ、二人だけで納得しないで下さい、全くもう……」


 リズは納得した様子で頷き、それを見たフィリアさんも何処か嬉しそうにしているけれど。

 ただ胸を揉まれただけの私としては、とてもでは無いけれど納得は出来ず。

 そんな私を見れば、二人は少しだけ可笑しそうに笑みを零して……私は顔が熱くなるのを感じつつ。


「……よ、し……よし」

「は、ぁ……有難う、アルシエル……」


 アルシエルの頭を撫でられつつ、私は先程フィリアさんがそうしていたように、ちゃぷん、と顔を少しだけ湯船に沈めた。

 ……ああ、アルシエルは本当に優しいなぁ。

 リズも優しいといえば優しいのだけれど、時々意地が悪いというか。

 いや、今回に関しては実際にやられて判っていない私が悪いのかもしれないが……。


「ごめんなさい、ミラ。少しからかい過ぎました」

「ふふ、本当に可愛いんだから、ミラさんは……ウィルが夢中になっちゃうのも分かるわ」

「ぶ、ふ……っ!?」


 ……そんな事を考えていると、フィリアさんは更に私に追い打ちをかけてきた。

 思わず吹き出しつつ、私は益々顔が熱くなっていくのを感じてしまって。

 フィリアさんはそんな私に柔らかく、穏やかな笑みを向けながら……また、先程のようにいつの間にか私の正面にきて、いて。

 湯船に波を立たせる事もなく移動した彼女に、私はびくっと震えてしまい。


「――ねえ、ミラさん。良かったらウィルとの色々、聞かせてもらえないかしら?」

「え、な、な――」

「ウィルに聞いてもいいのだけれど、あの子、ああ見えてそういう事は口にしてくれないから。ね、裸の付き合いをしているのだもの、良いでしょう……?」


 ――フィリアさんの顔は笑みを浮かべてはいるものの。

 柔らかな笑みとは裏腹に、なんだろう――愛しい息子に親しい相手がどんな女性なのかを値踏みしているかのような。

 そんな、オラクルでも先程の穏やかな女性でもなく、ウィルの母としての側面を見せて、いて――……


「……私達はお邪魔になってしまいますね。では、ごゆっくり」

「な――み、見捨てるつもりか!?」

「そ、の……がん、ばって……ね? ウィル、と……付き、あってる……から、必要……な、事、だし」

「そんな、アルシエルまで……!!」


 そんなフィリアさんの様子を見れば、アルシエルもリズも私に少しだけ申し訳なさそうにしつつも、そさくさと湯船から上がってしまい。

 ……小さな手に両肩を優しく掴まれてしまえば、一体どこにそんな力があるというのか。

 私は湯船から上がる事も出来なくなってしまい――変わらず穏やかな笑みを浮かべた、その癖凄まじい威圧感を放っているフィリアさんから、逃れる事も出来ず。


「そうね、それじゃあ取り敢えず……ウィルとの馴れ初めとかから話して貰いましょうか。ふふ、恥ずかしがらないで全部教えてちょうだいね――?」


 ――結局。

 私はその後30分程、湯船から上がることも出来ないままにフィリアさんに質問漬けにされてしまった。

 お互いに湯船でのぼせかけながらも、どうやらフィリアさんは私に悪い印象は抱かなかったようなので、取り敢えずは良しとしよう――……

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