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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
序章:パラディオンになる前のお話
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9.花園の主(後)

 耳を塞ぎたくなるような金切り音が、花園に響き渡る。

 ……成る程、どうやらあの花の塊にも感情らしきものはあるらしい。弱っている僕らを見て、仕留められると歓喜の声でもあげているのか。

 まあ、害獣なのだから何の意味も無く鳴いている可能性もあるが……どちらでも、構わない。


「……良いんだな?」


 確認するようなミラの言葉に、僕は小さく頷いた。最後の確認だったのだろう、ミラは目を閉じて、小さく息を吐き、それっきり僕の方を見なくなった。

 少しだけ震える膝を押さえ込みつつ、僕も大きく息を吸い、吐き出す。失敗は許されない。失敗したら、僕は兎も角ミラまで死ぬ事になるのだから。


 そんな僕らの様子を眺めるようにして、花の馬は周囲をぐるりと回った後――その長い足を、僕らの方へと向けて駆け出した。

 最初は緩慢に。しかし、徐々に徐々に加速し、やがて今の僕らでは辛うじて回避出来るかどうかという速度に到達するであろう、その突進。


 それを前にして、ミラは唐突に背を向けた。僕の方に向き直れば、タイミングを取るようにして走り出す。

 僕もそれに合わせて弓を花園に投げ、ミラを迎え入れるように両手を指を絡めるように合わせ、腕を降ろし……そう、人の足が乗る程度の足場を、両手で作り上げた。

 そうしている間にも、加速を始めた花の馬が迫ってくる。もう、あと数秒もすれば僕らを巻き込んで、吹き飛ばすには十分な加速を得た花の馬は、背を向けたミラに向けて猛然と突進していく。


「――ウィルッ!!」

「いくよ……ッ!!」


 そんな花の馬には目をくれることもなく。ミラは、僕の両手に足を載せて――僕は、渾身の力で両手を思い切り上へと跳ね上げた。

 ミラ本人は兎も角、槍や装備を含めた重さのせいで、腕が、肘が、肩が悲鳴をあげる。

 ミシミシと軋んで、それにも構わず思い切り上へとミラを跳ね上げたからか、筋を痛めたのかもしれない。


 だが、その甲斐あってミラは遥か頭上に。

 身動きの取りづらいであろう空中だというのに、ミラは体を捻りながら花の馬を――その頭を、しっかりと見据えていた。

 後は、ミラの仕事だ。ミラならきっと、やってくれるだろう。


 ――眼前に、花の馬の足が迫る。

 腕を跳ね上げて体勢を崩した僕に、体勢を崩してすらいない花の馬の突進を回避する術はない。

 せめて少しでも耐えられるように僕は身構えつつ。花の馬の突進を、正面から受けた。




 /




 ウィルに思い切り投げ上げられる。正直な所、あの小柄な体でよく私を投げられたものだと思う。

 ……応えなければならない。ウィルは、恐らく花の馬の突進をかわす事は出来ないだろう。

 それを推してでも、2人が生き残る可能性をかけて、私を信頼してくれた――私の槍の腕を信頼してくれた、彼の行動に、私は応えなければならない。


「――やっと、目が合ったな」


 投げ上げられたのは、おおよそ2m程か。私は視線を花の馬に合わせつつ、槍を構え直した。花の馬の表情はわからない。驚愕しているのか、それとも感情などないのか。

 だが確かに判るのは、花の馬は矢を撃たれた時のように頭を、首を捻って私の槍から逃れようとしているという事だけ。


 そんな事はさせるはずがない。私は槍を構えたまま、空中で身を翻し……その動く頭を切り裂くように、渾身の力を込めて払った。今までのように空を切ったような感触はなく、確かに肉を切り裂くような手応えを感じ――


 ――同時に、花の馬の頭から、乳白色の体液が勢いよく噴き出した。花の馬は突撃した勢いのまま、まるで転ぶように花園の上を滑り、テントへと突っ込んで倒れ込む。


 ざまあみろ、と声に出すこと無く笑いながら、私は体勢を崩すと黒く焦げた花園へと落ち……背中をしこたま打ち付けた。


「か、は――ッ」


 ……しまった、着地の事は何も考えていなかった。

 高い所から背中を思い切りうちつけて、肺の中の空気を全て吐き出しながら軽く悶える。それでも何とか立ち上がれば、私は相方の……彼の姿を探した。


「……っ、ウィル……!」


 声を出そうとしても、上手く出す事ができず。歯痒く感じながら、周囲に視線をさまよわせる。

 彼の姿を探しても何処にも見当たらず、私は背筋を凍らせたが……ふと、彼自身が作っていた黒焦げた足場の一角に、不自然な花の塊がある事に気がついた。


 まさか、と思いその花を手で払いのければ、その花――否、小さな害獣の下に、見慣れた姿があった。


「この、離れろっ!!」


 手で小さな害獣を払い除けつつ、埋もれていた者を掘り出していく。何故か小さな害獣は痙攣するように動くばかりで、私に襲いかかる事もなく、お蔭で直ぐにウィルを助け出すことが出来た。

 幸いというべきか、ウィルの体には目立った外傷はなく。恐らく小さな害獣に噛みつかれたのだろう、顔に多少の噛み傷こそあったものの、大きな怪我はなさそうだった。


 口から安堵の吐息が溢れる。幸いだったのは、あの花の馬に重量らしき物がなかった事だろう。もし普通の馬のように重量が有る相手だったなら、アレが体勢を崩したと言えど、ウィルは今頃大怪我どころではなかった筈だ。

 しかし、あの一瞬でこれだけの小さな害獣にたかられてしまうとは……やはり、この場所は危険だ。早くウィルを連れて、この危険地帯から脱出しよう。

 そう思い、私はウィルを担ぎ上げて――


「……ま……っへ」

「ん、起きたのか」


 ――耳元で、ウィルがろれつの回っていないような声をあげた。一応外傷の確認はしたものの、改めてウィルが無事だった事が解って安心する。

 だがそんな私の安堵を無視するように、ウィルは言葉を続けた。


「ま、ら……おわっへ……な、い」

「――何?」


 辛うじて聞き取れる程度のウィルの言葉に、私は先程崩れ落ちた花の馬の方を見た。テントへと突っ込んで倒れ込んだそれは、まだ動くこと無く倒れ伏したままで――




 ――否、そこに居たのは花の馬ではなかった。

 ぐずぐずに崩れ、形を失った花の塊……否、小さな害獣の群れ。それがうぞうぞと、まるで方向感覚でも失ったかのように、無秩序に足を蠢かせていたのだ。

 その中央には腹から乳白色の体液を溢れさせた、周囲のよりも一際大きな個体がのたうっており……そのおぞましい姿に、私は背筋を震わせた。先程までのある意味綺麗とさえ言えた花の馬の正体は、これだったのだ。


 あの大きな個体を中心とした、害獣の群体。いくら足を斬っても矢を放っても堪えなかったのは、恐らくはその瞬間だけ互いの体を離すことで攻撃をかわしていたのだろう。恐ろしいのはその統率力だ。馬のような形を作りながら、小さな害獣の一体一体が筋肉として動き、馬と同様の動きをしていたのだから。

 その恐るべき相手も、統率していた大きな個体が大きなダメージを受けたからか。今となっては見る影もなく秩序を失い、無様に蠢いているだけなのだが。


「……ひ、を」

「ああ、そうだな」


 ウィルの言葉に頷けば、私は荷物からカンテラ用の燃料をテントへと振りまいた。そのまま放置しても良かったのかもしれないが……仕留められるなら、仕留めるべきだ。

 統率の取れている段階なら火をつけてもその部分を切り離すだけで無意味だったかもしれないが、今ならそれもない。燃料を染み込ませたテントにウィルが火を灯せば、またたくまに炎は燃え広がり――未だに蠢いている害獣の塊は、炎に包まれた。


 キイィィ!!と大きく耳障りな音を立てながら、害獣の塊はおぞましく蠢き、波打ち、のたうつ。その姿はまるで軟体生物のようでもあり……しかし大きなダメージを負っていた大きな個体は、最早統率する力も無かったのだろう。炎から逃れる事は叶わず、やがてその動きも収まった。

 炎はそのまま燃え広がるかと思ったが、燃やしたものが一応は生き物だったからか。或いは周囲にも同じように害獣が居たからか、途中で燻り始め、やがて小さくなり、消えた。


 ウィルを担いだまま、大きく息を吐き出す。一時はどうなることかと思ったが、何とか切り抜けることが出来た。もっとも――今回の行為はハイリスクだった上に、ノーリターンだったと言わざるを得ない。

 助けに行こうとした生存者は既に居らず、危険な害獣に襲われ、挙げ句に燃料などを消費し疲労困憊。

 喜ぶよりは、むしろ反省する事の方が多い気がしてならない。


「……だが、まあ」

「み、ら……?」


 ……だが、まあ。

 今だけは、何とか切り抜けられた事を喜んでおくとしよう。

 私はくしゃり、とまだろれつの回っていない様子のウィルの頭を撫でれば、開けた花園から森の中へと戻っていった。

 幸い、驚異だった巨大な害獣……否、害獣の群れは駆除出来たのだ。昨日拠点を作った場所まで戻れば、そこでゆっくりと休めるだろう。


 反省会は、それからでいい。それまでは……この心地よい余韻に、浸っていたかった。




 /




「……ふむ、まさか倒してしまうとは、な」


 ミラ達が去った後。もしもの事態に備えて潜んでいた教師達は、黒く炭化した害獣の塊を前にして、感心するようにそれを眺めていた。

 万が一、ミラ達があの花の馬の餌食になっていたとしても、教師達は直ぐに助ける手筈だったのだ。他の生徒達も同様であり、ここに建っていたテントを使っていた生徒達も、既に初日の内に教師達が救出していた。

 故に、ミラ達の行為は本当に骨折り損のくたびれ儲けで。唯一良かった点と言えば、自らを上回るであろう驚異に立ち向かうという経験が得られたという事だけ。


「花馬は、戦いを避けるのが前提で評価するつもりだったのですけれどね」

「今の生徒達には余りにも荷が重いから、な」


 女性教師は少し可笑しそうに笑いながら、ミラ達が去っていった方向を見る。そう、元よりこの害獣――花馬は、生徒達には明らかに手に余る存在だった。

 主に花蜘蛛を処理できるか、花蜘蛛と花馬が生息しているこの花園で無事に過ごす事ができるか、それを見る為の演習だったのだ。

 無論花馬に襲われることもあるかもしれないが――夜間でも、警戒さえしていれば基本的には問題のない相手。木々が生い茂る森の中では機動力も無い為、逃げることも容易。

 それこそ、こんな広い場所に出るような真似さえしなければ戦う必要すらない相手なのである。


「とは言え、運が良かっただけだろう」

「まあ、それはそうですけれど」


 ――そう、とは言えど。ミラとウィルが花馬を打倒できたのは、運が良かったからに他ならない。

 広い場所に出た時点で不利な上に、頭を狙うというやり方こそ正解だったものの、ミラの槍が花馬の本体を捉えたのはほとんど偶然だ。如何に大きな個体とは言えども、花馬本体の大きさは精々30cm強。花に埋もれて見えないソレに、統率が出来なくなる程のダメージを与えられたのは幸運だったという他ない。

 戦い方もリスクが余りにも高すぎるし、パラディオンになってからこんな事をしたなら大目玉も良い所だ。


「ですがそれも、パラディオンにとっては必要な力の一つですからね」

「……そうだな」


 しかし、その幸運も含めて評価しましょう、と女教師は笑った。

 実際、パラディオンになれば未知の害獣との戦いが待っている。実力も当然必要だが、その時もっとも必要になるのは「運」に他ならない。

 男性教師もそれは理解していたのか、小さく笑うと頷いて――そして、再び生徒達の警護に戻っていった。


 二日目も既に夕方に差し掛かり、後は明日一日を残すのみ。大半のグループが脱落しているのは頭が痛い所だが、優秀な生徒が居ると言うだけでも、教師達は幾分か救われた気分になっていた。




 ……その晩、その気分を打ち消すように、更に数グループが脱落して教師達がてんやわんやになっていた事など、激戦の後のウィル達には知る由もなかった。

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