5.vsオラクルの賢者(手加減モード)
――訓練場に、光の雨が降り注ぐ。
僕は咄嗟にラビエリとリズが作ってくれた風の壁に守られつつ、目の前の状況を何とか打開しようと頭を捻っていた。
母さんが作り出している光弾は一つ一つの威力は精々が石礫程度では有ったけれど、切れ目がなく――風の守りの外に出てしまえば、その瞬間全身を打ち据えられるのは、想像に難くない。
問題なのは、それが絶え間なく降り注いでいる事。
お陰でこうして身を防いだは良いものの、このままだと風を展開してくれている二人の魔力が先に尽きてしまうだろう。
……普通ならこんな規模の魔法を乱射してたら、直ぐに倒れる筈だけれど。
正直なところを言えば、相手は母さん――もとい、オラクルだ。姉さんよりも魔法が得意である筈の母さんに限って、そんな事は期待できない。
「勘弁してよね……っ、本当に自信なくしちゃうっての……!」
「――よし、皆。ちょっと良い?」
であるなら、多少無謀であっても打って出る他ないだろう。
僕の言葉に小さく皆が頷けば、僕も覚悟を決めて――……
「……あら?」
ギースが地面を軽く隆起させて、床板を剥がしていく。
とは言えど、これで何かが起こるわけではない。これからやることに邪魔だから、そうして貰っただけだ。
「少しの間、頼みます――」
「……っ、く……」
「が、ん……ばって、ラビ、エリ……っ」
続いてリズが一度風の守りを解除すれば、負担がきつくなったのだろう。
ラビエリは小さく苦悶の声を漏らしたものの、アルシエルの応援に小さく笑みを零し。
そして、リズはラビエリが守りを維持している間に、広域の――しかし微細な風を巻き起こしていく。
風は精々がつむじ風程度で、床板の下の地面から砂埃を巻き上げる程度の効果しかない。
ただ、それは僕らと母さんを包むほどには広く――……
「目眩まし、ね。でもあまり意味は無いわよ?」
砂埃が巻き上げられて、不明瞭になった視界の中。
しかし母さんは変わること無く、寸分違わず僕らの方へと光弾を放ち続け――それ、どころか。
「――だって、簡単に消してしまえるもの」
「な……っ!?」
ふわり、と優しい風が吹いたかと思えば、その瞬間リズが作り出していたつむじ風は一瞬で消えて無くなった。
強風でかき消された訳ではなく、寧ろリズの作り出した風よりも微細な風で打ち消され、リズは信じられない、といった声を漏らし。
でも彼女以外は既に姉さんと相対していたからというのもあって、そこまで驚く事はなかった。
それに、一瞬だけは遮れたのだ。それだけで既に目的は達している。
「……?」
母さんも異変に気づいたのか。
光弾を降り注がせている中、僕らの方へと目を細めると周囲に視線を向け始めた。
問題ない。それで何かが分かる事はない、はずだ。
――あの一瞬で、ギースとアルシエル、それにミラは風の守りの中から姿を消していた。
無論、それは先程の打ち合わせどおりだから僕らが驚く事はなかったけれど、母さんにとっては少し予想外だったようで。
少し嬉しそうに笑みを零せば、母さんは改めて僕らの方へと視線を向け……そして、パチンと指を鳴らした瞬間、一斉に光弾がかき消えた。
ラビエリはやっと解除できる、と風の守りを解いて、小さく息を漏らし。
「お母さんの裏をかこうだなんて、ウィルも成長したわね。嬉しいわ」
……そう言ってくれると、正直頬が緩んでしまう。
母さんに褒められたことは確かにそこそこあったけれど、パラディオンとして褒められたのは初めてだし。
とは言え、今は手合わせ(?)の最中なんだから、油断することは無いけれど。
「だから、折角だし……私も幾つか、手の内をみせてあげるわね?」
「――は?」
母さんがそう口にした瞬間、ラビエリは額に汗をかきながら声をあげた。
それだけ、目の前で起きた現象が信じ難い物だったのだろう。
――母さんが、フィリア=オルブライトが作り出したものは5つ。
ヤギのような頭をした、炎の巨人。
騎士のような佇まいの、氷で作られた鎧。
雷を纏った、可視化された風の竜。
地面から生えてきた、土塊で作られた犬のような巨大な何か。
そして、母さんの背後にある巨大な光の槍。
それらを一瞬で、目の前で見ていた僕らが認識できない程の間に作り出した母さんは涼しげにしながら――……
「――っ、散開!!」
「じょ、冗談キツすぎるでしょ、これ――!?」
「……あ」
その内の一体だけ。犬のような何かが駆け出したのを見れば、僕は即座に叫んだ。
ラビエリは悲鳴を上げながら駆け出し、僕は言葉と同時に飛び退いて。
……しかし、無理もない。リズは呆然としていたのだろう。
その土塊で出来た犬が激突すれば、彼女はあっという間に土塊に飲み込まれ――その犬の体から、手足だけを飲み込まれた状態で拘束されてしまい。
「ふふ、少しだけ大人しくしていて頂戴ね? 直ぐに終わるから」
「う、ぐ……め、面目ないです……」
「げ……っ!?」
そんな彼女に母さんは柔らかく笑みを零しつつ、再び土塊で出来た犬を駆け出させ始めた。
標的はリトルであるラビエリで、彼も一瞬だけ抵抗を試みたものの魔法を使う暇さえ与えられずに、リズ同様土塊に飲み込まれてしまい。
残りが僕一人に――少なくとも見えている限りは僕一人になれば、母さんは柔らかく笑みを零しつつ間髪入れずに僕の方へとそれを走らせて。
「――っ」
僕は訓練用の剣を手にしつつ、それを迎え撃とうとするものの。
土塊で出来た犬に向けて振り抜いた筈の剣は、ずぶり、と柔らかく飲み込まれていき――咄嗟に剣を手放せば、武器を失ってしまって。
「これで詰み、かしら?」
一人になり、武器を失った僕を見下ろしながら母さんはそう言うと、展開していた物を一つずつ消していく。
……恐らくは、母さんはそれを全て同時に扱う事だって出来たのだろう。
そうしなかったのは、そうしたら勝負にさえならなかっただろうという母さんなりの手加減で。
実際、もしそんな事をされていたなら今頃僕らは全員、最初の時点でやられていた。
――そう、まだやられてはいない。
表に出ていない、というだけで僕にはまだ頼れる仲間が3人もいる。
視界に居ないから油断をしているのだろう、母さんは杖に腰掛けたままゆっくりと地上に降りてきたかと思えば、地面に足をついて――……
「――いくぞ、二人とも!!」
「おう、任せろ――ッ!!!」
その瞬間、母さんの周囲の地面から、ミラとギース、そして遅れてアルシエルが飛び出した。
最初に視界を一瞬だけ妨げたあの時点で、三人はギースの魔法で床の下――地面の中に潜んでいたのだ。
ギースは魔法は得意ではないと言っていたけれど、それでも簡易的な穴やトンネルを作るくらいは出来ていて。
3人はそんな彼が作り出した空間で息を潜めつつ、母さんが地上へと降りるのを待っていたのだ。
母さんは魔法を展開しておらず、土塊で出来た犬は僕の正面。
今母さんを守るものは何一つ無く――ギースとミラ、そしてアルシエルは母さんに詰みを知らせるように、武器を突きつけて……
……いや、突きつけようとした、筈だった。
「ちょっと驚いたわ、ふふ」
「え……な」
「んな、馬鹿な」
「――う、そ」
「……あ、はは」
三人の武器が母さんに向けられる事はなかった。
母さんは少しだけ驚いた表情を浮かべていたけれど、それだけで。一体何時魔法を展開したのか。
ミラも、ギースも。そして少し離れて弓を構えていたアルシエルさえも、体は土塊で覆い尽くされ、指一本さえ動かせなくなってしまっており。
そんな光景を見れば、僕はもう笑う他なく。
降参した僕らに母さんは笑みを零しながら、それを聞き入れれば僕らを拘束していた土塊はあっという間に霧散して。
改めて、オラクルというものの格、というのだろうか。僕らは終始母さんの掌で転がされていたような感覚を覚えつつ。
しかし、泥まみれになっている僕らを見れば、母さんは少しだけ申し訳なさそうにした。
「……ごめんなさい、思ったよりも頑張ってくれたから私もちょっと大人げない事をしてしまったわ」
「い、いえ、私も貴重な体験をさせて頂けましたから」
「まあ、やっぱりエミリアさんとウィルのお母さんなんだな、と」
「やっぱりオラクルって滅茶苦茶だよねぇ……自信なくしそうだよ、本当」
「……う、ん……なん、か……こう……凄い、し……酷、いよ、ね」
「あっはっは、まあ一応は認めてもらえたようだし、良しとしようじゃあないか」
母さんの言葉に、皆は口々に思い思いの言葉を口にしながら。
そんな僕らを見れば、母さんは本当に、本当に嬉しそうに笑みを零し。
「――貴方達がウィルのお友達で、仲間で本当に良かったわ」
「ん……それは、僕も」
僕もそう口にしながら、ちょっとだけ恥ずかしくなってしまい、頬を掻いて。
ミラ達も少し可笑しそうに笑うと――ぽん、と母さんは手を叩いた。
「それじゃあ、汚れてしまったし。皆で一緒にお風呂に入りましょうか」
「ああ……そうですね、確かにこの格好では」
「部屋に戻るわけにもいかない、か……全身泥まみれだものな」
「……はい、り……たい、です」
女性陣はどうやら乗り気らしく、僕はギースたちと顔を見合わせれば――なるほど、確かに僕達も顔まで泥が着いている有り様で。
苦笑すれば、僕らも僕らで彼女たちに続いて浴場へと向かうことにした。
……勿論、当然ながら男女別々に。
ラビエリは冗談で女性陣の方に着いていこうとして、文字通りの雷をリズに落とされていたけれど、自業自得だと思う。




