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4.歓談の後で

 招集命令が来てから少し後。

 明後日には出発、という段になって僕らは母さん――もとい、オラクルであるフィリア=オルブライトに呼び出されていた。

 理由については色々想像できるけれど、僕らは皆緊張した面持ちで彼女を待ち。


「――ねえ、ウィル。一応聞いておきたいんだけどさ」

「ん、何?」

「フィリアさんは、エミリアさんみたいな感じじゃないよね?」


 ……ラビエリの言葉に、皆が真剣そうな面持ちで僕を見た。

 成る程、確かに――以前姉さんが来た時は色々大変だったし、警戒するのも分かる気はする。

 何しろ姉さんの時は親切心とは言えど凄まじい特訓をさせられたし……結果としては良かったのだろうけれど、あれが再び行われると思ったら気が気ではないのだろう。


「……羨ましい限りです、確かエミリア様の教導を受けたのでしょう?」

「ありゃあ教導というか特訓というか……ううむ」


 経験していないリズだけは、別の意味で緊張しているようで。ラビエリの言葉の意味を今ひとつ把握しかねているようにみえた。

 そんな彼女に、ギースは少し苦笑しつつ顎を撫でて。リズはまた、良く判らないと言った様子で首を捻り――……


 そうしていると、不意にこんこん、と控えめなノックの音が部屋に響き、僕らは揃って姿勢を正した。

 特にミラは一度母さんに会っているからか、緊張もひとしおのようで。

 僕はそんな彼女に苦笑しつつ、手を優しく握れば幾分かは緊張も解れたらしく、ミラは小さく笑みを見せてくれた。


「入りますよ、ウィル」

「うん、開いてるよ」


 久方ぶり……とはいっても、ついこの間廊下で出会ったのだけれど。

 懐かしい母さんの声に、とくん、と胸を高鳴らせながら……僕が言葉を返すのと同時に、部屋の扉が開いた。


 ――その先から現れたのは、銀糸の流れるような髪を背中まで伸ばした小柄な女性。

 まだ母さんを見たことが無かったギース達は、意外そうな声をあげて。

 そして、ついこの間母さんを子供扱いしてしまったミラは軽く肩を揺らすと、折角少し緊張が解れていたというのに、瞬く間に固くなってしまい。


「ああ、固くならないで下さい。貴方達はウィルの仲間であり、お友達なのでしょう?」

「あ……は、はい」

「いつもウィルが世話になっています。私はウィルの母、フィリア=オルブライト――少なくとも今ここでは、そう思っていただければ」


 しかし、母さんが優しい声色でそう言うと、その穏やかな雰囲気もあって皆の緊張は瞬く間に解れていった。

 母さんは僕らの前で椅子に腰掛ければ、ミラの方に視線を向けると柔らかく微笑んで。


「……その、以前はとんだ失礼を」

「気にしないで下さい、ミラさん。ふふ、あの格好はそうある為のモノですから」


 改めて頭を下げたミラに、少し可笑しそうに笑みを零しながら母さんはそう口にする。

 見てみれば、確かに格好は以前のようなどこにでも居る少女のような格好ではなく。

 簡素ながらもどこか厳かな雰囲気を感じさせる、そのローブ姿であったのならばミラだって母さんを子供だとは勘違いしなかっただろう。


「何しろ、ああいった格好でもしないと街中を歩くのに不都合でしたからね。エミリアのように目立つのは、あまり好きではないの」

「ああ、確かにエミリアさんは街でも結構目立ってたもんね」

「……ん。人、に……よく、かこ……まれ、てたもん、ね」


 そうでしょう、とラビエリとアルシエルの言葉に苦笑しながら、母さんは僕が差し出したお茶に口を付けた。

 ……ああ、でも何というか、凄く懐かしい。

 昔は――僕が幼い頃は、僕と姉さんと母さんでこうしてテーブルを囲んでお茶をしていたっけ。

 オラクルとして活動してる最中にも、母さんはしっかりと時間を作ってくれて。

 それがどんなに大変な事なのかは、その時は解っていなかったけれど……今なら、一体どうやってそんな時間を捻出していたのか、不思議になってしまう程に良く分かる。






「――それで、ラビエリとギースはよりにもよって害獣の色香に惑わされて、あっさりと捕まったんですよ。信じられますか?」

「ちょ……っ、そ、その言い方はやめてくれない!?あらぬ誤解を招くじゃないかっ!」

「か、勘弁してくれ……本当に昔の話じゃあないか……」

「……正直引きます。見境なしですか、貴方達は」

「あらあら、まあ若い男の子だものね。ふふっ、そういう間違いもあるでしょう」


 ――穏やかな時間が過ぎていく。

 母さんは僕らのパラディオンとしての活動してきた話を聞きながら、本当に嬉しそうに、楽しそうにしてくれた。

 僕の養成所時代の話。

 ギース達と出会って最初に駆除にあたった時の話。

 北限遠征の話や、その後リズが加わった後の事も、色々と。

 僕らは会話を弾ませながら、用意していた茶菓子が無くなる頃には日も傾き始めていて。


「……あら、もうこんな時間なのね。残念、もっとゆっくりしていきたかったのだけれど」

「ん……そういえば母さん、僕らを呼び出した理由って?」

「あ、そう言えば呼び出されてたんだっけ、僕ら」

「ははは、まあ昔話に花を咲かせていたからなぁ」

「忘れていたんですか……? もう、本当に貴方という人達は」

「ふ……ふ、でも、楽し……かった、もんね」


 母さんの言葉に、僕らはふと今日は母さんに呼び出されてここにきていた事を思い出した。

 僕らの言葉に母さんは可笑しそうに、嬉しそうに笑みを零しながら立ち上がれば――どこから取り出したのか。

 いつの間にか手にしていた杖を、こん、と床に着いて。


「――え」


 ――その瞬間、部屋の風景は、空気は一変した。

 先程まで歓談していた部屋はそこにはなく、どこか見覚えのあるその場所は――そう、確か姉さんの教導が行われていた、あの場所で。

 最初に反応したミラに、母さんは小さく笑みを零しながら。


「――貴方達の実績は知っています。災害指定の害獣を駆除した経験もあり、実戦経験も同年代からすれば豊富な若手の期待株……それが、貴方達です」

「あー……ええと、この流れはもしかして」

「だろう、なあ」


 穏やかに、しかし先程とは違う雰囲気で語る母さんに、ギースとラビエリは顔を見合わせながら引きつった笑みを浮かべた。

 僕らも母さんの意図を察し――ただ歓談するだけなら必要なかったであろう、訓練用の装備を手にしつつ。


「ですが、もしよければ貴方達の実力を少しで良いから、確認させて欲しいのです。疑う訳ではないのですが――今回は、少々とは言えない程に過酷な状況ですから」


 少しだけ申し訳なさそうに母さんは苦笑すると、ふわり、と宙に浮かせた杖に腰掛けた。

 ――よく考えてみれば、僕は母さんが戦っているところを見たことが無い。

 記憶の中の母さんはいつも優しい笑みを浮かべていて、僕にも姉さんにも優しくて――戦う、といったイメージからは程遠く。


「……ウィル、フィリアさんはどういった戦い方を?」

「ごめん、全然わからない。でも魔法にかけては右に出る者は居ないと、思う。姉さんも母さんに教えてもらってたし」

「つまりは、何もわからないという事ですね」


 リズのその言葉に、僕は苦笑しつつも頷いた。

 ――ただはっきりと分かるのは、魔法だけで僕らを翻弄していた姉さんよりも、更に上の魔法を扱えるであろうという事だけ。

 先程僕らを部屋から此処へと瞬時に運んだのも、きっと母さんの魔法の一つなのだろう。

 ……いや、あんな事ができる魔法なんて聞いた事もないけれど。


「……ふふ、取り越し苦労だったかもしれませんね」


 自然と陣形を組んだ僕らを見れば、母さんはそう言いながら柔らかく笑みを零す。

 その姿からは、相変わらず穏やかな雰囲気しか感じられない、けれど――……


「――はは、嘘だろ」


 信じられない、といった表情でラビエリは笑った。

 ……僕も、ラビエリが言ってなければきっと、そう口にしていたと思う。


 ――母さんの周囲に、無数の光弾が作り出されていく。

 一つ、二つ、四つ、八つと倍々に増えていくそれは、瞬く間に数えきれない程になり。


「安心して下さい、ちゃんと手加減はしますので。あ、それでもしっかりと出来る所は見せてくれないと困りますからね?」


 優しい声色とは裏腹に、恐ろしい光景を作り上げながら。

 僕はその光景を前にして、改めて母さんがオラクルなんだという事を思い知らされつつ――……






 ……その瞬間、訓練場に光の雨が割と容赦なく降り注いだ。

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