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3.苦悩と煩悶

 初めにそれを知らされた時、私は特に何も感慨を抱くことはなかった。

 ああ、そうなんだ、って。呑気にも、私はそんな風に考えていて。


 それが、どんなに恐ろしい事なのかを理解したのは、その少し後。

 私の鈍い頭は、どうやら直ぐにはその事実を受け止める事が出来ていなかったらしく……部屋に戻って少ししてから、一気に血の気が引いた。


 送られてきたのは、招集命令。

 一体何が有って、どういう経緯で私に招集がかかる事になったのか。

 その全てがそこには記されていて、理由次第では拒否することだって出来るそれ。

 私はそれを机の上に置きながら……未だに、完全にはそれを飲み込めていなかった。


「……う、そ……だよ」


 口にして、少しでも自分の心を落ち着かせようとする。

 無意味だ。余りにも無意味で滑稽で――でも、そうしないと私はどうにかなってしまいそうだった。

 招集命令にかかれていた文字を見ようとしているのに、どうしてもそれが出来ない。

 どんなものだって、何だって見通せた筈の私の目が、ただ紙に書いてあるだけの文字を読む事が、出来ない。


「……っ、うそ、だ……よ……っ、こん……な、の……っ!!」


 受け入れなければいけない。

 受け入れなければならないのに、口から出てくる言葉はそんな、現実逃避するようなそれで。

 招集命令に書かれていた文字の全ては読めなかった/読みたくなかったけれど。

 それでも、そこに書いてある内容から、私は逃れる事は出来なかった。


 ――東方のパラディオン支部が壊滅した。

 東方に壊滅的な被害あり。本部の優秀なパラディオンは、東方支援に参加を求む。


「あ……う、ぁ……っ」


 思考が、まとまらない。

 別に東方に思い入れが有った訳じゃない。

 だって、私を捨てた両親と、私が失敗した思い出しかそこにはない。

 仲がいい友人が居たわけでもなく、私にとってはその程度でしかない故郷だった、筈なのに。


 でも、それでも――まるで、アルシエル=ピースという存在の根本が食い荒らされているような不快な感覚と、絶望感と、虚無感が私を苛んでいた。

 苦しくて、苦しくて……気持ちが、悪くて。


「っ、け、ほ……っ」


 もう何度目になるのか。

 私は胃液を吐き出しながら……ふと、鏡を見た。

 酷い、顔。

 血の気の引いたその顔に、私は思わず笑ってしまった。

 こんな顔ではダメだ、こんな顔をしていたら、私の大切な仲間にどんな顔で会えば良いのか、分からなくなる。

 私にも来たということは、皆にも招集命令は来ているということ。

 そんな中で、私がこんなじゃ――……っ。


「――アルシエル、ちょっと良い?」

「……っ!?」


 ……そんな事で頭が一杯になっていると、こんこん、という控えめなノックの音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 う、そ。

 なんで――どうして、彼が私の部屋に、来るのか。


「ま……って、今……あけ、る……から……っ」


 顔を洗って、少しでも見てくれを良くしてから私は慌てて部屋の扉を開ける。

 そこに居たのは、先程聞こえた声の通り――私が今一番会いたくない、人で。


「……や。ちょっと様子を見に来たんだけど、平気?」

「ん……う、ん」

「嘘つき。全くもう、こういう時くらいは素直に言えば良いのにさ」


 ラビエリ=アートフル。

 幼気な――リトルにしては、それでも大人びた風貌の彼は、私を心配そうな顔で見つめながら。

 私の顔を、表情を見れば小さく息を漏らしつつ、彼は明るい声でそう言うと苦笑しながら部屋に、入ってきた。


 ……彼には、敵わない。

 前に教会で私が詭弁を弄した時も、彼はいの一番にそれに気づいてた。

 私が気に病まないように、一人で落ち込んでた時もフォローしてくれて、て。


「無理して受けないでも良いんだよ? 大丈夫、アルシエルが休んでたって僕らだけで何とか出来るからさ」

「……っ」


 彼の言葉に、頭を左右に振った。

 それは、出来ない。それだけはやりたくない。

 私は決めたのだ。前に――最初にみんなと害獣を駆除しに行った時、もう失敗しないって。

 この戦いは絶対に大変な事に、なる。一つの地方が崩壊するような惨事が起きたのだ、そんな困難を前にして逃げるなんて、出来ない。


 そう、思っているのに。

 私は何で――どうして、こんなにも足が竦んでしまっているのだろう。


「……全く、もう。本当に……アルシエルは、頑固だなぁ」

「だ……って」

「よし――ほら、おいで」


 そんな私を見ながら、ラビエリは可笑しそうに笑うとベッドによじ登って、腕を広げた。

 そうやってやっと私と視線が合うくらいの彼は、私を手招きしていて。


「……?」


 突然の事に、私はきょとんとしながら彼の顔を見ていると……段々と、彼の顔が赤く染まり始めた。

 ぷるぷると震えながら、彼は耳まで赤くすると小さく息を漏らして。


「……もう、ちょっとは空気読んでよね!」

「え……あっ」


 そんな彼を見ていると、とうとう痺れを切らしたのか。

 恥ずかしそうに彼がそういうのと同時に、後ろからふわり、と風に押されて――私は、ラビエリの方に倒れ込んで、しまった。

 彼の小さな胸に顔を埋めるようにしながら、優しく小さな両腕で抱きしめられて。


 ……その優しい感触が、暖かさが、余りにも心地いいから。


「――っ、あ……ぅ……っ、あ、ぁ……っ」

「全く、もう……なーんで一人で抱え込もうとするのかな、本当」


 ほろり、ほろりと。

 勝手に目尻から涙が零れ落ちれば……それを、抑えられなくなってしまった。

 小さい掌に撫でられながら、私はどうしてこんなにも足が竦んでしまうのか――行きたくないと思ってしまうのか、解ってしまった。


 ……見たく、ないのだ。

 滅んでしまっているであろう、その場所を。

 友が居なくとも、先生に色んな事を教えてもらったその場所が、朽ち果てているのを。

 仲のいい子は居なかったけれど……私がパラディオンを目指すきっかけになった、その場所が無くなってしまっているのを。


 ――もしかしたら、好きでもない両親が害獣に食い散らかされてしまっているかもしれないのを、それでも見たくは無かったのだ。


「……っ、ぅ……っ」

「良いんだよ、嫌なら嫌で。ウィルやミラもだけど、アルシエルもすーぐ一人で抱え込むんだからさ」

「ご、め……なさ……っ、ごめ、なさい……っ!や、だ……わた、し……やだ、よ……っ!!すんで、たの……全部……なく、なっちゃ、ってる……なんて……っ」

「……当たり前じゃんか、そんなの」


 私のどうしようもないわがままを、彼は当たり前だと許容してくれた。

 小さな手も、小さな胸も……彼の全てが、私には暖かくて。


「――やだ、よぉ……っ、どうし、て……こん、な……っ」

「ん……とにかく泣いちゃえ。泣いて、泣いて、ワガママ言って――それでもダメなら、それで良いさ」

「……っ、ひっく……っ」


 いい訳がない。

 私が一人ワガママを言ってしまえば……一人だけいかない、なんて言ってしまえばそれだけで、私以外の皆が危険に晒されてしまう。

 もしかしたら、代わりの誰かが皆を助けてくれるかもしれないけれど、それはかもしれない、であって。


 だから、私はラビエリの胸に顔を埋めたまま、頭を左右に振った。

 彼はそんな私に小さく息を漏らしつつ、ぽんぽん、と頭をなでて……抱く腕に、少し力を込めて、くれて。


 ――ただ、それだけ。

 彼はただ私のワガママを聞いてくれて、それを優しく肯定してくれているだけ。

 でも……ただそれだけの事に、私がどれほど救われている事か。


「……無理、しないでよ。頼むからさ」

「う……ん」


 彼の真面目な声に、私はただ、小さく頷いた。

 ……お陰で、少しだけ……本当に少しだけだけれど、気持ちの整理がついた。

 どうして、支離滅裂な感情に振り回されているのか、解って……だから、今更だけれど。


「……で、も……わ、たしも……行く……よ」

「ん……」

「……こ、わい……し……っ。嫌、だけど……でも……」


 ――そんな事よりも、私にこんなにも優しくしてくれる彼が、仲間たちが危険にさらされる方が、ずっと嫌だから。

 そんな簡単なことを私は思い出して、彼にはっきりと今度の東方救援に行く意志を伝えた。

 彼はそんな私に少し困ったような、それでいて安心したような、そんな顔を見せて、くれて。


「……ちゅっ」

「ん――っ、え、あ」


 ……私は自分が何をしたのか、よく判らなかった。

 彼の安堵した顔を見たら、その幼気な顔を見たら、何故かそうしなくちゃいけないような、気がして。


 私は今、何を――??


「……あ、アルシエル?」

「え……ふ、ぇ? あ……え、あ……っ!?」


 ……彼の赤い顔を見て、私の顔にも熱が灯っていく。

 私……私は、今……彼に、ラビエリに、キスを――!?


「……あ、ぅぅ」

「ちょ――ちょっと待って、ああもう――っ!!」


 ぼしゅん、と頭に溜まった熱が限界を越えたような、そんな感覚を覚えれば、私の意識は暗転していく。

 慌てるようなラビエリの声を聞きながら、私は――羞恥と同時に、喜びのような感情で一杯になりながら、彼ごとベッドに倒れ込んでしまった。

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