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7.二人の一夜

 ――ウィルを部屋に招き入れたのは、これで何度目になるのだろう?

 初めは情けない私を慰めに来てくれたんだったか……ああ、思い出すと懐かしい。

 まだあれから1年も過ぎていないと言うのに、今でもあの時の事は鮮明に思い出す事ができる。

 エミリアさんに、オラクルに一蹴されて――それは今を思えば当然のことだったと言うのに、ショックを受けて。

 私はたったそれだけの事で心が折れて、家に帰ろうとしたんだっけ。


「……ふふ」


 簡素な台所で野菜を切りつつ、思わず笑みを零してしまった。

 恥ずかしくはあれど、それも今となってはいい思い出だ。

 あれがなければ、もしかしたら今でも私は無用な自信を抱いていたり、或いは――ああ、きっと害獣との戦いの最中で心が折れていたかもしれないから。


 そう、例えば北限に遠征した時。

 あの白い巨人を相手にした時に、自らの槍がほとんど通用せず、パニックに陥っていたかもしれない。

 例えば、貪食に襲われて何もかもを失ってしまった時。

 ……私はもしかしたら立ち直ることが出来ずに、そのまま教会で一生を終えていたかもしれない。


 ……私は、本当に恵まれていると思う。

 環境にも、そして仲間にも恵まれていたからこそ、私は今日この日まで変わることなく、ミラ=カーバインとして生きていく事が出来た。

 それに、心の底から大切にしたいと、守りたいと――共に過ごしていきたいと、そう思える男性(ひと)と出会う事も出来た。


 それは、なんて幸せなことなのだろう。


「――ん、よし」


 薄く切った野菜や肉をパンに挟めば、私は小さく頷いた。

 外を歩いている時に何度か甘いものを口にしていたし、夜は控えめな方がウィルも食べやすいだろう。

 後は、スープが出来上がれば夕食の完成だ。


 ――今日ウィルを部屋に招いたのは、プレゼントの事もあったけれど……それ以上に、私は料理もできるという事を彼に示したかったのが大きい。

 どうもウィルは私の事を猪突猛進というか、何というか――こう、家庭的な雰囲気から遠いと思っているような、そんなきらいがある。

 実際私はあまり料理をする事はないし、戦いともなれば矢面に立つ事は多いけれど、別に料理が出来ないわけではないのだ。

 寧ろ料理は得意な部類で――まあ、害獣の駆除に行く際は携行食で済ませるから、それを活かす機会など滅多に無いわけだけれど。


 折角その才能を活かす時がやってきたのだ。

 ここは一つ、ウィルに女性らしいところをアピールしなければなるまい。

 ミラ=カーバインは文武両道、戦いも家庭的な事も出来る事を示さなければ――!


「……ん」


 出来上がったスープに口を付けて、小さく頷く。

 よしよし、我ながら悪くない味だ。これならば、ウィルもきっと満足してくれるだろう。

 私は小さく鼻歌を歌いつつ、スープをカップに注ぎ込めば――二人分のサンドイッチとスープを手にして、小さなリビングで待っているウィルの元へと向かった。




 /




 ミラの部屋を訪れるのは、これで何回目だろう。

 何気ない時にもお邪魔したりしてたから、大分慣れた――と、思っていたんだけど。


(……落ち着け、落ち着け。大丈夫、大丈夫)


 ……今日この時に限っては、僕は何故か妙に緊張してしまっていた。

 理由ははっきりしている。

 今日は普段とは違い……僕はミラに、初めて……そう、初めてプレゼントを渡そうとしていたのだ。

 プレゼントを渡すなんて、以前皆にフルオーダーを渡した時くらいで……後は、母さんや姉さんにしたくらい、だろうか。

 その時は変な緊張なんてしなかったのだけれど――……


「お待たせ、ウィル。それじゃあ食事にしようか」

「あ、う、うんっ」


 ……料理を手に戻ってきた彼女に、思わず声を裏返らせてしまった。

 落ち着かなければ。ここはもう慣れているミラの部屋。

 目の前に居る彼女と共に過ごすのだって、これが初めてじゃあなくて……そう、大丈夫、大丈夫。

 食事を終えたら、落ち着いたら……先程買った指輪を彼女に渡して、感謝を伝えよう。

 養成所時代からの友人であり――今は大切な人である彼女に、気持ちを伝えなければ。


 そんな事を考えつつ、僕は彼女が持ってきた料理――サンドイッチに手を付けた。

 デートの最中に甘いものを食べてきたし、軽食なのは有り難い。

 スープの方も野菜がメインで、見た目もすっきりとしているし。これなら、残さずに食べる事ができるだろう。

 僕は少し安心しながら、サンドイッチにかぶりついて――……


「……あ、美味しい」

「っ、そうか!ふふ、よかった……」


 思わず出てしまった言葉に、ミラは嬉しそうに笑みをを浮かべた。

 ……お世辞でも何でも無く、本当に美味しい。

 デートの最中に食べたものも美味しかったけれど、それが霞むくらいに美味しくて――僕ははむ、はむ、と味わうようにソレを口にすれば。


「好きなだけ食べて構わないからな、ウィル」

「ん……っ」


 柔らかな笑みを浮かべる彼女と視線が合ってしまい、どくん、と胸が高鳴った。

 今日のミラは、何というか……いつも綺麗だし、美人だと思うし、時折可愛いと思うことだってあるのだけれど。

 何と言えばいいのだろう、今日の彼女はとても……雰囲気が、柔らかくて。

 いつも以上に一緒に居ることが楽しくて、心地よくて……だからだろう、こうして向かい合ってくると以前と顔が、心が熱く、暖かくなっていく。


「ミラも食べよう、冷めちゃうよ?」

「……と、そうだったな」


 僕の方ばかり見て、食事に全く手を付けていない彼女に少しだけ苦笑しつつそう言うと、彼女も少し恥ずかしそうにしてからサンドイッチに手を付けて。

 ……何でだろう。

 こうして一緒に食事をとっていると、本当に――本当に心が暖かくて、幸せで仕方がない。

 こんな時間がいつまでも続けばいいのに、と思う半面、余りにも幸せが過ぎて恐ろしくなる。


 カインは僕を絶望の淵に立たせると、そう言っていた。

 だからきっと、ミラ達が言う通り……あの男は今後、僕ではなくミラ達を狙ってくるようになるのだろう。

 ある意味害獣よりも遥かに厄介な男の凶刃に付け狙われる事の意味は、一度相対した僕が一番良く理解していて……だから既に、覚悟は決めている。

 いかなる手段をもってしても、あの男の凶刃から皆を守ると、僕は心に決めていて。

 ……だからこそ、こうして一緒にいられる時間を大切にしたいと、そう思った。


 スープまで飲み終えれば、程よい満腹感を感じつつ。

 僕はミラが食事を得るのを待って……懐に入っている指輪の入った小箱に手を触れた。


 ミラは喜んでくれるだろうか?

 正直な話をすれば、僕は女性が喜ぶものというのは良く判らない。

 どういう物なら嬉しいのか、どういった物なら良い物なのか、そんなのは全くわからないけれど――……


「ミラ」

「ウィル」


 ――僕とミラが声をかけたのは、同時だった。

 ついさっきも同じことをしたような気がするけれど……思わず可笑しくなって、互いに笑みを零してしまい。

 ミラがどうぞ、と小さく笑みを浮かべながら僕に譲ってくれたので、小箱を彼女の方へと差し出した。


「これ、その……初デートの記念に」

「……っ、開けても、良いか?」

「うん、勿論」


 ミラは少し息を飲みながらも小箱を受け取ってくれて。

 彼女の言葉に緊張しつつも頷くと、きれいな包装を彼女はゆっくりと開き、箱を開ければ――ふるふると、震えだした。

 もしかして、失敗したんだろうか?

 少し不安になってしまうと、僕はこくん、と唾を飲み込んで。


「――あり、がとう。一生、大切にする……っ」


 小箱を大事そうに、愛おしむように抱きしめてくれた彼女に、僕はほっと胸をなでおろしつつ……心が今までに感じたことの無いほどに暖かになるのを、感じていた。

 ああ、なんて幸せなのだろう。

 大切な相手にこんなにも喜んでもらえるなんて、余りにも幸せで……


「……っ、ウィル。私からも、プレゼントがあるんだ」

「え……僕、に?」


 ……だから。

 それで満足していた僕にとって、ミラのその言葉はあまりにも予想外で。

 ミラは少し濡れた目尻をこするようにしながら、細長い箱を取り出すと机の上に置いた。


 自分のプレゼントを選ぶ事、渡す事で頭が一杯で、彼女からも貰えるなんて思っても居なかった僕にとって、それは余りにも不意打ちで。

 僕は声を出すことも出来ず、ミラの顔を見れば――彼女は紅潮した顔で微笑みながら、小さく頷いて、くれた。


 箱を手にとって開けてみれば、中に入っていたのは……細かなチェーンで作られた、ネックレスで。

 銀色に輝くチェーンには、同じ色の指輪が通っており。

 その裏面には、何か小さな文字が彫り込まれていて……僕は少し震える指先でソレを手に取ると、そっと指輪に目を近づけた。


「あ……こ、れ」

「……っ、そ、の――素直な私の、気持ちだ。どうか、受け取って欲しい」


 僕が小さく声を漏らせば、ミラはもじもじと指を絡めるようにしつつ、顔を真っ赤にして……しかし、はっきりと僕の方に視線を向けながら、そう口にした。

 ――そこに書かれていたのは、愛の言葉。


 『私は貴方を愛しています』。


 それを見た瞬間、僕は――感情を抑えきれなく、なりそうだった。

 すぐにでも泣き出してしまいそうなくらい、心は揺れて、揺れて――でも、大好きな彼女の前だからこそ、そうしたくなくて。

 僕は既の所で泣き出すのをこらえれば、小さく息を吸い、吐いて。


「――……っ、ミラ」

「は、はいっ」


 ミラの名前を口にすれば、彼女は何時になく緊張した面持ちで、声を裏返し。

 そんな彼女と同じくらいに緊張しつつ……本当に言って大丈夫なのか、不安になりつつ。

 僕みたいな人間が本当に、こんなに幸せで良いのだろうかと、考えてしまって……


 ……それでも、彼女の言葉に、想いに応えたいと、強く思ったから。


「僕も……ミラの事が大好きだ。愛してる」


 だからはっきりと、今この胸に抱いている感情を、気持ちを口にした。

 彼女はしばしの間硬直し、そのまま言葉を口にしないままに立ち上がって。


「……ミ、ラ?」


 僕は少しだけ不安を覚えつつ、彼女を見上げる。

 彼女は言葉を返さないまま、僕のそばに立てば……僕の方へと、手を伸ばして――……


「わ、ぷ――っ」


 ……そのまま無言で、彼女は僕のことをぎゅうっと、強く、強く抱きしめた。

 頭を胸元に埋められるようにさせられてしまえば、柔らかな感触と、ミラの仄かに甘い香りに僕の頭はどんどん、どんどん熱くなって……っ。

 ま、まずい、このままだと……告白したばっかりなのに、色々と不味いことに――!


「み、ミラ……っ? どうした、の――」

「……ウィ、ル……ウィル……っ」


 熱くゆだっていく頭に、ミラの少し震えている声が届く。

 ……ふと、思った。

 僕は以前に彼女の思いに、言葉を濁して――いや、あの時はこの胸の内にある感情が判らなかったから、そう応えたのだけれど――ソレ以降、一度でもちゃんと彼女に自分の気持ちを口にしていただろうか?

 大事な人。大切な人。

 そう口にしたことはあったけれど、彼女の真摯な想いにちゃんと応えたのは、今日が初めてで。


「――良かった……ウィル、有難う……っ」


 ……ああ、だから。

 だから、彼女はずっと不安だったのかも知れない。

 僕が幸せすぎて不安になってしまったように……いや、それ以上に、きっと――……


「……ごめんね、ミラ」

「何を、謝って……っ?」

「言うのが、遅くなったから」

「……バカ、め……っ、謝ることじゃない、だろうに」


 彼女は声を震わせながらも嬉しそうにしながらそう言うと、僕を抱きしめたまま……抱いたまま、ベッドの上に倒れ込んだ。


 ……彼女の吐息が、近い。

 お互いに立ったままだと、僕らはキスもちゃんと出来ないくらいに背の高さが違ったけれど。

 横になってしまえばそれもなく……僕とミラは視線を合わせるようにすれば、どちらからともなく顔を近づけた。


「……もう一度、言ってくれるか?」

「ん……」


 彼女の言葉に、顔が熱くなる。

 彼女の両腕は僕を抱いたままで、言うまで絶対に離さないと言うほどに力が籠もっていて……そんな事をしないでも、逃げないっていうのに。


「……僕は……ウィル=オルブライトは。ミラ=カーバインを、愛しています」

「――っ。私も……ミラ=カーバインも、ウィル=オルブライトの事を心の底から、愛しています」


 お互いにそう口にしてしまえば、顔を熱くして――お互いの赤い顔に笑みを零しながら、僕らは唇を触れ合わせた。

 ちゅ、ちゅ、と僕らしか居ない部屋に小さな音を響かせて――僕らは、そのまま……互いの体を、重ね合って――……






 ――翌日、目を覚ますとそこには小さな寝息を立てているミラの姿があった。

 すう、すう、と小さく寝息を立てる彼女に笑みを零しつつ、僕はテーブルに置いていた彼女が用意してくれたプレゼントを手に取ると、首にかける。

 ……うん、これからはずっとこれを身に着けたままでいよう。

 そんな事を思いつつ、僕は小さくくしゃみをすれば、下着姿だった事を思い出して。


「……ん……うぃ、る……?」

「あ……ごめん、ミラ。起こしちゃったね」

「んん……大丈夫……」


 相変わらず朝は弱いのだろう、ミラは小さく欠伸をしながらぼんやりとした表情で僕を見て……そして、にへら、と笑みを零した。


「……えへ、へ」


 そんな彼女の無防備な笑みを見れば、僕は心が暖かくなり。

 せっかくなのだから彼女にも身につけてもらおうと、小箱を彼女の元に持っていけば、ミラも意図を理解してくれたのだろう。

 小箱から取り出した指輪を、指にはめようとして――……


「……ん……ふ、ふふっ」

「え……あ」


 ――そこで初めて、僕は自分が大失敗をしでかしてしまった事に気がついた。

 彼女は僕がプレゼントした指輪を薬指にはめようとしていたのだけれど、指輪のサイズが合っておらず。

 少し指に入った所で、彼女の指輪は止まってしまい……それを見た彼女は、少し可笑しそうに笑みを零せば。


「……ちゅっ、ん。次は、気をつけてくれよ?」

「あ、ぅ……う、ん」


 額に口付けられながら、僕は顔が真っ赤になっていくのを感じつつ。

 彼女は取り敢えずと、小指に指輪をはめると軽く天井に掲げるようにして……そして、幸せそうに微笑んだ。


 ……うぅ、次からは本当に気をつけよう。

 僕は顔を真っ赤に染めながら、カミラに言ったら直してくれるかなぁ、なんて考えつつ……ミラと一緒に、穏やかな朝の時間を過ごしていった。

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