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6.それぞれの恋模様

 ――雑踏の中をしばらく歩くと、思いの外簡単にそれ(・・)を売っている場所が見つかった。

 出店はどこもある程度客が入っており、人だかりが出来ていたのだけれど……その中でも、その場所はちょっと異色で。

 僕はそこへミラを連れて行こうと手を引いていたのだけれど、その人だかりを前に思わず立ち止まってしまう。


 ……だって、仕方がないじゃあないか。


「――君にはこれが似合いそうだね」

「貴方もこれが似合いそう。ふふ、同じものを身に付けるなんてどうかしら――」


「……うぃ、ウィル。ここに来たかったのか……?」

「う……そ、それは、まあ……み、ミラはここで待ってて」


 きっと僕と同じ事を考えている人は一杯居たのだろう。

 彼らは恋人たちとイチャイチャとしながら、お互いへの贈り物を見繕い合って居て……こう、何というか凄まじく甘く、甘く。

 その雰囲気に僕らは思わずたじろぎながら、顔を熱くしつつ……流石にミラをこの中に連れて行くのは気が引けたので、僕は一人でその人だかりの中へと入っていった。


 僕みたいな客は珍しかったのだろう。

 周囲から少しだけ奇異の視線を受けはしたものの、僕は気にする事無く店に陳列されている物を見た。

 そこに並んでいたのはネックレスやブレスレットなどといった装飾品で、どれも華美な装飾が施されており。


「……えっと」


 僕が探していたのは、その中でも特に小さなもの。

 掌に収まるような、小さな――……


「坊や、何を探しているのかな?」


 ……それを探していると、不意に店主から声をかけられた。

 彼は笑みを浮かべつつ――僕をもしかしたら冷やかしの子供とでも見たのかも知れない。

 丁寧な口調ではあるのだけれど、その表情はすこしだけ迷惑そうで。


「えっと、指輪を探しているのですが」

「指輪、指輪ね……この辺りなんてどうかな?」


 早い内に決めて立ち去ろうと、僕は内心苦笑しつつも。

 店主は一応は客だからと、店の一角にあった幾つか指輪が入っているケースを僕の方へと差し出してくれた。

 指輪はどれも綺羅びやかで、色とりどりの宝石がはめ込まれており。

 どれもミラに似合うなぁ、なんて思ってしまうと……さっさと決めると、ついさっき思ったばかりなのに。

 一度悩んでしまうと、ついつい時間をかけてしまい――……


「なあ坊や、指輪というのは高価なものだから――」

「――あ」


 ……店主が何やら言っていたのも聞かずに、僕はその指輪の中の一つを見て、思わず声を漏らしてしまった。

 それは、他の指輪とは違い――宝石を嵌め込まれてはいたものの、その宝石がかなり特徴的で。

 花、といえば良いんだろうか。幾重にも折り重なった花弁のような、そんな形の宝石が嵌め込まれたその指輪は、僕から見ても綺麗に映った。


 ――きっと、これなら彼女にも似合うだろう。


「店主さん、これを――」

「ああ、それはウチの店でも一等高いものなんだ。坊やじゃとてもとても」

「ん……どのくらいですか?」


 僕の言葉に、何故か店主は小さくため息を吐き出しつつ、その指輪の値段を提示してきた。

 ……なるほど、高い。

 カミラにフルオーダー一つ頼むのと大差ない値段なのだから、装飾品としては破格の値段なのだろう。

 とはいえ、幸いというべきか――僕は基本的に装備とかにしかお金を使ってないから、この程度なら問題なく支払う事が出来た。

 どうせ貯めるばかりで滅多に使わないお金なのだ、こういう時にこそ使ってしまうべきだろう。


「判りました、ではその値段で」

「――え、は? いやいや、そんなお金持ってないだろう?」

「手持ちでギリギリですけど……」


 そう言いつつ、休暇の時に持ち歩いている分のお金を全て差し出せば、彼は何故か知らないけれど固まってしまい。

 ……もしかして、少し足りなかったりしたのだろうか?

 一応、幾ら持ち歩いているかくらいはちゃんと把握していたつもりなのだけれど――……


「し、失礼しました、少々お待ちを」

「あ……は、はい」


 急に態度が変わった店主に首をひねりつつも、少し待つと先程の指輪を包んでくれたのだろう、綺麗な包装がされた小箱を手渡してくれて。

 僕は店主に軽く礼を言えば――何やら店主はまだ何か買わないかと言っていたような気がしたけれど。

 もうミラへのプレゼントは買った訳だし、これ以上は必要ないかな。


 店主にひらひらと手を振りながらミラの元へと戻れば、彼女は何故か少し顔を赤らめていて。

 ……もしかして、寒空の中待たせたから風邪でも引いたのかな、と少し心配になってしまう。


「お待たせ、ミラ。えっと、大丈夫?」

「ん……な、何がだ?」

「少し顔が赤いから。ごめん、一人で放置しちゃって」

「あー……いや、大丈夫だ。それじゃあ行こうか」


 ミラは何故か少し嬉しそうにすると、僕の手を握ってくれて。

 僕も手を握り返すと、先程買った指輪を懐に入れながら彼女と並んで、雑踏の中を歩き始めた。


 その後も色々な出店を見て回りつつも、基本的には何かを買ったりする事はなく。

 目で楽しむようにしながら、僕らは日が暮れるまでの間、その通りをぶらぶらと歩き回って。

 次第に出店が閉まっていくと、人通りも徐々に徐々に減っていき。

 僕はそれを少しだけ寂しく思いながら――軽く深呼吸をすれば、ミラの方へと視線を向けた。


「その、ミラ」

「あの、ウィル」


 ……偶然というか、何というか。

 僕らは同時に、互いに声をかけあってしまって――僕らはきょとん、とした後に思わず笑ってしまった。


「ふふ、全く――どうした、ウィル」

「あはは……えっと、ミラ。この後は空いてる?」

「ん、まあ特に用事と言ったものはないが……」

「――なら、良かった」


 ミラの言葉に、ホッと胸をなでおろす。

 もし断られたら、この指輪を持ったまま次の機会まで悶々としてないといけなかった訳だし、それは辛い。


「それじゃあ、ミラ。これからちょっと僕の部屋に来てもらっても良いかな。食事とかは用意するからさ」

「む……ぅ」


 ……何故かミラは、僕の言葉に少しだけ小さく唸ると、悩むようにして。

 あれ……もしかして、やっぱり何かしら用事でもあったのだろうか?

 僕は少しだけ不安になってミラを見上げると、彼女はその視線に気付いたのか。

 ああ、違う違うと苦笑しながら手を振って。


「その、私も私で自分の部屋に誘おうと思っていたからな。私の部屋ではダメ、か?」

「ううん、ただその、二人きりになれる場所が欲しいなってだけだったから。ミラの部屋でも、大丈夫だよ」

「……そうか、ふふ、良かった。では夕食は私が用意させてもらうぞ」


 ミラの言葉に少し安堵して――本当はちょっとだけ、緊張してしまうから僕の部屋が良かったなぁ、なんて思いつつ。

 でも、ミラの嬉しそうな笑みを見ればそれもどうでも良くなってしまって。

 僕はミラの手を軽く握ると、一緒に並んで本部へと――ミラの部屋へと歩き始めた。




 /




「――おー、熱い熱い。これから部屋にしけこんでする(・・)のかな、やっぱ……あいたっ!?」

「ら……び、えり……っ、いい、かた……!!」

「いやあ、まあ楽しかったな」

「……本当に子供同士のデートみたいでしたね、全く」


 ――本部へと戻っていくウィルとミラより、程なく離れた物陰。

 彼らのデートを見守り――もとい楽しんでいた四人は、出店で買った食べ物を口にしつつ。

 これ以上は難しいと判断したのか、二人を追いかける事無く休憩していた。


「んじゃ、僕らもこれで解散?」

「そ……だ、ね。さす……が、に……部屋、に……おしか……けるの、は……ね?」

「よし、じゃあ酒でも飲みに行くか!」

「……貴方はいつもそれですね、ギース」


 各々解散、という流れからギースがそんな事をのたまえば、リズは軽く頭を抱えるようにしつつもため息を漏らして。

 ラビエリとアルシエルも苦笑しつつ頭を振れば、ウィルとミラの様子を見てから物陰から体を出し。


「僕らは帰るよ。流石に半日尾行してたから疲れちゃったし」

「わ……たし、も……また、あし……た、ね」


 そんな事を言えば、二人は軽く体を寄せるようにしながら、仲良く二人で本部の方へと歩いていった。

 そんなラビエリたちの様子を見れば、ギースもリズも互いに顔を見合わせて、小さく笑い。


「それじゃあ、俺らは独り身同士寂しく飲むか」

「……仕方ありませんね、付き合うとしましょう」


 ギースの言葉に苦笑交じりにそう言えば、リズはギースと並んで酒場へと歩き出した。

 ギースの隣を歩くリズは、少しだけ――本当に僅かにだけれど、嬉しそうにしていて。

 ただ、これから酒場に行く事に浮かれているギースは、それに気付くことはなかった。

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