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4.男の不幸と、二人の思惑

 ――男は、笑いが止まらなかった。

 パラディオンの本部がある城塞都市。そこには多くの人々が集まっており、必然的に多くの財もまた集まっていた。

 とはいっても、城塞都市で盗むを働く者は極端に少なく。

 盗みは愚か、犯罪を犯すものさえも殆ど居なかった。

 当然といえば当然だろう、何しろパラディオンは害獣と戦う言わば軍隊のような存在で。

 人外の存在と戦い続ける彼らのお膝元で犯罪を犯すなど、正気の沙汰でないと言うのが彼ら犯罪者の中では定説だったからだ。


 男も当然、先日まではそう思っていた。

 如何に罪があっても、犯罪が犯せないというのであれば何の意味もない。

 ハイリスク過ぎるのだから、そんな場所で盗みを働くなんてバカバカしいと。


「ひ、ひ……っ、何がパラディオンだ、バカバカしい」


 だが――男は実際にこの城塞都市を訪れた時、とある事に気付いてしまったのだ。

 確かにこの街はパラディオンのお膝元ではあるものの、ここに常駐しているパラディオンは驚くほどに少ない事に。


 ――仕方のないことだった。

 世界に発生する害獣の数に対して、パラディオンの数は決して十分であるとは言えず。

 本部に駐留、もとい休暇をとっているパラディオンの多くは大規模な駆除を行った後、つまりは疲れ切ったパラディオン達であり。

 結果として、城塞都市の警備はそこまで厳重というわけではなく――……


 背後で自分を追いかける女性に嘲笑いながら、男は街中を駆けていく。

 男が獣人族(ビースト)だった事もあり、女性は見る見る内に離されていって……事実、男の足は一般人ではとてもでは追いつけない程に速かった。

 様々な街でその脚を活かしてひったくりを繰り返していた男にとって、この城塞都市は楽園のように映っていた。


「今度は仲間たちを連れてくるか、くくっ。良い稼ぎ場になりそうだ」


 そう口にしつつ、男はそのまま人目のつかない場所まで逃れようと、小道に入ろうとして――……


「はい、ストップ。ここで盗みなんて、いい度胸してるよね」

「……は?」


 まるでそれを全て読み切っていたかのように……男の前に、白髪の少年が立ちふさがっていた。

 少年は呆れたような表情をうかべつつ、はい、と手を男の方へと差し出して。


「盗んだものを出して。大人しくしておいた方が身のためだと思うよ?」

「な……ちっ、調子に乗るなよクソガキ――!!」


 男は少年の言葉に激昂した。

 まるで諭すような言葉を口にした少年が、あまりにも気に食わず――その拳を振り上げて。

 少年はそれを見れば、心底呆れ返ったようにため息を漏らし。


「――遅い」

「は――え、な」


 ぱしん、と。

 男が振りかざした拳を容易く片手で受け止めつつ、少年がその足元を軽く払えば、男の視界はぐるん、と回って。

 男は自分の身に何が起きたのかも理解できないまま、背中を石畳に打ち付けた。


「~~~~~~……っ!?!?」

「……もう、だから大人しくって言ったのに」


 背中を強打して悶絶する男を見下ろしつつ、少年は小さくため息を吐き出すと、そのまま男を片手で捻り上げていく。

 男は突然の事態に、何が起こっているのかが理解できなかった。

 自分よりも遥かに小さな少年に投げ飛ばされ、捻り上げられて――あっさりと、拘束されて。


「――む、何だ。もう終わってしまったのか?」

「うん、まあ待ち伏せ出来たからね」


 続けて現れた長身の女性を見れば、男は舌打ちをした。

 このままだと捕まってしまう――否、既に捕まってはいるものの、相手は唯の女子供なのだから、今逃げればまだ目はあるのだ、と。

 そんな甘い考えを浮かべつつ……男は少年の手が僅かに緩んだのを感じれば、しめた、とほくそ笑んだ。

 恐らくは女性は少年の姉か何かなのだろう。

 親類が現れれば気が緩むのは当たり前のことで――今までそういった事を利用してきた男だからこそ、それを見逃す事はなく。


「……っ、と……あ、止めたほうが」


 渾身の力で少年の手を振りほどけば、男は長身の女性に向けて走り出した。

 少年はやたら怪力だったけれど、まさか二人もそんな奴はいまい。

 そんな考えの元、男は懐に入れていた砂を女性に向けて投げつければ、目潰しをしつつ脇を抜けようとして――女性は容易くそれを掌で受ければ。

 鋭い視線で、脇を抜けようとしていた男性の動きをしっかりと見据えており――……


「――貴様、何をするッ!!!」


 今度は先程の少年のように生易しい衝撃ではなく、まるで首から上が吹き飛んでしまったかのような、そんな感覚を覚えながら。

 女性に蹴り飛ばされたのだと気付いたのは、スカートを翻しながらその脚を晒した女性が目に入ってからで――男はそのまま、あっさりと意識を手放した。




 /




「ぺっ、ぺ……っ、ああ、もう……折角二人に見繕ってもらった服だと言うのに……」

「大丈夫、ミラ?」


 ぐるんと空中で一回転しつつ、地面に倒れ伏した男――ひったくり犯の背中を踏みつけつつ、ミラは口に入ったであろう砂を吐き出した。

 ……何というか、まるで戦鎚でも叩きつけたみたいな音が鳴ってたから、男がちょっとだけ心配になってしまう。

 まあ盗みをしたんだし、これも因果応報ということで、なんて思いつつ……彼の体がぴくん、と震えるのを見れば、ああ、生きてて良かったと、ホッと胸を撫で下ろし。


「……まあ、泥で無かっただけ良かったとするか。盗まれたものは?」

「大丈夫、ちゃんと確保したよ」


 服についた砂を払い除けつつ、小さくため息を漏らすミラにカバンを見せる。

 幸いというべきか、先程捻り上げた時に確保していたから特に壊れた様子も、傷が入った様子もなく。

 それに安堵したようにミラは笑みを見せれば、じゃあ行くか、と。

 地面に倒れ伏したまま気絶している男を担ぎ上げながら、男が逃げていた道を逆戻りし始めた。


 道を戻っていけば、カバンを盗まれて途方に暮れていた女性が座り込んでいて――


「あ……ああ、有難うございますっ」

「私よりウィルに礼を言ってやってくれ。捕まえたのはウィルだからな」

「はい、弟さんの方も有難うございます――!」


 ――彼女の言葉にとても複雑な気持ちになりつつも。

 僕はそれを表に出さずに、彼女にカバンを渡せば、拘束したひったくり犯を詰め所に突き出して。


「ふっ、くく」

「もう、笑わないでよ……」

「いや、済まん……全く、ウィルはとても頼りになる男だと言うのにな」

「……ん……も、もう」


 ミラに非難の視線を向ければ、彼女は少し申し訳なさそうにしつつ、僕の頭を優しく撫でて――ああ、もう。

 そんな事をされると、逆に嬉しくなっちゃうじゃないか。

 ……ミラに認めてもらえてるというのは凄く嬉しいし、子供扱いばかりされている事なんてどうでも良くなってしまいそうで。

 そんな僕を、ミラはどこか微笑ましげに眺めつつ、笑みを零した。


「さて、ではデートの続きと行こうか。今度は何処に行きたい?」

「ん……そう、だね」


 ミラの言葉に僕は口元に指を当てつつ考える。

 ……正直な所、相変わらず僕には特に行きたい所というか、そういう場所は思い浮かばなかったけれど。

 ただ――そう、やってみたい事、してあげたい事と言うのは有って。

 ミラの顔を見上げつつ、何処へ行けばそれが出来るのだろう? と、経験の浅い頭で思考を巡らせていく。


「……どうかしたのか、ウィル?」

「んー……」


 ……ミラに聞いてみようかと思ったけれど、それは何だが妙に悔しかった。

 見栄とでも言うのだろうか。

 これがギースやラビエリ相手だったなら、普通に聞いたのだけれど――ことミラの前では、出来れば自力で解決したいという意地があって――……


「ん……?」

「ふむ、あれは――」


 そんな事を考えていると、ふと視界の隅に何やら賑やかな雰囲気の通りが映った。

 視線を向けてみれば、そこには出店が並んでおり――成る程、行商人達が店を出しているのだろう。

 食料品や雑貨、その他にもたくさんの品物が並んでいて……


「――行ってみるか、ウィル」

「そうだね、ちょっと見てみようか」


 ……もしかしたら、そういった場所なら見つかるのかな、なんて思いつつ。

 ミラの誘いに頷くと、僕らは改めて手をつないで、その賑やかな通りへと歩き始めた。

 僕の隣を歩く彼女は何やら、とても楽しそうで。

 僕はそんな彼女を見ているだけでも、とても、とても心が暖かだった。

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