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凡庸なるパラディオン ~平凡な僕らは、それでも世界を守り抜く~  作者: bene
序章:パラディオンになる前のお話
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8.花園の主(前)

 まるで、金切り音のような甲高い音に、花園が震え上がる。まるで風でも巻き起こったかのように花びらが舞い散り、それと同時に花の馬が動き出した。

 先程出した音のせいもあるのだろう。相変わらず音を立てずに動くソレはとてつもなく不気味で、恐ろしい。四足を緩慢に動かしてこちらに向かってきているだけだと言うのに、その足が此方の身の丈かソレ以上にあるのだから、見た目以上に疾く――


「――すぅ」


 ――だから、まずはその機動力を奪うことにした。

 矢をつがえればその緩慢に動いている足、出来ることならその膝らしき場所に当たるように狙いを定め、放つ。

 金切り音が鳴り止み、再び静かになった花園に風切り音が鳴り響き――膝には当たらなかったものの、矢は確かに四本の足の一つに命中した。


 だが、それだけだった。


「な……っ」


 止まらない。矢はそれ自体が半分ほど埋まる程度に突き刺さっているというのに、花の塊は気に留めることすらなく動き続けて。

 それどころか、緩慢だった動きは徐々に徐々に速さを増していき、僅かに草花が揺れる音だけを立てながら、花の馬はミラに向かって突進していく。


 考えている余裕はない。再び矢をつがえ、今度は効果の薄かった足ではなく、生き物であるなら少なくとも撃たれる事は避けるであろう頭に狙いを定めた。

 焦って放った2射目だったが、花の馬自体が大きい事が幸いしたのか、矢は風切り音を鳴らしながら頭に向かって飛んでいき――


「よし、良くやったッ」


 ――その矢を、長い首を捻るようにしてかわした花の塊は、僅かに体勢を崩した。

 ソレを見逃す事なく、ミラは突進を避けながら槍の穂先で花の馬の足を切り裂いていく。僕も突進のコースに入らないようにかわしつつ、通り過ぎていく花の馬に向けて3射目を放った。


 背中に矢を深々と受けながら、しかし花の馬は悲鳴の一つさえあげる事無く方向を変えて、こちらに再び頭を向ける。

 ……動きが鈍った様子はない。馬のように蹄を鳴らす事さえなく、体から血を流す事さえ無く花の馬は此方を観察するように周囲を回り始めた。


「……どう思う?」

「幽霊ではないと思いたい、がな」


 僕の言葉に、ミラは冗談めかして先程花の馬の足を切りつけた筈の槍を僕に見せる。

 ……穂先には何も付いていなかった。あの小さい方の害獣のような白い血はおろか、体液らしきものさえ、何も。

 矢が深々と突き刺さっているのに意にも介していない様子からして、痛覚みたいなものがないのかと思っていたが……血すら通ってない、という事なのだろうか?


「――手応えがなかった。殆ど空を切ったような感触だったんだ」

「手応えが、無い?」


 だが、ミラが告げた言葉はそれよりも更に奇っ怪だった。

 手応えがない。あれ程の大きな存在を切り払ったというのに、切った感触がない。

 ……成る程、確かに幽霊だと疑いたくもなる。目の前にいるのが幻なんじゃないか、と考えたくもなる。


 実際、アレが発した音は最初の金切り音だけで後は殆ど無音だった。もしかしたら、僕らは揃って幻覚でも見ているんじゃなかろうか?


「幻覚だったりしないかな」

「だったら良かったんだがな。横を通り過ぎた時、しっかりと風を感じた。多分、無いな」


 ……まあ、そもそもの問題として2人揃って全く同じ幻覚を見てる、なんて事の方が有り得ないか。

 となると、現状有効そうな手段は一つくらいしか思い当たらない。


「……頭かな」

「……頭だな」


 僕とミラは同時にそう呟くと、互いに顔を見合って……少しだけ可笑しそうに笑ってから、小さく頷いた。

 そう、先程矢を放った時に唯一あの花の馬が回避した箇所。恐らく、あの場所があの花の馬にとって弱点か、或いは都合の悪い場所なのだろう。


 であるならば、やることは決まっている。あの花の馬の頭に何とかしてダメージを与えれば、活路が見いだせる筈だ。




 ――だが、それも決して容易い訳ではない。

 むしろどうやってそれをすれば良いのか、どうすれば出来るのか、僕らは道筋さえも立てられずにいた。


「ち――ッ」


 数度目の突進に、ミラの表情が歪む。何とか矢で頭を狙う事で突進のコースを歪め、辛うじて僕らは花の馬の攻撃をしのぎ続けていたが、こんな事は何時までも続かない。

 幸い、頭を狙われていると理解したからか……そんな知能があるなんて思いたくも無いが……花の馬の動きは慎重で。一度の突進の後、少しの休憩時間がある事だけが救いだった。


「ミラ、大丈夫?」

「大丈夫に、見えるか?」

「……ごめん」


 ミラの言葉に短く謝る。ミラは幾度となく花の馬と至近距離で相対しているせいか、突進を既の所でかわし続けているせいか、消耗が激しい。

 汗をじっとりと滲ませつつ、肩で息をしているその姿を見れば、あの突進を後何回しのげるか――


「ち……っ、もう少し休ませろ!!」


 ――ミラの悪態と同時に、花の馬が再び突進してきた。

 気の所為かもしれないが、徐々に突進の間隔も短くなっているような気がする。

 このままだとジリ貧なのは明らかで……何かしらの手段を講じなければ、2人揃ってあの花の馬の餌食になってしまうだろう。


 再び矢を放ち、辛うじて花の馬の突進をかわしつつ考える。

 問題なのは、あの花の馬の弱点が遥か高い位置に有るという事だ。槍をもってしても届かない程の高い場所。矢であれば届くが、それも僕の腕では――この弓の強さでは、器用に回避されてしまう。

 であれば、足元を崩して直接叩くしか無いのだが、それも難しい。

 あの花の馬はどういう訳か、切っても突いても足が崩れない。単純に痛覚がないだけなら良かったが、どうやらそうでもないらしく――既にこうして突進を回避している間に、ミラが幾度となく同じ足を切り、突き続けているというのに、その動きには一切の陰りが見えなかった。


 ……考えたくもない話だが、あの足にはもう実体がないと思うしか無い。

 実際には有るのかもしれないが、こうも攻撃全てが無意味になってしまうのであれば、そう考えたほうが良いだろう。


 つまり――足をどうこうする、以外の方法であの頭を攻撃するしかない。

 だが、どうやって?ミラが如何に槍の天才だと言っても、単純なリーチが足りない。矢で遠くから撃っても、僕一人だけじゃ頭に当てるなんて事はできそうにも無い。


「く……っ、この――ッ!!」

「……ミラッ!?」


 考えている間に、再び無音の突進が来る。

 辛うじてしのぎ続けていたミラは、花の馬が通り過ぎた後に膝を付き――しかし、槍を杖代わりにすれば、再び立ち上がった。

 僕の言葉に応えるように、まだ大丈夫だとでも言うかのように槍を構えるが、そろそろいい加減に限界なのだろう……当たり前だ。未知の相手に、それも自分より遥かに大きい相手に、幾度となく攻撃されているのだから。

 僕だったらとっくにあの突進に巻き込まれて餌食になっている。

ミラがあの突進をどうこうできるのは、贔屓目にみても後一度が限界と言った所だろう。それまでに、何とかこの状況を打開しなければ――


「――ぁ」


 ――そこまで考えて。

 僕はとても単純な、そしてとても難しい打開策を思いついた。

 やる事は簡単だけれど、その後――もし失敗したら、多分リカバリーがきかない方法。余裕があるのであれば、絶対にやりたくない。そんな方法を。


「ミラ、聞いて」

「……どう、した」


 肩で呼吸するミラに、小さな声で思いついた打開策を告げる。ミラは驚いたように目を見開きつつ、即座にそれを却下したように見えたが――少し考えるようにしてから、渋々と頷いてくれた。

 どんなにハイリスクで、失敗した時の次善策が無いとしても。もう僕らにはそれに縋るくらいしか、手がないのはミラにも解っていたのだろう。




 ……チャンスは一度。

 次の突進が僕らにとって、最後のチャンス。

 僕もミラも呼吸を整えながら――手筈通りに動けるように、意識を研ぎ澄ませた。


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