16.夜
今宵は星が綺麗ですね。
それを言う相手など僕にはいないけれど、これほどまでに星の美しい日であったら、思わず見知らぬ人にさえも言ってしまいそうなところである。
思わず言葉になるほどに、むしろ、意識しては言葉を選り出すことすら難しく思えるほどに、感情や意識さえコントロールする星の幻想的な光。
「I love you.」を「月が綺麗ですね」と訳したのだという夏目漱石先生は、これほどに美しい星を知っていて、それを言ったのだろうか。
否、そうではないに違いない。
これほどまでに美しいような星空を、もし知っていたとしたならば、月など持って来れようはずもないのだから。
天へと誘われる、この感覚を知らずに死ぬ人は、哀れとも言える。
星よ。
あぁ星よ、これほど幻想的で美しいものがあるはずがないのだから、きっと何か代償を支払わせるつもりなのだろう。
そしてそれは、きっとこの身であるのだろうよ。
天使としか思えない、天使の力としか思えないのだ。
夜が終わったら、すぐに星は見えなくなってしまう。
太陽の光に隠されて、その輝きを主張することも許されず、その美しさを魅せるステージからも降ろされてしまうのだ。
太陽の名において、他の星々は明かりであることを否定される。
なんとも切ないことであろうか。
次に星空が飾るのは、次の太陽が沈むとき、最も近くて明日の夕方というわけか。
いっそのこと、僕が星空を追い掛けて、いつでも星の輝く場所にいるというのも手に思えた。
そうしたらば、一生を僕は夜の中で過ごせるのだ。
止まることなどなく、僕が疲れようと苦しかろうと、容赦なく時間は進んでしまうものだから、それに合わせて一定の速度で僕も進んで行く。
置いていかれないように、夜の街を歩き続ける。
次の夜じゃ嫌だから、昼を越えない夜を目指して歩くのだ。
極夜というものの存在を知らないわけではない。
それなのに、追い掛けようなどと思ってしまっている時点で、僕は疎らな星明りに焦らされるこの瞬間を、確かに望んでしまっているということなのだろうか。
永遠の夜を望むくせして、昼の来ない場所へ向かうことを、恐れているとでも言うのだろうか。
結局は、この星夜の感動に晒されて、切なさに涙を流すことこそが僕なのだろう。
この星空こそが、僕の何より求めている星なのだろう。
別の場所から見る星はこの星ではなくて、もはや別の星であることだから、僕に感動を与えるものとはまた異なっている。
そういうわけなのかもしれなかった。
我ながら、わがままな感性を持ったものだ。
星よ。僕の頭上で輝いている星よ。
やはり僕はお前のことが好きであって、お前じゃなくちゃいけないようだ。
だから星よ、どうか、またすぐにこの空に昇っておくれ。
なんと美しい星、なのだろうか……
この感情、以前の僕にも覚えがあるような。
あぁ、けれど考えることさえも、面倒になって来るような幻想的な星空に、僕は瞳を閉じる他手段を持っていなかった。
夢の世界で踊りましょう。愛する夜の瞬間で。