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1.夜

 今宵は月が綺麗ですね。

 それを言う相手など僕にはいないけれど、これほどまでに月の美しい日であったら、思わず見知らぬ人にさえも言ってしまいそうなところである。


 思わず言葉になるほどに、むしろ、意識しては言葉を選り出すことすら難しく思えるほどに、感情や意識さえコントロールする月の怪しげな光。

 「I love you.」を「月が綺麗ですね」と訳したのだという夏目漱石先生は、これほどに美しい月を知っていて、それを言ったのだろうか。


 否、そうではないに違いない。

 美しいという言葉とは不釣り合いなこの月の目映さを、もし知っていたとしたならば、そのような訳に使えようはずもないのだから。

 魂を抜かれる、この感覚を知らずに死ぬ人は、哀れとも言える。



 月よ。

 あぁ月よ、これほど怪しくも美しいものがあるはずがないのだから、きっと何か代償を支払わせるつもりなのだろう。

 そしてそれは、きっと魂であるのだろうよ。

 悪魔としか思えない、悪魔の力としか思えないのだ。


 夜が終わったら、すぐに月は見えなくなってしまう。

 太陽の光に隠されて、その輝きを主張することも許されず、その美しさを魅せるステージからも降ろされてしまうのだ。

 太陽の名において、月は明かりであることを否定される。



 なんとも切ないことであろうか。

 次の月が昇るのは、次の太陽が沈むとき、最も近くて明日の夕方というわけか。


 いっそのこと、僕が月を追い掛けて、いつでも月の昇る場所にいるというのも手に思えた。

 そうしたらば、一生を僕は夜の中で過ごせるのだ。


 止まることなどなく、僕が疲れようと苦しかろうと、容赦なく時間は進んでしまうものだから、それに合わせて一定の速度で僕も進んで行く。

 置いていかれないように、夜の街を歩き続ける。

 次の夜じゃ嫌だから、昼を越えない夜を目指して歩くのだ。



 極夜というものの存在を知らないわけではない。

 それなのに、追い掛けようなどと思ってしまっている時点で、僕は疎らな月明りに焦らされるこの瞬間を、確かに望んでしまっているということなのだろうな。

 永遠の夜を望むくせして、昼の来ない場所へ向かうことを、恐れているとでも言うのだろうか。



 結局は、この月夜の感動に晒されて、切なさに涙を流すことこそが僕なのだろう。

 この月こそが、僕の何より求めている月なのだろう。

 別の場所から見る月はこの月ではなくて、もはや別の月であることだから、僕に感動を与えるものとはまた異なっている。

 そういうわけなのかもしれなかった。


 我ながら、わがままな感性を持ったものだ。

 月よ。僕の頭上で輝いている月よ。

 やはり僕はお前のことが好きであって、お前じゃなくちゃいけないようだ。


 だから月よ、どうか、またすぐにこの空に昇っておくれ。

 なんと美しい月、なのだろうか……



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