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霊禍鬼

作者: 灯宮義流


 道端に、少年が倒れていた。

 季節は夏なのにも関わらず、住宅街に一人の子どもが倒れていた。息はある……というより、ゼエハアと荒く息遣いしていた。

 ちょっと時代と季節から外れたような違和感のある服装で、真っ黒の長袖と長ズボンを履いている、背丈に合わない服装をしていた。

 そのデザインも、一見スーツに見えたが、袖などから和服の意匠も見受けられ、一体これをどう称していいかは疑問だ。

 腹を抱えているところを見ると、腹痛から急に倒れてしまったのだろうか。夏はその暑さから、身体にどんな不調が起きてもおかしくない季節だ。

 住宅街に人が通らないということはやはりなく、一人の若い女性が慌てて少年に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「……ハアッ、ゼェッ」

 わざとらしくも聞こえる息遣いが、女性の焦燥感を煽った。

 運の悪いことに、ちょっと近くに出かけるだけのつもりだった彼女は、携帯電話を持っていない。それに公衆電話も無い。

 周りに助けを呼びたいところであるが、この住宅街はほとんど周りがマンションで、すぐに駆け込めそうなのは、人気の無いそれぞれの管理人室ぐらいしかない。

 どうすれば良いかと悩んだあげく、彼女は少年を抱きかかえて、自分の家まで走ることにした。すぐ近くだったし、他とは違って親が引っ越した後の一軒家だったため、家にもすぐ入れやすかったのだ。

 少年は運ばれている間、ずっと重苦しい息遣いばかりしていた。それがまた、彼女を焦らせて、足を余計に速めさせていった。


「今すぐお医者さん呼ぶからね!」

 といって、女性はすぐに電話口へと向かった。今にも死にそうな少年だ、急いで助けなければいけない。

 少年は顔色も青白くて、かなり悪い方向に向かっているようなのだ、グズグズしていては、少年を助けることは出来なくなる。

 だがすると、ソファーに寝かせておいた少年が、ふいにムクッと起き上がったではないか。電話を取ろうとした女性は驚いた。

 少年はポカーンとした顔で、でも腹痛を背負っているような様子で、ここがどこかを把握し始めた。そして、ここに誰が連れてきたのかを次に確認した。

 女性と少年の目があった。女性の目には、とても不気味な、この世のものとは思えない少年の目が映っていた。

 子どもらしくも大人らしくもない、どこか違う世界を見ているような、非常に目を合わせていて、居心地が悪くなってしまうような、そんな奇妙な感覚だ。

 しばらく唖然としていた女性だったが、すぐにまた電話口へと向かおうとした。すぐに医者を呼ぶからといって。

「お医者さんはいりませんよ」

 少年はボソッとつぶやいた。まるでその、全身黒い格好をしているのは、闇に誘うためではないかとすら思えてしまうほど、とても暗い声だった。

 受話器を持つのをやめた女性は、ひとまず彼と向き合った。両の目を合わせて見ると、改めて少年が薄気味悪いかがよくわかった。下手すれば、助けたことを後悔してしまいそうにすらなる。

 だが、そんなこと言ってたら人間としての情が廃る。

「お腹が空いて倒れていただけです」

「お母さんは? 今日いないの?」

「父も母も僕にはいません」

「じゃあ、どちらに住んでいるの?」

「住むところなんてありません。ウロウロしながら、寝心地の良いところを見つけては、毎日そこで眠っている。そんな生活です」

「……」

 女性は改めて不気味に思った。もしかしたら嘘を言っているのかもしれないが、この一度捉えたら相手を離さないと言わんばかりの不気味な眼光は、嘘は言っていないことだけはどこかしらで示していた。

 だが、嘘でないということが、嬉々としたことではないということも、目が怪しく語っている。

「じ、じゃあ何か作るから。待っててね」

 話を切ろうとして、女性が今度は台所へと向かおうとした。だが、それを少年は止めた。

「そんな、食べられませんよ僕は」

「え?」

「いや、食べられるんですけどね。食べても長くは生きてはいけないんですよ」

「……」

 どうやら少年には複雑な事情があるらしい。両親がおらず、何かしら病気を抱えていて、でもその病気が怖くて逃げ出して、食べるものがなくて倒れていた。そんなところだろうか。

 にしたって保護者がいないというのと、ウロウロしてそこらで野宿しているというのは納得のいかない話ではあるが。

「じ、じゃああなたは、何を食べるの?」

「何を食べるか? ああ、すぐにわかりますよ」

 というと、少年はソファーからゆらりと立ち上がり、女性に手を向けると、それを引っ張るようにして引いた。

 すると、女性は何か紐にでも引っ張られたように転んで、その場に尻餅をついた。歩いてもいないのに転ぶなんて、よほど滑るところでもない限りあり得ない。

 だが、まず床を滑りやすく作るような家は、よほどの欠陥住宅でもない限りは無い。ましてやここは、女性の両親がなじみの不動産屋に頼んで作ってもらった、小さいながらも良い一軒家だったのだ。

 だとすれば女性はどうして転んでしまったのか……何が起こったかわからないうちに、少年はジワリジワリと近寄ってきた。

「あなたは、僕を助けましたね」

「そ、そうよ。あなたのことを助けようとしたの」

「その中に生まれた感情、哀れみ……そして人から褒められるという予測からくる、喜び」

「何を言っているの?」

「あなたが僕を助けたときに生まれた感情を、僕が推理してあげているだけです」

「……ボクが何を言っているか、私にはわからないの。せ、説明してくれる?」

 引きつった顔で、女性は少年に聞いた。少年が、ニヤリと笑った。

「二つ目。あなたに生まれた欲望」

「欲……望?」

「善人で居たいという欲望。同時に人に愛されたいという欲望。あなたは僕を助ける時、少なからずそう思ったでしょう?」

「そ、そんなことない。ただ、道端で一人で倒れていたあなたが助けたくて!」

「哀れみ」

 さっきと同じ言葉を、少年は言った。

「哀れみはちょっと酸っぱいような、でもさっぱりした味がするけど、善心はちょっと甘いから、そのあたりでちょっと引くんだよなあ」

「な……」

「調味料は善人欲かあ……甘さがしつこくなるなあ。まあ、食べないよりはよいか」

「やめて! 私に何しようていうの、アンタ!」

 女性は座りながら後ずさろうとした。だが、背後には壁がある。扉は左側、しかし何故だろう、その威圧感からか、立とうとしても立てない。

「あなたの感情と欲望、食べさせてください」

「い……」

 女性の悲鳴が、一軒家から少しだけ響こうとしていたが、何かによってそれは遮られた。

 そして少年は、女性から浮かんできた、それぞれ色のついたエネルギーのようなものを、吸い込むようにして口にいれていった。


「やっぱりちょっと甘かったなあ」

 少年は、不満そうな顔をして、家から出てきた。

 しきりに舌をペッペッとやっている。彼の言うとおり、甘すぎるからあまり味わいたくないのだろうか。

 もう一軒家からは物音一つ聞こえなくなっていた。女性がどうなったかを知っているのは、この少年ただ一人である。

 爪楊枝でもないかな、と言わんばかりに爪で指をほじくり返していると、ふいに背後に誰かが立つ気配がした。少年は、ん? とちょっと眠そうな声で、それに反応する。

 そこには、背中にいろんなガラクタを背負った、こちらよりは年上そうだが成人ではなさそうな少年が立っていた。

 ガラクタ少年は、ガラクタを背負っていることを除けば、至って格好の格好をしていた。とても涼しげな空色にシャツに、薄い生地のGパン姿で、ベルトの止め具を覆うように、大きな三角の飾りがついている。

「見つけたぞ、レイ!」

「君かあ。もう食事は終わったよ」

「遅かったか……まさか、病人を装うなんて、なんて卑劣な奴だ、レイ!」

「その呼び方女の子みたいだからやめてよ。霊禍鬼れいかきって、そう呼んで下さい」

「なんかわからないけど、それだと呼びにくいんだ」

日出陽一郎ひのでよういちろうって、長いだけの名前よりかはマシだと僕は思うよ」

 うるさい、という言葉を返す代わりに、少年は背中から紙を三枚取り出した。それは、一目見ると神社によくあるお札のようなことが書かれていた。

 真ん中には、古ほけた字体だが、しっかりと封印の『封』が刻まれている。

「今日こそお前を捉える。いけ、封霊界札ふうれいかいふだよ!」

 陽一郎が札を投げると、まるでナイフ投げのナイフのようにその札が飛んでいき、霊禍鬼に襲い掛かった。

 しかし、霊禍鬼はあろうことか、それに対して髪の毛を振るい始めた。何をするのかわからなかった陽一郎は、ただの脅しだとばかりに、そのまま札に力を送った。

 すると驚いたことに、霊禍鬼の髪がふいに意思を持ったように二つほどに束ね始められ、まるで刀剣のような形へと変化していった。そして、飛んできた札を全て切り落とす。

 それに陽一郎が怯んだところで、霊禍鬼は束ねていた髪を解くと、今度は滑らかなカーブを描いたように髪を束ねなおす。そして、それを扇風機のように回し始めた。

 すると、ただ髪が回っているだけなのにも関わらず、竜巻のような風圧が陽一郎に襲い掛かり、陽一郎はそのまま電柱に叩きつけられた。叩きつけられたショックで、背中にあったガラクタが紐解かれ、辺りに飛び散っていく。

「髪の毛でそんなこと出来るなんて……三年間追っていて初めてのことなんだけど……」

「そろそろ見せてあげたほうが、君も諦めるかなって」

「誰が諦めるか! はあっ!」

 陽一郎が気合を入れると、切れたはずの札が光り始め、霊禍鬼を囲った。

「かかったな! こいつは新しいお札さ。いつも使ってるのは封霊札ふうれいふだだけど、今回はどんなに切れても燃やされても、力を残して相手を囲えるようなものを買い込んだ。これでお前もお終いだ! 覚悟しろ!」

「あー。やってくれたね」

 と、わざと驚いたような格好だけして、声では受け流すように言うと、霊禍鬼も懐から何かを取り出した。

 何をやっても無駄だと余裕を見せる陽一郎だったが、霊禍鬼も焦ることなく、その取り出したものを、札束を広げるように三つ掲げてみせた。

 それは、なんと何の変哲も無い、ただの木の葉だった。

「ついに狂ったか。そんなもので何が出来る」

「目がフラフラしてるみたいだね。よーくこの、木の葉にかかれてる文字を見てみなよ」

 文字、と言われて、陽一郎は目を凝らしてみてみた。すると、そこには『妖爆』という判子で押したような文字が、しっかりと印字されていた。

「まあ見てるがいいさ」

 結界が張られていく中で、霊禍鬼はそれらを風に流した。流れていった木の葉は、ユラユラと落ちたり飛んだりして、結界のところへと突撃していく。

 その途端、木の葉は三つ同時にボンと爆発して、結界の中を煙だらけにしてみせた。

 いや、それだけではない。空気が思い切り流れているということは、結界からも破って見せたというわけだ。

「くそっ! 何が起こって……」

 と、陽一郎が悔しがっているうちに、相手はもう自分の目の前まで接近していた。一瞬陽一郎の背筋は、氷点下を大きく下回ったように、凍りついた。

「今回も僕の勝ちってことだね」

 そう霊禍鬼が言うと、彼は道端に散らばっていたガラクタの一つから、フライパンを一つ取り出すと、それを隣のマンションに無カッって投げつけた。

 パリーンと気味の良い音がすると、中から老人らしい怒声が響いてくる。

「じゃ、そういうことで。さようなら」

 彼が別れの挨拶をして手を振った時には、もう陽一郎の目の前は煙で包まれていた。何が起こったのか整理がつかないばかりか、一瞬腰の抜けた自分に悔しさを感じつつ、電柱にもたれ掛かるしかない。

 それにしても、どうして民家にフライパンなど投げたのだろう? 陽一郎は最後の相手の 行動がどうしても疑問だった。

 そして少し経ってから、陽一郎の前に、顔を真っ赤にして、額にコブを作った甚平姿の老人が現れ、カンカンな声を震えて押さえつけながら、こう聞いた。

「これは、君のかね」

「は、はい……そうですが」

「かぁぁぁぁぁつ!」

 陽一郎は、老人に思いきりフライパクで殴られて、町中に響くような絶叫をあげた。


「結構役に立ったなあ。あの木の葉」

 と余裕そうに言いながらも、わりと必死に走っている霊禍鬼の姿があった。

 敵は日々力をつけている。彼自身は今のところ、道具に頼らないと、特技といえば人の感情や欲望を食らうことしか出来なかった。

 陽一郎のも食らいたいところだが、相手は霊能力者だ、迂闊に手を出すと、自分が浄化されてしまうのである。

 ホッホッホッ、と中年男性のような声をあげながら走っていると、誰かと思い切り激突してしまった。しかし、人とぶつかったわりには痛くない。

 何かと思ってみてみると、目の前には小麦色の毛むくじゃらの電柱が立っていた。いや、実際は電柱よりは随分低かったが、背の低めな霊禍鬼にとっては、ある意味電柱のような奴だった。

 彼もまた背中に何かを背負っていた。とても巨大なソロバンだ、なんとも重そうで歩くとジャラジャラうるさそうなものである。

「どうも。霊禍鬼さん」

「あー、商鼬さんか」

 彼の知り合いだった。商鼬を聞いてから改めて見ると、小麦色の毛むくじゃらの生き物は、鼬のような顔をした、とても目付きの悪い生き物だった。

 しかも鼬が二本足で歩いている。これはとても信じられないことだった。もっとも、先程の霊禍鬼の力も物凄かったので、もはやそれほど驚くこともないだろうが。

「丁度えかったんじゃ。木の葉、使いました?」

「今さっき」

「そりゃぁ丁度えかったんじゃの。効果のほどは?」

「上出来」

「そうじゃったかー。えかったえかったんじゃ。ほいじゃぁですあ、はい」

「……なんですか? この手は」

 といって、霊禍鬼は商鼬の手をパシッと払った。商鼬は少し不機嫌そうにつぶやく。

「またまた。代金じゃ代金。この愛だのが前払いで、今回のが本払いよ。毎回説明してるじゃろうが、仕組みを」

「はあ。そうでしたか」

「忘れたたぁゆわせませんよ」

「いやいや。忘れてはいません、ただ……」

 少しバツが悪そうにつぶやいて彼が俯いたので、商鼬もそれにあわせて頭を俯かせた。

 そして、しばらく沈黙しているので、何だろうと思って彼が首を傾げていたところで、ふいに霊禍鬼は頭をあげた。

「ねこだましっと」

 パンッと手を叩くと、驚いた商鼬は、思い切り尻餅をついて倒れこんだ。しかも霊禍鬼が手を叩いた途端、爆発したような光が見えて、その驚きは倍増だった。

 その隙に、霊禍鬼は走ってその場から立ち去っていった。商鼬はしばらく「痛い! 痛い!」と騒ぎ立てていたが落ち着いてから、自分が今どんな目にあったかに気づいた。

 客がもういない。御代も手の中にない。商品の返品もない。

「あ……これ、万引きじゃなぁんかーーーー!」

 頭を抱えてジタバタしながら、商鼬は絶叫した。



「こ、こんにちわ」

 陽一郎は、散々老人に叩きのめされた後、被害者の家を訪ねた。しかし、彼の予想通り、返事は無い。

 感情や欲望を食われたものの中には、生きるという概念をなくして死んでしまうものすら居るからである。

 少し覚悟を決めて、陽一郎は家の中に踏み込もうとした。だが、家の中には、入れなかった。

「入ってこないで!」

 鼻に思い切りパンチを受けた陽一郎は、玄関の石畳に転がった。打ち所が悪かったのだろう、鼻血がドクドクと出ている。

「もう、人に愛されるのも愛するのもたくさん! 消えて!」

 というと、女性はさっさと家に入ってしまった。陽一郎は、ゆっくりと立ち上がって、彼女の説得を試みようとする。

 だが次の瞬間、玄関の隣の窓から、どこにあったのかダンベルが飛んできて、陽一郎はそれをなんとか避ける。

「……駄目か」

 ガックリとして、陽一郎は女性の家から立ち去った。逆に干渉すればするほど、彼女は苦しみ、追い詰められていく。

 だからここは、奪われた感情が回復するのと、彼女が妙な気を起こさないよう願うことしか、彼には出来なかった。

 帰り際に、陽一郎は電柱を蹴飛ばした。すると靴が飛んでいって、またマンションのほうに飛んでいった。

 恐ろしくなった陽一郎は、情けない声をあげながら、走って逃げた。



 人は感情や欲望というものを、他の生き物よりたくさん持っています。

 だから、人間のその心は、とても味が多彩で、味わい深く、飽きません。

 たまに外れがあったりもしますが、それもまた食べることの楽しみをさらに増幅させる一つの要素に過ぎません。

 そういえば話は変わりますが、あなたにとっての心の売りはなんですか?

 ちょっと一口、味見させていただきたいのですが。

怪社が公開不能になり、商鼬も読者・執筆者ともどもあまりノってくれず、僕等が望んでいたものはそうじゃないなと、妖怪ものを改めて考え直した短編です。

最近流行っているようですし、もし良い評価がいただければ、商鼬終了後、こちらに転換+商鼬の本編にも霊禍鬼登場、というのを考えています。

しかし、久々にまともな短編書きましたね。

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[一言] 何か主人公になったみたいだった
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