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魂狙撃手の静かなる世界大戦  作者: 難読
第一章 大国と小国
3/5

新暦793年 大国と小国⑵

戦争は8年に及んだ。


大国も小国も、自国の回復に同じ時間を要するほど、技術力と軍事力は総合的に拮抗していたからだ。結局消耗戦でお互い死傷者を出しながらも、最低限に抑え、常に前線を維持することだけを優先する戦いだった。


国のあちらこちらで煙が上がる。暴動だ。

重税に食糧不足、徴兵、いくら大国とはいえども限界が近づいていた。


スーヴァは16才になった。背もグンと伸び、無邪気に遊びまわっていた頃と比べれば多くのことを学んだ。それは、この国の戦火。民衆の怒りの声と、断末魔。それを悪夢として見ないようにする努力がほとんどだった。だが、王族として憔悴することは許されない。これまで倒れた者たちの魂を無にしないよう、戦争を終結させることがすべてだと考えていた。


そうしてふと、王である父親の隣に立ち呟いたのだ。これまで軍事には直接関わったことがない。教義を受け、修練を積み、能力を磨き上げてきた。何故そうしなければいけないかと問われると、きっとそうすることでしか正気を保てなかったのだろう。


「父上……もう、市民も限界では? もう少し消耗しない戦いは……」


「スーヴァよ、知ったようなふりをするな。戦いとは常に、激しくあるのだ。もう少し、もう少しで奴らが墜ちる。ならば手を緩めないのは当然のことだ。」


「しかし、市民の声を聞けば自国も小国も既に満身創痍……我が国の前線を一度退け、降伏を要求すれば必ずや……」


息子であるスーヴァは必死に父親へと訴えた。だが父である王は眉ひとつ表情を変えず、淡々と荘厳とした佇まいのまま、側近に命じた。


「おいジェニス、こいつに戦いのイロハを教えてやれ。此奴は甘すぎる。とことん頼むぞ。」


現れたのは白髪白髭の初老、名をジェニスというスーヴァにとっての執事のような存在だった。


「かしこまりました、陛下。」


「え、ちょ……ジェニス…離せ……!!父上、まだ話は終わっていません、父上!!!」


息子は、父である国の王に戦争の全てを教え込まれた。

だが、それはこれまでの教育とは違う。父は容赦のない人間であった。


これまでは基礎を詰め込むだけの教育であったが、今は違う。

思想を、思考を、正さねばならないのだ。矯正するために手段は選ばない、側近ジェニスは王の考えをすべて理解していた。


それは時には凄惨たるものだった。


「う、うあああああぁああ!!」


そこは紛れもなく牢獄を改装した、捕虜や敵兵士のための拷問室だった。冷たい壁に十字に貼り付けられ手枷をはめられたまま、ロウソクの火を近づけられた。彼の悲鳴が、絶叫が響き渡るのが収まると、ジェニスは変わらない優しい口調と困ったような表情でスーヴァに話しかけていく。


「陛下のご子息ゆえ、お許しください。何度も申し上げているように、相手への同情は時には味方を裏切ることになるのです。正解すれば罰を食らわずに済むと、何度も教えたはずですよ?」


「はぁ、はぁ……けれど、歴史ではそうでも、正しくないことだって……」


「おや、国家に対する猜疑的なお考え、いけませんね……あなた方王族は常に国に従順でなければいけない。その意味が、お分かりですか?」


そう言うと彼は一段と困った顔をしながらも、全くの躊躇を成さぬまま彼の体にもう一度火を近づけ、炙っていく。


「え、や、やめ……うわあぁああああ!!」


そのようにして、彼への軍教育は体罰を平気で伴った。それだけではない。座学も、剣術も体術も全て経験が全て。死ねばそこまでと言わんが如くに調教された。時には水を被せられ、真剣で切りつけられ、何度も死線を彷徨った。だが王は言うのだろう、ここで死ぬような息子は王の器ではない、と。


『ここで死ぬわけには、いかないんだ……彼女と、また会うため……約束した……』


敵国が自国にして来た陰湿な歴史な数々は、改ざんされていると初めは抵抗していたものの、この国で自分が次に背負わねば、国の人間が危険に晒されると、決心して。心を折った。


気がつけば数年経ち、スーヴァは心を切り替えることが可能になった。それは特に、王の隣で。


戦争が終わると、王は若くして息を引き取った。多くの非難を受けながら戦争を終結させたことを讃える人間もあったが、それ以上に国は傷つきすぎた。彼が老衰しなければ私怨で処刑しようとした市民もいたであろう。


それ故に、そのまま息子であるスーヴァが王位を継承した。

大国の勝利となったものの、やはりお互いの国は疲弊しきっていた。


当然、息子であるスーヴァが実権を握ると思われた。

かの非道な王の息子であろうと、若ければ市民の生活を何か変えてくれるのではないか。市民は半信半疑、期待と不安を胸に国の行く末を見守っていた。


もちろんスーヴァ自身、この国をよりよくしていこうと考えたのだ。

思想は塗り替えられようとも、自身の正義感までは上書きされていなかった。


だが、届けられた伝書には『敵国の王族は全員処刑。』とあった。国の貴族が秘密裏に決めたことだ。


「王族……王……!!」


その瞬間、跳び上がるように椅子から立ち上がると書面を投げ出し、走り出した。衝動的に、まるで壊れていた機械のゼンマイが残っていたかのように、見失っていた何かを思い出しそうで。


そうして気がつけば、処刑台に王族が並べられていると耳に入る。すべて貴族達の手のひらの上だったのだ。様々な思案をしていた彼は激昂し、すぐに処刑台へと駆け出した。そこには既に処刑人らが。


「これより、処刑を開始する。次に読み上げるは、敵国の王族である。」


「おい……!」


護衛の一人に声をかける。処刑台を隔てて見えるのは、処刑を煽り立てる自国の民衆の姿。


「どうかなさいましたか、陛下」


「と、止めろ!! 今すぐ処刑を!」


「なりませんな、公衆の面前です。それに、今更間に合いませぬぞ。何か問題でも?」


「私は聞いていない、聞いていないぞ。」


「ほう、そうだとして取り止める、と? 敵国は敗戦国、その王族の処刑をとりやめれば、自国の民衆からどのような目でみられるでしょうな。」


「なっ……」


「陛下はお優しい、ですがこれは既に決まったことです。我が国のために。」


彼は言葉を失った、すでに手遅れだったのだ。

そして、無意識に彼を奮い立たせていたことが何者であったか、すぐに理解した。


合計で家臣を含め、処刑人は6人だった。そしてその中には。


-----レイラ、彼女の名前があった。


「や、やめっ……!!」


「陛下?」


「ぐ……すまないが、任せても……構わないだろうか……」


「え? それはもちろん、構いません。何か有事の際にはお声がけを。」


レイラ。その名前を見た瞬間に、処刑台の上に駆け上がりたい気持ちだった。

だが、それは8年の月日を経て変質してしまった心だろうか。

それとも愛国心を植え付けられた故の、妥協だろうか。


彼はおぼつかない足で処刑台を横目に見ながら自室へ戻ると、あらん限りの力でテーブルを力の限り叩いた。


「くそ……嘘だ……嘘だっ!!! なんだよこれ……これが本当なら、俺はこの手で彼女の事を……なんで、どうして……?」


処刑の場には、とても立ち会えなかった。だが、自責の念で、気が狂いそうになった。叩いても叩いても王の机はビクともせずに、そこに佇んでいるだけ。その場で膝が折れるように崩れると、爪が食い込み血が滲むほどに拳を握りしめ、その場で打ちひしがれた。


「どうして、こんなことに……どうして……くっそおおおおおおお!!!」


戦争を恨んだ。


結局は王が死んでから、正しくは王が死ぬ直前、彼は王国に「染まって」いた。自分が何かを考えていると思い込んでいる”人形”だったのだ。だからこそ数で蹂躙し、その民が大勢死ぬ事に麻痺していた。それが当たり前であり、仕方ないことであり、この国の正義なのだと。


だからこそ王国の敵が処刑されようと、彼の”心”は気にも留めなかったはずだ。彼は実際、これまで新政権で「傀儡」だった。貴族に操られ、自分の意見は矛盾しているために前進しない。「あぁ、それでいいんじゃないか。頼む。」と、いやらしい笑みを浮かべる貴族の案を快諾するだけの傀儡だ。


王がいなくなって実質の政権は手にしても、政治を動かすのは残った貴族の老人ばかり。だが彼は心を無にし、それこそが正しいと疑わなかった。それが彼の心を保持する唯一の生き方だ。……だったのだ。


だが、もう違うと、目を覚ました。はっきりと今、自覚したのだ。戦争というものの恐ろしさと、醜さとを。


彼女の声が聞こえるようだった。けれどそれはもう今の自分にとって、辛い思い出だった。いくら泣いても、喚いても、贖罪など叶わない。一個人の感情で、王としての矜持を失いつつあることにも、吐き気がした。


「一体自分は、何のために。」


処刑完了の伝令が届いても、彼は乾いた返事をすることしか出来なかった。


---


それから数年経って国が安寧を取り戻しつつある世界、せめてもの罪滅ぼしと小国の元市民に対して、少しでも生きやすい政策を積極的に取り入れた。そうしてようやく落ち着いて来たため、視察と称して町へ向かうと、昔懐かしき広場に当たった。


「今はここも、我が領土か。」


記憶を巡らせていると、ふと殺気がした。


「……そこにいるのは誰だ?」


たまにこうして、残党に命を狙われる事が度々あった。間合いを取って背後に立っているフードを被った小柄な暗殺者は何も言わなかった。説得しようとするも、敵から発せられる殺気はこれまでの来訪者に比べると異常なものだった。


おそらく小国の残党だろう。それとも戦争前の王に対する反対派、恨みを考えればキリがない。


戦わねばならないと意を決して嘆息しながら剣を握る。すると風が吹いて、暗殺者フードが剥がされ素顔が見えた。


その姿に、目を奪われた。女……いや、それも。


「お前は……」


忘れもしない、碧い目の少女。

それはいつの記憶か、それとも作り出された虚像か。そんなことはどうでもよかった。


彼の目には紛うことなく、”彼女”が映っていた。


「お前、もしかして…………もしかして、レイラか? レイラなのか?」


暗殺者は殺意を以てスーヴァを見据え、無言で応えた。

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