ではここで本来の目的を思い出してみてください。
アダ:赤茶の髪。茶色の目。
キルシュ:金色に見えなくもない茶色。緑っぽく見える黒の目。
どうしてこうなったんだろう。
アダはぼんやりと現実逃避をしつつ、ちょこまかと動き回るキルシュを眺めていた。
キルシュの部屋は広々としていて、アダの寮室の三倍はありそうだ。
通された部屋は応接用として使われている場所なのか、キルシュの私物はあまり置かれていない。
代わりに置かれているのは、おそらくクエストなどに使うであろう道具だった。
「あ、アダさん、そちらは火炎の原で使う道具ですよ」
「…多いな」
「まだ増えますが」
「誰が持ち歩くんだ、誰が」
「わたしとアダさんです」
「無茶言うな!」
「ですから、先ほどの鞄をお貸ししますと言ったのに…」
「重さも変わるのか?大きさだけでなく?」
「ええ。そうでないと使えないじゃないですか」
何を当たり前のことを言うのだ、という顔でキルシュが言葉を返す。
アダはため息をつくのをこらえて、おかしな渋面を作った。
目の前の女は、色々と規格外らしい、と新たに結論づけて、道具をいじる。
見たこともない道具ばかりで、アダにはどう使うかすら見当がつかないものだらけだ。
「さて、お待たせしました」
「茶くらい出せよ」
「あ、これは気づきませんでした、申し訳ありません!」
試しに言ってみたアダは驚いた。客に茶を出すという常識は持ち合わせているらしい。
しばし待っていると、よたよたと危なっかしくキルシュがポットとカップを運んできた。
アダは立ち上がってそれらを受け取り、テーブルに置いてやった。
「ありがとうございます、アダさん」
「いいさ、っていうか、この部屋お湯が用意できんのか?」
「あ、ええと、これも秘密といいますか深く追求しないでいただけると…」
「わかったよ…」
通常、寮室に火を使う施設は設置されていない。よほどの寄付をつむのであれば別だが。
キルシュはそれらに当てはまらない方法でお湯を沸かしてきたらしい。
アダは差し出されたカップにおそるおそる口をつけるが、おかしな点はなかった。
「さて、と。アダさん、まずこちらなんですが」
「な、なん、で、お前がそれを持ってんだ!!」
ずい、と差し出されたものに、アダは絶叫した。
それはとても見覚えのある、アダの弓だった。見覚えがあるのも無理はない。なにしろアダが自らの手で作り、ひそかに学園に持ち込み、自室に隠しもっている弓なのだから。
「秘密です。それで、少し細工を施しました」
「勝手に、人の弓持ち出して、何言ってんだお前は!!」
「素晴らしい弓ですね。とても軽いのに、手になじんで、弦の張り方が独特でよくわからなかったのですが」
「俺が作った弓だ。普通の弓とは違う。弦の張り方も俺が考えたものだから教えられない」
「弓って作れるんですか」
「当たり前だろうが。いやだから言いたいのはそこじゃない」
「ええ、それで、この弓にエンチャントを施しまして」
「エンチャント!?お前、エンチャントまでできるのか!」
「できますよ?」
今度はアダが驚く番だった。キルシュは何かおかしいかしらと首をかしげているが、アダにしてみれば驚愕の事態だ。
エンチャント、武器や防具に様々な効果を付与する技術であり、習得には非常に長い月日がかかると言われている。魔術を使うことができずとも行えるが、付与する方法が魔術と似通っているため、魔術を使えるものが習得することが多い。
そのため、担い手の数が少なく、非常に高価な技術となっている。アダも存在は知っているが、実際にエンチャントが施された道具を見たことはない。
「魔術が使えなくても施せる技術ですから。珍しいものはありませんよ」
「少なくとも俺はエンチャントされた武器も防具も見たことがないぞ」
「まあ、そうですか。それで、弓なんですけど」
「無視かよ」
「話が進まないじゃないですか!弓に必要な効果がわからなくて、軽量化だけしました」
「勝手に軽くすんなよ!手になじまなくなるだろ!あと飛距離も変わる!」
「そうなんですか!?どうしましょう」
「元に戻せないのか?」
「戻せますけど、効果がなくなってしまいます…」
「もし、お前がエンチャントを施せるなら、加護をくれ。風の加護だ」
「それでしたら得意です。向かい風の加護が」
「向かってきてどうする!?追い風の加護をつけろ!」
そうですね、とキルシュは手を打って、すぐさまエンチャントのための道具をとりだした。
魔術に使う道具に見えるが、細工道具にも見える。
アダは興味深げにのぞき込んで、キルシュがエンチャントを施すさまをじっと眺めていた。
「ふう、できました。これで加護が発動するはずです」
「そうか。すぐにできるもんなんだな」
「あ、ええと、これも秘密といいますか」
「もういい、わかった、お前がおかしいことは理解した」
アダは深くため息をついた。