バディには実力とともに顔面偏差値も求めたい。
アダ:フツメン。アスリート体形。
キルシュ:よくみると可愛いかもしれない。
最悪なことになった。
アダはため息をついて、重い足取りで指定された場所に向かう。
キルシュと話した次の日、早速クエストに向かう用意を始めようと一方的に告げられた。
確かにクエストに向かう前の何日かは準備のために授業が短縮される。だが、普通の生徒は真面目に準備などせず、ここぞとばかりに遊びにでかけたり休んだりしている。
アダもいつもは学園の外に出かけて憂さを晴らしているのだが。
「なーんだって、あのクソ真面目な女と組む羽目になっちまったんだ…」
「よう、アダ。災難だったな」
ああ、とため息をつくアダに、笑いながら声をかけてきたのは友人のクルツだ。
にたにたと嫌な笑みを浮かべているが、顔立ちが整っているのでどこか爽やかな雰囲気を漂わせている。顔のいい奴はこれだから嫌いだ、とアダはますます不愉快な気分になった。
「お前、あのキルシュワッサーと組むんだって?」
「そうだよ。なんか文句あんのかよ」
「そう睨むなよ。まあ、なんだ、噂通りの奴だけどさ、実力は折り紙付きだ」
「…お前、組んだことあったか?」
「いや、エリスが一度な。九死に一生を得たらしいぞ?」
「初耳だけどな」
エリスはクルツと同郷の幼馴染で、学園内でひそかにファンの多い美少女だ。
クルツはただの幼馴染だと言い張るが、アダの勘は嘘だと告げている。美男子と美少女でいい感じに違いない、滅べ、と内心呪っていた。
「口外するなと学園から言われてる。学園の不手際でエリスとキルシュワッサーを含めた5人のチームが死にかけた。生還したのはキルシュワッサーのおかげさ」
「学園の不手際、ね。それを生還させるって、どんな裏技使ったんだ、あいつは」
「さあ。聞いてみたらどうだ?まあ、それ以外にも色々と助けてもらった奴が多いらしいぞ」
「その割に厄介者っていう噂しか聞こえてこないじゃないか」
「ま、声のデカい奴の噂が聞こえやすいのが世間ってもんだからな。
お前も、あんまり構えずに接してやれよ」
「そう言うならバディ変われよ」
「いやだ」
「…」
「俺の今回のバディはフィランティアなんだぞ?あの、召喚士フィランティア!
魔物使いとは一線を画すぜ、召喚士は!伝説や空想の存在を召喚できるって、もう、どんな技なんだろうな!?今から楽しみでさー。しかも、かなり可愛い!華奢で声まで可愛いって、やばいだろ」
きゃっきゃと喜んでバディについて語りだすクルツがうっとしいことこの上なかった。
フィランティアの存在はアダも知っている。ふわふわと柔らかくウェーブした金の髪に青い目の、ビスクドールのような少女だ。その上、かなり貴重な技である召喚術を使う召喚士。一度バディを組んでみたいとはアダも前から思っていた、が。
現実は非情である。
エリスに後で密告しておこう、と固く決意して、アダはやはり重い足取りのまま、キルシュの待つ部屋へと急いだ。
「…いや、ここなんだろうけど、いいのかこれ!?」
キルシュに指定された部屋の前でアダは硬直した。
キルシュの部屋、とでかでかと書かれたその部屋の扉には、ずらずらと警告文が並んでいる。
危険、ノックせずに開けるべからずから始まる警告文は不安を抱かせるものばかりだ。
とりあえずノックしよう、とアダが手を上げると、扉の中から何かが爆発するような音が聞こえてきた。
「っ、なんだってんだ!?キルシュ、おい、大丈夫か!?開けるぞ!」
「いけません!!ノックせずに開けちゃダメ!!」
「そんなこと言ってる場合か!」
「トラップが発動します!」
しん、と場が沈黙する。
アダはドアノブにかけた手をひきはがし、紳士的に扉をノックした。
きい、と開いたドアから、無残な格好のキルシュが姿を現した。
どうして俺のバディは美少女じゃないんだろう、と思っても仕方のないことをアダは思い、キルシュの頬についた煤をぬぐってやった。
「あ、ありがとうございます、アダさん。すみません、ファイアドラゴンのブレスを想定して耐久試験をしていたのですが、思ったより火力がでてしまって」
「いや、それはいいんだけどよ、寮の部屋で爆発するような実験するなよ」
「いえ、許可はいただいてますよ」
許可するなよ、とアダは脳内でつっこんだ。どうやら学園では寮内すら安全な場所ではないらしい。
えへへ、とキルシュは照れ笑いを浮かべつつアダを室内に手招いた。
ごくりと生唾を飲みつつ、アダは慎重に足を進めた。
「…はあ!?なんだこりゃ」
「わたしの部屋ですが」
「そりゃわかってるよ、そこじゃねえ、サイズがおかしいだろ!」
「そうですね、なぜか教師の方々から色々と優遇していただきまして」
「そこでもない、外から見たサイズと中のサイズがあわないだろ、これ」
アダは一度外に出て、隣の部屋の位置を確認して再度部屋に入る。
やはり目測がおかしかったわけではなく、外から見た大きさと中の大きさが違う。
アダが困惑していると、キルシュも困ったように笑う。
「ええと、その、試験です」
「試験?」
「あの、これ、別にすごい技術ではありませんよ!」
「そういう説明はいい。なんでこんなことができるんだ」
「…あの、誰にも言わないでくれませんか。都合が悪くなるので」
「都合ってなんだよ。お前、優等生面して裏で何してやがんだ」
「誤解です!この技術を使って、アイテムを開発中なんです。だから、その、口外されるとアイテムを売り出す方にご迷惑が…」
なんだろう、この目の前の女は厄介どころか触るな危険!の存在なのかとアダはさらにうんざりした気分になる。
キルシュは困り顔のまま、アダに鞄を差し出してきた。
あの分厚いノートが入っていた肩掛け鞄によく似ている。
受け取ってふたを開けようとすると、キルシュが慌てて止めに入る。
「あ、ダメですダメです。蓋を開けると固定がうまくいかなくって、アダさんが鞄に吸い込まれます」
「…そんな危険物を簡単に人に渡すなよ!!」
「すみません、ええと、この隙間から手をさしこんでもらって」
「ここからか?って、あ?なんだあ!?」
ぐい、と鞄に手を差し込むが、手に布の感触がない。ぷらぷらと腕を揺らしてみるが、一向に何かにぶつかる気配もない。
アダが瞬きを繰り返していると、キルシュは満面の笑みを浮かべた。
「そうなんです、すごいでしょう!鞄の中が、理論でいうと別の場所につながっていて、事実上この部屋と同じくらいのサイズがその鞄の中に展開しています」
「…理論とか事実とかわからんが、なんだそりゃ」
「そういう技術としかお答えできないです。ただ、新しい魔術ではないんですよ。空間移動の魔術をすこしいじって、別の場所ではなくて、この世界に存在しない場所につなげているんです」
「やめてくれ、魔術はさっぱりなんだよ…」
「す、すみません…。ええと、なので、部屋をあるべき大きさより広げたり、鞄の中を別の場所につなげたりできる技術ってことです」
なるほど、とうなずくが、やはりアダには理屈がさっぱりわからなかった。
だが、目の前の鞄がとてつもなく便利な道具だということはわかった。
重量がそのままなのか変更されるのかはわからないが、鞄に入る大きさ以上のものを入れて持ち歩けるのだ。これほど探索に適した装備は他にないだろう。
クルツの言っていたことはあながち嘘でもないようだ。
「探索に必要な道具をすべて持ち歩こうとすると大変なので、なんとかできないかと思って試作してみたんです。アダさんにもお渡ししますね」
「いえ、結構です」
「え、便利ですよ?」
「いえ、便利でしょうけど、結構です」
「そんな…何か使いにくいところなどありますか?まだ試作段階なのでご意見いただけると助かります」
「そういうんじゃなくてだな、売りに出す前のアイテムを、ほいほい他人に預けちゃダメだろ!」
「あ、そういえばそうですね。今度確認しておきますね」
そうですね、とアダは乾いた笑みを浮かべた。
どこの誰だか知らないが、こいつと商売なんてするもんじゃないぞ、と心の中でつっこみをいれるアダだった。