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忘れられないクラゲたち。 作者:さとうズミ

前編

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9.



『ここまででいいよ銀佳ぎんかくん。またどこかで会えたらいいね』

 昨日の夜、心のどこかでは諦めがついていた。

『ほら、そんな大声あげたら近所迷惑だよ。またね、銀佳くん』

 またね、なんて言葉は見え透いた嘘だと思っていた。
 会える保証も確証も、どこにもないと思っていた。


挿絵(By みてみん)


「どうしたの? そんな舐るような目で見つめてきてさ。あたしの顔に何かついてるのかな? 」

 だけど、また。またつづみさんに会えることができたんだ。
 つづみさんは首を傾げながら、僕の方を訝しげに見てきている。
 僕はまだ、これが現実なのかわからずに戸惑っていた。

「つづみさん? 本当につづみさんですか? 」

 真面目な質問につづみさんは薄っすらえくぼを見せながら、笑って答えた。

「あらら? あたしに似てる人に山程会ってきたのかな? ほら、あたしは本当につづみさんだよ」
「ひっ………」

 幻ではないかという疑念が本人にバレていたのか、僕は気づかなかったが曲がっていたらしいネクタイを真っ直ぐに直してくれた。
 ふんわり香ったローズの匂いが興奮をさらに加速させた。

「ちょっと。なんなのその反応。今の嫌だったかな? 」
「え、いや、違っ……違います。つづみさんにまた会えてその」
「ん? 」

 また会えて死ぬほど嬉しいです。なんか言えない。がらにもないことなんて言えない。
 自分らしさ全開で、僕は口籠ってしまった。
 つづみさんはそれでも言葉の続きを知りたいのか、首を左右に揺らしている。

「その………ふゅれしゅかったです」

 恥ずかしくて素直になれなくて誤魔化した。わからないように、翻訳できないように。自分の気持ちを悟られないように。

「え? 今なんて言ったのかな? 」
「ひ、秘密です! 」
「そっか。あたしに会えて嬉しかったのね」

 どうやら、つづみさんの前ではすべてがお見通しらしい。
 満面の笑みで一人頷くつづみさんに、僕は敵わないな。なんて思った。
 見とれてしまう。つづみさんの美しさに虜になる。話し方にも、ちょっとした仕草にも引き込まれてしまう。

「銀佳くんは何番かな? 」

 僕が妄想に花を咲かせているのを放っておいて、つづみさんは席順の紙の方をじーっと見ながら聞いてきた。

「え、えっと、55番です! 」
「あたしは、21番だからね」

 僕も急いで探す作業に取り掛かる、ふりをした。このまま見つからずにいたら、少しの間は隣にいれると考えた。
 いや待てよ。よくよく考えたら、つづみさんと同じ学科で同じ学年だから……ほぼ毎日会えるではないか!
 なんだ、なら早く見つかってもいいよ。

「敬語じゃなくていいよ。あ! みーっけ! 」

 そんな小さな体のどこから出したんだってくらい甲高い声で、つづみさんは叫んだ。
 僕の願っていたよりも予想外に早く見つかってしまった。こんなに早く見つかるのに、僕はどれだけ時間をかけてしまったんだ。
 でも見つからなかったからこそ、つづみさんにいち早く会って話すことができたんだから結果オーライだ。

「どこ、でした? 」

 悠結か久保ちゃんが隣だったら間違いなく終わる。神様、まじでそれだけはやめてください。
 悠結は終始舌打ちしてくるだろうし、久保ちゃんに至っては震えすぎて失禁しかねん。

「あたしとお隣さんだよ」
「え、えぇー!?!?!?!? 」

 誰がマスオさんだ。
 だけど、今ならマスオさんの気持ちがよくわかる。きっと彼もアナゴさんとかに気があるのではないかな。
 たとえ明日世界が滅びようとも、ここまでは驚かないだろう。
 何かの間違いかと思った。どうせ冗談だと自分のテンションが急上昇し過ぎないように制御した。
 身体は素直なもので、さっきまでとは比べものにならないほどの速さで、席順の紙を隅から隅まで徹底的に調べ尽くしていく。

「は……はぁはぁ……ほんとだ」
「ね? あたしは嘘なんかつかないよ」

 21番と55番が合体している。変な言い方になってしまったが、もう頭がパニックになり過ぎてどう表現したら良いか、すぐには思いつかなかったのだ。
 席と席が隣どおしという事実が嬉しくて色んな意味で飛んでいきそうだった。

「あぁぁぁぁぁぁ! 」
「もーいちいちうるさいの。ほら、席も分かったことだしさ、早く教室に入ろうね」
「は、はい! 」

 あまりの嬉しさに雄叫びをあげてしまった僕を、つづみさんは優しく見守りながら。
 僕のスーツの袖をキュッと掴んで、教室の中に引っ張ってくれた。






 教室に入ると、すでにほとんど席が埋まっていた。
 それもそのはずで、壁に付けられている時計を見ると、説明会が始まる5分前だったのだ。べには、たぶん間に合わないだろうな。
 そんなことを思いながら、舌打ちをする音が耳に入った。聞き間違いかと思って、ドア付近の席を見ると、悠結と久保ちゃんが座っていた。
 どうやら入ってきたことに気づいて、悠結は僕をちらりと見てまた、舌打ちして前へ向きなおり、久保ちゃんは僕をちらりと見ただけでウサギのように震えていた。
 僕とつづみさんは、紙で指定された通り、前から五列目の真ん中の席に座った。
 座ってみると意外と窮屈で、距離にして表すと、5センチもない近さにつづみさんがいるような状態だった。
 少し横に揺れるだけで、つづみさんに触れられる。
 お分かりの通り、そんなことができれば今頃苦労せずに息をしているだろう。

「………………………」
「……………………ふぅ」

 こういうときって、何話せばいいんだっけ。
 人見知りではないはずなんだけど、思うように言葉が出てこない。
 もちろん、面白い話なんてそうそう出てこない。
 どうでもいい相手とかだったら、めちゃくちゃスムーズに話せるのに。
 まぁ、それだけ僕はつづみさんを意識してるってことなんだけど。案外こうして簡単に認められるようになったものだ。

「そういえば、入学式出たのかな? あたし、心理学科の列を見回したんだけど、銀佳くん発見できなかったから、もしかしたら出てないのかなーって」

 つづみさんからのファーストコンタクトだ。
 緊張して隣を向くことはできずに、机の上に置いてあるプリントを凝視した。

「いや、それが久しぶりに」

 お? 何を馬鹿正直に言おうとしていたんだ自分よ。
 久しぶりに悠結に会って謝罪して、綺麗にできたネクタイを見てもらいたいが為に、追いかけ回して散々怒鳴り散らされて、べにはあの事について怒ったと思いきや、泣いて泣かされて気づいた時には入学式終わってましたって。
 ………言えない。口が裂けても言えるわけがない。

「久しぶりにどうしたのかな? 」
「あ、あぁ久しぶりに……」
「ん? あたしに言いにくいことかな? 」

 つづみさん、ビンゴ!!!だが、そんなこと口走れるわけがない。
 自分が最低な人間だということをバラしたくない。僕の好感度を下げたくない。過去のことを知られるわけにはいかない。

「そ、そういうことじゃなくって」
「うんうん」
「久しぶりに……か、快便で……」

 再び沈黙が訪れた。仕方ないだろ? これは恋愛シミュレーションゲームじゃないんだ。
 選択肢なんて二つも三つも浮かんでこないし、選ぶ権利すらも与えられない。
 沈黙がいつまで続くのかと、打開策が見つからないままひたすら耐えていると、つづみさんが沈黙を破ってくれた。

「あ、もう始まっちゃうみたいだね」
「そ、そのようで! 」
「説明会終わるまでおっきい声、出さないでよ」
「も、もちろんですとも」

 さっきのことをなかったことにする作戦だろう。なんて気遣いのできる人なんだ。
 自分でも痛感してしまうほどの気持ちの悪い返事をした後、教員たちがぞろぞろ教室に入ってきた。
 僕はその教員たちの中から花笠ヨウラク先生を探していた。
 ざっと数えて14人程度の教員たちは真ん中に置いている教壇を避けて並び始めた。
 しかし、一向に花笠ヨウラク先生を探し出すことはできなかった。
 どうせ後々遅れてやってくるさ。あの人はそういうバラエティーにもとんだ人だから。

 教室に心理学科の教員たちが全員入り終わったのか、最後尾の教員がドアをゆっくり閉めた。


 その瞬間、教室は暗くなった。


 –––––––––バンッ


 筆箱を落としたような、そんな小さな音ではない。クラッカーを二、三発発射した時と同じくらい大きな発砲音だった。
 教壇がスポットライトのようなものに照らされていく。周りの教員たちはまるでヤクザのお偉いさんを待っているかのように静かに後ろに手を組んで俯いている。
 どこから流れているのか、イントロが流れ始め、生徒たちは何事かとそわそわし始めた時、

「グッドモーーニンゴォォォ!! 」

 熊のような形相のスーツを着た男が、教壇から飛び出してきたのだ。
 一同騒然。教員たちに関しては、俯いて笑いを必死に堪えている。
 一方で、熊男は何が楽しいのか、からからと笑いながら、話し始めた。

「やぁみんな。入学おめでとう! 今日はとてもめでたい日やで」

 ちなみに僕は笑ったのかいって? 笑う?違うな。吹いたのさ。もちろん吹いたに決まっている。
 前の席の人に、思わず溢れ出た唾が飛んでしまい、深く頭を下げた。
 だって聞いてくれよ。あの熊男……忘れもしない昨日行ったラーメン屋の店長だったんだぞ。
 待てよ。なんで心理学科の説明会場にいるんだ? 大学から近いし、新手のドッキリ差し入れか何かか?

「自己紹介がまだやったな。儂の名前は、亀山。この心理学科を統べる学科長やで」

 機関車のような猛烈な鼻息を噴出しながら、ラーメン屋の店長改め、学科長………え?
 学科長!? え!? 嘘だろ!?
 ラーメン屋の店長と学科長を兼任するなんてありえるのか。てか、絶対に掛け持ちアウトじゃないのか。
 ツッコミどころ満載で、さっそく楽しい大学生活が始まりそうな予感を、つづみさんと共有しようとした。つづみさん面白いねって顔を合わせて笑おうとした。
 みんなが笑っていたから。きっとつづみさんも笑っているだろうと当たり前のように思っていた。

 だけど、違った。
 隣にいるつづみさんは、学科長をキツく睨んでいたんだ。

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