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忘れられないクラゲたち。 作者:さとうズミ

前編

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1.

 

 楽しかった思い出も悲しかった出来事も、イヤホンを通して聴こえる懐かしい曲のおかげで、すんなりと思い出せるものだ。
 だけど全部が全部良いものではない。どれもこれも〝あの子〟ばかりが写ってしまって、うんざりしてしまう。仕方がないから〝あの子〟の顔に黒い靄をかけた。

『ぎんなんか……ぎんなんか死んじゃえばいいんだ! 』

 顔を隠してみても声までは誤魔化すことなんてできなくて、逃げても逃げても〝あの子〟は泣きながら僕を追いかけてくる。試しに曲の音量を上げてみたけど、同じように〝あの子〟の声も大きくなってしまって、結局意味がなかった。
 重たいため息を吐かない為に天を仰いだ。黄昏時は終わってしまったようで、もうほとんど空のグラデーションが真っ黒に染まりかけていた。

『今日は三日月さんだー』

 いつだったか忘れたけど、〝あの子〟は今と同じような空の下で笑っていたことがある。僕はその時と同じように笑って返した。

「どう見ても半月だよね」

 イヤホンを外しながらそう口にしたわけだが、はたから見ればメンヘラっぽい青年が独り言を言って笑っているただの痛い光景だろう。辺りを見渡すと、ちらほらと人がいたようで急に恥ずかしくなって、バカバカしくなって、どうすることもできなくなって、ついに重いため息を吐いてしまった。

「あーあ。死にたい」

 ボソッと声に出した言葉が最近の口癖だ。僕自身もその言葉が良くないことは十二分にわかっている。だけどさ、〝あの子〟のことになると自分がどれだけ最低で生きる意味のない人間か痛感させられる。その度に最近の口癖が自然と出てしまう。

 ––––––––––ピィ!!!

「へっはぁっ⁉︎ 」

 耳が破裂しそうなくらい大きなクラクションのおかげで、ようやく自分がたった今、どうなっていたのか気づいた。
 空に上がった月を見た場所から、すでに200メートル先の交差点まで歩いていたわけで、赤信号なのに確認していない愚か者(僕)が大型の車に轢かれそうになっていたわけだ。
 ご丁寧にもう一度、クラクションという派手な舌打ちを食らわしてくれた運転手のおじさん、ありがとう。たぶん、というか絶対怒っているだろうから顔を合わせずに会釈だけして、俯きながら後ろに下がった。
 別に死ぬ気なんてないんだ。死にたいなんて思いながらも何もしない。いや、臆病な僕には何もできないわけだ。
 簡単には死ねない。きっと、人それぞれに意味が違ってくると思う。
 僕みたいなチキン野郎は、死ぬような行為自体が怖くて、必ずと言っていいほど痛みを伴うから死ねないわけで。
 他の人といえば、家族とか好きな人とか、そういう居場所や帰る場所があるから死ねないわけだ。
 僕も最初は後者だった。大好きだった母さんの為に生きていた時もあったし、〝あの子〟と付き合ってからは、〝あの子〟の為に生きていたし。
 でも、今では随分と空っぽになってしまったと思う。そんな空っぽの僕でも、目を瞑ると暗闇から一番最初に出てくるのは〝あの子〟なわけで、やっぱりまだ好きなのかなーなんて思うんだ。
 あんな最低なことをしたくせに。もう〝あの子〟を好きになる資格も存在価値もないくせにだ。
 空っぽになったのは、母さんのせいでも〝あの子〟のせいでもなく、僕自身のせいだってわかってるよ。わかってるけど、けど。

『こんな親でごめんね……ごめんね』

 やめてよ母さん。そうやって何度も繰り返した言葉で被害者ぶる自分が大嫌いだ。人のせいだと言い訳をつけて逃げた結果、母さんに謝らせたのは僕だ。

『大好きだったのに……ずっと一緒にいようねって言ってたのに』

 〝あの子〟はその言葉を言う時、泣いていた。喧嘩しても映画を見ても、感情移入がどうとかって言って、あまり泣かなかったのに、その時だけは珍しく泣いていたんだ。

「僕が悪かったんだよな」

 今更何を言っても、母さんにも〝あの子〟にも届くことはないかもしれない。過去の罪悪感から逃げ出した。でも逃げきれなくて、今でも毒のように身体中を犯し続ける。
 生きる意味を無惨にも蝕まれていく。もう形すらも留められてないんだから、これ以上蝕まれるとなくなってしまうから、すぐにでもやめてほしいのに毒は一向に消えないんだ。

 母さんと〝あの子〟にしてしまった事への罪悪感は、消えることはないのかもしれない。

「はぁ………」

 もう数えきれないほどのため息を吐いてすぐ、ポケットの中に入れていた携帯電話が振動した。メールか何かだろうと思ったのだが、かなり長い時間のバイブレーションだったので電話だということがわかった。
 振動が終わり、ふと考える。誰だろうか。母さんだとしても、こちらから着信拒否にしているから電話がかかるわけがない。〝あの子〟の場合だと、逆に着信拒否されているだろうなら電話という概念がまずない。
 思い当たる節は片手の指でも余るくらいしかない。現在進行形で友達が減っている僕に、電話をかける物好きは誰だろうか。まさか…………。

「…………ちっ……なんだ……あいつか」

 そのまさかすぎて声に出してしまっていた。携帯電話の画面に表示されていた名前は〝クソビッチ〟だった。ふざけているわけではない、本当にあいつはクソビッチな奴なんだ。
 まぁもちろん、舌打ちと共に秒で電話を切ってやった。どうせまたかけてくるだろうから、携帯電話の電源すら切ってやった。
 〝クソビッチ〟に関わると良いことがないんだ。あいつのせいで、〝あの子〟とも……ってまた人のせいだ。
 あーあ、なんて僕は最低な奴なんだ。自爆してしまって感傷という水たまりにダイブしながら、ふと顔を上げると児童公園の前に着いていた。

 正直、この街のことはよく知らない。
 田舎でも都会でもなく、大学が近くにあるだけの中途半端に栄えている街。
 そんな街に、僕もつい最近引っ越してきたばかりだった。
 理由はこの街にある唯一の大学に行くことだった。片親だから一人暮らしは愚か、大学なんて無理だろうと思ったが、母さんがお金を出してくれた。もちろん、大学のお金も出してくれた。そんな母さんのことを遠ざけてしまう僕は、本当にクズな奴だと思う。
 かぶりを振る。やめよう、また辛気臭くなってしまう。これじゃあ終始エモいままで終わってしまうだろ。まぁ、そんなわけで知らない街を散歩していると児童公園を発見したわけだが、それ以上に目を引くようなものを発見してしまった。

「ん……ええッ! ……なんだ」

 別に宇宙人とか超能力者とかじゃない。そんな奴に会えば、間違いなく一瞬で死ぬか、はたまた世界を救う大冒険の始まりなわけだが、今はそれどころじゃないんだ。突拍子もないことで、ついつい声を押し殺すのを忘れていた。今の声が聞こえてしまったかもしれない。ちらりと、もう一度確認してみるが、やはり間違いではないし、声もあっちまでは聞こえていないようだった。

 今の僕の顔は、口が開いて呆気らかんとしているだろうなきっと。
 それぐらい目を疑う光景が広がっていた。
 滑り台、ブランコ、砂場、シーソー。円を作るようにして建てられたであろう遊具の中心に、その人はいた。
 シルエットを見ただけでクラゲのようだと思った。丸っこい髪型なだけで本当にクラゲではないし、ちゃんと胴体はあるから安心してほしい。遠くから見ているせいなのかとても小さくて子供ではないかと疑ってしまう。

 それよりも。

 その子はこちらからでもわかるほどに泣いているんだ。もちろん現在進行形で。

 僕はなぜだか身体が動いた。水族館に着いた瞬間、水槽に張り付く少年のように。
 その子に魅了されて吸い込まれるように、僕は。


「あっ、あのっ!! 」
「………………っ」

 一瞬の出来事だった。ワープしたかのような速さで僕は、泣いているその子の元にいた。
 しゃがみこんで泣いているその子は、僕の御構い無しの大声で顔を上げた。

「はっ!………あ」

 自分から話しかけてなんだが、言葉を失ってしまった。
 近くでみると、子供なんかではなく、とても美しい女の人だった。暗がりでもわかるほど、整った顔立ちが涙で濡れていた。

 何かに期待するのはやめたはずだった。
 何かに希望を抱くのはやめたはずだった。
 それでも光に包まれたような錯覚に陥ってしまい、僕は興奮して開いた口が塞がらなかった。

「あ、あの! どうしたんですか! 」
「……………」
「やっぱキモいですよね! す、すみません!! 」

 興奮気味だったからからなのか、はたまたよっぽどのイケメンじゃない限り、反応なんかしてくれないのだろうか。美女は何事もなかったかのように再び俯いて、地面を濡らしていた。
 あまりにも脈なしな展開、というよりはほとんど無視で展開なんて言葉を使うこと自体が間違いだ。周りを見渡して隠しカメラとか、ギャラリーがいないか確かめた。
 やっぱり僕たち以外、誰もいない。これは残酷にもノンフィクションであり、ひしひしと現実を知らしめさせられただけだ。
 柄にもないことはこれからもうやめよう。神様は知っているんだ。今更いい事しようだなんて遅いんだ。いい事って言ってる時点で偽善がたらたらではないか。

 明日は朝9時くらいに起きて、入学式の準備をしなければならない。久しぶりの朝からの行動だし、入学式はスーツを着なければならないから、慣れてないネクタイを結ぶ練習もしとくと朝から困ることはない。
 帰ってやることは決まった。よし、もう帰ろう。
 僕は美女救出作戦を断念して、踵を返そうとした。


 踵を。






 だけど、なぜだかこの時だけは諦めきれなくて。













「あの! この近くに、めちゃくちゃうまいまぜそばの店があるんですけど、一緒に行きませんか⁉︎」
「………………っ」

 またしても僕らしからぬ行動だが、言葉のチョイスは僕らしい。
 そして、またしても驚いた表情を浮かべる美女の目から溢れんばかりの涙が流れていくを目に映した瞬間、


 グゥゥ〜


「あ…………」
「………っ………」
「あの今、お腹………」
「…っ…………………」

 涙の理由はお腹を空かしていたからではないか?と疑うほどの空腹音。
 神様ありがとう! さっきはごめんね! 奇跡が起きてこの美女の弱みを掴めたよ。きっと美女はお腹が空いているんだ。

 ダメ押しでもいい。もう一度、僕は決め台詞のように自信ありげにそれを口にした。


「めちゃくちゃうまいまぜそば、一緒に食べに行きませんか!奢ります! 」

 聞きたいことはいくらでもあった。知りたいことも山ほどあった。
 だけど、今はそんなダサい言葉しか思い浮かばなくて。
 罪悪感に押しつぶされそうな僕が導き出した僕なりの言葉で。
 冗談のように笑ってほしかったし、これ以上泣いてほしくなかったし、でも一番に美女をこのまま一人でほっとけなかった。


 この出会いが、何を生もうが知ったこっちゃない。プロローグとか序章とか綺麗事で区切れるほど、人生は甘くないのは僕みたいなバカでも痛いほどわかってる。
 だけど、もう何も失いたくなかった。きっと、これから出会う人を大切にできると本気で思っていたから。
 春の肌寒い風に身体を揺らしながら、僕は美女に掌を差し出した。

「じゃ、じゃあ行きましょっか! 」
「………………っ………」


挿絵(By みてみん)


 世界はそう悪いものではないと、心の中で笑い飛ばした。


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