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アリさんは働かない  作者: アリアリア
5/8

ばーぶ


「先生、娘をよろしくお願いします」

「はい、時間はいつもどおりでよろしいですか、神崎さん」

「すみません……。今日は、少し遅くなりそうなので20時までお願いしてもいいでしょうか?」

「全然構いませんよ、みーこちゃんはいい子で手がかかりませんし」

「ありがとうございます。みーちゃん、ちゃんと先生のいうこと聞いていい子にしてるのよ?」

「うん、みーこ、いい子にしてる~!」


 ふむ、やっとホイクエンなる場所にたどり着いたか。カバンの中に居るせいで外の様子が全く分からないが、多くの子供の声がアントの触覚を揺さぶっていく。しかし、ヒューマンは大変だね。オスも雌も両方働いてさ。その点、アントは良かったよ。オスは働かなくて良いんだもの。働かないって素晴らしい。まぁ、自由がなければ牢獄と変わらないんだけどね。でも同一社会の中で子を預け育んでいくと考えると、社会構造的にはアントと同じだ。ヒューマンもなかなか発展してる。アントちょっと関心したよ。


「みーちゃん、ママ行ってくるね」

「うん、ママ、バイバイ~」


 うん、うん、元気よく手を振っているのが伝わってくる。親子、仲がいいのは良いね。アントの社会は村社会な上、女王アリを基点にピラミッド形だから、愛情が薄いんだよ。だからこういうのほっこりする。アントちょっと羨ましい。


「じゃ、みーこちゃん、鞄のいてお部屋にいこっか!」

「うん、せんせ~!」


シェイクシェイク、急激なダッシュにそろそろアントも疲れてきたよ。でも、これでやっと到着か。ホモサピエンスに運ばれるのは慣れてるけど、ここ最近は自分で歩いてることが多かったから楽しいな。アント的には車もいいけど、やっぱり一番は新幹線だね。あれはホントのホントにすごい発明だよ。ヒューマンに捕まって初めて乗った時の、あの衝撃は忘れられない。俺が一生かかけて歩いても辿りつけない場所に、ほんの僅かな時間で運んでくれる。輸送機関においてはアントを遥かに凌駕してるね、ホモサピエンス。技術の発展に貪欲なのはアントも見習うべきだと思うよ。じゃないと大いなる『アンツ』に申し訳ない。こうして今も天高く我々の届かない領域から見守ってくれているだろうし。早く全世界共通アント語を開発して、世界中のアントと協力しないと。命短し、励めよアント、この精神を忘れないで行きたいね。


「せんせ~、カバンおいたよ~!」


 とっとっと、走りながらチビヒューマンが離れていく音を聞きながら、アントはゴソゴソと、本僅かに開くジッパー(チャック)から外界へ。いつだってこの瞬間は気持ちいい。暗い場所から明るい場所へ。自由って大事だよね、ほんとうに。

 さて、後は簡単。チビヒューマンの友達作りをお助けするだけ。賢いアントであるアリさんにとって、ホモサピエンスの友情なんてちょちょいのちょいよ。特に幼年期特有の単純な思考回路ならなおのこと! ……それにアント的にも個体名『みーこ』はいい子だと思うしね、好かれるタイプだよあの子は。いつもちゃんと餌をくれるしね。もしも高次存在である『アンツ』が降臨し、世界がアントのものになったなら、高等ヒューマンのちいを上げてもいいよ。専属の餌やり係にして、ダイヤモンド製のケースに住まうアリさんに尽くさせてあげるよ、高待遇で。アントはコオロギくれるだけで大満足です。

 さあ、そろそろ頑張って先へ先へ進もうか。存在しない心臓を逸らせながら、アントは構造上出来ないスキップを、物は試しとやりながらまっすぐまっすぐ進んでいく。ちゃんと触覚によって捉えたチビヒューマンのお部屋はそう、右から三つ目薔薇のマークのあしらった綺麗な赤札のお部屋です。あと少しあと少しと歩くアントをほんのりと、温かい気持ちがアントの心に流れ込み野生で固められた鋼鉄の心を緩ませる。しかし、それは大きな油断です。アント界はデンジャラス、安全という概念は存在しないと、アントうっかりしてました。


 突如としてアントの体は地を砕かんばかりの轟音とともに中を舞う。後一センチ、いや、数ミリずれていればアントの命はなかっただろう。油断、慢心、幾つもの言葉を尽くそうと現状は一切替わる余地もなく、助かった命を大いなる『アンツ』に感謝する余裕すらもなく。


『ば~ぶ~』


 悪鬼の如き雄叫びとともに、あまりに理不尽で強大な、野生の化身が現れた。

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