自由から不自由へ
さて、まず思い描いて欲しい。燦々と太陽の光が降り注ぐ空を、青く茂る草花のかぐわしい香りに包まれた大地を。夜は満天の星空に包まれながら、軽やかに4本足と触覚で感じる風の心地よさを!
……そして以上のことを踏まえ、私の現実を見て欲しい。
「わ~、ありさんありさん!」
「しっかし、こいつ動かねえな、一匹だけじゃこんなもんか?」
透明のアクリルケース越し、サル目ヒト科ヒト属のホモ・サピエンスどもが、ギャーギャー喚き散らす。こいつらだ、こいつらが犯人だ、俺を監禁した犯人だ。無駄に柔らかい大地、糞不味い甘ったるいゼリーと一緒に、俺を無色透明な牢獄へ閉じ込めた猿どもだ! ああ、俺の自由を返して欲しい、組織という枠組みの中で女王アリとの、クソみてえなハッピーライフから間一髪の大脱出。更に幾度もアリの巣コ○リの魔の手を逃れ、有象無象のアリ共と違う、ロンリーアントな人生を。やっと送れるはずだったのに……!
「ねーねー、きっとお腹空いてるんじゃないかな?」
「そうかぁ~? しゃーない、ちょっと豪華なの入れてみるか」
俺の人生をぶっ壊した元凶二人が雄叫び叫ぶ、おいおい待てよ、その瓶どこから持ってきやがった、やめろやめろ、腹なんざ減ってねえんだよ。おたまで掬うな、その粘性の危険物を……ッ! ドロッとした物理的に殺人可能な物量が、俺の真上から投下される。さながら雨の日大洪水、数十とある呼吸器官をあっという間に塗りつぶす。
「アリさん、動いたね~」
「動いたな~」
何のほほんとしてんだ、ボケどもがッ!? 俺いま生死の堺を彷徨ってんの! 走馬灯見る寸前なのよ? わかる、分かるの、ワカらない? なら想像してみて欲しい、イメージするべきは綿飴、そう、空から綿飴に降る世界だ、降り積もった綿飴が太陽の光に晒され溶け始め、周囲を悍ましいまでにべたつかせる光景を! 転ぼうものなら砂と綿飴、歩こうものなら砂と綿飴、泳ごうものなら全身これ砂糖菓子! はい、わかった? 俺今、全身砂糖菓子。
頬張れば口の中はハニーハニー、砂糖とアリのルンバでサンバ!
……ガッデムッッ! 蜂蜜という糖分の塊が俺の全身を蹂躙する、ああ、もうやだ、俺甘いもん大っ嫌い……。 少し弱気になる心に鞭打って、全力で六本足を稼働させ、ハニー・ザ・シーから大脱出。覚えていろよ、ホモサピエンス、お前も砂糖にしてやろうか?
推定百三十センチと百十センチの巨体を包む甘味を、運搬する自分を想像し、絶望し、砂糖の如き甘い幻想を吹き飛ばす。そうだ、現実に立ち返ろう。俺はここから脱出せねばならぬのだ。




